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第二十三話 ヴィオラと双頭犬のワイバーン討伐

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 「……で、このワイバーンはどこでどうしたんだ?」
 ずーっとおあずけ食らってたワイバーンの話を催促する。

 キオとリウスはまだ帰らない。この辺りを調べてくるなんて言ってたけど、どうやら本当に調べているようだ。
 彼らを待つ間、時間もあるし、話聞くには丁度いいだろ。

 「それね、サファイアとアッシュが戦っててやられそうになってた相手なんだ。そのまんま見てようかと思ったんだけど結構ヤバそうだったし、リウスがうずうずして堪らなそうだったから参加してきたんだ。それで加勢したついでにお礼代わりに貰ってきた」

 「サファイア?え、お前どこまで行ってきたわけ?」

 「あまり意識はしてなかったけど、南に向かって飛んだと思う。街を避けつつ木が無いところって感じに行く先決めたから」

 「南って言うと、海の方か」

 「そうそう、海辺の村があって、そこにサファイアたち滞在してたみたい。そのワイバーンって結構たち悪いヤツでさ、その村に粘着してしょっちゅう女の人攫って食ってたらしいんだ」

 うわあ、すげえベタな邪竜さんだこと。

 「サファイア、念のためソイツの記憶に接触して過去に食った女性の中にガーネット王がいなかったか探ったんだって。いなかったんだけど、村人から退治してくれるのかってめちゃくちゃ期待されて断れなくなったって、アホだよねぇ!」
 辛辣な台詞を吐いてヴィオラがケラケラ笑う。

 「サファイアたち、情報収集のために冒険者登録したんだって。ガーネット王って昔、淫魔だった頃、ローズさんと一緒に冒険者として旅してたらしい。それで冒険者だったクライドと出逢ってパーティー組んで恋に落ちたんだって。下界に降りてから、クライドの記憶がどんどん戻ってて、それを追ってサファイアたちは旅してるそうだよ」

 「ローズさん、冒険者だったのか。たしかに強いもんな、あの人」

 一度見た投げ縄の腕は凄かった。
 魔力の縄を使ってたから、それに火や水の属性を与えることは簡単だろう。そうすれば投げ縄だって立派な攻撃手段の一つになる。鞭の扱いも上手そうだ。ローズさんに鞭って、予定調和みたいにしっくりくるな。
 ローズさんは元々は正統派の淫魔だから、きっと男たちを食い散らかしてたんだろう。目に浮かぶわ。
 で、その傍らで魔王種のガーネットがクライドと恋を育んでたんだな。

 クライドはその後出世して王宮魔術師になり、ガーネットは魔王になり、二人は離れ離れになった、と。

 不幸な行き違いで逢えないままでいる二人だけど、今もこうして再会のために努力してるんだ。

 「俺もその話、聞きたかったな」

 「今度連れてってあげようか?僕もレイチ置いてきてて気が急いてたから、あまりちゃんと話をしなかったんだ。その子をやっつけて卵作ってその卵を竜の谷に放ってきてそしたら光の竜と会ってってのを、一時間余りで済ましてきたから」

 「……めちゃくちゃ濃密だな」

 「でしょ?言葉で説明するのは大変だから、見せてあげるよ。ほら、おいで、レイチ」

 兄弟犬がねぐらにしていた木の洞に背を預けて座っているヴィオラが、両腕を開いて俺を招く。

 「は?……え、見せるって?」
 「僕は夢魔でもあるんだ。何してきたか、夢で見せてあげるよ。だから、おいで」
 ここ、と開いた脚の間をトントンと示すヴィオラ。

 背面座位。……いや、違う。しないから。

 「僕の記憶を夢で見せるからね。くっついていた方が同調しやすいんだ」
 微笑むヴィオラだけど、その微笑が色を含みすぎていて、単に魔法を使うために必要なだけじゃないんだなということが透けて見えてしまう。

 ……ま、いいけどね。
 いつの間にか抱く側から抱かれる側に移行させられつつあることに、少し抵抗を覚えるだけで。

 しかたねぇな、という顔をしつつヴィオラの招きに応じて、彼の胸に背を預けて座った。
 ヴィオラが後ろからすっぽりと包むように抱き込んでくる。

 背に感じるヴィオラの胸や腹はかっちりと締まって固く、回された腕も逞しい。ほんのりと伝わる体温とアールグレイを思わせる体臭が心地良くて、なんだか眠気を誘われる。

 「いいよ。そのまま、眠って」
 耳朶じだを食むような囁き。
 少年声ボーイソプラノだったのがいつの間にか柔らかな中低音バスバリトンに落ち着いた声は、シルクのように滑らかで耳に心地良い。

 夢魔の誘うままに、俺は溶けるように眠りに落ちた。



 二頭の魔獣は前になり後ろになり、じゃれ合いながら南に向けて空中を疾駆する。

 カシール王国の南側は海に面していて、海岸線に沿って平原が広がっている。海に注ぎ込む大河があり、肥沃な大地はとても住みやすい良い場所なのだ。本来なら。

 人が住みやすい土地は魔物も住みやすい。海辺の平原は陸生魔獣が跋扈し、それを狙う有翼魔獣及び翼竜ワイバーンが飛び交う魔境となっていた。

 たとえ冒険者でも、無策で踏み込めば魔物に囲まれて餌になるだけだ。

 一切人間を受け付けないそこを、カシール王国人は緑の砂漠ファーティル・デザートと呼んでいた。

 ヴィオラとリウス/キオはそこを目指していた。

 今のリウス/キオならあそこは調度いい狩り場だと、ヴィオラは考えていた。

 まだキオに魔法を教えていないが、それでも既に《空中歩行/エアリアルウォーク》を使いこなしているのだから、魔法の感はかなりのものだ。

 きっと魔法の発動原理を教えてやるだけで、独自の魔法を生み出して使いこなすだろう。

 リウスの身体操作能力も素晴らしい。もうその巨体を軽々と操り、双頭犬の体にも慣れた様子だ。

 リウスとキオは言葉に頼らず意志を通じ合わせることができるようで、途中で遭遇した大吸血蝙蝠ヴァンパイアバットを獲物と定めた彼らは、空中を上下左右と踊るように身を翻して追い詰めたが、最後にとどめを刺したのはキオの牙だった。

 本体を操っていたのはリウスだろう。うまく獲物を誘導し、キオにとどめを刺す役を譲るあたりにリウスの優しいお兄ちゃんぶりがよく表れている、とヴィオラは内心で微笑んでいる。

 そうして二頭の魔獣は人間が一週間かけて移動する距離を遊びながらも一息に駆け、緑の砂漠ファーティル・デザートに到達しようとしていた。

 「……あれ?」
 狼ヴィオラが覚えのある魔力の気配に足を止め、鼻をひくつかせる。

 「アッシュがいる?」
 眷属の気配はわかるようだ。テイマーと従魔ほどの強固な繋がりではないみたいだけど。

 ヴィオラには眷属が近くにいるということがわかるだけで、本人が目の前にいない状態では誰と特定はできないようだ。ただ、今はまだヴィオラの眷属はごく少数で、そのうち居所が特定されてないのがアッシュだけだからアッシュだと推測しただけだ。

 「わ。凄い大きなワイバーンがいますよ!」
 キオが眼下を見下ろして声を上げる。

 「何かを襲ってるな」
 リウスの言葉に、ヴィオラが目を凝らす。

 「あ、サファイアとアッシュだ!」
 「お知り合いですか?」
 「うん、片方は僕の眷属。金髪の方は他人だけど」
 「結構ヤバそうじゃないか?」

 リウスが言うように、二人はかなり劣勢のようだった。

 二人が相手取ってるワイバーンが、下位竜にしてはやけに大物だったのだ。

 「デカいね、あの子。もうすぐ進化しそう。っていうか、サファイアたち、進化のための餌として狙われてるんじゃない?」
 そう言いつつヴィオラは動く気もないようだ。

 「アイツらがヴィオラ様の眷属なら、オレたちとも仲間だよな。助けに入った方がいいんじゃないか?」
 リウスが赤い瞳を爛々と輝かせ、尻尾をファサファサと振りながら言う。もう参加したくてたまらないらしい。

 「まあ、せっかく頑張ってるんだし邪魔しても悪いから、もうちょっと見てようか。本人の許可も貰ってないし。──ちょっと遠いから、もう少し見やすいところに行こう」

 そう言ってヴィオラはトコトコと降りてゆき、こともあろうにワイバーンが飛ぶすぐ上に陣取り、のうのうと伏せて見物の体制を取って見せる。
 もちろん双頭犬も追随し、ヴィオラのすぐ側に同じように伏せをする。

 「なに、仲間がいたのか?!」
 サファイアが血相を変える。

 一方、頭のすぐ上に陣取られたワイバーンはさすがに腹を立てたようだ。《風刃/ウインドブレード》……いや、《風刃乱舞/ウインドスラッシュ》をいきなり飛ばしてきた。
 渦巻く風の刃が十余りも同時発生し、一斉に二頭の魔獣を襲う。

 ヴィオラはその場所に陣取った時点で対策済みだった。
 自分と双頭犬を包むように《風殻/ウインドシェル》を展開していた。

 同じ属性の魔法がぶつかり合った時は、より魔力の強いほうが勝る。ワイバーンの魔法はヴィオラの風の結界に弾かれて消滅した。

 「我が主君マイ・ロード!」
 アッシュがその巨狼の正体に気づいて声を上げる。

 「なに、ヴィオラだと?!」
 サファイアも驚きの声が上げるが、すかさずワイバーンがブレスとして放った《風刃/ウインドブレード》に襲われる。

 二人はあらかじめ《風盾/ウインドシールド》を展開していたようだが、僅かにワイバーンの魔力の方が勝るらしく、防御魔法を貫通したワイバーンの魔法にダメージを食らってしまう。

 「サファイア、しっかり~!僕と戦った時の勢いはどうしたの?」
 狼ヴィオラは尻尾をフリフリしながらサファイアを煽る。ホントにヴィオラはサファイアが相手になると急に性格が悪くなるな。

 「チィッ、見てないで手伝え!」
 「僕に手柄を譲っちゃうの?僕がソイツ倒したらレイチの成果になっちゃうよ」
 「構わん!いいからグダグダ言ってないでコイツを止めろ!」
 「“──お願いします”でしょ?」
 ヴィオラが尻尾を振りつつ見下ろして言う。

 「……お願いします、我が主君マイ・ロード!お力をお貸し下さい!」
 アッシュが割って入った。
 こんなやり取りをしてる間にもワイバーンのブレスが間断無く二人を襲い続けていて、防御魔法が間に合わずチクチクと削っている。

 「仕方ないな、アッシュに免じて手を貸すよ。リウス、行くよ!あ、そうだちょっと待って、僕戻るから背中に乗せて。キオ、僕の魔法をよく見てて」

 「ヨシッ!!」
 「──はい!」
 リウスとキオの声が重なった。

 ヴィオラは一瞬で人間形態に戻ると、ひらりと双頭犬の背に飛び乗った。

 「行こう、リウス!好きに戦っていいよ!僕がフォローする!」
 「ありがたい!」

 頭上の魔獣の動きに気づいたワイバーンが標的を変え、上昇してくる。羽ばたきながら《風刃/ウインドブレード》をガンガン連射してくる。

 「《身体保護/ボディプロテクション》」
 ヴィオラが防御魔法を発動する。
 「キオ、《身体保護》は真っ先に掛けておいた方がいい。《身体硬化》のほうが防御効果は高いけど、下手に掛けるとリウスの動きを阻害してしまう。《身体硬化》はポイントを押さえて使うようにして、普段使うのは《身体保護》にするといい。こっちは一度発動すれば暫く維持できるし、動きの阻害もない。魔力消費も少ないから、掛けておいて損はない」
 キオが真剣な眼差しで小さく頷く。

 凄いな、ヴィオラ。戦闘の最中に魔法の授業してるよ。
 最高に生きた授業ではあるけど。なんたって実戦闘、本当の使い方と効果を知れるんだ。これ以上のお手本はない。

 リウスは巧みに身を翻しながら右に左にと細かく移動し、ワイバーンを攪乱する。
 接近したところを狙ってヴィオラは《石弾/ストーンバレット》を放つ。石と言ってもソフトボールほどもある結構大きな石だ。ワイバーンにそこそこのダメージを与えている。
 ヴィオラは翼の皮膜を狙って撃っているようで、だんだんとワイバーンは飛行が辛くなっていっているようだ。

 リウスはワイバーンの懐に潜り込む隙を狙っているようだった。
 わざとギリギリのところを掠めて駆け、魔法の無駄撃ちをさせて魔力を消費させているのだ。

 スリムで俊敏な双頭犬に対して、体がデカい上に翼の分の面積もあり的がデカいワイバーン。あっちの魔法はさっぱり当たらないがこちらの魔法は全弾命中だ。
 ワイバーンがだんだん苛立ってくるのが手に取るようにわかった。

 苛立ったワイバーンは《風刃》のブレスをやたらと連射してくる。加えて《風刃乱舞》や《爆風》なんかの大きな魔法も惜しげなく飛ばしてきて本気を見せてくるが、リウスがうまく避けているのとヴィオラのツボを押さえた防御魔法で、ヴィオラと双頭犬のダメージは殆ど無しって状態だった。

 ワイバーンに疲れが見え始め、だんだんと双頭犬の動きを追いきれなくなってきた。
 ブレスが明後日の方向に向かって吐き出される場面が増えてくる。

 ヴィオラの《石弾》も地味にワイバーンの体力値を削り続けていて、もはや飛ぶのがやっとって状態のようだった。

 「リウス、気の毒だからそろそろ楽にしてやって」
 ヴィオラが囁いた。
 「わかった」
 リウスは言うなりギュン!と加速すると、一瞬後にはワイバーンの懐に潜り込んでいた。

 狙うのはただ一点。
 喉だ。

 全身を硬い鱗で守られた竜の、唯一の弱点が喉。獲物を飲み込み、頭を動かす支点でもある喉は硬い鱗で包めないのだ。

 リウスは見えない地面を蹴ってワイバーンの喉元を狙って跳躍した。

 ヴィオラが魔法を発動する。
 「《神の牙/ゴッズファング》!」

 リウスの牙が伸び、ギラリと光る凶悪な武器に変わった。

 ワイバーンが頭を振るが間に合わない。
 苦し紛れに放ったブレスは明後日の方向に飛んでゆく。

 リウスの牙がワイバーンの喉に食い込み、そのまま切り裂いた。

 ワイバーンが地上に落下する。
 まだ息のあるワイバーンが地上でバタバタと暴れる。

 「サファイア、凍らして!」
 ヴィオラが双頭犬の上から叫ぶと、サファイアは「わかった!」と頷き、《凍結/フローズン》の魔法を放った。

 恐らくサファイアの持つ最大レベルで放たれたであろう魔法は、ワイバーンの傷口から侵入してその全身を凍らせた。

 「討伐完了!リウス、キオ、よくやったね!」
 ヴィオラが双頭犬の背から二つの頭を撫でた。

 双頭犬の双尾が、共にブンブンと振られていた。
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