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第二十二話 精霊王と妖魔王

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 ふと気がつくと、女の子が俺の顔を覗き込んでた。十五、六歳くらいかな。髪は若葉色、瞳は水色で髪と同じ色のワンピースを着ている。仏頂面だけどすげー可愛い。

 寝ぼけた頭でボケーッと見つめ、寝起きにこの顔は健康にいいわー、でも髪が緑色ってことは人間じゃないんだなーなんてことを暫く考えてた。

 そうしてるうちに頭に血が巡ってきて、不意に我に返る。

 俺、いつの間にか寝てたのか。
 で、この子誰? まさかヴィオラじゃないよな?

 どうもヴィオラたちを待ってるうちに、あの木に寄りかかったまま寝てしまっていたみたいだ。

 その俺の傍らにちんまりしゃがみ込んで横から覗き込んでいる美少女。

 「ねえ」
 そう呼びかける彼女の声を聞いて、あ、ヴィオラじゃねえなと思った。

 アイツの変化へんげは完璧だ。本当に完全にコピーするから、見た目じゃ見破れない。
 でも、声はコピーできないようなんだ。

 女性になれば声も女性らしく高くなる。狼になってたときは狼っぽい深みのある声だった。けど、基本的にはいつもアイツの声で、それを色々加工して模倣対象の声に近づけたってかんじなんだ。
 ヴィオラがガーネット王に扮した時も、声で気づいたとサファイアが言ってた。かなり似てたけど違っていたそうだ。

 だから、彼女のこの声は、ヴィオラじゃない。この声はアイツには作れない。

 ……で、誰?

 「何かあったら力になるって言ったよね?」
 ジッと俺の目を強い眼差しで見つめて言う。

 「はい?」
 何のこと?と数秒間考えて、ついさっきの己の発言を思い出した。

 「……精霊様?」
 コクリと頷く彼女。

 マジか。いや、レスポンス早えーよ。

 「何かお手伝いできることが?」
 「ウン」
 コクリ、と頷く。

 「スライム、いなくて困ってる。森が魔力足りなくなってきてる」
 「それはうちのスライムたちも言ってましたが……森に影響が出てるんですか?」
 「影響、出てる。草、魔力ない。薬草がただの草になってる」
 「……!」
 え、それ、結構まずいよな。薬草採取なんて初級冒険者の飯の種だぞ。それが、採取する品種は間違ってないのに薬にならないなんてことになったら、一大事だ。

 「ダンジョンから多くの魔物が追い出されて小さな魔物を狩ってるって話しですが……」
 「それだけじゃない。スライム、根こそぎ穫っていくヤツがいる。アイツらのせいでスライム増えない。なんとかして」
 「スライムを穫っていくヤツ……」
 「できるでしょ? アンタは妖魔族を動かせる。アンタほどの力を持った冒険者、他にいない」

 言われて言葉を失った。
 考えたこともなかった。妖魔王ヴィオラの主であるということが、どういうことか。

 そうか。ヴィオラの主であるということは、妖魔族の主ということになってしまうんだ。

 俺一人の意志で、妖魔族が動いてしまうのか?

 ゾワリ、と恐怖が背筋を這い上がった。
 身に余りすぎる力を得てしまったのかもしれない。
 精霊の依頼より、不釣り合いな力を手にしてしまった恐怖に囚われ、言葉を失った。

 「──勝手に妖魔族丸ごと戦力に入れないでくれる?レイチに動かせるのは直接契約した魔物だけだからね」
 「そうなのか?」
 精霊がムスッとして、俺の背後に目をやる。

 振り返ると、精霊に負けず不機嫌そうな仏頂面のヴィオラがいた。

 ヴィオラは俺の前に歩み出て、俺を精霊から隠すように立つ。
 「そうだよ。僕だってまだ正式に妖魔王に就いたわけではないし」
 「それでも、最も力のある冒険者なことには変わりない」
 精霊はそんなヴィオラを睨むような顔で見上げる。

 「スライムたちの件は僕も問題視していたところだったから、依頼は引き受けるよ。森が死んだら、魔物も人間も生きていけないからね」
 「頼む」

 んんー?!
 あの、ヴィオラ? 俺、まだ何も言ってないけど、オーケーしちゃうの?君、一応俺の従魔だよね??

 「報酬は? 依頼である以上、報酬を支払うんだよね? レイチは人間だから、具体的な“物”じゃないとダメだよ。精霊界を救った名誉だけとか、そんな寝言は聞かないからね」

 報酬の交渉までしちゃってるし……。

 「ふん、妖魔はつくづく品がないな。だが、人間にはモノが必要だという意見は容れよう。報酬なら先払いで渡してるはずだ」

 精霊の言葉に、ヴィオラが俺を振り返る。

 「報酬って……あ、ひょっとして、さっきのドングリ?」
 え、待って。報酬がドングリとか、どこのト○ロ?

 「ただのドングリじゃないぞ。それは命の実だ。肉体の魔力が失せる前に摂取させれば、一人につき一回だけ死者を呼び戻すことができる。呼び戻すだけで回復はさせないから、使用には注意が要るが」

 精霊の言葉に、思わず息を飲んだ。
 それ、秘宝中の秘宝クラスだろ。一粒でどれだけの値がつくと……え、俺、幾つ拾った?

 慌てて食材用の小袋の中からドングリを拾い出した。
 全部で二十粒ほどあった。

 「見せて」
 ヴィオラが横から手を出してドングリを攫った。
 一粒一粒をじっと翳すようにして見つめ、念入りに検分している。

 「確かに本物みたいだ。渋ちんの精霊にしては気前がいいね」
 言って、ドングリを俺に返してきた。

 本物なんだ。

 急にその木の実がずっしりと重みを増したような気がした。

 「渋ちんとは失礼な言い草だな」
 眉間に皺を寄せてヴィオラを睨む精霊。
 「だって、新しい魔法の習得を餌にずいぶんと人をただ働きさせてきたのは事実でしょ?」
 「ただ働きとは失敬だな!ちゃんと報酬なら与えているではないか!」
 「君らは何の負担もしてないでしょ? 人はそのために命をかけるのに」
 「くっ……」

 ……なんだろ。なんか、妙に気安いというか。腐れ縁のケンカップルみたいというか。

 ヴィオラにも、そういう相手がいるんだな。

 ……そっか。
 いや、べつにいいんだけど。

 「で、成功報酬はあるの? 用意しとかないと、このまま逃げちゃうかもしれないよ?」
 「ふん、もし逃げたら新しい妖魔王は盗人だという評判が広まるだけのことだ」
 「……あのさぁ、僕への依頼なら妖魔城を通してくれる? こんな風にレイチを介したりしないでさ。レイチは繊細なんだよ。君らみたいなガサツで大ざっぱな連中と違って」
 「ガサツとは随分な言い草だな! 貴様ら妖魔族が今までどれだけ我らに負担をかけてきたと思ってるのだ!」

 ……ホント、仲いいな。美男美女でお似合いだよ。俺みたいなおっさん一歩手前の冴えない男なんかじゃなく、そっちでいいじゃん。

 ……ふぅ。なんか眠くなってきたな。

 あっちの話はまだかかりそうだし……。
 俺は再びあの木の根元に座り込んだ。座ると急激に睡魔に襲われる。

 寝てようかな。いいよな、どうせ俺のことなんて見てないし。

 精霊の木の根元に座り込んで、うつらうつらと船をこぎはじめる。

 「……レイチ? ダメだよ、一人で帰っちゃ! ゴメンね、放ったらかしにしちゃって。……精霊王! 依頼は受けたから、今後はこんなことしないで妖魔城に伝言するか妖精にメッセージ持たせて! じゃあね!」

 そんな声を聞きながらうっとりと微睡んで、そして意識を無くした。



 「レイチ、起きた? ゴメンね、放ったらかしにしちゃって!」
 そんな声に意識を取り戻して目を開けると、俺はあの精霊の木の根元でうずくまっていた。あのまま眠ってしまったようだ。

 そして真正面から俺の顔を覗き込んでいるのはヴィオラだった。

 「彼女は帰ったのか?」
 「……あ、やっぱり混乱してる? 彼女はいないよ、最初から」
 「は?」
 ヴィオラの言葉の意味を掴めず、目をしばたたく。

 「彼女と会ったのは夢の中だったんだ。リウス・キオから見れば、変化へんげの練習の間にレイチは眠ってしまっていて、今起きたところなんだよ」
 「…………え?」
 ヴィオラの後ろでリウス&キオがコクコクと頷いている。

 いや、ゴメン、意味がわからない。

 「僕とレイチが彼女に会っていたのは、夢の中なんだ。僕はスキルを使ってレイチの夢の中に行った。つまり、あの対面は全て精霊王に見せられた夢だったんだよ」

 「あー……。じゃ、そもそも、目を覚ましたところから夢だったってことか」
 「そう。彼らは夢界に出入りできるからね、何か伝えたいことがある時にはよくああやって夢を使うんだ」

 夢界ってことは、俺と会う前のヴィオラがずっと眠っていたっていう場所。妖魔界の入口にある、あの空間だな。
 そうか、旧知の間柄なんだ。親しげにしてたわけだ。
 「じゃ、お前が彼女と仲良さげだったのは、向こうで会ってたからなのか」

 俺の言葉をヴィオラが聞き咎めた。
 「は? 仲良さげ? 意味分かんないんだけど? あれ見てレイチは僕らが仲いいって判断したの? どう見ても喧嘩寸前だったでしょ?」
 「俺からすりゃ、あんなに遠慮なく言い合えるなんて、気の置けない仲のようにしか見えなかったけどな」

 ヴィオラは黙り込んで俺を見つめ、それから少し複雑そうな笑みを浮かべた。
 「レイチ、妬いてる?」
 「……え?」
 ヴィオラの言葉に一瞬固まる。

 「べつに……!」
 反射的に言い返したものの、一連の自分の行動と発言はやきもち以外の何物でもないことに、気付いてしまう。

 「あ、あの、ボクたち、ちょっと散歩に行ってきます。大丈夫、この辺よく知ってるから……」
 「キオ? 急にどうしたんだ?」
 「兄さん、ほら、ここでぼーっとしてるのもなんだし、ちょっと偵察に行ってこようよ!」
 「ん? ああ、そうだな。オレたちでこの辺を調べてくるか」
 そう言って、兄弟がそっと席を外した。

 その後ろ姿を見やってヴィオラが薄く微笑む。
 「レイチ。あの子はね、妬くような相手ではないんだ、本当に」
 「……妬いてなんて、いねぇよ」
 「強がるレイチも可愛くて好きなんだけどね。強がって平気なフリして、そのまま黙って身を引くなんてことしそうで、怖いんだよ」
 「……!」
 「気の置けない関係の相手とはさっきの僕らみたいにレイチも思い切り言い合うんだとしたら、僕にはまだ気を許してないってことなのかな。レイチはまだ、僕とぶつかり合ったことはないよね。
 レイチ。不愉快なら不愉快だって言っていいんだよ」

 ヴィオラの言葉にぐっと詰まり、とっさに心にもない言葉が口をついて出る。
 「俺はただ、お前が勝手に依頼の受諾して報酬の交渉までしてたのが気に入らなかっただけだ」

 ヴィオラははっとした顔で黙り込んだ。
 「……ごめん」
 その様子に、なんだか申し訳ない気分になってしまう。
 「……いや、別に……ただ、ああいう時は一応、俺の意見も聞いてほしいんだよ。あの場面で、あの依頼内容で、絶対断るなんて有り得ないとしても」

 「そうだね。出過ぎた真似をした。僕も妖魔王って呼ばれることに慣れちゃって、自分がレイチの保護者みたいな気分になっちゃってたかもしれない。精霊王への警戒心が前に出過ぎちゃったね。ゴメン」

 「いいんだよ。あいつ、そんなにヤバいヤツなのか?」
 「ヤバいよ。妖魔よりよほどヤバい。僕ら妖魔は人間と共に生きる魔物だから、基本的には人間を大切にしてる。
 でも、精霊は人間のことなんてどうでもいいと思ってるからね。死のうが滅ぼうが関係ない。森で行方不明になる子どもは多いけど、そのうちの相当数は精霊が攫ったんだ。受粉の手伝いをさせてるって噂もあるし、苗木に閉じ込めて新しい精霊に無理やりに仕立ててるって話もあるし」

 コツン! と結構な勢いでイガを被ったままのドングリがヴィオラの頭の上に落ちてきた。

 「……本当のことでしょ? 知ってるんだよ、僕」
 ドングリのぶつかった頭を撫でつつ、眉間に皺を寄せてヴィオラが精霊の木を見上げる。

 「そもそも君ら精霊は両性具有ふたなりでしょう? 普段は男の姿してるくせにあんな姿でレイチの気を惹こうとして、僕への嫌がらせのために攫うつもりだったんじゃないの?そうはいかないんだよ」

 ヴィオラの言葉に俺は固まっていた。
 「──ふたなりって言った?」
 ヴィオラを見上げる。
 「そうだよ。あんな顔して、股間には立派なモノぶら下げてたんだよ」
 マジで?

 「そもそも、彼ら自家受粉だからね。自分の精子で受精するんだ。他人なんて必要ないんだよ」
 …………マジで?

 すると、木の枝の間から黒い蝶がヒラヒラと舞い降りてきた。
 ヴィオラが顔をしかめてその蝶を指に留まらせると、蝶は妖精に姿を変え、無邪気な笑顔をヴィオラに向ける。

 「ヴィオラ様、精霊王様から伝言ね! ──余計なことをベラベラと言うでないわ、この淫魔!
 人の国の王侯貴族に戦争を唆し、人間同士で戦いあう様を肴に酒を飲むなんてえげつないことをする妖魔族に、我らが非人道的だなど言われたくはないな!」

 可愛い顔に似合わない男の声でメッセージが再生された。
 両性具有ふたなりって、マジみたいだ。いや、この妖精の能力もすごいけど。録音機能あるのかよ。

 ヒラヒラと蝶に戻って去ってゆくのを渋面で見送り、俺に向かって「……一部の連中だからね?」と言うヴィオラに、耐えきれなくて吹き出した。

 「妖魔と精霊の関係がよくわかったよ!」
 ひとしきり笑って、ヴィオラに言った。

 夢界や妖精を共有していたりするわりに顔を合わせれば言い合いになるとか、もう『仲良くケンカ』な間柄なんだな、妖魔と精霊は。

 「……せっかくレイチが可愛くヤキモチ焼いてくれたのに、アイツのせいで賢いキオがリウス連れて席を外した配慮も雰囲気もみんな台無しだよ」
 ヴィオラが溜め息をつきながらボヤく。

 笑ってたら、額に唇が降ってきた。
 「このくらいはいいでしょ?」
 微笑むヴィオラは、嫌になるほどイケメンだった。
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