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第二十一話 隠された思いと変化の練習

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 俺は座って二人の帰りを待つことにした。

 よく見ると、周囲の木や草がちょっと萎びている。場所によっては完全に枯れてしまっていて、そこはさっき双頭犬が進化の時に立っていた、まさにその場所だと気付いた。

 魔力吸収の被害を受けてしまったようだ。

 「ゴメンな」
 呟いてそっと干からびた地面を撫でる。レベル1の《魔力授受/トランスファーマジック》で俺の魔力をほんの少し分け与えてみる。

 カラカラで赤茶けていた地面が少し黒くなった。
 ま、この程度じゃ、焼け石に水だけど。

 「……痛てッ」
 頭にコツンとドングリが落ちてきた。

 落ちてきたドングリを手に取って、リスが手を滑らせでもしたか?と頭上を見つめていると、更にパラパラと俺の頭の上ばかりにドングリが落ちてきた。

 「痛ててて……」

 むぅ。こりゃ、多分精霊が怒ってるんだな。「その程度じゃ足りないよー!バカバカバカ!」という意志表示と見た。

 魔法を取り上げられても困るので、更に魔力のおかわりとして、俺の魔力の半分を注いでおくことにした。

 「すみません、精霊様。旅の途中なので、このくらいで勘弁してください。なにかあった時にはお力になりますから」

 恐らくドングリを落としてきたのであろう大樹に向かって頭を下げておいた。
 これで納得してもらえたのかどうかはわからないが。

 とりあえず落ちてきたドングリは回収しておいた。うまく調理すれば食えるかもしれない。

 巨犬たちの帰りを待って、ドングリを降らせた大樹の根元に腰を下ろす。

 「……キオは、リウスのこと、好きなんだな。無理やりにされたんだろうに、全く怒ってもないしショックもないんだな」
 誰にともなしに呟いた。

 兄犬リウスに組み伏せられてた弟犬キオの姿を覚えてる。

 あの時は襲ってきた敵の魔物だったから大した感慨もなく、雌犬の代わりにされた小さな雄犬をちょっと気の毒に思った、それだけだった。

 「闇狗ダークドッグは群の絆が強い魔物ですからな」
 スラサンが話し相手になってくれるようだ。

 「心の機微というものは私には分かりませんが、キオは闇狗ダークドッグの中でも格別に頭の良い方のようにお見受けしますから、リウスが魔法の影響下にあって、通常の判断力がないことを理解していたのでしょう。自身も多少は魔法の影響を受けていたのかもしれません」

 「そうだな……」
 魔法の影響を受け、キオもまた発情していた、ということか。

 妖魔城の沐浴場でのことを思い出しかけて、すぐに記憶の底に沈め込む。

 愛撫された。後ろに指を入れられた。それだけだ。レイプされたわけではない。
 それなのに、思い出すことすら拒否している俺は、弱いのだろうか。

 あの時ヴィオラは少しだけ催淫の魔法をかけたと言っていた。
 少しだけだったから心まで作用しなかったのか。もしもあの時、もっと強い魔法をかけられていたら、俺のヴィオラに対する気持ちは違っていたのだろうか。

 リウスを許すキオのように、ヴィオラを愛し求めていたのだろうか。

 「ヴィオラは、大人のインキュバスとしての行為をしたいのかな」

 久しぶりにヴィオラと離れて一人で過ごしているせいだろうか、普段蓋をして見ないようにしているものがポロポロと口をついて出てきてしまう。
 スラサンという、己の感情を差し挟まずに聞いてくれる相手が聞き手のせいか、普段は押し殺している本音が零れてくる。

 「ヴィオラ様は、淫魔の気質を強く持っておいでです。淫魔は、人間には誤解されやすいですが、相手の望まないことはしません。どんな無体な行為に思えることも、相手が心の底で望んでいることです。ですから、ヴィオラ様はレイチ様が望まない限りインキュバスの行為を強要なさることはないはずです。
 それでも、もしレイチ様の望まない行為があったのだとしたら、それはヴィオラ様の魔王の本能がそうさせたのでしょうが、きっと心の内では反省なさっておられると思います」

 静かなスラサンの言葉が沁みていく。

 俺の、望み?……心の底に沈めた本音?
 抱きたいと思ったことは認める。抱かれたいなんて思ったことは、ないはずだ。

 完成に至ったヴィオラが殊の外美しいことは、認めるけど。

 「近頃、インキュバスたちの間では男性を誘惑することが流行し始めているようですよ」
 不意にスラサンがそう切り出した。

 「男を?」
 ヴィオラがインキュバスだから男とはセックスできないと半ベソかいてたのは、まだほんの半月足らず前だ。
 それなのに、もう?

 「妖魔城の新しい住人のお二方が積極的に広めているようですよ、新しい妖魔王はとてもとても美しい元インキュバスで、その恋人は同性なのだと。それを受けて流行に聡い淫魔たちは積極的に同性との行為を研究しているようです」

 「へえ……」
 驚きで思わず目をしばしばさせた。

 つまり、なんだ。ヴィオラがインフルエンサーってことか?

 「女性を誘惑するより楽しいと言っているインキュバスもいるようです。人間の女性は抑圧されている者が多く、インキュバスが訪れると大抵は誘惑するまでもなく大歓迎されてしまうようですからね。男性は抵抗感が強く受け入れさせるまでの手管が必要で、落とし甲斐があると」
 スラサンの声音が少し面白がっているような響きを含んでいるように思える。

 「拒絶されてメゲる淫魔はいません。ですからマスターは安心して、ご自身の思いと向き合ってください」
 「待て、それは、拒絶しても諦めずに口説かれ続けるってことか?」
 「左様、ヴィオラ様はただの淫魔ではなく魔王ですので。淫魔なら飽きればすぐに相手を変えますが、魔王は飽きぬ上に諦めるということを知りませんからな」

 ……えっと。
 これは、もしかして、いずれはヴィオラに口説き落とされるんだからさっさと覚悟決めろってことを、めっちゃ遠まわしに言われた?

 草むらで心地良さそうにポヨポヨしてるわらび餅似の生き物を、思わず見下ろした。

 「ボク悪いスライムじゃないよ」という有名な台詞があるが、コイツはちょっとだけ悪いスライムなのかもしれない。



 「ただいま~!レイチ、おみやげ!」
 二頭の魔物が帰還するなり俺の前にドサリと投げ出したのは、巨大なワイバーンの死骸だった。

 「楽しかったよねー!」
 「ヴァォン!!」
 狼ヴィオラと黒い双頭犬がチラリと目配せで意を交わす。
 リウスとキオがすっかり犬に戻ってるんだけど……。

 「いや、待て待て待て、なんだこれ?!おみやげって、お前ら一体何してきたの?!」
 小山のようなそれを見上げて、思わず目を白黒させてしまう。

 「あ、それね、心魔石はないんだ、ゴメンね。その子を殺しちゃうのは忍びなかったから、再生できるように卵にして置いてきたんだよ」
 「……すまん、ヴィオラ。順を追って説明してくれないか?」
 「あ、ゴメン、後でいい?遊んだ興奮が残ってるうちに人身化を教えてあげたいんだ。ヘタに時間を置いてまた二人が元の照れ屋さんに戻っちゃうと困るから」

 「……」
 いいんだ、もう何も言うまい。
 遊んだついでにワイバーン狩ってくるとか、スケールが違いすぎる。

 頭を抱えている俺をよそに、ヴィオラと双頭犬は人身化のレッスンを始めていた。

 「いい?僕をジッと見てて。何も考えなくていい。頭を空っぽにして」
 そう言い、一呼吸置いてから狼から人への変容を始めた。

 恐らく意図してゆっくりと変化しているのだろう。狼が後ろ脚で立ち上がり、手足が伸び、首が細くなり、体毛が衣服に変わり、頭髪が伸び、尾が消え、そして見慣れた大人のヴィオラに変わる。

 「もう一度やるよ」
 そう言って再び狼に戻ると、同じ変化を繰り返した。

 「ヴィオラ様、もう一度お願いできますか?次はできそうな気がします」
 キオが真剣な眼差しで、再々度の変容を求めた。

 「いいよ、何度でも」
 ヴィオラは微笑んで頷くと、三たびの狼から人身への変容を始める。

 ……と、今度は双頭犬が後を追うように変化しだした。

 ちょっとだけ俺は、兄弟が人になっても二頭一身だったらどうしようと懸念していたんだけど、杞憂だった。

 双頭犬の姿から変容して現れた人のシルエットが一瞬二頭一身に見えてドキッとしたのだが、変化が完了するとそれはしっかり抱き合った二人の人間の姿だとわかった。

 そのことに気付いた本人が慌てて離れるのを、ちょっと微笑ましく見守る。

 元闇狗ダークドッグなだけあって、二人とも黒髪に深紅の瞳だった。
 初期装備なのか?黒い丸首シャツに黒いタイツみたいなのを穿いている。靴は無い。

 「その服は脱げるやつ?」
 ふと素朴に疑問に思ったんで聞いてみた。
 「脱げます。ヴィオラ様のように綺麗な服をと思ったんですが、これだけしか出せませんでした」
 キオがシュンとして言う。
 「初めてなんだから、これだけキチンとした姿になれるだけ凄いよ!僕なんて最初のうちは素っ裸と下帯姿のどっちかにしかなれなかったからね!」
 ヴィオラが何故かちょっと自慢げに言う。

 ……それは淫魔だから、とか言わないか?どうせ脱ぐんだから服なんて覚えるのは後でいい!とか、ローズさんなら言いそうな気がする。

 さて、二人の容姿だが、まぁブサイクってことはないんだろうと思っていたが確かにそうで、二人とも大層なイケメンだった。
 ただ、タイプはだいぶ違う。

 兄のリウスはかっちりと締まった体つきに百八十センチは優に越えるだろう長身で、やや浅黒い肌に精悍な顔つき。
 一方弟は華奢で俺よりもやや小柄、肌も白くてパッチリとした目の綺麗系。

 兄弟って言いつつ似てないんだけど、魔物だからな。恐らく人間が思うような血縁関係じゃないんだろう。

 「うまく変化できたね。それじゃ、今度は逆だ」
 そう言って、ヴィオラが人身から狼への変容を逆再生で見せてやるのを、兄弟が食い入るように見つめる。

 「キオ」
 リウスがキオを呼び寄せて、その腕の内に抱き込むと、キオがちょっと恥ずかしそうに身を委ねた。

 ……何見せられてるんだ、俺は?
 突然の抱擁に困惑したが、これも変化のための準備なのだった。

 「ヴィオラ様、もう一度お願いします」
 「ん、いいよ」
 ヴィオラは二人に、人から狼への変容を見せてやる。

 抱き合った二人はヴィオラの後を追い、変化を始める。
 二人の体が溶け合うように、文字通りの意味で一体となる。人の手足が犬のものに変わり、双尾が現れる。

 一度犬から人への変化をしているせいか、今度は一度見ただけですんなりとものにし、二人の人間は一頭の双頭犬に変化した。

 「抱き合って変化するなんて色っぽいね。凄くいいよ!」
 ヴィオラが嬉しそうに言う。

 「見ないで人に戻れる?」
 「やってみます」

 リウスとキオはチラリと視線を交わし合い、集中するように目を閉じた。

 少しして、双頭犬の体が変容し始め、抱き合う二人の姿に変わる。

 「もう人身化は大丈夫そうだね」
 ヴィオラが嬉しそうに言った。

 レッスン終了のようだ。
 俺はずっと聞きたくてうずうずしてる話をヴィオラに投げかけた。

 「で、これ、どこでどうしてきたんだ?」

 ずっとそこに放置されたままのワイバーンをペチペチと叩くが。

 「服をなんとかしないといけないよね。それじゃあ下着だし。服はどう?出せそう?」
 「…………難しいです」
 「どうやったら出るのかさっぱりわからない」

 ……って、まだ終わってなかったのかよ。
 華麗にスルーされ、やや憮然たる思いで沈黙する。

 「……ま、いいけどね」
 顔を突き合わせてああでもないこうでもないと言い合っている三人を見て、まだ時間がかかりそうだな、とそっと溜め息をついた。
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