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第十九話 兄弟犬の名付けと妖魔王のお仕事

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 感心する勢いで肉を平らげた魔犬たちは、幸せそうにひっくり返っていた。魔獣の野生はどこ行った。

 そしてもう一つ感心するのは、回復の早さ。いや、魔物って成長速度異常だってヴィオラの成長中に思ってたけど、回復速度も異常なんだな。ガリガリでぼろ雑巾みたいだった二匹はいい肉をたらふく食べた結果、もう既に普通体型に戻っている。
 魔物じゃない普通の生き物なら、これだけ体型を戻すには例え子猫だって一週間はかかるだろうに。

 結局兄犬も従魔契約をした。
 デカい塊肉を切り分けたり焚き火で炙ったりしながら「どうする?」と尋ねたせいか、一瞬の迷いもなく、なんならこっちの問いにかぶせ気味で「契約するッ!!」と言ってきた。別に契約しなきゃ肉を食わせないなどとは言ってないのだが、そうとらえてしまったのかもしれない。

 まあ、弟犬が嬉しそうにしているし、良しとしよう。

 二匹の兄弟犬を同時に名付けることになったわけだ。
 犬二匹、両方オス。なら、もうこれしかないよな!

 「よし、お前たち、名前をつけるぞ」
 ひっくり返っていた二匹が同時にピョコンと飛び起きた。
 「名前!!」
 「貰えるんですか?!」
 二匹とも尻尾を千切れんばかりに振りながら寄ってくる

 「兄はシリウス、縮めてリウス。弟はプロキオン、縮めてキオ。どうだ?」
 この時俺は、恐らく俺史上最大のドヤ顔をしたと思う。
 おおいぬ座の一等星シリウス、こいぬ座の一等星プロキオンだ。たまたま知ってた。って言うか、前に読んだラノベに出てきた知識なんだけどな!

 「うわぁ、レイチどうしちゃったの?レイチにしてはすごくカッコいい名前だよね!」
 ヴィオラが若干、いや大いに引っかかる褒め方をする。
 「俺にしてはってなんだよ」
 ジロリと睨め付けると、ヴィオラは静かにスラサンに目をやる。

 ……ふ。一言も言い返せねえな!

 「シリウスとプロキオンか。いいね、魔族っぽい名前だ」
 ヴィオラが微笑む。

 あ。スラサンの時もだけど、縮めた後じゃなくて縮める前を採用するんだね。結局縮めた後の方しか呼ばないとしても。

 「ちょっと仰々しかったかな。魔族じゃないのに魔族っぽい名前付けるのはまずいか?」
 「全然まずくないよ。むしろちょうどいい。彼らはこれから魔族になるから」

 「……は?」
 「え?」
 「へ?」

 俺と魔犬たちの三つの声が重なった。

 「僕は反省しているんだ。そんなつもりじゃなかったとは言え、君たちを必要以上に苦しめてしまった。とても賢くていい子たちだし、お詫びに進化させてあげたいんだけど、君らの意志はどうだろう?」
 ヴィオラは二匹の小さな魔獣を真っ直ぐに見つめる。

 「し、進化って、僕らが?え?その、どういう……」
 「何言ってるんだ?進化っていうのは、強い魔獣がもっと強い魔物や人間を倒して、魔石や心臓を食らって果たすものだろう?まさかアンタが魔石を差し出すなんて、そんなわけはないよなぁ?」
 オロオロするばかりの弟犬キオを守るようにグイと前に出て、兄犬リウスがヴィオラに挑むような目を向ける。

 キオの賢さばかりに目が行ってたけど、リウスの方もかなりだな。しかも度胸がある。キオのオマケくらいに思ってたけど、こっちも相当いい拾い物だったかもしれない。

 小さな闇狗ダークドッグが魔王ヴィオラに一匹で立ち向かう健気な姿に、思わず胸が熱くなる。

 ヴィオラは片膝を着き、優しい眼差しで二匹を見下ろして言った。
 「血を流す必要はない。そうせずとも、僕は君たちに魔石を与えることができる。僕は、妖魔王だからね」

 兄弟犬が揃って息を飲んだ。

 わかるよ。なんで妖魔王がこんなとこでぶらぶらしてんだよって、思うよな。たった一人の供だけで、しかもそれが大して強そうでもないのに態度だけはデカい人間で……って放っとけ畜生。

 「ただ、僕が進化させてしまうと君ら魔獣なのに獣魔王じゃなくて妖魔王の眷属になってしまうから、それが嫌なら無理にとは言わない」
 そう言ってヴィオラは二匹の返事を待つ。

 二匹は視線を交わしあう。

 口を開いたのはリウスだった。
 「オレは、元から既に無かった命だ。それを救われたんだから、レイチ様とヴィオラ様の望むようにしたい。元々獣魔王様は俺らを眷属の数に入れてないと思うし」
 キオが補足するように言葉を継ぐ。
 「進化できるのは嬉しいのですが、力に見合わない進化が果たして良いのかどうか……」

 「うーん」とヴィオラは顎に手を当てて唸った。
 「力に見合わないって言うけど、僕はそうは思わないんだ。君らは魔獣だから力ばかりに目が行きがちだけど、魔族になるのに最も大事なのは力じゃなくて知性だ。力が強いだけの愚か者が魔族になったら、きっとその力を悪用して人間に害を成そうとするだろう?それは困る。僕ら妖魔は人間の味方だからね」
 「え、そうなのか?」
 意外な言葉に俺は思わず驚いてヴィオラを見つめる。
 だって、一般的に魔物は人間を嫌い、滅ぼそうとする存在なんじゃないのか?少なくとも人間はそう思ってるぞ。

 「そうだよ。だって人間がエロいことに耽溺してくれないと淫魔は生きられないし、悪夢を見てうなされてくれないと夢魔は存在できないし、人間同士で争いあって戦っていてくれないと妖魔は楽しめないし」
 「あー、そういうこと……」

 今初めて、ヴィオラは確かに妖魔なんだなって実感した。

 妖魔族は人間の味方。
 正確には“欲深い人間”の味方。
 妖魔族にとって、人間は滅ぼす対象じゃなくて堕落させるものなんだな。
 だから、もし獣魔族が人間を滅ぼそうとするなら、妖魔族は人間の味方につくのだろう。

 じゃ、妖魔は禁欲的な聖人を嫌うのか?
 そうじゃない。恐らく、そんな人間がいたら彼らは全力で堕落させようとするんだ。それは彼らの楽しみでもある。

 ……ま、うまくバランスを取れば、付き合えないこともない。
 俺がこれまで、そう接してきたように。

 「君らは力が無いって言うけど、力なんて後付けで与えることだってできる。でも、知性は育てることはできても与えることは不可能だ。君らはその大事な知性を既に持ってる。僕から見れば、進化条件を立派に満たしてるんだ」
 そう言って浮かべた微笑は、恐らく魅了の魔力が籠もってる。本人が発動させる意志がなくても放たれてしまうタイプの魅了だ。

 「まあ、今まで以上に僕が獣魔王に嫌われる可能性は大いにあるけどね」
 ヴィオラが脳天気に笑いながら言う。

 「どーせ嫌われてるなら徹底的に嫌われるのも有りだよな」
 両者の会話に割って入ると、ヴィオラと魔犬たちが視線で続きを促してくる。

 俺はさっきからずっと考えていた。
 進化素材は二匹の狗。
 そしてここには潤沢な魔力を持つ魔王がいる。

 ──レアモンスター誕生の予感!!

 獣魔王の眷属である魔獣を断り無く勝手にレアモンスターに超進化させたりしたら、多分怒られる。進化させて獣魔王に献上するならともかく、そのまま寝返らせるわけだから。
 まあ、うちの魔王はそんなの気にするヤツじゃないからね。

 「ヴィオラ」
 俺はヴィオラをちょいちょいと手招きした。
 「何?」とヴィオラが身を寄せてくる。
 二匹に聞こえないようにして、ヴィオラに俺の考えを説明した。

 「レイチ、それイイ!!」
 ヴィオラが声を弾ませた。
 「ねえ、スラサン、これって……」
 スラサンも巻き込んで三人での密談に、二匹の狗は不安げな顔をしているが、大丈夫。これはいい進化。……多分。

 そして密談が終わり、ヴィオラはめちゃくちゃイイ笑顔で二匹を振り返った。
 「シリウス、プロキオン」
 ヴィオラが呼ぶと、二匹は「はい」と緊張感を漂わせつつ歩み寄ってくる。

 「選択肢は三つある。一つ目は、進化せず、このままこの森で二匹で生きる。二つ目は、普通に進化して僕らの飼い犬になる。そして三つ目は、魔族に進化して僕らの仲間になる。ただし、魔族に進化するには幾つかの条件がある。それを全て受け入れるなら、君らはこの妖魔王の眷属である“幻獣”に進化できる」
 「幻獣……?!」
 「そう、この世界には存在しない魔物に、僕の魔力を使って進化させる。見た目をカッコ良くするのは保証するけど、正直に言って能力は未知数だ。今より強くなるのは間違いないけどね」

 ヴィオラぁ、正直すぎるぞ!そんなこと言われたらびびって引いちゃうかもしれないだろ!俺としてはぜひ幻獣を見たいんだ!スラサンがこの世界には存在しないって保証してくれた幻獣を!

 「……その、条件っていうのは?」
 リウスが固い表情でヴィオラに尋ねた。

 「まず一つ。存在しない魔獣だから、獣魔王の目を誤魔化すために出自を偽ってもらう場合がある。二つ目に、退化は不可能。一旦進化したら戻れない。三つ目に、幻獣への進化を選んだら、君らは二度と離れられない。別れて別の場所で生きたいと思ってもそれはできなくなる」

 「もし、一方が死にかけたらどうなる?」
 「もう一方も死にかける、あるいは、もう一方の魔力で回復させられるかもしれない。物理的に離れられなくなるから、一方だけが死ぬということはできなくなる」

 「……なら、オレは、幻獣になりたい」
 「兄さん?」
 あっさり結論を出したリウスにキオが尋ねるような目を向ける。
 「弟と……キオとずっと離れずにいられるなら、オレは、幻獣になりたい」
 照れくさいのか、リウスは目を下に向け、キオの方を見ないようにしている。

 忘れてたけど、そう言えばこの二匹って肉体関係があるんだよな。愛があったのか。そうか。

 「……うわ、すっごい熱烈な言葉きたけど、キオは?キオはどうなの?僕は今の台詞を人間の姿でもう一回聞きたいんだけど?!」
 ヴィオラが頬を赤らめ、前のめりでキオに詰め寄る。

 ヴィオラ……魔王の威厳が消滅してるぞ。

 キオは少し考える様子を見せたが、すぐに顔を上げた。
 「ボクは、兄さんの決定に従います」

 リウスとは若干温度差のある意見に、ヴィオラが不服そうに鼻を鳴らす。
 「んー。好きで一緒にいたい、とかではないのかな?」

 その言葉を受けてリウスの目がやや寂しげに曇る。

 「好きだし一緒にいたいし、だからこそお二方に助けを求めたんです。それでも進化するのは、正直、怖いです。けれど、兄さんと一緒なら、きっと大丈夫だと、思い……ます」
 そう言ってキオは真っ直ぐにヴィオラを見つめた。

 ヴィオラは微笑んでキオの頭を撫でた。
 「ん。いい子だね。大丈夫、リウスと一緒だし、僕とレイチも守るからね」
 嬉しそうにキオは目を細めた。

 「リウス、良かったね、相思相愛だよ」
 ヴィオラは兄犬リウスの頭も撫でた。リウスはまだ照れ臭そうに顔を伏せている。きっと人間体なら、真っ赤な顔をしているんだろう。

 「二人の意見は、一緒に幻獣になる、でいいんだね?」
 ヴィオラは念を押すように二匹に尋ねる。二匹は揃って頷いた。

 「わかった。それじゃあ、進化の儀を始めよう」

 ヴィオラは合わせた両手を丸く膨らませて口元に当て、息を吹き込むような仕草をした。
 魔石作成だな。唾液を垂らすやり方はちょっとエロかったから、工夫したんだろうな。元淫魔の夢魔たちは魔王の唾液に興奮してくれたけど、魔犬たちはね。別に文句は言わないだろうけど、絵的に本人が嫌だったんだろう。

 手を口元から離して開くと、ヴィオラの両手にはそれぞれ一つずつの魔石が乗せられていた。

透明な水晶の中にキラキラと虹色の光が揺れていて、いつ見ても綺麗だ。

 「シリウス、プロキオン。できるだけ体を寄り添わせて。……そう」
 ヴィオラの言葉に二匹が体をくっつけあった姿で伏せをする。

 ヴィオラは二匹の前に片膝をついてしゃがみ、両手をそれぞれに差し出した。
 「さ、お食べ」

 二匹は一瞬ヴィオラの顔を見上げ、すぐに意を決したように魔石に食いついた。

 変化はすぐに訪れた。
 二匹の周りを虹色の光の粒子が飛び回り、やがて白い閃光に包まれ、眩しさに思わず目をつむる。

 「……まずい」
 ヴィオラの声が聞こえた。
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