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第九話 二人の朝ごはんと妖魔王からの招待状
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「レイチ、それ何を作ってるの?」
ヴィオラが火にかけた鍋を覗き込んで尋ねる。
「今はまだ湯だな。麦粥を作るつもりでいるが」
まだ何も入れてないから、鍋の中は白湯だ。
「麦粥?美味しい?」
「有り体に言えば、不味い」
ヴィオラがプッと吹き出した。
「自分の手料理、作る前から不味いって言うの、変じゃない?」
「麦粥はどんなに上手く作っても決して美味しくならない、そういうものだ。俺の料理の腕に問題があるわけではない。パンがないから、とりあえず腹を満たすために仕方なく食べる、それが麦粥だ」
おれはしかつめらしい顔して言ってみせた。
「ふぅん、そうなんだ。僕にも少しくれる?」
「……は?お前のメシって」
俺の……じゃないのか、と言いかけて留まった。俺がそれ言うと、まるで退廃的な朝を催促してるみたいになるじゃないか、ということに気づいたからだ。
「レイチのおつゆは、昨夜濃厚なのを沢山貰ったから、今朝はまだ大丈夫」
ヴィオラは俺の飲み込んだ言葉がわかったように、扇情的な笑みを浮かべた。せっかく寸止めしたんだから、気づかないフリしてくれてもいいだろうに。
しかし、魔王みたいな美丈夫が淫靡に微笑むと、なんかすげぇ悪そうに見えるんだな、ということを発見した。同じ表情を子猫なヴィオラがやれば、ただエロ可愛いだけなのに……昨夜のヴィオラ、可愛かったな……っと、やべ。一瞬意識がどっか行きかけた。
「進化したから、僕も人間の食事ができるようになったんだ。まだ慣れてないから少ししか食べられないけど、これからはレイチと同じものを食べられるよ」
ヴィオラの言葉に気持ちが浮き立った。
「マジで?すげえな!じゃあ街に着いたら一緒にメシ食うか!楽しみだな!」
言いながらもう頭の中でヴィオラをどんな店に連れて行こうなんて考えてた。でもナルファならともかく、王都の店なんて俺も知らない。新規開拓だけど、ヴィオラと一緒なら楽しそうだ。
「……いや、それより、生まれて初めて食うのが不味い麦粥でいいのか?せっかくならもっと美味いものにしたほうがいいんじゃないのか?」
「いいんだよ。どうせ美味いも不味いも比較対象が無くてよくわからないんだ、それなら最初は不味いもの食べておいたほうが、後で食べるもの全部美味しく感じられていいでしょ?」
「……それもそうか」
「それに、レイチと同じものを食べてみたいとずっと思ってた。美味しいものも、そうじゃないものも一緒に食べて、美味しいって笑ったり美味しくないってしかめっ面見合わせたりしたい。だから麦粥が美味しくないことだって知りたいんだよ」
ヴィオラはそう言って、ふわりと微笑んだ。
俺は、その笑顔を見て、硬直していた。
魔王種だけど魔王ではない。しかし、すでに魔王の風格を漂わせつつあるヴィオラ。それなのに、なに?この、純粋すぎる発言と笑顔!!
とりあえず俺は、麦粥を作ることに全集中することにした。
生まれて初めての食事、つまりお食い初めだ。せめて美味く作って食べさせたい。
"美味い麦粥"なんて、"最強スライム"みたいなもんだろ。そもそも弱いのに、最強に育てたところで所詮スライム、他の魔物に比べりゃ断然劣る、と思っていた。……しかし!最強スライムは、今、ここにいる!なら、美味い麦粥だって、きっとできる!
三年間の冒険者生活で、アウトドア料理のスキルはかなり磨かれたと思う。特に俺はアレスのパーティではレベルもスキルも不足なお荷物要員だったからな。せめてこのくらいって、料理の腕は意識して磨いたんだ。おかげで三年間見放されずに在席させてもらえたんだと思ってる。
干し肉は出汁兼具材。あと、香りのいい摘みたてのハーブ。麦はニオイがしないよう、先に水魔法で洗ってある。
……魔法、マジ便利。アウトドアにガス水道を持ち歩けるってくらい、便利。もしこれが最初から使えてたら、俺はまだアレスのパーティにいたのかもしれない。そしたらヴィオラとは出逢えてないだろうから、これで良かったんだと思うけど。
「ヴィオラ、できたぞ」
「へえ、凄い、レイチ!美味しそうだよ。全然不味そうには見えない」
ヴィオラが鍋を覗き込んで目を輝かせる。
「かなり頑張ったからな。不味くはないはずだ。美味いまではいかないかもしれないけど」
言いつつ椀に粥をよそう。
「このくらいでいいか?」
椀の底にちんまりと三口分ほど盛ったのを見せる。本人も少ししか食べられないって言ってたし、断食明けみたいなものだと考えれば、恐らくこんなものではないだろうか。
「うん、充分。もともと妖魔は"食事ができる"だけで、"食事が必要"なわけではないからね」
ヴィオラが笑顔で受け取る。
「─妖魔?」
「そう。今の僕は妖魔になってる。淫魔、夢魔の上位種族だよ」
「え?淫魔の上が夢魔だよな?その上位って、お前、二階級特進したのか」
いや、表現間違えた。どちらかと言えば飛び級だな。二階級特進じゃ殉職しそうだ。ってか、今の俺らの状況で殉職は洒落にならないな、スマン。
二階級特進も飛び級も知らないヴィオラは普通に受け流した。
「魔王種だからね。淫魔の魔王種はなかなか育たない代わりに、夢魔を経ないでいきなり妖魔に進化するものらしいよ。後でスラサンに僕のステータスを見せてもらおう。僕も確認しておきたい」
「そうだな。──スラサン、頼めるか?」
「お任せを」スラサンはプルンと一回身を震わせた。人間ならドンと胸を叩いたイメージ?
ヴィオラは俺が自分の分の椀を持ったのを見て、スプーンを手にした。
「いい匂いだね」
「俺が作ったからな!」
そんなことを言いながら麦粥を口に運ぶ。うん、まあまあだな。お湯から茹でた麦がプチプチの食感に仕上がってる。煮込んでふやけた干し肉の繊維質の歯ごたえがいいアクセントになってるし、菜っ葉も加熱しすぎないようにしたから、シャキシャキとした食感が残ってる。
「美味しいよ、レイチ!」
ヴィオラが声を弾ませた。
「そうか、美味いか。それは良かった」
俺がガツガツと掻き込む傍らで、ヴィオラは「レイチは料理上手だったんだね」なんて言いながら、ひと口ひと口をじっくり味わっているようだ。
結局、二人ほぼ同時に食い終えた。食った後の鍋や椀にこびりついた分はスラサンが処理してくれるが、かなり綺麗になる。あとはさっと水魔法で流すだけ。後片付け、超楽チン。
ところで、スラサンは雑食で色んなものを食うけど、ヴァスは普通のスライムの食事はしない。淫魔のペットとして育てられた個体なので、餌は特定のものしか摂らない。それが人の体液。血液、唾液、それに性液──精液、膣液のみ、らしい。その餌をヴィオラはどこでどう調達しているのか、俺はよく知らない。日本の本で読んだ淫魔は、サキュバスが精液を男から奪い、インキュバスがそれを使って女を妊ませるなんて感じに連携してたので、もしかしたらヴィオラも同僚のサキュバスから譲り受けたりしてるのかもしれない。
「ところでさ、ヴィオラ、なんで進化の時、離れてたんだ?」
気になってたことを尋ねた。スラサンが進化するときは俺らの側にいた。眠ってる間にひっそりと進化を済ませてた。外見が変わらないという点ではヴィオラも一緒じゃないのか?
正直に言うと、進化の瞬間を、見たかった。
「ああ、多分後でステータスを見せてもらうとわかるだろうと思うけど、魔力値がかなり上がったんだ。で、その差分の魔力を周囲から吸収しだしたから、危ないと思って離れてた」
「そっか、それならしょうがないな。ってか、できれば起こしてほしかったな」
「ごめん。起こしたくなかったんだ。せっかく素敵な夜だったのに、僕の事情で騒がせたくなかった。もっと早く進化を終えて、居なくなってたことに気付かれないようにしたかったけど、思ったより時間を食っちゃった」
ヴィオラが肩をすくめる。
俺はと言えば、ヴィオラの口にした『素敵な夜』に軽くどぎまぎして、もうそれ以上追求する気を無くしてた。
少しだけ、ヴィオラが昨夜あの姿で俺に身を任せたのは、進化条件を満たすためだったのかなんて疑惑が心に湧いてたんだ。けれど、素敵だったって言ってもらえるなら、また、次があるのかな、なんて。
できれば、また、抱きたい。昨夜のヴィオラを、忘れられない。
その時、黒い蝶が一匹、ヒラヒラとヴィオラのもとに舞ってきた。ヴィオラの手にとまると、赤い封蝋が施された黒い封書に姿を変える。
「まさか……」
ヴィオラがそれを手に、眉をひそめる。封を切って中に目を通すと、深ぁい溜息をついた。
「来たよ……情報、早っ」
「なんだ?魔法か?」
「まあ、そうだね。妖魔の魔法」
ヴィオラが手紙を再び封筒に収めると、青白い炎になって消えた。
「どんな内容だったんだ?」
「呼び出し。──妖魔王から」
珍しく、ヴィオラがゲンナリとした表情を浮かべている。初めて見たな、こいつのこんな顔。
「そうか、魔王種のヴィオラが妖魔に進化したなら、妖魔王から呼び出されるのもわかるな。じゃ、多分今日中にはソスアに到着できるはずだから、そしたら、一旦別行動するか?」
「ダメだよ。レイチも一緒に来なきゃ。じゃなければ、僕は行かない」
いやいやいや、何言ってるの、ヴィオラさん?!俺が一緒じゃなければ行かないって、駄々っ子かよ!
「ヴィオラ、あのな、妖魔王のところに部外者の俺が、しかもただの人間だよ?それがノコノコと行っていいわけないだろ?」
「ダメって言うほうがおかしい。だってレイチは僕の主なんだよ?僕だけが行くほうがおかしいだろう?」
やめてくれ。俺を巻き込まないでくれ。そんな、次期魔王?のヴィオラに普通の人間が『私が主です』ってくっ付いてったら、猛烈に注目されるだろうが!妖魔王の不興を買いそうな気しかしないし、それに不満を持ったヴィオラが妖魔王に対立したりとか、もうヤバい予感しかしないんだよ!
「行きたくない。会いたいなら、向こうから来ればいいんだ」
「いや、王なんだから、しょうがないだろ?妖魔王がホイホイとその辺に現れたら、人間たちがパニクるだろうが」
「知らない、行かない。僕が死にかけてる時は散々無視しておいて、進化した途端会いたいなんて、都合良すぎる」
「……まあ、お前の言うこともわかるけどな。でも、向こうにも多分、放って置かざるを得なかった理由があるのかもしれないし、ものは考えようだ。この際、こっちの現状を理解してもらって、できれば敵の情報なり戦力なりを都合してもらえるようにしたいと思わないか?」
ヴィオラがムスッとしたまま、暫し黙り込む。
「……それじゃ、やっぱり、スラサンもレイチも連れてかないと」
「……」
しまった。何も言い返せない。
「一緒に行こうね、レイチ」
ヴィオラは優雅に微笑んだ。
「……はい」
頷くしか、なかった。
※※※
ヴィオラ
種族 妖魔(魔王種)
従魔 主/レイチ・トモリ
魔力値 2332
種族スキル(淫魔)
《治癒力上昇/インクリースヒーリングパワー》 レベル2
《睡眠/スリープ》 レベル4
《風殻/ウィンドシェル》レベル3
《魅了/チャーム》 レベル5
《誘惑/セダクション》 レベル4
《幻惑/イリュージョン》 レベル4
《催淫/アフロディジアック》 レベル4
記憶閲覧、操作/《夢の窓/ドリームウィンドウ》 レベル4
意思疎通/スライム
種族スキル(妖魔)
無属性魔法/精神系魔法/空間魔法
亜空間利用/《妖魔界/デモンワールド》 レベル3
妖精使役
種族スキル(魔王種)
魔石生成/魔物進化
王者の資質 レベル2
魔力回復 レベル1
スライム記憶庫魔法 全開放
従魔スキル(主のみ対象)
知識共有
念話
魔力譲渡
個別スキル
料理 レベル1
※※※
ヴィオラが火にかけた鍋を覗き込んで尋ねる。
「今はまだ湯だな。麦粥を作るつもりでいるが」
まだ何も入れてないから、鍋の中は白湯だ。
「麦粥?美味しい?」
「有り体に言えば、不味い」
ヴィオラがプッと吹き出した。
「自分の手料理、作る前から不味いって言うの、変じゃない?」
「麦粥はどんなに上手く作っても決して美味しくならない、そういうものだ。俺の料理の腕に問題があるわけではない。パンがないから、とりあえず腹を満たすために仕方なく食べる、それが麦粥だ」
おれはしかつめらしい顔して言ってみせた。
「ふぅん、そうなんだ。僕にも少しくれる?」
「……は?お前のメシって」
俺の……じゃないのか、と言いかけて留まった。俺がそれ言うと、まるで退廃的な朝を催促してるみたいになるじゃないか、ということに気づいたからだ。
「レイチのおつゆは、昨夜濃厚なのを沢山貰ったから、今朝はまだ大丈夫」
ヴィオラは俺の飲み込んだ言葉がわかったように、扇情的な笑みを浮かべた。せっかく寸止めしたんだから、気づかないフリしてくれてもいいだろうに。
しかし、魔王みたいな美丈夫が淫靡に微笑むと、なんかすげぇ悪そうに見えるんだな、ということを発見した。同じ表情を子猫なヴィオラがやれば、ただエロ可愛いだけなのに……昨夜のヴィオラ、可愛かったな……っと、やべ。一瞬意識がどっか行きかけた。
「進化したから、僕も人間の食事ができるようになったんだ。まだ慣れてないから少ししか食べられないけど、これからはレイチと同じものを食べられるよ」
ヴィオラの言葉に気持ちが浮き立った。
「マジで?すげえな!じゃあ街に着いたら一緒にメシ食うか!楽しみだな!」
言いながらもう頭の中でヴィオラをどんな店に連れて行こうなんて考えてた。でもナルファならともかく、王都の店なんて俺も知らない。新規開拓だけど、ヴィオラと一緒なら楽しそうだ。
「……いや、それより、生まれて初めて食うのが不味い麦粥でいいのか?せっかくならもっと美味いものにしたほうがいいんじゃないのか?」
「いいんだよ。どうせ美味いも不味いも比較対象が無くてよくわからないんだ、それなら最初は不味いもの食べておいたほうが、後で食べるもの全部美味しく感じられていいでしょ?」
「……それもそうか」
「それに、レイチと同じものを食べてみたいとずっと思ってた。美味しいものも、そうじゃないものも一緒に食べて、美味しいって笑ったり美味しくないってしかめっ面見合わせたりしたい。だから麦粥が美味しくないことだって知りたいんだよ」
ヴィオラはそう言って、ふわりと微笑んだ。
俺は、その笑顔を見て、硬直していた。
魔王種だけど魔王ではない。しかし、すでに魔王の風格を漂わせつつあるヴィオラ。それなのに、なに?この、純粋すぎる発言と笑顔!!
とりあえず俺は、麦粥を作ることに全集中することにした。
生まれて初めての食事、つまりお食い初めだ。せめて美味く作って食べさせたい。
"美味い麦粥"なんて、"最強スライム"みたいなもんだろ。そもそも弱いのに、最強に育てたところで所詮スライム、他の魔物に比べりゃ断然劣る、と思っていた。……しかし!最強スライムは、今、ここにいる!なら、美味い麦粥だって、きっとできる!
三年間の冒険者生活で、アウトドア料理のスキルはかなり磨かれたと思う。特に俺はアレスのパーティではレベルもスキルも不足なお荷物要員だったからな。せめてこのくらいって、料理の腕は意識して磨いたんだ。おかげで三年間見放されずに在席させてもらえたんだと思ってる。
干し肉は出汁兼具材。あと、香りのいい摘みたてのハーブ。麦はニオイがしないよう、先に水魔法で洗ってある。
……魔法、マジ便利。アウトドアにガス水道を持ち歩けるってくらい、便利。もしこれが最初から使えてたら、俺はまだアレスのパーティにいたのかもしれない。そしたらヴィオラとは出逢えてないだろうから、これで良かったんだと思うけど。
「ヴィオラ、できたぞ」
「へえ、凄い、レイチ!美味しそうだよ。全然不味そうには見えない」
ヴィオラが鍋を覗き込んで目を輝かせる。
「かなり頑張ったからな。不味くはないはずだ。美味いまではいかないかもしれないけど」
言いつつ椀に粥をよそう。
「このくらいでいいか?」
椀の底にちんまりと三口分ほど盛ったのを見せる。本人も少ししか食べられないって言ってたし、断食明けみたいなものだと考えれば、恐らくこんなものではないだろうか。
「うん、充分。もともと妖魔は"食事ができる"だけで、"食事が必要"なわけではないからね」
ヴィオラが笑顔で受け取る。
「─妖魔?」
「そう。今の僕は妖魔になってる。淫魔、夢魔の上位種族だよ」
「え?淫魔の上が夢魔だよな?その上位って、お前、二階級特進したのか」
いや、表現間違えた。どちらかと言えば飛び級だな。二階級特進じゃ殉職しそうだ。ってか、今の俺らの状況で殉職は洒落にならないな、スマン。
二階級特進も飛び級も知らないヴィオラは普通に受け流した。
「魔王種だからね。淫魔の魔王種はなかなか育たない代わりに、夢魔を経ないでいきなり妖魔に進化するものらしいよ。後でスラサンに僕のステータスを見せてもらおう。僕も確認しておきたい」
「そうだな。──スラサン、頼めるか?」
「お任せを」スラサンはプルンと一回身を震わせた。人間ならドンと胸を叩いたイメージ?
ヴィオラは俺が自分の分の椀を持ったのを見て、スプーンを手にした。
「いい匂いだね」
「俺が作ったからな!」
そんなことを言いながら麦粥を口に運ぶ。うん、まあまあだな。お湯から茹でた麦がプチプチの食感に仕上がってる。煮込んでふやけた干し肉の繊維質の歯ごたえがいいアクセントになってるし、菜っ葉も加熱しすぎないようにしたから、シャキシャキとした食感が残ってる。
「美味しいよ、レイチ!」
ヴィオラが声を弾ませた。
「そうか、美味いか。それは良かった」
俺がガツガツと掻き込む傍らで、ヴィオラは「レイチは料理上手だったんだね」なんて言いながら、ひと口ひと口をじっくり味わっているようだ。
結局、二人ほぼ同時に食い終えた。食った後の鍋や椀にこびりついた分はスラサンが処理してくれるが、かなり綺麗になる。あとはさっと水魔法で流すだけ。後片付け、超楽チン。
ところで、スラサンは雑食で色んなものを食うけど、ヴァスは普通のスライムの食事はしない。淫魔のペットとして育てられた個体なので、餌は特定のものしか摂らない。それが人の体液。血液、唾液、それに性液──精液、膣液のみ、らしい。その餌をヴィオラはどこでどう調達しているのか、俺はよく知らない。日本の本で読んだ淫魔は、サキュバスが精液を男から奪い、インキュバスがそれを使って女を妊ませるなんて感じに連携してたので、もしかしたらヴィオラも同僚のサキュバスから譲り受けたりしてるのかもしれない。
「ところでさ、ヴィオラ、なんで進化の時、離れてたんだ?」
気になってたことを尋ねた。スラサンが進化するときは俺らの側にいた。眠ってる間にひっそりと進化を済ませてた。外見が変わらないという点ではヴィオラも一緒じゃないのか?
正直に言うと、進化の瞬間を、見たかった。
「ああ、多分後でステータスを見せてもらうとわかるだろうと思うけど、魔力値がかなり上がったんだ。で、その差分の魔力を周囲から吸収しだしたから、危ないと思って離れてた」
「そっか、それならしょうがないな。ってか、できれば起こしてほしかったな」
「ごめん。起こしたくなかったんだ。せっかく素敵な夜だったのに、僕の事情で騒がせたくなかった。もっと早く進化を終えて、居なくなってたことに気付かれないようにしたかったけど、思ったより時間を食っちゃった」
ヴィオラが肩をすくめる。
俺はと言えば、ヴィオラの口にした『素敵な夜』に軽くどぎまぎして、もうそれ以上追求する気を無くしてた。
少しだけ、ヴィオラが昨夜あの姿で俺に身を任せたのは、進化条件を満たすためだったのかなんて疑惑が心に湧いてたんだ。けれど、素敵だったって言ってもらえるなら、また、次があるのかな、なんて。
できれば、また、抱きたい。昨夜のヴィオラを、忘れられない。
その時、黒い蝶が一匹、ヒラヒラとヴィオラのもとに舞ってきた。ヴィオラの手にとまると、赤い封蝋が施された黒い封書に姿を変える。
「まさか……」
ヴィオラがそれを手に、眉をひそめる。封を切って中に目を通すと、深ぁい溜息をついた。
「来たよ……情報、早っ」
「なんだ?魔法か?」
「まあ、そうだね。妖魔の魔法」
ヴィオラが手紙を再び封筒に収めると、青白い炎になって消えた。
「どんな内容だったんだ?」
「呼び出し。──妖魔王から」
珍しく、ヴィオラがゲンナリとした表情を浮かべている。初めて見たな、こいつのこんな顔。
「そうか、魔王種のヴィオラが妖魔に進化したなら、妖魔王から呼び出されるのもわかるな。じゃ、多分今日中にはソスアに到着できるはずだから、そしたら、一旦別行動するか?」
「ダメだよ。レイチも一緒に来なきゃ。じゃなければ、僕は行かない」
いやいやいや、何言ってるの、ヴィオラさん?!俺が一緒じゃなければ行かないって、駄々っ子かよ!
「ヴィオラ、あのな、妖魔王のところに部外者の俺が、しかもただの人間だよ?それがノコノコと行っていいわけないだろ?」
「ダメって言うほうがおかしい。だってレイチは僕の主なんだよ?僕だけが行くほうがおかしいだろう?」
やめてくれ。俺を巻き込まないでくれ。そんな、次期魔王?のヴィオラに普通の人間が『私が主です』ってくっ付いてったら、猛烈に注目されるだろうが!妖魔王の不興を買いそうな気しかしないし、それに不満を持ったヴィオラが妖魔王に対立したりとか、もうヤバい予感しかしないんだよ!
「行きたくない。会いたいなら、向こうから来ればいいんだ」
「いや、王なんだから、しょうがないだろ?妖魔王がホイホイとその辺に現れたら、人間たちがパニクるだろうが」
「知らない、行かない。僕が死にかけてる時は散々無視しておいて、進化した途端会いたいなんて、都合良すぎる」
「……まあ、お前の言うこともわかるけどな。でも、向こうにも多分、放って置かざるを得なかった理由があるのかもしれないし、ものは考えようだ。この際、こっちの現状を理解してもらって、できれば敵の情報なり戦力なりを都合してもらえるようにしたいと思わないか?」
ヴィオラがムスッとしたまま、暫し黙り込む。
「……それじゃ、やっぱり、スラサンもレイチも連れてかないと」
「……」
しまった。何も言い返せない。
「一緒に行こうね、レイチ」
ヴィオラは優雅に微笑んだ。
「……はい」
頷くしか、なかった。
※※※
ヴィオラ
種族 妖魔(魔王種)
従魔 主/レイチ・トモリ
魔力値 2332
種族スキル(淫魔)
《治癒力上昇/インクリースヒーリングパワー》 レベル2
《睡眠/スリープ》 レベル4
《風殻/ウィンドシェル》レベル3
《魅了/チャーム》 レベル5
《誘惑/セダクション》 レベル4
《幻惑/イリュージョン》 レベル4
《催淫/アフロディジアック》 レベル4
記憶閲覧、操作/《夢の窓/ドリームウィンドウ》 レベル4
意思疎通/スライム
種族スキル(妖魔)
無属性魔法/精神系魔法/空間魔法
亜空間利用/《妖魔界/デモンワールド》 レベル3
妖精使役
種族スキル(魔王種)
魔石生成/魔物進化
王者の資質 レベル2
魔力回復 レベル1
スライム記憶庫魔法 全開放
従魔スキル(主のみ対象)
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個別スキル
料理 レベル1
※※※
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