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第四話 新技開発とヴィオラの決意

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 「マスター。私は、マスターから授けられたこの名について考えておりました」
 「へ?」

 不意に投げかけられたスラサンの言葉に、俺は腰のポーチに目をやる。
 革製の小ぶりなポーチにはみっちりとわらび餅……ではなくスライムが詰まっていた。採取時に使ってた竹製の籠は、油断すると落ちそうになって結構辛いのだと言われ、急遽財布代わりに使ってたこのポーチを空けたのだ。一匹だけだからこれで充分だ。

 「名前?」
 「はい。スラッシュ・サンダーというこの名には、私に対するマスターの期待がこめられているのではと思い至り、何をすればその期待に応えられるかと考えました」
 「……いや、あのね」
 ごめんなさい、深い意味はありません。ゴロの良さとノリで考えただけです……なんて言えない。

 「雷のように走り敵を切り裂く、それが出来たなら、きっとマスターのご期待に応えられるのではと思い至りました。そこで、ですね、この先に今、牙猪ファングボアがいるので、ぜひ私に試させて頂きたいと存じますが、いかがでしょう?」
 「おー、新技の研究か!いいぜ、討ち漏らしても俺がフォローしてやるよ!」

 牙猪ファングボアくらいなら俺でも斬れる。魔物使いティマーだけどショボい魔物しか持ってなかったんで、剣技はかなり磨いたからな。威張れることじゃねぇけどさ!

 「有難き幸せ!では失礼して、先行させて頂きます」
 スルリとポーチから滑り出て、俺の脚を伝って地面に降りると、スラサンは街道脇の草むらに入って行った。草むらに入ってしまうともうどこにいるのか全くわからない。

 もし、スラサンが言うように出来たなら、凄い暗殺者アサシンが誕生してしまうな。
 っていうか、この先に魔獣がいるって普通に予言してたな。ぜーんぜん影も形もないんだけど。

 「スラサン、大丈夫かな。あんなぷよぷよなのに無理して怪我したら……スラサン凄いんだよ!物知りで!」
 「物知りだからこそ、失敗しない理論を組み立てたんじゃないか?自信があるからこうして試したいって言ってきたんだろうぜ。どんな技を見せてくれるのか、楽しみじゃねぇか?」
 「でも……」

 ヴィオラは心配そうに眉をひそめて街道の先を見つめている。戦闘向けの魔物じゃないからな、淫魔は。どちらかというと、諜報、暗殺に向いた魔物だろう。ヴィオラは暗殺もキツそうだけど。魔物にしては性格が優しすぎる。

 スライムも実戦闘よりは暗殺者タイプだ。野営で見張りを立ててたにも関わらず、見張りの目をすり抜けたスライムに襲われて仮眠者が犠牲になるって話は、冒険者の間では嫌になるほど聞く話だ。水分のあるところに入り込むからな。目鼻や口を塞いでくるんだ、あいつらは。

 スライムって言うと弱い魔物の代表みたいに思われがちだけど、闇夜のスライムは決して侮ってはいけない、と俺は思ってる。

 言ってる間に、先にスラサンが出現の予告をしてた牙猪ファングボアが突進してくるのが見えた。
 「レイチ、こっち来るよ!」
 「ヴィオラ、下がってろ」
 俺の言葉にヴィオラが姿を消す。俺は剣を構えた。

 牙猪ファングボアが俺の前方十五メートルほどの距離にまで接近し、俺が剣を持つ手にグッと力を込めたその時、草むらから何かが飛び出した。飛び出したって言うより、撃ち出されたって言いたいような勢いだ。

 突然、牙猪ファングボアが血を撒き散らしながら街道上に倒れ込んだ。よく見ると、頭が落とされてた。

 何?!何があったのか全然見えなかったぞ!

 「マスター、やりましたぞ!」
 スラサンが街道をぷよぷよとやってくる。
 「スラサン、おまえ、何したんだ?」
 「はい、実は私は多少の魔法の知識があり、多少の魔力もありますので、風魔法を利用して己の身を射出することを試みました。そして草むらより自身の身を射出しつつ薄い円盤となって回転し、自らの身を刃としたのです」

 スラサン、お前、俺のポーチの中でそんなことしてたのか。ポーチの底破られたりとかしなくてよかった。

 「凄ぇな、スラサン。まさにスラッシュ・サンダーだ!」
 俺はスラサンのポヨポヨボディを持ち上げた。

  いや、マジで凄いって!こんな小さなスライムが、普段自分らを食い漁ってるデカい魔獣を相手に、一撃TKO勝ちだぜ!凄ぇよスラッシュ・サンダー!!
 ちょっとテンション上がって、スラサンのボディをポヨポヨしまくってやった。逆に迷惑とか言う?

 「かたじけのうございます、マスター。実は今の魔法で魔力を使い果たし、動くのも辛うございまして……面目ございませぬ。それゆえ、私は暫しの間、休ませて頂きとうございます」
 そう言ってスラサンは動かなくなった。

 スライムは寝てる時と起きてる時の区別がつきにくい。じっとしてても微妙にポヨポヨしてる時は、起きてると考えて良さそうだ。
 俺はスラサンをそっとポーチに収めた。

 しかし、冗談でつけた名前から、こんな危険な飛び道具が生まれるなんて思わなからった。
 つくづくスライムに冗談は通じない。

 それにしても、連射がきかないとは言えこんな技を持ってるとなると、イザという時の懐刀としてもなかなか頼りになりそうだ。ヴィオラの護衛としてつけてもいいかもしれない。
 あいつ、俺の従魔なのに俺より狙われそうな要素ありすぎるからな。戦闘能力はほぼ無いだろうし、護衛、要るよな。

 「やっぱり無理しちゃったんだね、スラサン」
 ヴィオラがきゅっと眉根を寄せて、ポーチの中のスライムを見下ろした。
 「だめだよ、魔力使い果たすようなことしちゃ。スライムの体は九割が魔力なんだから、そんな無理したら消滅しちゃうよ」
 ヴィオラがポヨポヨボディーを撫でて言った。

 そうだったのか。クラゲみたいだな。クラゲは九割が水で、その水の部分が魔力なのがスライムといったところか。魔物は魔石が好物って言ってたな。ってことは、スライムも好んで食うのか?あらゆる魔物に食われるとすると、スライムの異常な繁殖力も頷けるな。

 「スラサンの魔力ってどのくらいなんだろうな。さっきの技はかなり強力だったし、お前の護衛になれると思ったんだけど、発動したら倒れるんじゃ困るし」
 「体が小さいからね……」
 ヴィオラはそう言って、キュッと唇を噛んだ。
 「僕、レイチの従魔なのに、守られてばかりだね」
 そう呟くヴィオラの顔は、なんだか少し悔しそうな表情をしてるように見えた。



 ずっと眠っていたスラサンが起きてきたのはその夜のことで、まだ完調ではないということだったのでヴィオラが魔石を少し作って与えてやっていた。それによりすっかり元通りのコンディションを取り戻したスラサンに、俺は日中のテンションそのままに話しかける。

 「スラサン!お前のあの技、ちょっと改良したんだけど聞いてくれるか?」
 「なんと!マスター自ら私のために考えてくださったのですか?まことに恐悦至極にございます。ぜひマスターのお考えをお聞かせ下さりませ」

 「うん。まずな、射出の魔法、お前、《風噴射/ウィンドジェット》使っただろ?多分お前の質量なら《風弾丸/ウィンドバレット》"でもいけると思う。で、体を回転させて切り裂く代わりに、皮膜状に伸ばして相手の顔を包み込んでしまうんだ!これやられたらほぼ人間は抵抗できねぇぜ!」
 「おお!さすがマスターでございます!それなら街中でも使用が可能でしょうし、消費魔力も少なく済みそうです!早速試してみたいと……」
 「夜があけてからね」
 にっこりと微笑って、ヴィオラが言った。

 「スラサン、君は魔力を使い果たしてさっきまで寝てたんだよ。そのこと忘れないようにね」
 「面目ございませぬ、我が君マイ・ロード
 スラサンが若干薄くなった。頭を下げたようなものだろうか。

 「明日の朝イチで技の試し打ちやってみようぜ!楽しみだなー!」
 いやぁ、こういうのってなんでこんなに楽しいんだろうな?新技とか新魔法とかさ!そういう研究するのってめっちゃテンション上がるよな!
 「は!ぜひお願い致します」
 スラサンも興奮してるのか、いつもより気持ち多めにプルプルしてた。

 「あ~いいなぁ、スラサン、魔法使えて!魔力問題さえなんとかすればもっと色々使えるんだろ?もう、魔石抱えて魔法発射すんのどう?」
 「それも良さそうですが……マスター、恐らく、私はマスターと魔法の共有が出来るのではと思います。マスターは魔力はかなりお持ちのようですので、使用に問題はないかと思います。試してみますか?」
 その言葉を理解するのに俺は二、三秒の間を要した。

 や、待って。魔法の共有って言った?
 それってつまり、スラサンの持ってる魔法を俺が使えるようになるってこと?つまり、少なくとも《風噴射/ウィンドジェット》と《風弾丸/ウィンドバレット》が使えるってこと?

 瞬間俺の脳裏に、俺が《風弾丸/ウィンドバレット》で魔物の額に穴を空ける映像が浮かんできた。
 うぉーーー!テンションぶち上がる!!

 「マ、マジでっ?!俺、魔法使えるようになんの?!うあーどうしよう、めっちゃ興奮してきた!スラサン、お前天使かよぉ!!」
 俺は思わずスラサンを抱えあげてクルクル回りかけた。そこで、冷めたヴィオラの目と出会い、やや消沈する。

 「すみません。こんな夜更けに騒いでごめんなさい。もう大人しくします」
 膨らみきって弾けそうだったテンションが、一気にシュウゥと空気が抜けるみたいに萎む。抱えていたスラサンを寝床にそっと下ろした。スラサンも若干小さくなっているような感じがする。

 ヴィオラは荒事嫌いだよな。牙猪ファングボアを仕留めた時もスラサンの心配してたもんな。

 ヴィオラはふるふると首を振った。
 「違うんだ。レイチたちがそういう話するのが嫌な訳じゃないんだ。レイチもスラサンも今よりも少しでも強くなろうと、そうして頑張ってるのに、僕は守られて負担をかけるだけだなって、悲しくなってた」

 「何言ってるんだよ。ヴィオラは魔石作ったり結界張ったり、頑張ってくれてるじゃないか。戦闘で敵を殺すだけが能力じゃないだろう?ヴィオラはもともと淫魔で、淫魔は荒事に向いた魔物じゃないんだし、それは最初らわかってたことだからな!」
 俺がそう言ってヴィオラの頭を撫でると、ヴィオラは拳をきつく握って、言う。
 「それでも僕、強くなりたい」

 ふむ、と俺は考えた。

 ヴィオラは魔法持ってるんだよな。俺が知ってる内では少なくとも《幻惑/イリュージョン》と《睡眠/スリープ》(淫夢付き?)を持ってるのがわかってる。それなら、複数の敵を一度に相手取るような場合、先ず戦闘の取っ掛かりに《睡眠/スリープ》かまして間引きしても らうのも有りだ。

 《幻惑/イリュージョン》を上手く使えば、ギリギリまで引き付けてからの奇襲も出来そうだ。

 ヴィオラにスラサンを携帯して貰えば、スラサンの魔力不足問題も解決できるかもしれない。魔石を作れるわけだから、適宜魔石を与えて回復が図れるもんな。

 「今のままでも、充分にパーティとして機能しそうだぜ。ヴィオラが他にどんな能力を持ってるのか、知りたいところだな。あとスラサンが使える魔法のバリエーションと魔力の限界値も。あー、ステータスボード欲しいな!各人のステータスボード見られたらグッと戦闘も指揮しやすくなるんだよな!」
 「ステータスボードとは何ですかな?」
 スラサンが興味を示す。
 「各人の能力を数値にして一覧にしたものだよ」

 俺はスラサンにステータスボードについて解説した。スラサンはふむふむと聞いていたが「私が作成してお見せすることが可能かもかれません」と言い出した。

 「スラサンが?」
 「はい。スライムには情報の共有……正確には集合的無意識の領域に自由に接触する能力があります。
 その能力は他に淫魔、というよりは夢魔が持っていますが、淫魔もその能力の一部を持っています。そして従魔はマスターに対して己の持つ情報を提供することができます。
 故に、集合的無意識を通じて私と我が主君マイ・ロードが情報を共有し、その情報をその"ステータスボード"という形に加工してマスターにお見せすることが出来るのではないかと」

 「スラサン、お前、どこまで有能なんだ……!」
 思わずうち震えた。スラサン、ヤバすぎだろ。もしかして、このアナログの世の中に、俺一人スマホ所有してるくらいヤバい存在なんじゃないか?

 「もともとワイズスライムは"魔王の至宝"とも言われる魔物ですからな」
 スラサンがふんぞり返る。いや、違う、ちょっと気持ち縦長になっただけだ。
 「魔王の至宝?」
 「はい。ワイズスライムは本来、魔王の元にしか誕生しません」
 「え、待って。それがなんで俺の従魔になってるんだ?」
 「それはですね、マスター我が主君マイ・ロードマスターだからです」
 「……は?」

 「本来魔王種が人の子の従魔になることはありません。ですが我が主君マイ・ロードは自ら望んでマスターの従魔になられたので……」
 「は?」
 「そのため『名付け』と『魔力付与』をニ名で分けることになり、私が二君に仕えることに至ったわけですな」

 「待てって!そうじゃない!『魔王種』って何だよ!まずそこを説明しろ!」
 「は。魔王種というのは、魔王の資質を持って生まれた、魔王候補とも言うべき特別な魔物です。種族を問わず生まれてきますが、魔王種の全てが魔王になるわけではなく、育たずに死亡してしまうケースも多うございます。とりわけ淫魔の魔王種は育ちにくいと言われております」
 「なんで?ヴィオラがその魔王種だってことなのか?」
 「佐用、ヴィオラ様は魔王種でございます」
 ヴィオラが、ギュッと手を握りしめた。

 「淫魔の魔王種が育ちにくい理由は、淫魔の特性と魔王種の特性が互いに相反するためです。
 淫魔は多情で多くの人の『淫気』を求めるのに対し、魔王種は基本的に他者と関係することを拒みます。魔王の孤高性を保つために植え付けられた本能なのですが、これが反発しあうため、淫魔の魔王種が生まれた場合、淫魔が生きるために必要なだけの『淫気』を得られず、育つことなく死亡してしまうのです。
 その点私が主君マイ・ロードは番う相手を一人に絞ることで、魔王種の特性と淫魔の特性をうまく噛み合わせたのですな。まことに素晴らしく賢き対応と感服致してございます」

 情報量……。
 だめだ、処理しきれねぇ。
 とりあえずヴィオラがただの淫魔ではなく、魔王種という特別な淫魔だということはわかった。それに、スラサンが本来は魔王が所有するはずの特別な魔物だということも。
 スラッシュ・サンダーとかふざけてる場合じゃなかった。いや、もともとその名前を付けたとき、スラサンはただのスライムだったんだ。『魔王の至宝』なんかではなかった。だから俺は悪くない。

 「今の魔王は、ワイズスライムを持ってないのか?」
 「恐らくいないでしょう。私がここにいますから。ワイズスライムは世界に一匹しか誕生しないのです」
 「ってことはさ、まさか、『俺のワイズスライムを盗んだ!』みたいな言いがかりつけられて攻められたりしねぇ?大丈夫?やだよ、俺、一般小市民なんだよ、魔王の敵とか器じゃねぇよ」

 「レイチ」
 ずっと黙ってたヴィオラが不意に言う。
 「僕が守る。僕のせいでこうなったなら、今度は僕が守るのが筋だ」
 「っつっても、お前……」
 「強くなる。魔王種に相応しい力を身に着けてみせる」
 決意を秘めた目でそう語るヴィオラは、いつの間にかもう青年の顔をしていた。
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