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第三話 ヴィオラの過去と新しい仲間

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 その日はまず荷造りを済ませ朝食を摂った後、早く開く順に冒険者ギルドでアレスのパーティからの脱退手続き、保存食の買い出し、薬品類の補充と済ませていった。

 依頼書の貼り出しボードを見て行こうかと思ったけど、すぐに街を出るのに見ても仕方ないなと思い、手続きだけでギルドを出た。

 どこに行くかはもう決めてる。
 王都を目指すつもりだ。低、中レベルのソロ冒険者は街中の小さな依頼をこなすことになる。例えば害虫駆除だったりペット捜索だったり、もしくは薬草採取だったり、だ。

 人が多ければそれだけ依頼も多くなる。強力な魔物の討伐依頼をこなすために地方から地方へと渡り歩く高レベル冒険者と違い、低、中レベルの冒険者はできるだけ大きな街にいたほうが収入が安定する。

 害虫駆除なんかの仕事を受けるなら、スライムや大鼠なんかをテイムできるといいかもしれない。まあ、どっちも街中で連れ歩くと白い目で見られる奴らだし、背負籠みたいなのが必要になるだろうな。
 なんてことを考えて、小振りな背負籠を購入する。

 『それどうするの?』
 ヴィオラが尋ねてくる。
 『途中でスライム捕まえようかと思って』
 『網目から出ちゃわない?』
 『従魔契約すれば大丈夫……だと思うけど』
 『でもいつの間にか居なくなるんだよね?』
 『……名前を贈れば、あるいは』
 『スライムに知性を求めるのは間違ってると思う』
 『……』

 今はまだナルファの商業街区にいる。
 こうして普通に会話をしているが、ヴィオラには姿を消してもらっている。先の会話は全て思念でのものだ。
 街中で一緒に歩いたら、美貌のあまりに注目を浴びすぎて買い物一つするのも困難という有様だったため、やむを得ずの対応である。

 思念での会話は便利な反面、鬱陶しくもある。脳内に直接声がするので、無視ができないのだ。淫魔の下ネタにいちいち反応しなければならないのは、いささかならず消耗する。

 『ヴィオラはなにか欲しいものはあるのか?』
 『レイチのおつゆ!』
 『……それ以外。店で買えるもので』
 『いいもーん、おつゆは今夜もらうし。じゃあねぇ、洋服見たい。お洒落なやつ。買わないで、見るだけでいいからね』
 『見るだけ?』
 『そっ、買っても無駄になるから!』
 『?』

 首を傾げつつ服屋に行った。一人で行って明らかに自分で着るのではない服をあれこれ見るのは、なかなか精神力が必要だった。甥っ子への贈り物に、なんて言い訳したけど、店員さんのプレゼンを躱すのにもなかなかの体力を使ったし。

 ヴィオラは『それカッコイイ!』とか『わぁ、これお貴族様っぽい!』とか言いながらひとしきり見るだけ見て、満足したらしい。『もういいよ、ありがとう。そろそろ行こうか』と言うので、気にいるのが見つからなかったという体で店を後にしたが、ひどく疲れてしまった。

 そして昼近くになってからようやく、三年暮らしたナルファの街を後にした。

 もっと色々考えるかと思ったけど、脳天気な同行者のせいか感傷めいたものは一切なく、今日中にどこまで行くとか野営はどこでするとか、次の街までどのくらいとか、そんなことしか考えなかった。
 もっと言えばヴィオラの「おつゆ頂戴!」をどう躱すかで思考の半分を取られていたので、余計なことを考える余裕は無かった。

 街を出て少し歩いたところでヴィオラは姿を現した。さっき店で見た服を着ていた。

 「その服、さっきの店にあったやつか?」
 「そう!僕の服、自分の魔力で作ってるから、参考に見たかったんだ!適当に作ると古いとかダサいとか言われそうだったし」
 「なるほど、見るだけで作れるのか。便利だな」
 「凄いでしょ!着替えもあっという間だよ、ほら!」
 そう言ってヴィオラはさっき見た服を片っ端から出していく。最後に見せたのは、下帯一枚の半裸といういつもの破廉恥な格好だった。

 「ヴィオラ!それはよせ!」
 慌てて止め、元の小金持ちのお坊ちゃん風の服に戻させる。

 「誰もいないしいいじゃん。インキュバスの正装だよ!」
 「インキュバスという正体を隠したいんだよ」
 「なんで?」
 「へんな奴に言いがかりをつけられないとも限らないだろう?魔物と知られれば、討伐したがる奴とか、一晩貸せなんて言う輩も出てくるかもしれない」

 ヴィオラは急に不安げな顔になって俺にしがみついてきた。
 「貸したり、しないよね?」
 「しないよ。大事な従魔なんだから」
 頭を撫でてやりつつ言うと、ヴィオラは安堵したように溜息をついた。

 「お前、他の奴に興味無いのか?その容姿ならイケメンだろうと美女だろうと食い放題だろうに。淫魔は多情なものだと思ってたが」

 ヴィオラは俯いてふるふると首を振る。
 「僕、レイチ以外はローズさんしか知らない」
 「え?」
 意外な言葉に思わず固まる。

 「できないんだ。怖いし、気持ち悪い。しないと死んじゃうと思っても、それでも触れたい気になれなかった」
 「それで、死にかけてたのか……」
 コクリと頷くヴィオラ。

 「ローズさんは僕が誕生したときに一緒に居てくれた人なんだ。僕、淫魔なのに淫魔としての本能が弱くて……ローズさんにたびたび魔力を分けて貰ってた。そんな中でローズさんは僕に、淫魔としての生きる術とか振る舞いとか色々教えてくれて……」
 「母親みたいなものだったんだな」
 ホッコリした気持ちで言ったけど、よく考えたら普通の母親は息子にセックス教えたりはしないな。まあ、そこは淫魔だから。

 「そうやって魔力を分けてくれたのも最初の頃だけで、もうお前は大人だ、これからは自分一人の力で生きていかなきゃいけないって言われて……」
 「それでも、死にかけたお前を助けてくれたんだな」
 ヴィオラが涙目で頷く。
 なんだか、強い絆を感じる話だ。魔物にもそういう情みたいなのがあるんだな。
 なんだか胸がツンとして、ヴィオラの頭をクシャッと撫でた。

 「レイチが初めてだったんだ、自分からしたいと思ったの。だから、離さないで、ずっと側にいて?」
 涙で潤んだ紫色の瞳が俺を見上げる。

 ……いや。その顔で、そういうこと、言わないでくれるかな?!
 もう、俺、どうしたらいいかわからねぇじゃん!!

 「心配するな。仮にお前がエロいだけの役立たずだったとしても、俺はずっとお前の主だよ」
 笑顔で言えた自分を褒めてやりたい。

 鼻をすんすんさせながらぎゅっとしがみついてくるヴィオラがいつになく可愛く思えて、猛烈にヤバかった。

 耐えろ、俺。
 まだ旅は始まったばかりだ。

 「ああ、そうだ!スライム、探すかな!」
 白々しい台詞吐きつつ足を急がせる。
 「あそこにいるよ!」
 笑って指を指すヴィオラはもう、全くいつも通りの脳天気なお坊ちゃんみたいな顔をしていて。

 まさか、自制心の限界に挑戦する羽目になるとは、夢にも思わなかったよ。
 俺は、深ぁぁい深呼吸を、ひとつした。



 その夜の野営地にて。
 無事に焚き火を熾して腰を落ち着けたところで、背負籠を開いた。

 「……」
 「良かったね、レイチ。一匹残ってるよ」
 「五匹居たはずだが……」
 「大丈夫、従魔契約は解除しなければずっと生きてるはずだから、次にこの道通った時にやたら懐っこいスライムと出逢うはずだよ」

 ヴィオラの台詞にふと、昔日本でプレイしたRPGに登場するスライムを思い出した。『ボク悪いスライムじゃないよ』って、あれはかつて自分がテイムして落としたスライムだったのか。

 まあ、いい。引力に抗い籠の網目から滑り落ちることなく、俺にここまで付き従ってくれたスライムよ、お前に名を授けよう。
 「お前の名は……スラッシュ・サンダーだ!!」
 「長いね。それ、呼ぶときいちいち全部言うの?」
 「略してスラサンでいいや」
 ま、名前をつけたからって何も起こらないけどな。ヴィオラに名前を与えた時だって普通に喜んで終わりだったし。

 「フフッ。喜んでるよこの子」
 ヴィオラがヌルヌルした塊をつついて微笑む。
 「そうか、喜んでくれたか」
 全くそんなふうには見えないが。って言うか、ゆるいわらび餅もしくは溶けかけのクラゲにしか見えない。感情、あるのか?

 「うふふ、可愛いなあ」
 ヴィオラがやけに嬉しそうにぷよぷよした物体をつつきまわしている。ヴィオラ、こういうのが好きだったんだな。
 どうも、普段の言動がアレなだけに、下品な連想をしてしまいがちだが……いかん。心頭滅却。

 「スラサンもゴハン食べたいよね?そうだ、僕ね、魔石作れるようになったんだよ!好きでしょ?あげるね♪」
 魔石を作るって、どうするんだ?と見てると、ヴィオラはやおら、自分の掌に唾液を垂らしだした。
 え、何?エロいんだけど?!

 俺が硬直してると、ヴィオラは今垂らした唾液を摘み上げた。
 「ほら!凄いでしょ?」
 ヴィオラが俺にそれを見せてくる。
 まるで凍ったみたいにヴィオラの掌の窪みの形に固まったそれは、薄い黄金色の光を内に含んだ水晶のように見えた。
 マジで魔石だ。
 いや、これ、普通に凄いぞ。

 「ヴィオラ、お前、それ人前でやるなよ」
 「どうして?汚いって言われちゃう?」
 「違う。これだけでお前、魔石製造機として魔術師に狙われるぞ」
 「えー!やだ、怖い!」
 「大丈夫だ。俺が守るから」
 「うん。ありがとう、レイチ」
 微笑むヴィオラ。
 俺はこっそり深呼吸した。心頭滅却。

 気がつくと巨大わらび餅がヴィオラの方にずるずると這い寄っていた。
 「あ、これ、欲しい?あげるね、どうぞ」
 そう言ってヴィオラが出来たてほやほやの魔石を差し出すと、スライムはその魔石に覆い被さり、それを体内に飲み込んだ。

 「へぇ、スライムって魔石食うんだな」
 「うん。スライムに限らず、魔物は魔石好きだよ。人間が肉好きなのと一緒」
 「なるほど」

 魔石を飲み込んだスライムは、そのまま動かなくなった。
 「俺も飯食うかな」
 ここでうっかり「俺たち」と言ってはいけない。俺のメシとヴィオラのメシは違うんだ。こうして一緒にいると、魔物だってこと忘れそうになるけど。

 焚き火で肉を炙っている間にその辺から食える野草を摘んできて、スライスした肉と共にパンに挟み夕飯にした。お茶を淹れて食後のひととき、まったりとした気分を楽しんでいると、ヴィオラが魔石を四つ作り出し、焚き火を広く囲むようにそれを設置した。

 「何してるんだ?」
 「魔物避けの結界作ってる」
 そう言ってヴィオラは両腕を広げて唱える。
 「《幻惑/イリュージョン》」
 四つの魔石が淡く光った。

 「これで、魔石で囲んだ範囲はほぼ安全だよ。でっかい岩があるように見せてるけど幻影だから、たまたま通りかかる魔物とか止められないこともあるけどね」
 「ヴィオラ、お前、いつの間にかレベルアップしてないか?」
 「言ったでしょ?僕、お買い得だって!」
 「確かに……」
 ヴィオラの言葉に唸った。正直、こんなに有能だとは思わなかった。

 「僕は寝なくても平気だから、レイチ寝てていいよ。その前にゴハンもらうけど」
 うふふ、と淫靡に笑む淫魔。
 今日一日で有能っぷりを見せつけられ、もう拒絶する気はごっそり失せてる。
 「もしかして、そのための結界か?」
 「もちろん!途中で邪魔されたくないもん!」
 「いいよ、ヴィオラ。好きなだけやる」
 「ふふ、レイチ、大好き!」
 
 ヴィオラは遠慮も躊躇いもない手付きで俺の履いてるトラウザーズをずり降ろす。
 さっきの淫魔の微笑みにやられたか、俺のソレは既に若干の熱を帯びていた。

 「いい匂い……」
 すぅっと大きく息をついて嬉しそうに呟き、ヴィオラは赤黒いソレを飲み込んだ。



 事件は翌朝起こった。

 「お目覚めですか、マスター
 それが、俺に話しかけてきたのだ。

 「……お、おう」
 他に、何と答えればいいのか。俺の記憶するところでは、それがしゃべるのはゲームの中だけだ。こちらに来てから、それが人の言葉を話すのを聞いたことは一度として無い。

 「私は先刻、進化の眠りより覚めたスラッシュ・サンダーでございます。種族はワイズスライム。マスターに名をいただき、また我が主君マイ・ロードに魔力を分け与えていただいたことにより、進化を果たすことが出来ました。卑賤なる身ではございますが、今後、身命を賭して両君に仕えてゆく所存でございます」

 わらび餅が……いや。昨日拾ったスライムが、謎の進化を遂げていた。

 ぷるぷるしてるのに、なにこの固い喋り方?!ワイズスライム?なにそれ知らない!
 そして、名前!そっち採用なの?!うっかり冗談も言えないな?!本名スラッシュ・サンダー、愛称スラサンってこと?!

 「わぁ!スラサン進化したんだ!すごい!!」
 無邪気に喜んでるヴィオラ。そういう君もまたちょっと成長してるよね?
 ほんと魔物って、成長速度異常だわ。こっちのわらび餅は成長ってレベルじゃないけど。
 二十八歳の俺はこれからは衰えてゆくばかりだよ、はぁやれやれ。

 俺はわらび餅、もとい、ワイズスライムのスラッシュ・サンダーと楽しげに話し込んでるヴィオラを横目で見やった。

 たった二日前まで子どもだったんだ。しかも幽霊みたいにボロボロの。それが、もう。今朝のヴィオラは外見十四、五歳くらい。既に子どもを脱し、少年から若者になりつつある。
 緩やかに波打つプラチナブロンドは肩に少しかかるほどの長さ、鼻も顎も口元も骨っぽさはあまり感じさせず、すっきりと整って美しい。そしてその、アメジストの瞳はくっきりと切れ長で、表情を消して黙って立っていれば冷たくすら見えるほどだ。
 身長は、もう百七〇センチに届きそうなくらいか。がっちりとした逞しい体型の者が多いインキュバスだが、ヴィオラは比較的細身だ。

 日毎に美しくなっていく。あまりにあっという間に。こちらの心の準備も待たずに。

 俺は、いつか、あいつを抱くんだろうか。

※※※

挿絵を追加しました!
イラストレーター邪十様に描いていただいたヴィオラです!
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