上 下
1 / 95

第一話 異世界で落ちこぼれて淫魔を拾う

しおりを挟む
 「あのさ。言いにくいんだけど、お前、他のパーティに移ったほうがいいと思うんだ」

 ためらいがちに言われた言葉は、俺の脳みその表面をつるりと滑っていった。

 「……は?」

 間抜け顔で聞き返した俺に、パーティリーダーのアレスがエールをちびちびやりながら言う。
 「レイチ自身、もう気づいてるんだろ?お前のスキルが俺たちの戦闘スタイルと合わないことに」
 「……」
 「この間、鎧蜥蜴アーマーリザードの討伐ん時、一緒に行った魔術師いるじゃん?」
 「ああ、モーティス?」
 「そう。あいつ、うちのパーティに入りたいって言ってて……あいつが入ってくれるなら、多分Cランク挑戦できると……」

 ここに至って、ようやく俺は仲間から首切り宣告されているんだと気付いた。
 「あー……わかった。俺抜けてあいつ入れば、たしかに、バランスいいな。うん、わかった。Cランクか。すげぇな。そっか。挑戦するつもりだったんだ。……そっか」
 グラスに半分ほど残っていたエールを一気にあおって、立ち上がった。

 「レイチ?」
 「先帰るわ。お前らはゆっくりしていけよ」
 俺は返事を聞かず、エール分の銅貨を置いてその場を後にした。
 仕事終えていつもの酒場入って、席着くなりこの話。テーブルにはまだ酒と前菜のサラダくらいしか来てなくて、俺は菜っ葉をニ三枚口にした程度だったんだけど。

 行きつけの酒場を出ると、早足でその場を離れる。
 飯食いっぱぐれた。けど、もう食う気分も失せたな。

 適当に歩き、目についた酒場に飛び込んで、飯も食わず立て続けに蒸留酒をあおり、したたかに酔って、記憶を無くした。



 アレスの言うことはもっともなんだ。責めるつもりは全くないし、そんなこと言える立場でもない。

 そもそも俺は、転生者……いや、転移者?よくわかんねぇ。もともと住んでた日本のとある地方都市で、今みたいに酔って道端──タクシーに乗るときに自分の住所を告げた記憶はあるので、恐らくは降りてすぐ、自分の住むマンションの前で寝入ってしまったんだろうと思う。気がついたらマンションは影も形もなく、石畳に煉瓦造りの建物が並ぶこの世界にいた。そんな二十五歳のサラリーマンの冬だった。

 状況から考えて、真冬の屋外で寝入ったために凍死して転生したのではと考えられるけど、非常に残念なことに外見が元の俺と一切変わってなかったため、転移なのかもしれない。転生であればなぜ元の俺をこうも正確に再現したのだと転生を司る神?に問い詰めたいところだが。

 日本人だった俺と唯一違っていたのは、魔法の才能があったことだ。しかし火や水が出せるようなのではなく、魔物使いモンスターテイマーだった。それでも夢を見て、冒険者を始めたけど、スタートが遅すぎたし魔物使いって、初心者はとことん使えない職業だってこともあって、転生直後から最強魔法で無双するファンタジー小説みたいにはいかず、早々に挫折するはめになった。それでも、一緒にやらないかと声をかけてくれたのがアレスで、それから三年経つ今日まで、ずっと共に仕事をする仲間でいてくれた。最近になって、ようやく戦力になれるようになってきたかなと思えるようになってたけど、あいつらの目指すのがさらに上のランクなら、それでも大いに不足なのだろう。だから、突然の解雇ではあるけど、感謝こそすれ、文句なんて言えるわけがない。
 ただ、胸が引き攣れるように痛くて苦しい、それだけだ。

 あいつらにはずっとレイチって呼ばれてたけど、本当はレイイチ──友利玲一ともりれいいちって言う。この世界の人には言いにくいらしく、何度言ってもレーチもしくはレイチになってしまう。それに、どうもこの世界では庶民は名字を持たないらしく、フルネーム名乗ったら「貴族か?」と言われたため、今はただ「レイチ」とだけ名乗ってる。

 あ。魔物使いモンスターテイマー以外にもう一つ、身に付けた技能があった。この世界の言語の会話及び読み書き能力。って言うかほぼ英語だった。英会話はどうにかこうにか片言でコミュニケーションできるレベルでしかなかった俺が、この世界で生活するうち、ネイティブレベルで会話も読み書きもできるようになってた。まあ、これはスキルってより単に強制的に語学留学させられて習得したっていう話かもしれない。できれば、この言語能力持って日本に戻りたい。

 ああ、そうさ。
 日本に戻りたい。現実は甘くない。
 帰りたい
 ──帰りたい。



 「──三次会行く人ー!」
 「あ、わたし帰りますんで」
 「えー、カナミさん帰っちゃうの~?」
 「すいませ~ん、明日デートなんです♡」
 「ってゆーか友利!幹事なんだから仕切れよ!」
 「あ、友利無理。潰れちゃったからタクシー乗せて帰すわ」
 「うわっ。誰だよ、こんなんなるまで飲ませたの」
 「ほら、友利、タクシー来たぞ。自分の住所言えるか?」
 「うん……○✕町二丁目三番地の……」
 「おっけ。じゃ、気をつけて帰れよ!」

 あ。これ、日本だ。
 帰ってきた?
 違うな。これ、こっち来る直前だ。幹事だからって酒遠慮してたら、逆に面白がられて飲まされちゃったんだ。
 タクシーの振動が気持ちいい……。

 『……すごいね。ここ、あなたの故郷なの?魔界みたいだね。あなた、魔族?』

 あれ?隣に誰かいる?
 一緒乗った人なんていたっけ?
 って言うか、魔界とか魔族とか、何言ってるんだ。意味わからん。

 「まぞくじゃない。にんげん、にほんじん……」
 『そっか。やっと人間の夢に招かれたのに、男の人なんだね。残念。女の人だったら、僕、もう少し生きられたかもしれないのに』

 さっきから言ってる意味が全然わかんねぇ。
 わるかったな、男で。勝手に俺のタクシーに乗ってきたのそっちだろ。

 『今の僕の魔力で同調できる人、貴重なんだよ。もうほとんど枯渇しかけてるから。僕、誰でもいいからセックスしないといけないんだ。でも男の人じゃできないよね』
 「できないことはないだろ。俺はしねぇけど……」
 『できるの!?ほんとに?男同士で?どうやって?』
 「お客さん、着きましたよ」

 俺は謎の同乗者を放置してどうにか支払いを済ませ、タクシーを降りると、そのまましゃがみ込んだ。
 ピリッと刺すような冬の冷気が包み込んでくるけど、酒で火照った肌には心地よく感じた。
 眠い……。少しだけ、ここで休んでから……。

 『ダメだよ、寝ちゃ。ねえ、教えてよ!僕まだ死にたくないんだ!』
 謎の同乗者も一緒に降りたようだ。何を教えろって?
 わかんねぇ。もう寝る。

 『寝ないで!死んじゃうよ!』
 泣きそうな声。声変わり前の少年声って感じの。
 セックスしなきやいけないとか言ってたっけ。こんな声のガキがセックスとか、けしからんな。十年早ぇぞ。
 ってかそれより、人の耳元で騒ぐな。眠いんだ、俺は。

 目を閉じて、そのまま眠りの海に沈みかけていき。

 突然アイアンクローよろしくむんずと額を掴まれ、仰向かされた。
 「?!」
 驚いて目を開けるとそこにいたのは……
 「カナミさん?」
 今日の飲み会の参加者で、うちの課のマドンナ、男所帯の紅一点で経費管理の鬼。上様表記の領収書は断固受け付けないクールな会計担当。

 『ヴァイオレットが可哀そうだから、力を貸すね。ほらっ』
 ぐっとアイアンクローに力が込められると、額がいきなりボワっと熱くなった。
 あ。 眠気飛んだ。
 目を瞬いてカナミさんの涼やかな美貌を見つめた。

 『ローズさん……』
 横で目をうるうるさせてるのは声から判断すると、さっきから俺に張り付いてたヤツか?年の頃は十ニ、三。白金髪に紫眼はかなり目を引く組み合わせだけど、痩せすぎだし顔色も悪い。肌は白いが透明感はなく、質の悪いコピー用紙みたいにボソボソとした質感の白。目の下には隈も張り付いている。頬はげっそりと削げ、肌色の悪さも相まって老人めいた印象を与えるが、それでもなお、元々は美少年だったのだろうということが伺える顔立ちをしている。

 状況が掴めず俺がポカンとしてるうちに、カナミさん?は子猫をつまみ上げるみたいに俺の後ろ襟を掴むと『さあ、行くよ、ヴァイオレット』と傍らの少年に声をかけた。
 『ありがとう、ローズさん!』
 ヴァイオレットと呼ばれた少年が涙目のまま微笑って頷くと、俺はそのまま二人に連行された。

 待って。どこに連れていかれるんだ?
 って言うか、これ、夢じゃないのか?



 ぱちり、と目を開くと、そこは日本ではなく、もう既に見慣れたカシール王国の南東に位置する都市、ナルファの酒場通りの片隅。小便臭い路地に蹲ってた。
 奇跡的に財布も荷物も無事。マジか。なんで?ヘタすりゃ身ぐるみ剥がれてスッポンポンで転がされててもおかしくないとこだったのに。ここは日本と違う、金持って意識を失ったら、何があっても文句は言えない。そんな世界なのに。

 「起きた、レイチ」

 聞き覚えのある声がした。
 つい今しがたまで見てた夢の中で聞いてた声が。

 「──?!」
 ぐりん!と振り返った。
 そこにいたのは──。

 「ゴースト?」

 夢に出演していた、不健康な美少年。ただし、今度はそれに加えて半透明というオプション付き。もう、オバケにしか見えない。

 「お前、死んじゃったのか……」
 さっきまで元気そうに、っていうか死にそうな顔色でも透けてはいなかったのに。

 グスっと美少年の幽霊ゴーストが鼻をすすった。
 「死んでない。死にそうだけど、まだ消えてない。元々魔物だからゴーストにはなれない、僕らの死はイコール消滅」
 「魔物なのか?ゴーストも魔物だろ」
 「ゴーストは人間と一部の動物しかなれない。だからゴーストも魔物だけど、元は人間」

 そうは言うけど、見た目はもうまるっきりゴーストなわけで。
 俺の財布やらが手付かずだった理由がなんとなくわかった。ゴーストに取り憑かれてるようにしか見えなかったんだろな。それでも金は金だ!って悪党だったら手を出してただろうけど。

 「レイチの荷物守ったの、僕。だから、お願い聞いて。もう時間がない。僕を助けられるの、あなたしかいない」
 「別に、金も荷物も、無くなったって良かったんだけど。死ぬつもりだったし。死んで、日本に転生し直すんだ、俺は」
 「死んだってあの世界には行けない。無意識の深海で迷子になるだけだよ。むしろ生きて、高位の夢魔か妖魔に連れて行ってもらうとかしないと無理だと思う」

 ガバッと顔を上げ、夢の中でたしかヴァイオレットと呼ばれてた美少年の幽霊の顔を見つめた。
 「生きて向こうに渡れるのか?」
 「渡れるよ。レイチをこっちに連れてきたの、ローズさんだし」
 「ローズさんって、カナミさんのことか?」
 「違うよ、あの姿は借りてただけ。ローズさんはあまりホントの姿を人に見せないんだ」
 「とにかく、あのカナミさんの姿をしてた人がローズさんなんだな。じゃ、彼女に頼めばまた向こうに連れて行ってもらえるんだな?」
 「無理。ローズさんには会おうと思って会うことできない。それに、あの時は僕を助けるためにって動いてくれたんだ。僕がまだ助かってないのにあなたを元に戻す訳が無い」
 「……お前を助けるには、どうしたらいいんだ」
 薄幸の美少年は儚げに微笑みつつ、言った。

 「セックス、教えて。男同士の。それで、あなたの精液を僕に頂戴?」

 顔と台詞の内容のギャップがひどすぎる。
 そして、俺はできるらしいということを教えただけで、行為を教えるほどの経験値は無いんだ。
 そもそも、なんでコイツはセックスにそんなに拘るんだ。そのことを問うと、こんな答えが帰ってきた。
 「だって僕、インキュバスだから。セックスしないと死んじゃうんだ」
 「インキュバスだって?こんな子どもなのに?」
 俺はマジマジとヴァイオレットを見つめた。
 このお子様が、インキュバス?
 いや、無理があるだろ。

 「わかってるよ、僕が他と違うってこと……だから僕は今、こんなふうになってる」
 外見年齢は十二、三程度にしか見えない美少年のヴァイオレットが、己の半透明に透けた手を見つめ俯く。

 そりゃな。こっちの女性、とにかく強い男が好きっての多いしな。いくら美形でもお子様じゃ、全くその気になんてなれないだろうよ。子どもはさっさと家帰って寝な、とか言われて終了だろうな。

 「他のインキュバスたちはみんな生まれた時から大人で逞しいのに、なぜか僕だけこんなで……もうずっとセックスできてない。僕ら淫魔にとってはセックスが食事みたいなものなのに」
 「淫魔なら、セックスは専門家みたいなものだろ?なんで男同士の行為の仕方を知らないんだ?」
 「だって、男の人はサキュバスの担当だから」
 「あー。完全分業制だからか。専門家だからこそ、知らなかったってことなのか」
 コクリ、とヴァイオレットが頷く。

 儚げな美少年を横目で見やりつつ、ポリポリと指先で頬を掻く。
 考えたら、気の毒ではあるな。最初から男を対象にしてれば、それなりに充実した淫魔生活を送れただろうに、インキュバスという枠に囚われたばかりに今や消滅寸前だと。

 なんとかしてやりたいとは思う。思うけど、無理だ。幼すぎる。俺の日本人としてのモラルに反する。

 「……抱くのは無理だ。本当に無理なんだ。精液わけてやるくらいならなんとかできるかもしれないが」
 俺の言葉にヴァイオレットの目がキランと光る。
 「サキュバスたちが、男の精液は最高のご馳走って言ってた。飲めば七年は寿命が延びるって」
 何、その、どっかの温泉地の名物タマゴみたいな煽り文句。

 「精液くれるならセックス我慢できると思う。だから、あなたのおつゆ、頂戴?」
 コテッと小首を傾げる、儚い美少年。

 だからホントに、見た目と下品な台詞のギャップが!
 目眩を覚え、思わず頭を抱えた。


※※※

挿絵をアップしました。イラストレーターは邪十様です!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

私の彼氏は義兄に犯され、奪われました。

天災
BL
 私の彼氏は、義兄に奪われました。いや、犯されもしました。

美しい側近は王の玩具

彩月野生
BL
長い金糸に青目、整った顔立ちの美しい側近レシアは、 秘密裏に奴隷を逃がしていた事が王にばれてしまった。敬愛する王レオボールによって身も心も追い詰められ、性拷問を受けて堕落していく。 (触手、乱交、凌辱注意。誤字脱字報告不要)

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

処理中です...