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亡くなった妻と、お茶を一緒に。5
しおりを挟む自分でも嫌気が差すような黒い感情が湧き出て、困惑した。
このような思考を妻に悟られないように軽く咳払いをして、お茶を啜る。
少しぬるくなったお茶は、気分を変えるには少々力不足だったようだ。
心の奥底で生まれた澱が、海底がざわつくように未だに揺れている。
(自分の妻相手に、誘拐犯のような顔付きにでもなっていたらどうしようか)
念の為、顔の下半分を片手で覆い、親指と人差し指で頬骨あたりを揺すっておく。
物理的に表情筋に手を加えれば、少しは落ち付くだろう。
「どうかしたの?」
「いや、何でもない」
春香からすれば、表情がどうのこうのよりも、突然、顔を揉んでいること自体が不審だったようだ。
どろどろと湧き続ける黒い感情に、まだ、本来の自分の心が付いていっていない。
相反する感情を持て余すと、ごまかすために奇妙な行動を取ってしまいそうだ。
(色々と気を付けないとな……)
夫婦になってからずいぶん経つが、やはり、春香には嫌われたくない。
妻に軽蔑されるのは、思春期の頃の一人娘に冷たくあしらわれた経験とは、また違う痛みだろう。
嫌われたくない、でも手離したくもない。おそらく、どちらの感情とも上手く付き合う方法はあるのだろう。
しかし、今の自分にはその能力や思考が足りない。
つくづく、自分は不器用な男だと思った。
自分でいうのも何だが、どちらかというと俺は「誠実」や「清廉潔白」な側の人間だと思っていた。
心身共に他人を傷つけるような者には、嫌悪感を抱く。それは今、この瞬間も変わってはいない。
しかし、自分にも「どんなことをしてでも、もう一度、妻を手に入れたい。逃がしたくない」という願望があることに気付いてしまった。
「どんなことをしてでも」というは、つまり「春香にとって不本意な結果であっても」という内容も含まれている。
『住む世界が違う人を愛してしまった。だから、攫って軟禁してしまおう。相手も自分のことを想ってくれているのだから、何も問題はない』
小説やドラマであれば、ドキドキ、ハラハラと興奮するシーンなのかもしれない。
しかし実際のところは、ただの犯罪心理だ。今、自分の心の奥で淀んでいる感情は、そういう忌み嫌われるものだ。
これで愛妻家とは、聞いて呆れる。
できることならば生涯、こんな感情は知りたくなかった。
(あぁ。いや、違う……。以前にも、似たような感情を覚えたような気がする。あれは確か――)
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