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10 狼は仮面をつける

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(数刻前)


フードを深く被った背の高い男が2人、バザールを歩いていた

型押しや染めなど、さまざまな技法で彩られた布を売る店が集まる一角を抜けると、色とりどりの野菜や果物、香辛料、そして水が豊かな国だけあり、魚や貝などが店先に並べられている通りにでた。


「豊かな国だなあ•••エドゥ」


「大声を上げるな、、だが•••そうだな•••これほどの種類の食材が並んでいるとは••••••それに人々の表情も明るい」

グレーのフードから銀髪を覗かせ、男が感心するように答えた。まるでシルクのような滑らかな髪の隙間から、ブラウンの切れ長の瞳が鋭く光る。



前から歩いてくる中年の女性のカゴから、リンゴが一つ転げ落ちた。

すぐに銀髪の男がリンゴを拾い上げ女に差し出した。

「カゴから落ちたようだが•••」


「あら、ありがとう」
とお礼を言った瞬間、フードの隙間から男の顔を見てしまった女性は、そのあまりの美貌に、、、、



、、、またリンゴを落とした•••


「あちゃ~。エドゥ、むやみやたらに女性を至近距離で見つめない!!  お姉さん、リンゴ、カゴに入れておきますよ!」

金髪の男が、革のフードから顔を出し声を掛ける。



「・・・」


だから女なぞ面倒くさいのだ!

オレは父のように、女にかまけて部下に権力を握られるボンクラとは違う


カイラス国の第一王子エドゥアルトは、従者であり従兄弟のラッセンとともに、現在、お忍びでアーシャ姫のいるウンディーネ国城下の街に来ていた。


第二王子である弟とは、十も歳が離れている。にも関わらず、ここまで王位継承がこじれた要因は、王の側近の宰相ミズリーが、第二王子側につき、傀儡(かいらい)政権を樹立しようと企てているからである。

宰相ミズリーは隣国との戦を主張し、一気に権力を握ろうとしている。

そんなことにはさせない!

一刻も早く、ミズリーより先に同盟を結ばねば、両国に計り知れぬダメージが残るだろう。


一瞬で彼の身体から殺気が放たれた


もし誰かが今の彼を見たら、とんでもない美しい顔とその冷え冷えとした表情に、人ならざる恐ろしさを感じるかもしれない。


「エドゥ、落ち着け。」

バンッと背中を叩かれ、エドゥアルトは我にかえる。

「すまない」


「そういえばその酒場は、王城からは少し離れているんだっけ?」

ラッセンは何事もなかったように、人の良い笑みを浮かべて問いかける。

「ああ、街外れとまではいかないが、少し遠い場所にあるな」

情報屋が経営する酒場には、色々な国から人が集まり、さまざまな情報を残していく。
鮮度の良い情報を仕入れるには最適の場所だ。

「金はどれくらいむしり取られるかな?」

のんびりとした声でラッセンが、両手を頭の後ろに組みながら言う。

ウンディーネ国のルイス王に接触するために、王の信頼も厚い神官の情報を買う。


「仕方ない。こうして水面下で動いて何としても同盟の約束を取り付けねば、父は何度説得してもこちらから折れる気はないの一点張りだからな。」

エドゥアルトの深い響きのある声が、艶のある唇から低く放たれる。

「ウンディーネ国の姫は、大層な美少女だと言うぞ!
結婚でもすればいいとオレは思うがな。」

冷え冷えとした殺気が、またも辺りを一瞬で包む。

「あちらも王位を継ぐ身だ•••たとえ同盟が成立したとしても、わが国に嫁いでくるわけはないだろう•••
それにオレは、最低姫と揶揄されるような女に興味は一切ない。」


「エドゥ、お前、女性はよりどりみどりなんだからもっと遊んだほうが良いと思うぞ。」

エドゥは冷たい目でラッセンを見ると一言。

「女の話はするな。興味もなければ面倒でしかない。」

そう答えながら、エドゥアルトの頭には、乳母であった叔母の姿が一瞬よぎった。

それは、エドゥアルトが11歳になったある日のことだった。
湯浴みをしていた時に、突然叔母が入ってきた。

「エドゥ、身体を洗ってあげるわ」

肉感的な叔母は、裸体をそのままさらしエドゥアルトにしなだれかかってきた。エドゥアルトの背中に叔母は自らの胸を押しつけ、熱い吐息を吹きかける。そして耳元でこう囁きかけるのだ。

「ああ、なんてしなやかな美しい身体。絹糸のような銀の髪もこの鍛えられた身体も、本当にあなたは綺麗。」


「なっ、なぜここに?結構です。やめてください!!」

叔母は、宝石をジャラジャラつけた手を、エドゥアルトの背中から胸そしてそのままなぞるように、湯に隠れている下の方へと動かしていく。

エドゥアルトは必死に抵抗し、部屋の外にいるはずの衛兵たちを呼んだが、叔母に退けられたのか、誰一人来なかった。


エドゥアルトはそれまでどんな理不尽があろうとも、誰かに手を上げることなど断じてなかった。
だが、その時初めて叔母を突き飛ばし、逃げ出したのだ。


社交界でも、極力令嬢との接触は避けていたはずが、預り知らぬところで、女性たちの諍(いさか)いに巻き込まれた。果てはその周辺の男どもに嫉妬から嫌がらせを受けてきた思春期であった。


そう、エドゥアルトは、己の容姿が故、女性にまつわるトラブルを呼びよせてしまう。
その結果、心を許した者以外に対しては、己を獰猛な獣のように、隙を一切見せないように装うようになっていったのだ。


ラッセンは、隣の美男子が、心底嫌だと言うように話す様子を横目に見ながら

「随分こじらせてるな。」

と、ボソッと呟くのだった。
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