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第三章 罠

27 波乱の幕開け

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照明が明るく灯され、ダンスをしていたカップルが飲食に戻っていく。急に昼の世界へと人々が戻っていくようにガヤガヤと談笑する声に合わせて、音楽も明るい調子へとそのテンポを早めていく。

空気が一変したのだ。こんな時間に到着する人はただ1人。漆黒のタキシードを着たローラン王子が従者もつけず1人でやって来た。急いで駆けつけて来たのだろう。いつも綺麗に整えられている赤毛混じりの金髪が少しだけ乱れている。

「ローラン王子~!! 遅かったよ~!! 早くみんなに私を紹介してよ!」

甲高い声で話し、きゃぴきゃぴと王子の元へ駆け寄る姿は、佇まいに品のある王子とは対照的だ。

『ノワール、走らないように。そして口調も気をつけなさい。』
決して怒ってるわけでも大声でもない。けれど、威厳のある穏やかな響きが、入り口から離れた窓近くにいる私たちのところまで聞こえてきた。

「もう~っ!細かいんだから~っ!ねっ、王子、待ちくたびれた~。」

ノワール様は、腕を絡めてオレンジのウェーブがかった髪をタキシードに寄せる。まるで胸でローラン王子の腕を挟むように見えるほど際どい体勢なのに、王子は背筋がスッと伸びた佇まいを一切乱さない。

ただ、『すまなかったね。』と一言だけ返しながらも切れ長の目線は探るように広間を見渡している。
(誰かを探してるのかしら?)


先ほどから、じとぅぅっと2人を見ているテオの様子に笑ってしまう。
「あんな人前でベタベタして無神経すぎっ。」とポソリと呟いて眉をしかめてるけど、、、

(シエルにも同じことしていたわよっ。)


なんて言ったら、兄大好きっ子のテオは怒り狂いそう。

『皆、今日は気楽な交流の場だ。心いくまで楽しんでいって欲しい。』
広間の中心で一際目立っているローラン王子は、グラスを高く掲げその知的そうな顔に笑みを浮かべている。あちこちで、カランッとグラスを傾ける音が響いた。

「私たちの婚約お披露目パーティーだよ~~」
ノワール様の声は甲高いから、それほど大きな声で話していなくても聞きたくないのに聞こえてしまう。

『そう言う名目で招待状は出していないはずだが?』

「細かいことはいいの~!! 」
怪訝な表情で問い詰める王子に、臆することもなくノワール様は甘えた声をあげる。高揚した勝ち誇った表情で、私の方を見ながらフンッと鼻を鳴らした。

ビュンッと青白い風がテオの周りを吹き抜けた。
「あの人、どっかに飛ばしたいんだけどっ!」

(テオの音魔法なら飛ばせるからっ!)
テオが言うと、冗談で済まない。思わず想像して苦笑いしてしまう。

ノワール様の視線で、私のことを見つけたローラン王子が、優雅な動作でこちらに向かって歩いて来た。エメラルドグリーンの神秘的な瞳は、こちらを射抜くように見つめている。


『リーチェ。体調はいいのか? 』
こうして心配してくれる姿は、婚約破棄前と変わらない。

「ローラン王子、はい、大丈夫です。お招き頂きありがとうございます。」
レモンイエローのドレスの裾を掴んで、礼をする。

ノワール様が、「わざわざ胸を強調して見せつけなくてもいいのに~。」とレースの部分を睨むように見る。下手にここで否定して余計な注目も浴びたくない。
微妙な空気の中、王子が私のとなりに立つテオに目をとめた。


「テオドール・ブロンシュ・ソルシィエです。今日は兄様の代理ですが、よろしくお願いします。」水色の髪が一房ハラリッと顔に落ちるが、長いまつ毛を伏せたままテオは完璧なマナーで騎士の礼をとった。


『シエルの弟だね。話に聞いていたより元気そうだ。』

「万全とはいきませんが、大分体力は回復しました。」

『そうか、良かった。今日はこの通り、ノワールが主催の気楽な場だ。ーーー私が言うのも何だが、人目は気にせず楽しんでいって欲しい。』
王子は最後に私の方をチラッと見た後、そのままノワール様に手を引かれて立ち去ろうとしている。
(ま、待って!)

「ローラン王子、話があります。」
花魔法で惚れ薬混ぜ込んだとか、有る事無い事言われてそのままにしたくないわ。

「リーチェリア様~、場をわきまえてくださいね!! ローラン王子は、今は私の婚約者なんだよ~。」

ノワール様がムッとした顔で前に立ちはだかるが、元はと言えばあなたのせいなのよっ!

「ごめんなさい。でも少しだけ・・・。」

「ねぇ~、疲れちゃった!!」
いきなりノワール様がローラン王子にぶら下がるように抱きつき、甘えた声でねっとりと絡みついた。

『困ったね。あちらに座る場所があるから、連れて行こう。』

ヤレヤレと呟いて、王子はノワール様を彼女付きの従者に任せ主賓席のある広間の奥へと彼等と歩いていく。去り際に『すまないね。』とだけ告げて。


2人の背中を見送りながら「あんなのが王子の趣味なわけ??」とテオがため息をついた。


「テオ、誰かに聞かれたら不敬罪で捕まるよ。」

「だって、聖女って、もっとこう神聖な感じじゃないの?」

「まぁ、聖女とは言っても、持つ魔力が特殊というだけで、それ以外は私たちと同じだし。」

ノワール様は聖女になる条件として、王子との結婚を望んだ。瘴気の害を浄化できる聖女の力があれば、この国はもっと楽に発展していける。


密猟が増えると、魔獣の死で一気に瘴気が増える。


だからこそ、魔道騎士のシエルは人に害をなす必要最低限の魔獣だけを相手にしていた。それも極力殺さず仕留めることで、瘴気の発生を必要最小限に抑えるという神技で。
最近は、瘴気が増えすぎて、シエルも瘴気の消滅などの雑事も請け負うようになっていたけれど。



「あんた、さっきから食べ過ぎっ!」

テオがいつの間にかちょこんと私のすぐ近くまで来て、近くの皿から持ってきたスイーツを色々取り分けてくれてた。

(うぎゃっ!つい考え事をしていて無意識で目の前のスイーツをバクバク食べてたわっ!)

「ご、こめんっ、でもこれ美味しーよ!ほらっ!」


テオの口の前にスプーンで掬ったゼリーを持っていこうとしたら、、、ん?外から話し声がする。何か揉めてるみたい。

「いいだろ。ちょっとだけ付き合ってよ。貴族とできるなんて、お前だって嬉しいだろ?」

「今、仕事中ですから。」

「オレたちを楽しませるのが仕事だろ。すぐ終わるから。」


中年の酔っ払った男が、使用人の若い女性に迫っていた。男の方は見たことない顔だから、多分そんなに家格の高い貴族ではないだろう。

(あんなに嫌がってるじゃないッ!)

まるで彼女の意志など関係ないように、道具扱いで強引に腕を引っ張り、どこかへ連れ込もうとしている。

私は思わず目の前にあった皿をその男の後頭部に向かって投げた。


カコッーンッ!


(やったー、命中!! )


「だ、誰だッ!」

ドレス姿なのも構わず、窓を飛び越え男の前に立ちはだかる。


「はぁ?ちょっとー、リーチェリアッ!」
テオの声が追いかけてくるけど待てない。服を破られ、肩がむき出しになった女性が怯えてる。


「すみません。彼女、嫌がってますけど?」
私は吊り目の目で、男を睨みつけた。


「ぁあ?邪魔しないでもらえないか。ん? 『残念令嬢』? 王子に振られて、とうとう人の恋路まで邪魔しに来たか?」

「私のことは関係ないでしょう。さ、こんな人は放っておいて、行きましょう。」

私は、草むらにしゃがみ込み、震えてる女性の肩を支えゆっくりと立たせる。
(可哀想に。今すぐ肩に何かをかけてあげたいけど、ハンカチじゃ小さ過ぎるし。)


「待てよ。」と、男が私の腕を指がめり込むほどの力で掴み、胸元をいやらしい目で舐め回すように見た。
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