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【第五章】懐かしい世界
複雑な感情
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僕は家に戻ると、腕時計型のMAHORA端末を装着する。
β版――僕だけの世界を選択し、ログインした。
どうしても、可琳に会いたかった。
たとえAIだったとしても、もう一度、彼女の笑顔を見て、あの優しい声を聞きたかった。
目を開けると、懐かしい天井が見えた。
ベッドに寝ていた僕は、体を起こす。
現実ではもう取り壊されてしまった、僕が生まれ育った家の、僕の部屋。
少し日に焼けた色をしたカーテン、小学生の頃から使っていた古びた机、そして本棚に並ぶ懐かしい本たち。ほんの数ヶ月ぶりだけれど、僕は懐かしく部屋を見回してから、リビングへ向かった。
キッチンでは母さんが料理をしていた。
エプロンをつけ、まな板に包丁を走らせている。その背中を見た瞬間、僕の胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。
目の前にいる母さんは、僕を置いていった母さんではない。
この世界の母さんは、ずっと僕を見守り、そしてこれまで支えてくれた人だ。それはもちろんわかっている。
だけど――心の奥で、僕を捨てた現実の母さんの面影がどうしてもちらついてしまう。
「ちょっと出かけてくる」
僕がそう声をかけると、母さんが手を止めて驚いたように振り返った。
「洵! あなた帰ってたの? 今までどこにいたの? 連絡も取れないし、母さん心配したのよ!」
そうか、僕がログインしていない間、この世界では僕の存在が消えていたのか。僕がいないまま、この世界はきちんと時を刻んでいたんだ。
母さんはずっと僕の帰りを待っていてくれたのか――そう思うと、胸がちくりと痛んだ。
「ちょっと東京に用事があって……勝手にいなくなってごめん。これからはちゃんと出かける前に言うよ」
母さんは安堵の表情を浮かべたけれど、そのあとすぐに小言が始まった。
「もう……あなたがいない間、母さんどれだけ心配したと思ってるの? こんな心臓に悪いこと、もうやめてね?」
僕は苦笑しながら母さんの小言を聞き流す。心の中にはぐちゃぐちゃとした感情が渦巻いていた。
――この世界の母さんは、浮気もしてないし、僕を捨ててもいない。何も悪くない。
わかっているのに、僕を捨てた母さんが、目の前の母さんの姿に重なるたび、胸の奥で怒りと悲しみの感情が溢れ出す。
なんとかすべての小言を聞き終えると、僕は玄関の扉を勢いよく開け、外へ飛び出した。夏の湿った空気が肌にまとわりつく。僕は息を切らしながら、可琳の家を目指した。
β版――僕だけの世界を選択し、ログインした。
どうしても、可琳に会いたかった。
たとえAIだったとしても、もう一度、彼女の笑顔を見て、あの優しい声を聞きたかった。
目を開けると、懐かしい天井が見えた。
ベッドに寝ていた僕は、体を起こす。
現実ではもう取り壊されてしまった、僕が生まれ育った家の、僕の部屋。
少し日に焼けた色をしたカーテン、小学生の頃から使っていた古びた机、そして本棚に並ぶ懐かしい本たち。ほんの数ヶ月ぶりだけれど、僕は懐かしく部屋を見回してから、リビングへ向かった。
キッチンでは母さんが料理をしていた。
エプロンをつけ、まな板に包丁を走らせている。その背中を見た瞬間、僕の胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。
目の前にいる母さんは、僕を置いていった母さんではない。
この世界の母さんは、ずっと僕を見守り、そしてこれまで支えてくれた人だ。それはもちろんわかっている。
だけど――心の奥で、僕を捨てた現実の母さんの面影がどうしてもちらついてしまう。
「ちょっと出かけてくる」
僕がそう声をかけると、母さんが手を止めて驚いたように振り返った。
「洵! あなた帰ってたの? 今までどこにいたの? 連絡も取れないし、母さん心配したのよ!」
そうか、僕がログインしていない間、この世界では僕の存在が消えていたのか。僕がいないまま、この世界はきちんと時を刻んでいたんだ。
母さんはずっと僕の帰りを待っていてくれたのか――そう思うと、胸がちくりと痛んだ。
「ちょっと東京に用事があって……勝手にいなくなってごめん。これからはちゃんと出かける前に言うよ」
母さんは安堵の表情を浮かべたけれど、そのあとすぐに小言が始まった。
「もう……あなたがいない間、母さんどれだけ心配したと思ってるの? こんな心臓に悪いこと、もうやめてね?」
僕は苦笑しながら母さんの小言を聞き流す。心の中にはぐちゃぐちゃとした感情が渦巻いていた。
――この世界の母さんは、浮気もしてないし、僕を捨ててもいない。何も悪くない。
わかっているのに、僕を捨てた母さんが、目の前の母さんの姿に重なるたび、胸の奥で怒りと悲しみの感情が溢れ出す。
なんとかすべての小言を聞き終えると、僕は玄関の扉を勢いよく開け、外へ飛び出した。夏の湿った空気が肌にまとわりつく。僕は息を切らしながら、可琳の家を目指した。
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