伝説の後始末

世々良木夜風

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Legend 50. 全てを滅ぼす魔法

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(行くわよ!...精神を集中して...)
ハルとドラゴンが部屋の隅に移動したのを確認したツィアが、アラブルからある程度の距離をとった場所に立つ。
「まだ、やるつもりか?」
そんなツィアに気づいたアラブルが声をかけるが、ツィアはただ、自分の魔力の流れにだけ気を向ける。
(まずは...)
魔法効果マジックレンジ限定障壁リミッター!」

これは、自分の放つ魔法の範囲を限定する障壁を張る魔法だ。
限定したからといって効果が増えたりはしないので、例えば、混戦の中で敵にだけ魔法を当てたい時などに使用する。

「これは魔法効果マジックレンジ限定障壁リミッター!...こんなものを張ってどうするつもりだ?」
アラブルは首を傾げる。
アラブルの周囲を、直径5mほどの巨大な球状の光の膜が覆っていた。
この状況で、わざわざこんなものに魔力を使う理由が分からない。
「ふん...どうしようもなくなり狂ったか...無様だな!」
アラブルがツィアを見下ろし、侮蔑の笑みを浮かべる。
しかし、心の中には一抹の不安が、
(この胸騒ぎはなんだ!!...しかし、あいつが何をしようとしても今の僕の体力は満タン...一撃で死ぬことはない...)
アラブルはそう思い直すと、ツィアに声をかける。
「まあ、せいぜい足掻くがいい!...魔力が尽きたその時には、止めを刺してやろう...苦しいのは一度だけ...僕の慈悲だと思え!」
「・・・」
しかし、ツィアはただ精神を集中し、アラブルの言葉に耳を貸さない。
「チッ!」
舌打ちをしたアラブル。

彼はこの時、重大な間違いをしていたことに気づいていなかった。
『違和感』...それは冒険者にとって非常に大事なものだ。
それに目を背けたからこそ、ツィアは危うく人魚の住処に閉じ込められるところだった。
また、ツィアが4重で魔法を使った時、実はアラブルはイヤな予感を感じていた。
明らかに、ツィアの行動が不審だったからだ。
しかし、それをアラブルはツィアの作戦ミスだと断定した。
アラブルは頭がいい。
頭がいい人はつい、自分の論理的な思考を優先して、ちょっとした違和感を気のせいだと片付ける傾向がある。
先ほど、死の危機にさらされたにもかかわらず、アラブルはまた同じ間違いを犯そうとしていた。
まさに、ワイバーンの言う、『インテリのお坊ちゃん』だったのだ。

「元素注入!」
ツィアが口にする。
すると、魔法効果マジックレンジ限定障壁リミッター内に、とある元素が注入されていく。
「なんだ?この元素で満たして窒息させる気か?...あいにく、魔物は魔力さえあれば生きていられるのだよ...」
その様子に、アラブルが呆れたように説明している。
しかし、そんなアラブルを無視してツィアは続ける。

「元素圧縮!」
「元素速度上昇!」
すると先ほど注入された元素が、アラブルの前の針の先ほどの微小な空間に集まっていく。
それと同時に、その元素が激しく動き始めた。
狭い空間で超スピードで動く元素同士はぶつかり合い、局所的に温度を上げていく。
アラブルの目の前に、とある元素の超高密度、超高温状態が作られようとしていた。

(もっと!...もっと!...)
ツィアは魔力をひたすら注入し、元素をより高圧に、より高温にしていく。
<ピカッ!!>
アラブルの前の一点。
元素の存在する場所が、まばゆく光り始める。

「なんだ?」
さすがにアラブルも、何か途轍もないことが起ころうとしていることに気が付く。

(もう少し...行け!)
そして、その瞬間が訪れる直前、ツィアが叫んだ。
「ハル!ドラゴン!目を閉じて耳を塞いで!!」
ハルもドラゴンも準備をしていたのか、その通りにする。
ツィアも目を閉じ、耳を塞ぐと呪文を唱えた。
「ニュークリアフュージョン!」

<カッ!!>
魔王城が真っ白な閃光に包まれた。
<ドドドドドドドドド!!>
そして、城を揺るがすような大音量が鳴り響く。
その様子は魔界中から見ることができ、魔物たちは心配そうに、白く輝く魔王城を見つめていた。

魔法効果マジックレンジ限定障壁リミッター内では恐ろしいことが起こっていた。
超高エネルギーの暴走だ。
それは障壁内を数千万度にまで上昇させ、全てをプラズマに変える。
音速をはるかに超える衝撃波が吹き荒れ、全てを吹き飛ばす。
アラブルはもはや完全に消滅していた。


やがて爆音が収まり、目を閉じていても感じた、まばゆい光が消えていく。
ツィアたちがゆっくりと目を開けると...
魔王の間には、直径5mほどの何もない空間ができていた。
書棚なども、綺麗に球形に切り取られている。

それを見たハルが、
「アラブルは...」
と口にすると、
「...塵も残さず消えたわ...」
ツィアが寂しそうに答えた。
「そうか...」
ドラゴンも意味ありげにつぶやく。
本心を言えば、倒したくはなかったのだろう。

「それにしても今の魔法は...」
ハルが尋ねると、
「ああ!核融合って言ってね!...水素の原子核を...E=mc2乗で生み出される...」
ツィアが意味不明なことを、得意げに話し出す。
「ツィアさん!すごいです!」
そんなツィアに、ハルが飛びかかった。
「キャッ!」
思わず、ツィアが押し倒されてしまう。
「さすが私のツィアさん!!...すご過ぎます!!」
ハルが体をすりつけてくるが、
「ちょ、ちょっと!そんなことしたら...」
ツィアのローブがめくれ、太ももが露わになっている。
勢いで、ハルの右手は太ももの付け根に、左手は胸に当たっていた。
「ダ、ダメ!!...こんなところで...確かに約束はしたけど、家に帰ってから!」
ツィアが頬を染めながら大声で叫んでいる。
ドラゴンは困ったように後ろを向いていた。すると、
「おい、おい...『面白いもの見せてあげる』ってそれのことかよ!」
ハルの背後から、ワイバーンの声が聞こえてきた。
いつの間にか、部屋に入ってきていたらしい。
すると、ハルが自分のしていることに気づいたらしく、
「ご、ご、ごめんなさい!!...そんなつもりは...」
真っ赤になってツィアから離れた。
「そ、そうね!...続きは家に帰ってから...」
そう言いながら、ツィアが服を直していると、
「別に、今してくれてもいいんだぜ!」
ワイバーンがニヤリと笑った。
「「しません!!」」
ツィアとハルは顔を真っ赤にしながら、声を揃えて叫ぶのだった。

その時、
<ドドドドドドドドド!>
大勢の足音が聞こえてきたかと思うと、魔物たちが部屋に飛び込んでくる。
異変を察知し、城中の魔物が集まってきているのだろう。
「まずいわ!今の私たちに戦う力は...」
ツィアが顔色を変えていると、
「待て!様子が変だぞ?!」
ドラゴンが声を上げる。
「えっ?!」
ツィアがその言葉にポカンとしていると、一体のアークデーモンが進み出た。
どうやら、集まった魔物の代表格のようだ。
「今の魔法を使ったのは誰だ!」
そして、そう聞いてくる。
さすがにこれだけの威力を見せられると、驚き、混乱しているのだろう。
すると、ハルが得意げに答えた。
「こちらにいるツィアさんです!...ツィアさんは人間ですけど、魔物の味方で、アラブルの暴走を止めようと、この前代未聞の魔法を編み出したのです!」
「もう!ハルったら...」
ツィアは恥ずかしげにしているが、アークデーモンは、
「ではアラブル様は...」
何か言いたそうに尋ねてくる。
「ああ!何も残さず消えてしまった...苦しまなかったことだけが、せめてもの救いだろう...」
ドラゴンが無念そうに答えた。すると、
「では、この方が!!」
アークデーモンたちがツィアを見て、目を見開いている。
「なによ!アラブルのかたきでもとるつもり?!」
ツィアはそう言って睨み返すが、心の中は、
(まずい...今、私たちの中で戦えるのは...ワイバーン...は当てにならないし...)
ドキドキでいっぱいだった。
しかし、アークデーモンの答えは、想像を超えたものだった。

「この恐ろしい威力の魔法を使い、アラブル様よりはるかにお強い...この方こそ次の魔王様にふさわしい!」
「えっ?!」
ツィアがその内容に呆けていると、
「「うぉぉぉぉ~~~~~~~!!」」
魔物たちの雄たけびが上がっていたのだった。
「ちょっと待って!...私、人間...」
ツィアは理由をつけて断ろうとしたが、
「関係ない!最初の魔王様は堕天使だった!」
ドラゴンにそう言われてしまう。
「でも私は了承したわけじゃ...」
更にツィアがごねるが、
「魔王様ってのは周りが決めることだ!本人の意思なんざ関係ねぇよ!」
ワイバーンが楽しそうな顔をして口にした言葉に、
「そんなのイヤ~~~~~~!!」
ツィアの叫び声が響き、
「...私のツィアさんが...みんなの魔王様に...」
ハルは絶望したような顔でつぶやくのだった。
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