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第二部 四季姫進化の巻

十九章Interval~屋敷の中に何かいる~

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 紬姫との会合が終わり、解散した後。
 奏と月麿、椿、楸、柊は和室に留まり、新たに輪になって、話し合いを続けていた。
 地脈に取り込まれた綴を助け出す方法はないか。
 みんなで知恵を絞って考えたが、いっこうに前進せず、暗礁に乗り上げていた。
「やっぱり、無知な人間が頭数を揃えても、いい案は浮かびませんわね」
 途方に暮れて、奏が疲れた表情を浮かべる。
 普段から、こんなに頭を使う習慣がない椿と柊は、頭がパンク寸前で倒れそうになっていた。脳を酷使したときには、甘いものを食べると良い栄養源になる。糖分に飢えた二人は、茶菓子として用意されていた饅頭を頬張り、糖分補給に精を注いだ。
 話はまとまらず、時間だけが過ぎていく。喉ばかりが渇き、冷めたお茶も飲み干されて、おおかた空になっていた。
「お茶がなくなりましたな。お湯を沸かしてきましょうか。お台所は……」
 気持ちを切り替えようと、楸が立ち上がる。ふと、足元で起こった妙な異変に気がついた。
 空になっていたはずのみんなの湯呑みが、新しいお茶で満たされている。煎れ方も丁寧で、淡い緑色の煎茶が、ほっこりと湯気を立てていた。
「誰か、煎れてきてくれはったんどすか?」
 楸が尋ねても、みんな不思議そうな顔をするばかりだ。
「誰かって、誰もこの部屋から動いてへんで」
「外からも、誰も入ってきていませんわ」
 では、このお茶は誰が煎れたのだろう――。
 全員で、湯呑みの中をまじまじと見つめた。
 ふと、お茶の水面が揺らぐ。みんな顔を見合わせた。この場にいる全員、何らかの気配に気付いている。
 人の目に見えない何者かが、こっそりと給仕をしている?
 柊が周囲を気にしつつ、わざとらしく声をあげた。
「あー何か、甘い菓子ばっかり食うとったら、辛いもん食いたくなったなー。煎餅とか」
 すると、柊の座布団の側に小さなお皿が出現した。皿の上には、丸い醤油煎餅が二枚。しかも海苔つきだ。
「どこからともなく、お煎餅が……」
「この屋敷、なんかおるんか?」
「座敷童子とか?」
「家に住み着いて、幸であれ不幸であれ、色々と影響を与えてくるという妖怪どすな。ですが、妖怪の気配はしまへんけど」
 間違いなく、人ではない存在が蠢いている。
 だが、妖怪の類であれば、みんなの目にちゃんと見えるはずだ。
 なのに、どうして姿を捉えられないのだろう。
 その場は完全に、困惑の渦に巻き込まれた。

 * * *

 一方、榎は呆然と考え事をしながら、縁側の廊下を裏庭に向かって歩いていた。
 庭の入口付近に、縛られて気を失っている、伝師護の姿があった。無防備に横たわっていたはずだが、最後に見た様子と、明らかに外観が変わっている。
「護さん……何で葉っぱまみれに?」
 護の身体には、たくさんの落ち葉が布団みたいに覆い被っていた。今の季節、山中は昼間でも少し冷えるから、風邪を引く心配がなくて良いかもしれないが。
 いったい、誰が落ち葉を被せたのだろうか。
 風が吹いたとしても、こんな一カ所に勝手に集まってくるはずもない。誰かが意図的に、落ち葉をかき集めてきたとしか思えないが。
 誰が、と考えても、榎には分からない。この地を訪れている者はみんな、ついさっきまで室内に集まっていたのに。
 不思議に思って立ち尽くしていると、護の側に何かが駆け寄ってきた。
 二足歩行する、奇妙な生き物だった。体つきは、ぽってりした人間といった感じだが、しっぽが生えているし、尖った耳をしている。さらに、榎の掌に乗ってしまいそうな、小さなサイズだった。
 短い両腕を頭上に翳し、落ち葉を持ち上げて運んでいる。
 謎の生き物は、その落ち葉を護の上に放り投げて、満足そうにしていた。この生き物が、地道に落ち葉を持ってきて、護に掛けてあげていたのか。
 榎が瞬きも忘れて見入っていると、榎に気付いた生き物は、驚いて飛びはね、凄まじい速さで竹林の中に逃げていってしまった。
 榎はしばらく、その生き物が飛び込んでいった場所を見つめていた。
「何だ、今のちっこいの。……まさか、小人!?」
 妖気を感じなかったから、妖怪の類ではなさそうだ。
 まだまだ世の中には、榎の知り得ない謎の生物が存在する。
 妙に好奇心を駆り立てられた。

 * * *

 その後。
 屋敷内に戻って大事な話を終えた榎は、先刻の出来事を、それとなく話した。
 すると、みんなの反応は想像以上に大きかった。
「榎も、変な奴がおるって、気付いとったんか」
「気付くっていうか、姿も見たぞ。小人みたいな小さい生き物」
「小人なの!? 座敷童じゃないのかしら」
「妖怪とは、違う感じがしたけどなぁ」
 柊たちも、あの謎の生き物の存在を把握していた。
 屋敷の中では姿を見せず、客人の給仕に徹していたらしい。
 一匹で、それほど色々な作業を幅広く行っているのだろうか。それとも、同じ姿の奴がたくさんいるのか。
「何者なんだろう。気になるよな」
「正体を、確かめてみたいどす」
「捕まえてみましょうよ!」
 好奇心に支配されたみんなの意見は、即座に一致した。
 再び、湯飲みを空にして部屋の隅に並べておく。
「喉が渇いたなー」とわざとらしく声をあげて待っていると、湯飲みの側にこっそりと、何かがやってきた。
 榎が見た、あの小人みたいな生き物だ。
 手には茶を蒸らした急須を持ち、運んでいた。生き物の大きさからすると、急須はとても大きいし、重さも熱さも、かなりのもののはずだ。それでも、特に苦にした様子もなく、黙々と茶を湯呑みに注いでいた。
 煎れ終わって去っていこうとする瞬間、榎たちは素早い動きで生き物に飛び掛かった。
 完全に油断していたらしく、生き物は逃げる間もなく榎の手に納まった。
「やったぞ、捕まえた!」
 榎たちは、その生き物の姿をしっかりと凝視する。
 小さな人間というよりも、何かよく分からない、特徴のない生物だった。柔らかく軽く、誰かが適当に作ったマスコット人形みたいだ。
「キュー、キュキュー」
 謎の生き物は、榎の手から必死で逃れようともがいていた。謎の鳴き声を発し、困っている。
 その仕種が、妙にツボに嵌まった。
「か、かわいい……」
「なに、この子……」
 愛くるしい姿に、榎たちは癒されて、にやけた。
「そいつは、妾の使役する式神だ。身の回りの世話を、色々とさせている」
 背後から、紬姫が声をかけてきた。
「式神……」
 式神は、陰陽師が物や動植物に名や力を与えて、人間みたいに使役する特殊な術によって生み出された存在だ。戦闘一筋の榎たちにはあまり縁のない力だが、平安時代の陰陽師たちにはよく使われていたものらしい。
 紬姫は、屋敷に世話をする人を置かない代わりに、こういった式神を用いて、掃除や炊事をさせているのだという。
「こんなに小さくてかわいいのに、働き者なんだな」
 偉いなと、榎は反対の指で、式神の頭を撫でる。
 その直後、式神の目が怪しく光り、榎に向かって殺気を飛ばしてきた。
「キュー!」
 何が起こったのか分からなかったが、全身を一気に殴りつけられた感覚に陥り、榎は悲鳴をあげて倒れた。かろうじて目を開くと、榎の手から離れた式神は、凄まじい速さで辺りを飛び交い、椿たちに向かって激しい攻撃を繰り出しているところだった。防御も回避もできず、みんな為すがままにやられて、榎と同じく畳の上に倒れ込んでいった。
 ひとしきり暴れると、式神は満足したらしく、再び屋敷の奥に消えていった。
「見た目は小さくかわいいが、一個の力は中等妖怪にも匹敵する。加減はしてくれるだろうが、ちょっかいをかけると痛い目に遭うぞ」
 紬姫の忠告を受けるも、既に榎たちはボコボコにされた後だった。
「先に、言っといて下さい……」
「……すまぬな」
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