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第二部 四季姫進化の巻

第十六章 伝記顛覆 11

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 十一
 その後、榎たちも喫茶店を後にした。
「なーんや、重圧的でけったいなオッサンやったわ」
 先刻の、伝師親子との対話を思い出し、柊が不愉快そうな声を上げた。
「雰囲気が少し、柊はんのお父はんと似とりますな」
「ほんまや。腹の立つところばっかり、そっくりや」
 やたらと護に突っかかっていった理由は、単純に内容が納得できなかっただけではなかったみたいだ。柊らしいといえば、柊らしい。
「ふーむ。じゃがしかし、解せぬのう」
 一緒に道を歩いていた月麿が、突然、唸りだした。
「どうしたの、麿ちゃん。奏さんたちと、帰らないの?」
「麿はまだ調べ物がある故、しばし四季が丘に残る」
「何が解せんのどすか?」
 尋ねると、月麿は黙々と語り始めた。
「殿や姫の話に間違いはなく、地脈を活用し続ければ、確かに今の伝師一族でも充分に栄光を取り戻せるでおじゃる。じゃが、あの地脈の膨大な力を受け止めるとなると、それほどの人材がこの時代におるとは、とうてい考えられぬのじゃ」
「けど、実際におるんやろう? せやから、伝師は滅びかけとったのに、息を吹き返したんや」
「その辺りに、何かからくりがあるのではと考えておる。たとえば、四季姫の禁術の歪みは、単純に地脈の流れが変わった影響かと思うておったが、それだけではちと無理がある。恐らく、地脈を歪める以上の圧力が、この千年の間に加わったと考えられる」
「圧力って?」
「麿の推測に過ぎぬが、――時渡りじゃよ」
 月麿の発言に勢いを感じ、榎は緊張した。
「じゃあ、麿が時を渡って来たせいで、四季姫の使う力に歪ができたのか?」
「少なからず影響しておる。じゃが、たかが麿一人が時を渡ったくらいで、そこまで大きな歪が生まれるとは思えぬ。すなわち……」
 月麿のこめかみを、汗が伝う。
「麿が時を渡った時に、同じく時渡りをして、千年前からこの時代に渡って来たものがおるかもしれぬのじゃ。しかも、一人ではない。複数人」
 突然の新事実に、榎たちは驚く。
「そんなにたくさん、過去からタイムスリップしてきた人がいるっていうのか!?」
「平安人が何人も、この時代に紛れ込んで暮らしとるんか!? すっごいミステリーやな」
「時を渡る力があるなら、陰陽師どすな。伝師一族が急速に力をとり戻した原因は、その人たちによるものかも知れまへんな」
「じゃあ、綴さんや奏さんのお母さんは、平安時代から来た人なのか?」
「平安人の子供、とかかも知れんけどな」
「確証はないが、在り得る話でおじゃる。よって麿は、他に時渡りを行った者を探しに行く」
 月麿は決意を固めた。続いて、榎たちに向かって、神妙に声を掛けた。
「儀式の際には再び会うだろうが、忙しくなる故、先に申しておく。――そなたたちとは、短い付き合いじゃったが、今度こそ四季姫の使命が終わる。今まで、ご苦労であったな」
 ねぎらいの言葉をかけられて、榎は初めて、四季姫の力を失えば月麿との接点も消えるのだと気付いた。
 今まで、四季姫の成長のために尽力してくれた、いわば榎たちの恩師だ。妖怪や陰陽師と関わらなくなれば、もう会う機会もなくなるかもしれない。
 寂しさを感じた。同時に、大事な事実を思い出した。
「でも確か、麿がもう一度、時渡りで平安時代に戻るためには、禁術の力が必要なんじゃ……」
 榎たちが力を失えば、月麿は二度と、時渡りを行えない。
 せめて、術を成功させるまで、力の譲渡は待ってもらうべきだろうか。本気で困った。
「なに、お主たちが使えなくなったとて、四季姫の力はなくならぬ。今度は長の元に集った力を用いて、時渡りを完成させるでおじゃるよ。お主たちは、この時代の平和な日常に戻るべきじゃ」
 月麿の前向きな意見を聞き、安心した。
「お主たちが四季姫で、良かった。麿は生まれて初めて、人として扱われて気がした」
 爽やかな笑顔を浮かべて、月麿は腹を揺らしながら歩き出した。
 榎も、四季姫を導いてくれた人が月麿で良かったと、心から思った。
 商店街の外に去っていく、月麿の丸っこい背中を見つめながら、榎は少し、感傷に浸っていた。
 四季姫として戦い、いろんな出会いを経験した。
 もう、その経験が思い出の中でしか存在しないものになるのだと実感すると、妙に寂しさに襲われた。
 でも、もう決めたのだから。何もかも手放して、終わりにすると。
「これで、いいんだ。綴さんに、恩返しができるなら……」
 許してもらえるかは、分からない。
 でも、ただ綴の怒りを受け止めて、憎まれ続けるよりは、少しでも誤解を解くきっかけになればいいと思った。
 もう、榎の中に未練はない。

 * * *

 一週間後。伝師から長交代の儀式の招待状が届いた。
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