上 下
182 / 336
第二部 四季姫進化の巻

第十四章 春姫進化 7

しおりを挟む
 七
 梓の話を聞こうとした矢先。椿の部屋のドアが、勢いよく開け放たれた。
「椿ー、帰ったよ! 午後から一緒に修業しよう!」
 榎だった。余所行きの服から普段着のジャージに着替えて、気合い充分だ。
「ごめんね、えのちゃん。修業は中止よ。ちょっと、用事ができたの」
「その子、誰? ……もしかして、妖怪か?」
 素早く、妖気を感じ取ったらしい。榎は梓を見て、訝しい顔をした。
 梓は少し怯えて、榎に視線を向けながら、椿の背後に隠れた。
「梓ちゃんっていうの。住んでいる村とパパを助けてほしいって、四季姫に助けを求めて来たの。えのちゃんも、一緒にお話を聞いてあげて」
「分かった、聞くよ」
 榎は迷いなく頷いた。
 榎は心の優しい、正義感にあふれた少女だ。困っている相手は、人間だろうと妖怪だろうと、放ってはおかない。榎が一緒に話を聞いてくれるなら、椿も心強かった。
「あたしは夏姫――水無月榎だ。よろしくね、梓ちゃん」
 榎が挨拶すると、梓は驚いた顔で、榎の顔を凝視した。
「男の人なのに、お姫様なのか!」
「あたしは、女だっての!」
 初対面の相手から男に間違えられるパターンも、相変わらずだ。榎も本気で怒っているわけではないだろうが、こめかみが痙攣していた。
「で、梓ちゃんの村とお父さんが、どうしたんだ?」
 気を取り直して床に座り込み、榎が話を切り出した。
 梓はしばらく黙り込んでいたが、やがて意を決して、口を開いた。
「あたいの住む村は、山奥の人里離れた場所にある、隠れた村なんだ。その村には、人間や凶暴な妖怪との関わりを断って、静かにのんびり暮らしたい妖怪たちが住んでいるんだ。あたいの父ちゃんは、その村の村長なんだよ」
 話を聞いて、椿と榎は声をあげた。まだ見ぬ妖怪たちの世界を想像して、興味が広がった。
「隠れた村、なんてものがあるのか。やっぱり知らない場所に、いろんな妖怪が暮らしているんだなぁ」
「で、梓ちゃんのパパを助けてって、どういう意味なの?」
 椿が尋ねると、梓は目を伏せて、眉根を下げた。
「父ちゃん、三ヶ月も前に村を出て行ったきり、戻って来ないんだ」
 椿と榎は驚いて、身を乗り出した。
「戻って来ないって、家出? 行方不明!?」
 梓は、首をゆっくりと横に振った。
「どこに行ったかは、知っているのか?」
「うん。父ちゃん、強くないけど村の代表だから、上等妖怪としてお偉いさんの集会とかにも、呼ばれたら出ていくんだ。今回は、山の奥のほうに住んでいる、悪鬼の旦那たちのところに出かけて行ったんだ」
「悪鬼の旦那って……」
 榎の声が、上擦った。悪鬼と聞くと、嫌な予感がする。椿も、体を強張らせた。
「日本の、人間が踏み込めない裏の世界を牛耳っている旦那たちだ。いつも十体で活動していて、とっても強くて凶暴だから、妖怪たちは誰も逆らえないんだ」
 嫌な予感は的中した。
「みんなを、襲った奴らだな」
 榎は額に汗を浮かべながら、拳を握り締めた。
 深淵の悪鬼――。千年前、前世の四季姫たちが封印した最恐の悪鬼、鬼閻を崇めていた連中だ。椿たちが鬼閻を封印から説いて倒したため、復讐のために四季姫を狙い続けている。
「旦那たちは、呪いを掛けられて自由に身動きが取れなくなってたんだ。だから代わりに、手足になって動かせる妖怪を国中から呼び集めていた。父ちゃんも、その一人なんだよ」
 知らなかった事実に触れて、椿たちは緊張した。
「今までに柊や楸と戦った連中も、悪鬼と関係があったのかな。梵我や赤尾って名前の妖怪に、覚えはないか?」
 榎が、妖怪の名前を挙げ連ねた。梵我は柊と、赤尾は楸と戦った上等妖怪だ。
「お二方とも、強い力を持った上等妖怪だよ。父ちゃんと並んで、妖怪の世界では高い身分を持っているんだ。普段は誰とも関わらずに、静かに暮らしているけど、今回は父ちゃんと一緒に悪鬼に呼び出されたと聞いたよ」
 悪鬼の元で、四季姫の周りに現れた上等妖怪たちの接点が見つかった。
「今までの妖怪の襲撃は、悪鬼たちの差し金だったんだな」
 奇妙な動きを見せていた妖怪たちの真意が、ようやく分かった。榎は薄々、感付いていたらしく、改めて納得した様子だ。
「でも、楸たちが悪鬼の呪いは解けて、動き出したって言っていた。なのに、どうして今も、妖怪たちに四季姫を襲わせるんだ?」
 自由になったのなら、付け焼刃の手足を使わなくても、悪鬼たち自身で四季姫を襲いに来ればいい。なぜ、まだ姿を見せてこないのだろうか。
 奇妙だった。同時に、不気味さも感じた。
「まだ体がうまく動かせないのかもしれないって、宵ちゃんが言っていたわ。自分たちで戦えるだけの力が、戻っていないのかしらね」
「体調が万全に戻るまでの、時間稼ぎに使っているわけか」
 椿の予測に、榎も納得して頷いた。
「だからって、酷いわ! 静かに暮らしている妖怪たちを、無理矢理戦いに引っ張り出すなんて!」
 怒りが沸き上がる。立場の弱い妖怪を脅して、思うがままに動かそうなんて、絶対に許せない。
「長い間、帰ってこないから心配していたら、悪鬼の旦那の一人がやってきて、父ちゃんを人質に取った、って言ってきたんだ。父ちゃんを解放してほしかったら、四季姫を襲って倒せって、村のみんなを脅したんだ。みんな逆らえずに、人間の町で悪さをして、四季姫の姉さんたちをおびき出したんだよ。村や父ちゃんのためとはいえ、いけない行いをした。あたいたちが弱いばっかりに……。本当に、ごめん!」
 すべての村人を代表して、椿は頭を下げた。村長の娘というだけあって、とても責任感が強い。
「梓ちゃんたちは、悪くないわ。全部、悪鬼のせいよ」
 弱さが罪だなんて、絶対に言わせない。椿は梓をかばって励ましたが、梓の顔は俯いたままだった。
「父ちゃんを助けるためには仕方ないって、みんなは言うけど、あたいはみんなに悪さをしてほしくないし、傷ついて倒される姿も、見たくない。誰かを犠牲にして助かっても、父ちゃんは嬉しくないと思うんだ。だから、何とか止めたかった」
 梓の肩が震える。大きな瞳には、涙が滲んでいた。
「でも、あたいひとりの力じゃ、誰も説得できなかった。四季姫さんたちなら、悪鬼を何とかしてくれるかもしれないと思って……」
 梓は椿の腕を掴んできた。必死な形相に、椿も榎も圧された。
「村でも、四季姫の名前は有名だ。悪鬼たちの親玉を、やっつけたんだろう? だったら、強いはずだ。どうか、悪鬼たちを倒して、父ちゃんを助けてくれ!」
 椿と榎は、顔を見合わせた。椿が強気に頷くと、榎も頷き返してきた。
「悪鬼が、なりふり構わず動き出した原因は、あたしたちの詰めの甘さにもあるんだ。現代の平和のためにと思って鬼閻を倒したのに、逆に他の妖怪たちに迷惑をかけてしまった」
「ちゃんと、責任を果たさないとね。いずれは戦わなくちゃいけないんだから、悪鬼が弱っている今こそ、倒すべきよ!」
 気合いが入る。悪鬼を倒せるだけの実力は追いついていないかもしれないが、やる気だけは負ける気がしなかった。
「悪鬼たちの住処なら、行き方を知ってるよ。あたいが案内するだ! 裏道を使えば、悪鬼たちに気付かれずに隙を狙える」
 椿たちの前向きな反応に、梓も喜んで乗ってきた。だが、勢いづいた雰囲気を、榎が一旦、制止させた。
「まだ、あたしたちだけでは、勝手に動けないよ。楸と柊にも、事情を話さないと。今の戦力の要は、秘術を習得している二人なんだから。確実に悪鬼を倒すために、作戦も練らなくちゃいけないし」
 確かに、有利に戦うならば、二人を中心にして挑まなければならない。明日、さっそく話をしよう。
「早くしないと、悪鬼たちも四季姫さんたちの動きに気付いちまうだ。今なら悪鬼たちも油断しているだろうから、侵入しやすいんだけどな」
 すぐに動けないのだと分かって、梓は少し、落ち込んでいた。
「大丈夫よ。梓ちゃんのパパさんは、絶対に助けるからね!」
 椿が励ますと、梓の表情にも笑顔が浮かんだ。

 * * *

 話が一区切りついたところで、母の桜が部屋にやってきた。
「椿も榎さんも、帰っとったんやね。二人だけ?」
 桜は椿の部屋を、隅々まで見渡した。
 もちろんだが、梓の姿は桜には見えない。
「椿は、同級生の子と一緒やなかったん? お父さんが何や、騒いどったけど」
「もう、家に帰ったわ」
 桜に話題を振られると、椿は一気に機嫌が悪くなってきた。
「そう。せっかく来てくれたのに、お茶も出さんで、悪かったわねぇ」
「いいのよ、別に」
「お父さんも、せっかく了封寺の和尚さんがいらしたのに、怒鳴って追い返しはって。立派なお坊さんなんやから、懇意にしとかなあかんて言うてるのに、いっつもいっつも……」
 ブツブツと文句を呟きながら、桜は部屋を去って行った。桜がいなくなった頃合いを見計らって、榎が小声で尋ねてきた。
「了封寺の和尚さんって、了海さんか? 何でこの寺に?」
「パパと腐れ縁なんですって」
「じゃあ、同級生の子ってのは……」
「朝ちゃんよ」
 椿はぶっきらぼうに応えた。
「へえ、寺に来ていたんだ。もしかして、妖怪に襲われたときにも一緒にいたのか? 大丈夫だった?」
「平気でしょ、強い妖怪なんだから」
「いや、でも、今は力を封じているんだから。宵みたいに力が戻っているなら、別だけど」
 何も知らない榎の質問に苛立ちが増し、椿の怒りは最高潮に達した。
「力が戻ったって、肝心なときに使わなきゃ、意味がないわよ!」
 絨毯を叩いて、怒鳴り声を上げる。椿は再び、顔に熱を帯びて、頬を思いっきり膨らませた。
 椿の様子を見て、榎は心配そうに顔を覗き込んできた。
「椿……。やっぱり、おたふく風邪?」
「だから、違ーう!」
 榎は優しくて気遣いも丁寧な少女だが、なぜか椿の気持を理解してくれないところが、玉に瑕だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...