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第二部 四季姫進化の巻

第十三章 秋姫進化 3

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 三

 翌日。
 新学期が始まり、朝と宵は転入生として楸たちと同じクラスにやってきた。
 予想通り、校内はたいへんな騒ぎになった。
 人数の少ない田舎の学校ならでわの反応だ。新入りの情報は全てのクラス、学年に伝わるし、興味本位で見に来る野次馬も多い。
 しかも双子となれば、さらに話題性が大きく、生徒たちの興味の持ち方は、半端ない。
 宵の机の周りには、大勢の取り巻きが集まった。口々に、いろんな質問や話題を吹っかけている。
 最初は唖然としていた宵だったが、直ぐに場の空気に順応していた。嫌がりも楽しがりもせず、坦々と受け答えしていた。適当に話を流しても、周囲からは不愉快に思われない。堂々としてマイペースな雰囲気が、宵の長所ともいえる。
 対して朝からは、みんな距離を置いていた。気にはなるのだろうが、不気味さが勝って近寄り難い、といった感じだ。遠巻きにして、噂を囁き合う生徒が多い。
 朝も、特に気にした素振りは見せていなかった。心配した椿だけが、しつこく話しかけていた。
「朝、やっぱり浮いてるなぁ」
 遠目に様子を伺っていた榎が、唸りながら呟いた。榎も入学したときには、背が高くて悪目立ちしていた部分があるから、似た境遇に同情できるのだろう。
「見た目って、子供社会では大事どすからなぁ。私も、小学校の頃から一人で眼鏡を掛けとりましたから、よう虐められたもんどす」
 ある程度、予測していたのだから、いまさらどうこう騒いでも手遅れだ。話題の熱が冷めて、自然と収まるときを待つしかない。朝の姿に慣れてくれば、そのうちクラスのみんなも馴染んでくるだろう。
「髪が白いって、そんなに悪いかな? 不気味とか、気持ち悪いって、周りは思うのかな」
 榎が、遠い目をする。楸が見つめていると、我に帰って照れ臭そうに笑った。
「何だか、綴さんを想像しちゃって……」
「綴はんて、たしか、福祉部で榎はんがお世話してはる?」
 楸も、何度か姿を見た。榎が担当している患者さんは、まだ若そうなのに、髪が真っ白だった。
「うん。綴さんも、生まれつき髪が白くてね。外に出る時は人の目が煩わしいから、染めているんだって。でも、周りの人が何も気にしなければ、ありのままの姿で、堂々としていられるんだよね……」
 周囲の目や稀有な扱いを煩わしいと思うなら、世間の常識に合わせる方法が、一番楽だろう。でも、やっぱり自然体でいてほしいと思う榎の気持ちも、強く伝わってくる。
「……榎はん、随分と、綴はんに入れ込んでおりますなぁ。お好きなんですな」
 笑いかけると、榎の顔は真っ赤に染まった。
「茶化すなよ、楸!」
「茶化してはおまへん。榎はんの幸せそうな顔を見ておると、私もなんや、嬉しゅうなりますんや」
 大切な人の話をするとき、人の表情はとても軟らかく、温かくなる。そんな人達の笑顔を見ていると、同じ幸せを分けてもらえた気分になる。
「綴はんも、優しい榎はんの存在に、救われておると思いますえ」
「……ありがとう」
 榎は照れて笑った。
「楸は、どうなんだ? 最近、宵に冷たい気がするけど」
 逆に話を振られ、楸の顔の筋肉が硬くなった。
「気のせいどす。いつも通りどす」
 淡々と返すが、榎はあまり信用していない。
「あたしは、楸が妖怪たちに一生懸命接してきた姿をずっと見てきたからさ、いきなり態度が変わるって、やっぱりおかしいと思うんだよ。宵と、何かあったのか?」
「以前は、妖怪についての情報を集めるための、演技やったんどす」
「演技で、あんなに一生懸命になんて、なれないよ。楸は隠し事が上手かったけれど、人を騙したり、陥れるために吐く嘘は、下手だと思う。だから今回の態度の変化にも、特別な理由があるのかと思って」
 楸は黙り込んだ。図星すぎて、どう言い訳をすればいいのか、分からなかった。
「別に、宵が可哀相、なんて話じゃなくてさ。楸が、何か悩みを一人で抱え込んでいるのかもしれないって、心配になって……」
 榎は、鈍そうに見えるが、意外と鋭い。ちゃんと仲間の様子や変化を細かく観察して、いち早く問題を察知する。リーダーとしての適性だろうか。とても分析力に長けていた。
 楸も、仲間の一人として、ちゃんと見てもらえているのだと実感すると、嬉しくもあるし、申し訳なくも感じた。
「ご心配させて、すみません。でも、ほんまに、何でもありまへんから」
 榎も、複雑そうな顔を見せながらも、それ以上の反論はしてこなかった。
 気付かれても、決して言うべきではない。
 個人的な復讐劇に、大事な仲間を巻き込むなんて、絶対にできなかった。

 * * *
 始業式や諸々の行事をを終えて、みんなで帰宅の途についた。
「おい、待てや、月夜つくよ 朝」
 校門の前で、いきなりつるまれた。
 同じクラスの丸坊主の男子生徒、横田だ。クラスではちょっとしたリーダー各で、いつも取り巻きを連れて校内を闊歩している。
 名指しで呼び止められた朝は、表情一つ変えずに横田の前に出た。
「弟の宵は、ちゃんと黒い髪しとるのに、何でお前は白いんや! 染めとるんか」
「不良や、不良。大人しい態度しとるくせに、怖い奴やなぁ」
 やっぱり、こんな絡み方をしてくる奴らはいる。外見が普通ではなく、やたらと目立っている朝が、気に入らないのだろう。
「この髪は、生まれつきなのです。先生にも説明してもらいましたが、決して染めているわけでは……」
 朝は果敢に横田たちに反論するが、火に油を注ぐだけだ。相手は話し合いをしたり、理由を知りたいわけではなく、単純に文句がいいたいだけなのだし。
「生まれつきでも何でも、学校来るんやったら校則守れや! みんな、髪の色変えたくても我慢しとるんや!」
「元々白いんやったら、黒く染めたらええやろ! 皆に合わせろや!」
「髪染めが校則違反なのですから、黒く染めるのもいけないのでは?」
 発言の矛盾を指摘された横田たちは、一瞬、怯んだ。だが腹癒せにと、更に激しい剣幕で口々に文句を吐き立てた。もはや、何を言っているのか解読もできない。
 面倒臭い連中だ。気にするから気になるのだから、気にしなければいいだけなのに。
 学級委員長として、いい加減、止めるべきだろう。楸が前に出ようとすると、椿に先を越された。
「朝ちゃん、こんな奴ら、相手にする必要はないわ。帰りましょう」
 男子生徒たちを無視し、朝の手をとって、ずかずかと歩いていく。
「邪魔すんな、如月! まだ俺らが話しとるんや!」
「ろくに会話になっていないでしょう? 言いがかりつけて絡まないでよ!」
「如月、お前、こいつに気があるんか! 趣味悪ぅ!」
「月夜、如月と付き合いたいんやったら、丸坊主にせなあかんでー。如月の家、寺やからなぁ」
「丸坊主にすれば、髪染めんでもええやん!」
 口々に、嫌味や茶化しが飛ぶ。その火の粉は、椿にまで飛び火した。
 朝の表情も、次第に険しくなってきた。関係のない椿まで中傷の的になり、怒りを覚えたのだろう。
 だが、朝が口を挟もうとするより先に、椿の口が開いた。
「芋坊主どもは引っ込んどれ! ふざけた口叩いとったら、校舎裏でシメるぞゴルァ!! 覚悟はできとるんやろうな!?」
 ドスの効いた低い声で、睨みつけて威嚇する。男子生徒たちの顔から血の気が引き、一目散に逃げ出した。
 周囲が静まり返る。
 椿は一呼吸おいて、朝の腕にしがみついた。
「いやーん、男子たち、怖かったわぁ。朝ちゃん、大丈夫だったぁ?」
 一瞬にして、いつもの、ぶりっ子口調に戻っていた。
「恐ろしい女がおるで……」
「私、何も見とらんどす」
「椿、本気で怒ると怖いんだよな……。素が出るから」
 楸たちは椿から距離をとり、身を寄せ合って震えていた。
 椿の鶴の一声で、事態は収拾したかに思えた。
 だが、男子生徒たちが仕返しにと、遠くから石を投げつけてきた。
「椿さん、危ない!」
 朝が椿を庇って、石礫を肩に受けた。椿の小さな悲鳴が飛ぶ。
 楸たちは慌てて、二人に駆け寄った。
「お二人とも、お怪我はありまへんか?」
 幸い、朝が受けたダメージは軽いものだった。
「お前ら、いい加減にしておけよ!」
 さすがに度が過ぎる。榎と柊が前に出て、男子生徒たちを怒鳴り付けた。
 だからといって、反省する連中でもないが。
「でたー! 巨人二人組ー! 金剛力士像や、怖いのー」
 金剛力士とは、寺院の表門に立てられている、二対一体の仁王像を指す。東大寺南大門にあるやつが有名だ。
 二人揃うと、やたらと威圧感を放つ榎と柊に、クラスの男子たちがつけたあだ名だった。
 ちなみに、榎が阿行で、柊が吽行らしい。
 こめかみに血管を浮かべた二人は、殺気を剥き出しにして指関節を鳴らしはじめた。
「榎ぃ、狩りの時間やで」
「久しぶりだな。腕が鳴るぜ」
 二人は、同時に地面を蹴った。
 男子たちは必死で逃げるが、この体力馬鹿の二人から逃れられるわけがない。
 瞬殺された横田一味は、校庭の鉄棒に磔にされ、公開処刑が完了した。
「あいつらのほうが、おっかねえな……」
 遠目に様子を見ていた宵が、顔を引き攣らせていた。
「皆さん、優しいんどす。あないな、相手にするだけ無駄な連中に、必死で向かい合って」
 楸には、とうてい真似できない行動だと思った。

 * * *

 校庭を出て、家が逆方向の榎たちと別れ、楸は新参者の二人を連れて帰り道を歩いた。
「やっぱり、いつの時代も、周りと違うものは目立つのでしょうね」
 先刻の出来事を受けて、朝は少し遠い目をしていた。
「ゆっくり、慣れていったらええどす。あまり、気にせんと」
 励ますと、朝はやんわりと微笑み返してきた。
「別に、気にはしていないのですよ。周囲からは絡まれるでしょうが、僕にとっては些細な問題です」
 普通なら、学校に行くだけでも嫌になる扱いだが、朝は平気そうだ。
「朝はんは、お強いですな。いきなり暮らす環境が変わって、不安にはなりませんのか? 平安の京が、恋しくなったりは?」
「京にいた頃も、僕たちが安らげる場所なんて、ほとんどありませんでしたから」
 さらりと言ってのける朝を見て、何となく、その強さの根底を見た気がした。
 朝と宵は、妖怪でありながら人間の住む環境で暮らしていた。当然、人間からは外見の違いから疎まれていただろう。おまけに、前世の四季姫たちによって封印の人柱にされたりと、かなり過酷な人生を歩んでいる。
 朝たちから見れば、こんな子供じみた些細な虐めや差別など、大した苦痛ではないのかもしれない。
「どんな環境で暮らそうが、他人にどう思われようが、基本的にはどうでもいい話です。本当に大切な人たちの側にいられて、繋がりを保てれば、希望を持って生きていけます。皆さんが僕たちを支えてくださるから、知らない場所でも暮らしていけるのです」
 朝の言葉には、説得力がある。楸は逆に、勇気をもらえた気がした。
「お困りやったら、何でも仰ってください。できる限り、お助けしますさかい」
 いくら打たれ強くても、勝手が分からなければ悩みも出てくるだろう。楸も協力は、惜しまないつもりだ。
 朝は穏やかに、楸に微笑みかけてきた。
「楸さんには、とても感謝しているんです。僕が封印されている間、ずっと、先に出てきた弟を、側で気に懸けて下さっていたと聞きました。ずっと慌しくて、お礼も言えませんでした。ありがとうございます」
 後ろを歩いている宵に気づかれないためか、耳元で小声で伝えてきた。突然、想像もしていなかったお礼を受けて、楸は戸惑った。
「私は、親切心から妖怪はんたちに近付いたわけではないんどす。妖怪に対しての好奇心と、情報収集のためでした。せやから、皆さんに感謝される筋合いなんてないし、むしろ、謝らなあかん側なんどす」
 楸も自然と小声になり、ひっそりと返した。横目に背後を見ると、宵が不審そうな目で二人を見ていた。
「理由はともかく、宵はあなたに、とても感謝しています。あいつは元々、要領はいいけれど人嫌いで、滅多に他人に心なんて、開かないんです。でも、あなたにだけは、とても気を許している。千年ぶりに宵と再会して、僕が一番、驚きました。あんなに楽しそうに過ごしている宵を、初めて見た」
 人嫌いな性格は、よく知っている。初めて会った時から、警戒心の塊みたいだった。
 楸との係わり合いが、宵にとって大きな影響を与えた証拠だろう。
「宵は、僕に付き合って妖怪と悪鬼の力を封じ、人間になってくれた。でも、その覚悟の内側には、人間としてあなたの隣で生きていきたい願いが、強くあったのではないでしょうか」
 その気持ちにも、心当たりがある。でも、今の楸では、その思いには応えられない。
 黙り込んだ楸を見て、朝は少し、眉を顰めた。
「ですが、楸さんと宵の関係は、話で聞いたものと実際に見たものでは、別物ではないかと思えるくらい違いました。あなたの態度が変わったのだと、皆さんは不思議がっていますが、なぜですか?」
 答は、楸の中にある。でも、素直には話せない。
 話せば、必然的に榎たちにも事情を説明しなければならなくなるし、楸の過去も教えなければいけない。
 全てをさらけ出し、周りに迷惑をかける気は、楸にはない。
「心の支えがあれば、どんな環境でも僕らは生きていけます。でも、支えがなければ、きっといつか、心が折れる。だから、僕よりも、宵のほうが心配なんです。宵は強いけれど、あなたへの想いがあってこその強さだと思うから」
 胸が、締め付けられた。
 必要とされているのだと、分かっている。その気持ちは嬉しいし、応えたいとも思う。
 でも、過去の闇と天秤にかけると、どうしても優先はできなかった。
 何も返せずに俯いていると、朝が急に声をあげはじめた。驚いて顔をあげると、宵が割り込んで、朝の耳を引っ張っていた。
「痛いな、何をするんだ、宵!」
 抓られた耳を押さえながら、朝は怒る。宵も不機嫌な顔で、朝を睨みつけた。
「ひそひそと、楸に変な話を吹き込むんじゃねえぞ、朝」
 鼻を鳴らし、戸惑う楸にも、視線を向けてきた。
「何いわれたか知らないが、こんな奴の話、真に受けなくていいぞ」
 そっけなく告げて、宵は朝を引っ張って、妙霊山に続く道を歩いて行った。
 楸は結局、一言も発せられず、唖然と二人の後ろ姿を見つめていた。
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