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第二部 四季姫進化の巻
十二章 Interval~冬姫回顧~
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師走 柊は、大阪で生まれた。
父親は小さな食料品会社の社長。母親は、専業主婦。
幼い頃から、特に不自由もなく暮らしてきた。
柊が小学校に上がった頃。
突然、母親が荷物を纏めて、家を出た。
「おかあちゃん、どこにいくんや」
柊は必死で引き止めた。
「ごめんな、柊。お母ちゃん、もう一緒におられへんのや。お父ちゃんと、仲良うな」
「なんでや。いかんとってや、おかあちゃん!」
努力の甲斐もなく、母親は去って行った。
以来、母親がどこにいるのか、柊は知らない。
* * *
母親がいなくなってから、父親の転勤が増えた。
経営する食品会社を全国展開させるために、各地を飛び回っていた。
小学校二年生の頃まで、柊は大阪の自宅で暮らした。
世話をしてくれる家族がいないため、通いのお手伝いさんを雇って、家事の世話をしてもらった。
お手伝いの柚子さんは、のんびりした中年女性で、柊を娘みたいに可愛がってくれた。
柊も柚子さんに心を開き、家事の手伝いをしたり、料理を教えてもらった。
ある、土曜日の夕方。
柊はせっせと、お手製のカレーを作った。全部一人で、手作りだ。
柚子さんも味見をして、「美味しい」と褒めてくれた。
「柚子さん。今晩は、うちが片付けも全部やるから、帰ってええで。たまには家で、ゆっくりしてや」
準備を整えると、柊は柚子さんを労った。
「お父ちゃんが、久しぶりに出張から帰ってくるんや。一緒にご飯食べたいから、待っとるわ」
柚子さんが帰ると、柊は机にスプーンやサラダを並べて、父親の帰りを待った。
八時だ。寝る時間になった。
九時になった。十時になった。
まだ、父親は帰ってこない。
柊は眠い目を擦りながら、頑張って待っていた。
日付が変わった頃。
玄関の鍵が開く音がした。
スーツ姿の父親が、忙しなく入ってきた。
「お父ちゃん、お帰り! ご飯の支度、できてるんやで」
柊は笑顔で出迎えた。父親は手も止めず、荷物から洗濯物を取り出して、新しい着替えを詰め替えていた。
「こんな時間まで、何をやっとるんや。早う飯食って、寝んか」
一言告げて、すぐに出ていってしまった。
「一緒にご飯、食べたかっただけやのに……」
取り残された柊は、玄関に立ち尽くしていた。気付けば頬を、涙が伝っていた。
母親が家にいれば、父親の態度も違ったのだろうか。
逆に、父親の態度が違えば、母親は出て行かなかったのだろうか。
父親の仕事が別のものなら、一人で放っておかれずに済んだのだろうか。
あの二人の子供に生まれなければ、違う人生が待っていたのだろうか。
柊は一人で考え続けた。
子供なりに、答は出た。
考えるだけ、無駄だと。
* * *
小学校中学年になると、お手伝いさんの世話も不要になり、柊も父親の長期転勤について、一緒に各地を移動する生活になった。
父親は家に帰って寝るだけで、特に会話もなく、いてもいなくても変わらない存在になっていた。
四年生の時、半年ほど名古屋で暮らした。
転校の繰り返しで、他人との接し方は熟知していた。周囲に合わせて、でしゃばらなければいい。面倒ごとには関わらず、程々に大人しくしておけばいい。
要領よく、知らない学生の輪にも、容易く入っていけた。
名古屋には、同じクラスに風変わりな生徒がいた。
水無月榎。
背が高く、髪も短く、男だか女だか分からない。がさつな奴だったが、一応、女子だった。
困っている相手を放っておけない質(たち)らしく、どうでもいいいざこざに、ことごとく首を突っ込んでいく。端から見れば、ただの馬鹿だが、その馬鹿な性格が幸いして、人望だけは大きかった。
柊とは、明らかに正反対の性格。
なぜ、そこまで人間に興味が持てるのか。
なぜ、わざわざ面倒事に関わろうとするのか。
柊には、榎の考えは微塵も理解できなかった。
榎は、柊とも仲良くなろうと、しつこく付き纏ってきた。
最初は特に興味もなかったが、害もなさそうだったので、からかって遊んだ。おちょくった時の反応が面白く、よくつるみ始めた。
榎は遊ぶときも怒るときも真面目一徹で、単純な奴だった。
だから裏表もない、〝お人好し〟なのだと、印象が固まった。
榎と遊んでいると、楽しい。きっとほかの誰もが、同じ気持ちで榎に接していた。
柊も、クラスでは人気があったほうだ。だが無意識に、相手の機嫌をとって媚びを売り、顔色を伺っていただけな気がする。
結局、榎と柊では、ものの考え方が本質的に違うのだと気付いていた。
夏休みのある日。柊たちは公園で遊んでいた。
今日は砂場に落とし穴を掘って榎を嵌めたり、反撃に缶蹴りの缶を顔面にぶつけられたりと、まずまずの一日だった。
昼になり、みんな家に戻った。
榎とは、家が近くだ。帰り道、何となく家族の話題になった。
「家に、誰もいないのか? だったら夕方まで、あたしの家に来るか?」
柊の家庭事情を知った榎が、誘ってきた。どうせ暇だし、とお邪魔した。
「初めまして。いつも榎と仲良くしてくれて、ありがとうねぇ」
優しそうな榎の母親が、出迎えてくれた。自覚はなかったが、何となく胸が苦しくなった。
榎の家は、近隣の民家に比べて大きい。
ただ、家族が多いから、中は狭く感じた。
榎には、兄弟がたくさんいた。男ばっかりの学生寮みたいな賑やかさに、圧倒された。
昼飯ともなると、山盛りの素麺を兄弟たちが奪い合う。まさに戦争だ。これだけ大所帯だと、食糧の消費も半端ない。
「杉兄ちゃん、あたしのハムだぞ! 返せよ」
「ハムに名前でも書いてあるのかよ!」
「あんたたち、いい加減にしなさい! 柊ちゃんがドン引きしてるでしょうが! よその家はね、もっと静かにご飯を食べるのよ!」
兄たちが騒ぎ、弟が泣き出し、母親が怒り、榎は笑っていた。
「何やねん、この家……」
柊は茅の外で、唖然としていた。とてもじゃないが、あの輪には入っていけない。
頭痛がするほど賑やかだ。温かくて、とても楽しげで。
非常に、居心地の悪さを感じた。胸焼けがして、吐きそうだ。
「今晩、花火大会があるんだ。一緒に見に行こう!」
榎が誘って来る。
だが、柊は既に、この環境に限界を感じていた。
「すんません。用事を思い出したんで、帰りますわ」
すかさず立ち上がり、水無月家を後にした。
「柊、待てよ。用事ってなんだよ……」
榎が、後を追い掛けてくる。お節介な性格も、自然な人当たりのよさも、あの家で培われたものか。
賑やかで温かい家。優しい家族。
何の苦労も努力もせずに、何もかも手に入れてきたのか。
何もかも持っているくせに、柊が一緒にいないと満足できないのか。
世の中には、甘えたくても甘える家族すらいない人間だって、たくさんいるのに。
急に、榎が憎らしく感じた。榎との間に、大きな壁が聳え立った気がした。
「やかましい。お前みたいな奴には、一生かかっても分からんわ!」
苛立ちを爆発させ、柊は誰もいないマンションの自室に、逃げ帰った。
榎と、何もかもが正反対で、当然だ。
境遇も、得てきた経験も、望んできたものも、何もかもが違う。
榎が当たり前に持っているものを、柊は何一つ持っていない。
柊がずっと味わってきた苦しみを、榎は何一つ知らない。
名前の通りだなと、ふと思う。
真夏の太陽みたいにすべてを照らし、活力を与える榎。
対して柊は、雪解けさえ望めない冬。極寒の永久凍土そのものだ。
榎みたいな娘がいたら、父親の態度も違ったのだろうか。
もっと、明るくて楽しい家庭を築けたのだろうか。
くだらない考えが、浮かんでは消えた。馬鹿馬鹿しくなった。いまさら考えたって、どうにもならない。
「もう、ええ。一人のほうが楽や。うちは一生、一人で生きていくんや」
悲しむ気力さえ、すぐに失せた。涙さえ、凍って出てこない。
手に入らないものは、望まない。柊は柊のまま、今まで通りに生きていく。
別に、ほかの人間みたいにならなくてもいい。柊らしく、あればいい。
決意を固め、次に転校するときまで、変わらず生活を続けた。
榎をおちょくり、周囲に媚びを売り。生き方に、自信がついた。
反して、心の中はどんどん、冷えていった。
* * *
名古屋からの転校を機に、柊は一度通った経験のある、京都の四季ヶ丘へ再転入した。
四季ヶ丘には父方の祖母・梅が暮らしていた。もうすぐ中学生になるし、勉学に専念しなければならない。
そんな理由から、一カ所に腰を据えようと、祖母の元へ預けられた。
今まで点々としてきた地域の中で、四季ヶ丘の学校が、一番落ち着く場所だった。理解ある友人もたくさんできたし、何より穏やかに時間が過ぎるから、のんびりと暮らせた。
一人暮らしの高齢の祖母と一緒に、身の回りの手伝いをしながら、それなりに楽しく暮らした。
「婆ちゃんは、急に居候が増えて、迷惑やないんか」
ふと思い、尋ねた。
「爺ちゃんが亡うなって、日も経つしな。柊が一緒におってくれると、安心するわ」
梅は柊を、歓迎してくれていた。柊は笑った。
「ごめんなぁ。安心する、いわれても、よう分からんのや」
温かく、穏やかな田舎の生活をすれば、気持ちも変わるかと思っていたが。
相変わらず、柊の心は凍てついていた。
父親は小さな食料品会社の社長。母親は、専業主婦。
幼い頃から、特に不自由もなく暮らしてきた。
柊が小学校に上がった頃。
突然、母親が荷物を纏めて、家を出た。
「おかあちゃん、どこにいくんや」
柊は必死で引き止めた。
「ごめんな、柊。お母ちゃん、もう一緒におられへんのや。お父ちゃんと、仲良うな」
「なんでや。いかんとってや、おかあちゃん!」
努力の甲斐もなく、母親は去って行った。
以来、母親がどこにいるのか、柊は知らない。
* * *
母親がいなくなってから、父親の転勤が増えた。
経営する食品会社を全国展開させるために、各地を飛び回っていた。
小学校二年生の頃まで、柊は大阪の自宅で暮らした。
世話をしてくれる家族がいないため、通いのお手伝いさんを雇って、家事の世話をしてもらった。
お手伝いの柚子さんは、のんびりした中年女性で、柊を娘みたいに可愛がってくれた。
柊も柚子さんに心を開き、家事の手伝いをしたり、料理を教えてもらった。
ある、土曜日の夕方。
柊はせっせと、お手製のカレーを作った。全部一人で、手作りだ。
柚子さんも味見をして、「美味しい」と褒めてくれた。
「柚子さん。今晩は、うちが片付けも全部やるから、帰ってええで。たまには家で、ゆっくりしてや」
準備を整えると、柊は柚子さんを労った。
「お父ちゃんが、久しぶりに出張から帰ってくるんや。一緒にご飯食べたいから、待っとるわ」
柚子さんが帰ると、柊は机にスプーンやサラダを並べて、父親の帰りを待った。
八時だ。寝る時間になった。
九時になった。十時になった。
まだ、父親は帰ってこない。
柊は眠い目を擦りながら、頑張って待っていた。
日付が変わった頃。
玄関の鍵が開く音がした。
スーツ姿の父親が、忙しなく入ってきた。
「お父ちゃん、お帰り! ご飯の支度、できてるんやで」
柊は笑顔で出迎えた。父親は手も止めず、荷物から洗濯物を取り出して、新しい着替えを詰め替えていた。
「こんな時間まで、何をやっとるんや。早う飯食って、寝んか」
一言告げて、すぐに出ていってしまった。
「一緒にご飯、食べたかっただけやのに……」
取り残された柊は、玄関に立ち尽くしていた。気付けば頬を、涙が伝っていた。
母親が家にいれば、父親の態度も違ったのだろうか。
逆に、父親の態度が違えば、母親は出て行かなかったのだろうか。
父親の仕事が別のものなら、一人で放っておかれずに済んだのだろうか。
あの二人の子供に生まれなければ、違う人生が待っていたのだろうか。
柊は一人で考え続けた。
子供なりに、答は出た。
考えるだけ、無駄だと。
* * *
小学校中学年になると、お手伝いさんの世話も不要になり、柊も父親の長期転勤について、一緒に各地を移動する生活になった。
父親は家に帰って寝るだけで、特に会話もなく、いてもいなくても変わらない存在になっていた。
四年生の時、半年ほど名古屋で暮らした。
転校の繰り返しで、他人との接し方は熟知していた。周囲に合わせて、でしゃばらなければいい。面倒ごとには関わらず、程々に大人しくしておけばいい。
要領よく、知らない学生の輪にも、容易く入っていけた。
名古屋には、同じクラスに風変わりな生徒がいた。
水無月榎。
背が高く、髪も短く、男だか女だか分からない。がさつな奴だったが、一応、女子だった。
困っている相手を放っておけない質(たち)らしく、どうでもいいいざこざに、ことごとく首を突っ込んでいく。端から見れば、ただの馬鹿だが、その馬鹿な性格が幸いして、人望だけは大きかった。
柊とは、明らかに正反対の性格。
なぜ、そこまで人間に興味が持てるのか。
なぜ、わざわざ面倒事に関わろうとするのか。
柊には、榎の考えは微塵も理解できなかった。
榎は、柊とも仲良くなろうと、しつこく付き纏ってきた。
最初は特に興味もなかったが、害もなさそうだったので、からかって遊んだ。おちょくった時の反応が面白く、よくつるみ始めた。
榎は遊ぶときも怒るときも真面目一徹で、単純な奴だった。
だから裏表もない、〝お人好し〟なのだと、印象が固まった。
榎と遊んでいると、楽しい。きっとほかの誰もが、同じ気持ちで榎に接していた。
柊も、クラスでは人気があったほうだ。だが無意識に、相手の機嫌をとって媚びを売り、顔色を伺っていただけな気がする。
結局、榎と柊では、ものの考え方が本質的に違うのだと気付いていた。
夏休みのある日。柊たちは公園で遊んでいた。
今日は砂場に落とし穴を掘って榎を嵌めたり、反撃に缶蹴りの缶を顔面にぶつけられたりと、まずまずの一日だった。
昼になり、みんな家に戻った。
榎とは、家が近くだ。帰り道、何となく家族の話題になった。
「家に、誰もいないのか? だったら夕方まで、あたしの家に来るか?」
柊の家庭事情を知った榎が、誘ってきた。どうせ暇だし、とお邪魔した。
「初めまして。いつも榎と仲良くしてくれて、ありがとうねぇ」
優しそうな榎の母親が、出迎えてくれた。自覚はなかったが、何となく胸が苦しくなった。
榎の家は、近隣の民家に比べて大きい。
ただ、家族が多いから、中は狭く感じた。
榎には、兄弟がたくさんいた。男ばっかりの学生寮みたいな賑やかさに、圧倒された。
昼飯ともなると、山盛りの素麺を兄弟たちが奪い合う。まさに戦争だ。これだけ大所帯だと、食糧の消費も半端ない。
「杉兄ちゃん、あたしのハムだぞ! 返せよ」
「ハムに名前でも書いてあるのかよ!」
「あんたたち、いい加減にしなさい! 柊ちゃんがドン引きしてるでしょうが! よその家はね、もっと静かにご飯を食べるのよ!」
兄たちが騒ぎ、弟が泣き出し、母親が怒り、榎は笑っていた。
「何やねん、この家……」
柊は茅の外で、唖然としていた。とてもじゃないが、あの輪には入っていけない。
頭痛がするほど賑やかだ。温かくて、とても楽しげで。
非常に、居心地の悪さを感じた。胸焼けがして、吐きそうだ。
「今晩、花火大会があるんだ。一緒に見に行こう!」
榎が誘って来る。
だが、柊は既に、この環境に限界を感じていた。
「すんません。用事を思い出したんで、帰りますわ」
すかさず立ち上がり、水無月家を後にした。
「柊、待てよ。用事ってなんだよ……」
榎が、後を追い掛けてくる。お節介な性格も、自然な人当たりのよさも、あの家で培われたものか。
賑やかで温かい家。優しい家族。
何の苦労も努力もせずに、何もかも手に入れてきたのか。
何もかも持っているくせに、柊が一緒にいないと満足できないのか。
世の中には、甘えたくても甘える家族すらいない人間だって、たくさんいるのに。
急に、榎が憎らしく感じた。榎との間に、大きな壁が聳え立った気がした。
「やかましい。お前みたいな奴には、一生かかっても分からんわ!」
苛立ちを爆発させ、柊は誰もいないマンションの自室に、逃げ帰った。
榎と、何もかもが正反対で、当然だ。
境遇も、得てきた経験も、望んできたものも、何もかもが違う。
榎が当たり前に持っているものを、柊は何一つ持っていない。
柊がずっと味わってきた苦しみを、榎は何一つ知らない。
名前の通りだなと、ふと思う。
真夏の太陽みたいにすべてを照らし、活力を与える榎。
対して柊は、雪解けさえ望めない冬。極寒の永久凍土そのものだ。
榎みたいな娘がいたら、父親の態度も違ったのだろうか。
もっと、明るくて楽しい家庭を築けたのだろうか。
くだらない考えが、浮かんでは消えた。馬鹿馬鹿しくなった。いまさら考えたって、どうにもならない。
「もう、ええ。一人のほうが楽や。うちは一生、一人で生きていくんや」
悲しむ気力さえ、すぐに失せた。涙さえ、凍って出てこない。
手に入らないものは、望まない。柊は柊のまま、今まで通りに生きていく。
別に、ほかの人間みたいにならなくてもいい。柊らしく、あればいい。
決意を固め、次に転校するときまで、変わらず生活を続けた。
榎をおちょくり、周囲に媚びを売り。生き方に、自信がついた。
反して、心の中はどんどん、冷えていった。
* * *
名古屋からの転校を機に、柊は一度通った経験のある、京都の四季ヶ丘へ再転入した。
四季ヶ丘には父方の祖母・梅が暮らしていた。もうすぐ中学生になるし、勉学に専念しなければならない。
そんな理由から、一カ所に腰を据えようと、祖母の元へ預けられた。
今まで点々としてきた地域の中で、四季ヶ丘の学校が、一番落ち着く場所だった。理解ある友人もたくさんできたし、何より穏やかに時間が過ぎるから、のんびりと暮らせた。
一人暮らしの高齢の祖母と一緒に、身の回りの手伝いをしながら、それなりに楽しく暮らした。
「婆ちゃんは、急に居候が増えて、迷惑やないんか」
ふと思い、尋ねた。
「爺ちゃんが亡うなって、日も経つしな。柊が一緒におってくれると、安心するわ」
梅は柊を、歓迎してくれていた。柊は笑った。
「ごめんなぁ。安心する、いわれても、よう分からんのや」
温かく、穏やかな田舎の生活をすれば、気持ちも変わるかと思っていたが。
相変わらず、柊の心は凍てついていた。
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