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第一部 四季姫覚醒の巻

第九章 陰陽真相 7

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「完全抹殺って、どういう意味やねん!?」
 まず最初に、柊が怒声をあげる。
 柊の怒りも、無理はない。椿は青褪めて体を震わせ、楸は唇を噛み締め、拳を握り締めていた。
 みんな、尋常な精神状態なんて、保てない。榎も、怒りを通り越して、気を失いそうだった。
「千年前の四季姫たちは、伝師に恨まれていたのかも知れないけれど、生まれ変わった椿たちには、何の関係もないでしょう?」
「生まれ変わった。その事実が、伝師たちには問題だったんじゃよ。本来なら、四季姫が生まれ変わる余地さえ与えぬよう、魂もろとも消滅させろと、紬姫は命じておったのじゃ」
 鬼閻が封印されてしまい、伝師の長、紬姫は怒り狂った。一族の野望をぶち壊した四季姫たちへの抹殺を、一族のものに命じた。それこそ、魂の欠片も残らぬほど、徹底的に――。
 了海の残酷な話は、まだ続く。榎たちが聞きたいと望んだとはいえ、そろそろ耐えられなくなってきた。
「じゃが、四季姫たちは伝師が望まぬ形で最期を迎え、新たに生まれ変わるために、輪廻転生の輪へと入ってしもうた。千年の後、再びこの世に四季姫たちが生まれ変わると知った紬姫は絶望した。姫が生きておる間には、復讐が果たせなくなってしまったんじゃからのう」
「だから、麿に命じてタイムスリップさせて、生まれ変わったあたしたちを……?」
「月麿が白神石の封印を解こうとした目的は、四季姫の皆さんを殺すためなのですか!?」
 奏が呟く。榎たちよりも、奏のほうが、貧血で倒れてしまいそうな顔色の悪さだった。
 転生した榎たちの魂を消し去れば、紬姫の悲願は成就される。
 月麿は、その瞬間を作り出し、見届けるために、四季姫の魂を追いかけてこの時代へやってきた。
 榎たちの覚醒の手助けをし、力をつけさせ、白神石の封印石を、解かせるつもりだったのか。
「四季姫たちに自ら封印を解かせ、復活した鬼閻に食わせる。過去の過ちを食いながら死んでゆく四季姫の末路を、紬姫から所望されておったのじゃろうな」
 了海は残酷にも、容赦なく事実を明かしていく。
「ですが、なぜ前世の罪まで、私たちが背負わないかんのどす? 不条理にも程があるどす」
 楸が、理不尽な運命を否定し、声を上げた。間違いなく、全員が同じ気持ちだ。
「かつての長、紬姫にとっては、四季姫の存在が本当に憎かったのであろう。その負の感情、そんじょそこらの常識で量れるものではない。かといって、素直に受け止められるものでもないがな。皆さんには、何の罪もないんじゃから」
 了海は、紬姫の心情を想像して語りながらも、榎たちに与えられた運命の残酷さを非難した。
「理不尽じゃからこそ、何が何でも回避させたかった。我らの力が及ばず、まことに申し訳ない」
 後悔の念を深く刻みながら、了海は謝罪の言葉を述べ、頭を下げた。
「椿たちの命って、何なの? 殺されるために、生まれてきたの……?」
 椿が誰よりも最初に、堰(せき)を切って、本能の儘(まま)に泣き始めた。
 未遂に終わったとはいえ、真実はあまりに残酷すぎる。平常心を保つほうが無理だ。
 榎たちも俯き、脳内を襲うショックを、必死に受け止めて耐えていた。でも、頭の中での葛藤は消えない。
 今まで、四季姫として誇りを持ち、一生懸命戦ってきた榎たちの前向きな心と、どうやって向き合えば良いのだろう。
 全部、命を散らすために仕組まれた無意味な行為だったのだと、榎たち自身に言い聞かせなければいけない。だけど、納得なんてできるはずがない。
 恐ろしい現実だった。心が、壊れてしまいそうだった。
「わたくし、長に掛け合いますわ」
 沈黙を破り、奏の力強い声が響いた。
「初めて、月麿を長に引き合わせたとき、長は月麿が時を渡ってやってきた使命の意味を、はっきりと理解しておられました。つまり、紬姫の願いは現代の長にも引き継がれていた。長は全てを理解した上で、四季姫の抹殺を熟知し、容認していたのです。ならば、長の考えを変えられれば、伝師一族が長く引き継いできた恨みの連鎖を、断ち切れるかもしれません」
 伝師の長を説得し、鬼閻(きえん)の復活、四季姫の犠牲を伴う儀式を中止させる。
 奏にできる最善の策を、強気に打ち立てた。
「長が正式に、四季姫の抹殺の取り止めを提示すれば、白神石の封印も守られますし、月麿も無理に使命を全うしようとはしません。皆さんの無事も、保障されるでしょう。――月麿が個人的に、四季姫を恨んでいなければの話ですが」
 奏は、月麿に視線を向けた。
 四季姫は、伝師の裏切り者。紬姫が心から恨んだ相手。
 その家臣である月麿もまた、四季姫を憎んでいたのだろうか。紬姫の願いは、月麿の願いでもあったのだろうか。
 正直、分からない。
 最初は、そんな残酷な気持ちだけを動力源に、見知らぬ時代で頑張ってきたのかもしれない。
 でも月麿はこの時代で生活し、榎たちと接して行くうちに、間違いなく変わっていっていた。
 偉そうで図々しかった性格も、徐々に丸くなり、平和な時代の穏やかな風潮に、しっかり同化していた。
 榎たちに白神石の封印を解かせようとしたとき、ほんの僅かでも、躊躇いがあった事実を、榎は知っている。
 今の月麿からは、平安時代の恨みの心など、消えてしまっていると、信じたかった。
「いい加減、古臭い柵(しがらみ)から、解き放たれるべきなのです、あの家は」
 奏の、決意の言葉。過去に縛られて、道を踏み外そうとしている一族への強い想いが込められていた。
 榎は受け入れたかったが、素直には聞き届けられなかった。
 他の四季姫たちも同様だ。榎たちは顔を見合わせて、頷き合った。
「奏さんの気持ち、とても嬉しいです。でも、長を説得するだけで、本当に解決するでしょうか?」
 話さずとも、四人の意見は一致していた。榎が代表して、奏に伝えた。
 訝しそうな顔をする奏に、続いて楸が説明を加える。
「白神石の中に封じられておる、鬼閻の力がこの世に存在している限り、きっと伝師の人たちは、その力を欲すると思います。必然的に、封印を解く唯一の鍵である四季姫も、いずれは別の理由で狙われる恐れもあるどす。私たちに限らず、この先、遥か未来の四季姫たちも」
 たとえ、榎たちが無事に天寿を全うしたとしても、またこの先の未来で、榎たちの魂を受け継いだ誰かが、蘇るかもしれない。
 その時まで、伝師の血が耐えずに続いていれば。また、同じ悲劇の繰り返しになりかねない。
「悲しみや憎しみの連鎖は、元を断たなきゃ、何も終わらない。封印を解こう。あたしたちの全力を以って、悪鬼を倒して、朝月夜も助ける」
 榎は、四季姫が出した答を、周囲に打ち明けた。
「単純な話、悪鬼の親玉を倒してしまえば、何も問題はないわけどすからな」
「無理だ、昔の四季姫様でも倒せなかったんだぞ!? お前らにどうこうできる相手なわけあるか!」
 榎たちの決意に反発し、宵月夜が声を荒げた。
 宵月夜は千年前の、鬼閻の恐ろしさを身に沁みて知っている。だからこそ、説得力のある制止の声を向けてくるのだろうが――。
 残念ながら、榎たちの心には、響かなかった。もう、気持ちは固まっていた。
「やる前から、勝手に決めつけるん、やめてもらえるか? 悪鬼との戦い方やったら、実践して自信もついとるところや」
「朝月夜さまに何もかも押し付けて、放っておくわけにはいかないわ!」
 柊と椿の言葉に圧され、宵月夜も口を噤んだ。
「何が何でも、もう一度、自力で変身して、力を解放してやる。全てを真っ白(さら)にする、一番の近道だ」
 榎は、壊れた髪飾りを強く握り締め、気合を入れた。
 変身できない、なんて泣き言を吐いている場合ではない。絶対に力を取り戻し、もう一度、四人で揃ってみせる。
 榎の気迫を受けて、了海が呆れた様子で息を吐いた。
「何をいうても、きかなさそうですな。四季姫様たちは、かくも頑固な方ばかりじゃ」
 了海は反対もせず、同じもせず、榎に歩み寄ってきた。
「夏姫殿。壊れた髪飾りを貸しなされ」
 手を差し出される。榎は少し躊躇うが、ゆっくりと、髪飾りの残骸を了海に渡した。
「派手に壊されたのう。どれ、久しぶりに、本気を出そか」
 了海は、髪飾りを両掌に包み込んで、合掌した。何やら念仏を唱え始めて、手に力を込める。
 次第に、指の隙間から白い光が漏れ出した。光はだんだん強くなり、了海を包み込む。
 最後に、了海が大きく喝を唱えた。激しい風が一瞬、竜巻みたいに了海を囲み、周囲に突風をもたらして、消えていった。
 光も治まった。了海は大きく深呼吸し、気持ちを落ち着けて、榎の眼前で掌を開いて見せた。
 榎は歓声を上げる。
 了海の掌の上に転がっていた髪飾りは、初めて手にした時と遜色ない、新品同様に蘇っていた。
「おおお、直ったぁー! 髪飾りが、元通りだ!」
 まるで手品だ。目の前で起こった奇跡の業に、榎は大歓喜しまくった。
「これぞ、我ら嚥下家に伝わる造詣の秘技! どうじゃ、畏れ入ったか」
 少し疲れたのか、呼吸を整えて背中を軽く叩きながら、了海は自慢げに鼻を鳴らした。封印石を作り上げた嚥下家の技術力は、伊達ではない。
「ありがとうございます! これで皆の足を引っ張らずに、変身できます!」
「なに、礼はいらん。礼はいらんが、一つ頼みを聞いてもらう。皆様の行う封印の儀式、わしら親子にも最後まで、見届けさせてもらいたい」
 了海の、交換条件。拒む理由もなかった。この親子の存在なくして、四季姫たちは奇跡を起こせなかった。全てを見届ける権利がある。
「分かりました。了生さんにも了海さんにも、とても助けてもらいましたから。蚊帳の外で、部外者扱いはできません」
 榎は頷き、嚥下親子を受け入れた。
「本気ですのね、皆さん……」
 奏が、最後の問いかけ、といわんばかりに、深刻そうに尋ねてきた。
「あたしたちはきっと、この時のために、生まれ変わったんだと思うんです。命を狙われ続ける未来を、終わらせるために」
 だが、榎たちの返事は変わらない。復活した髪飾りを手に握り締め、天高く翳した。
 他の三人も倣って、髪飾りを握った拳を、空へと突き出した。
「みんな、やるぞ。最後の一勝負だ!」
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