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第一部 四季姫覚醒の巻

第八章 秋姫対峙 14

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十四
「委員長が、秋姫……? どうなって……」
 唖然としながら、榎は二人の秋姫を交互に見つめていた。
 頭が理解できず、ついていけない。いろんな謎が脳内で膨らみ、破裂しそうだった。
「お話は後で。ええ加減、偽者は退治せな、私も気が済みまへんさかい」
 榎の困惑を抑え込み、周(あまね)は萩を睨みつけた。
「加勢するで、佐々木っちゃん!」
 柊が勢いよく飛び込み、周の隣に並ぶ。目の前の事実を、柊はすんなりと受け入れられたのだろうか。榎は動けないままだった。
 周が、柊に何かを耳打ちしていた。柊は大きく頷き、笑って薙刀を構える。
 二人の敵意を受けた萩は逆上し、折れた鎌を手に踊りかかった。周は素早くかわし、柊が薙刀で弾いて、軽く受け流す。瞬間に生じた隙を狙い、周が素早く射た矢が、萩の背中に刺さった。萩はおぞましい悲鳴をあげる。
 冷静かつ、流麗な戦いだ。動揺しているだけの榎とは違い、柊は完全に周と息を合わせ、連携を完成させていた。
「どいつもこいつも、目障りだ! 秋姫はアタシだ! 全ての妖怪どもを、邪魔する奴を根絶やしにしてやるんだ!」
 苛立った萩は己の存在を主張して、激しく喚く。
 そんな姿を、周は冷静に見つめていた。
「妖怪を全滅させて、動物を怨霊に変え、悪鬼(オニ)の楽園でも創るつもりどすか?」
 周の言葉に、萩は妖艶な笑みを浮かべた。
「悪鬼なんて、知るか。アタシ一人の楽園だ。この世のあらゆる生き物を、怨霊に取り込ませて、妖怪の狩場を作ってやる。お前らが生きるも死ぬも、アタシの気分次第ってわけだ」
 萩が低く笑うと、周囲の空気に圧力が掛かった。体が重く、息苦しさを感じる。
「アホぬかせ! お前みたいな化けもんに、好き勝手されてたまるかい!」
 澱んだ空気を振り払い、柊が攻撃に転じる。
 だが、武器を壊されても、萩の攻撃力に衰えはない。柊の薙刀は、軽々と弾き返された。
「やっぱり強いな……。どないして、ケリをつけたらええんやろうか」
 柊が一人で掛かって行っても、すぐに防戦一方になる。
 いつまでも、腰を抜かしている場合ではない。榎も、戦いに加わらなくては。
 体に力を入れなおし、体勢を整えた。
「榎はん、まだ戦えますな? 柊はんに悪鬼の動きを止めてもらっておる間に、私は、あの悪鬼の弱点を探ります。狙って攻撃してください」
 榎の側にやってきた周が早口に指示を送ってくる。榎は驚いて、周を見た。
「弱点なんて、探れるのか!?」
「私は、戦うよりも、そういった補佐に向いた陰陽師らしいどすな」
 周はいつもと同じ、落ち着いた笑みを、榎に向けてきた。
 背を押され、榎は立ち上がらされた。
 前方では、柊が萩の動きを止めるために、奮闘している。
 以前までとは、明らかに武器の捌き方が違う。武器が壊され、萩の攻撃方法が変わったという原因もあるが、柊が使う薙刀術特有の、流れの活きる動きが最大限に生かされ、少ない労力で萩の攻撃を受け流していた。
 さっき、周が柊に耳打ちしていた内容に秘密があるのだろうか。
 加えて、柊と萩がぶつかり合っている場所から榎の目の前まで、まっすぐに見えない道が生まれていた。今、榎が立っている場所は、二人の戦いを客観的に把握するために、絶好の位置取りだと気付いた。
 萩に隙が生まれれば、すぐに見つけて、切り込んでいけた。
 榎は悟る。周が即座に、榎たちが戦いやすい方法や場所を把握して、さり気なく誘導してくれたのではないか。
 榎と柊の性質を細部まで理解し、最大限に生かした戦法が、導き出されていた。
 四季姫としてではなくても、周はいつも、榎たちが戦っている場所にいた。榎たちの戦い方、動き、何もかもを誰よりも間近で見て、知っている。
 バックに周がついていると思うだけで、戦いに余裕が生まれた。
 不思議と、力が湧いてきた。初めて一緒に戦うのに、初めてな気がしない。
「頼むよ、委員長! 弱点を教えてくれ!」
 気合を入れて、榎は身構える。周は頷いて、萩に視線を向けた。
 矢を持たず、弓の弦だけを引き、萩めがけて的を絞った。
 萩の体を覆う形で、光の輪が出現する。梵字が繋がった形状の輪は、激しく回転して萩の全身を、隅々まで調べはじめた。
「――〝千里(せんり)の的(まと)〟。……見えました。榎はん、右肩を狙ってください、古傷の痕があります。奴の弱点どす!」
 光が飛散すると共に、周が結果を知らせてきた。榎は重くなった剣を握り締め、萩の右肩に狙いを定める。
 だが、突然、膝が折れた。気持ちは前向きだが、体が悲鳴をあげている。体の中に際限なく取り込まれていく、自然の力の負荷に耐え切れなくなってきていた。
「あと一撃だけ、保(も)ってくれ! あたしの体!」
 体に喝を入れるが、なかなかいうことをきいてくれない。
「榎はん、無理はいけまへん。私が、狙います」
 周が変わって、矢を萩に向ける。だが、矢での攻撃では、致命傷を与えるには難しい。
 こんな場所で、足を引っ張るのか。悔しさに、榎は歯を食いしばった。
 ふと、どこからともなく、笛の音が聞こえてきた。徐々に、体の疲労が取れて、体が楽に動き始める。
「遅くなってごめんね! えのちゃんに、ありったけの力を送るわ!」
 細い山道から、変身した椿が駆けつけてきた。汗を流し、息を切らしながらも、続けて笛を吹き続ける。
 いける。榎は周と頷き合った。周は道を譲り、榎は渾身の力を込めて、駆け出した。
 榎に場を譲り、流れる動作で柊が萩の攻撃をかわし、身を引く。動きのテンポを崩された萩は、一瞬、動揺して体の動きを止める。
 榎は、見逃さなかった。
「手加減すんなや、榎! 一気にいけー!」
 掛け声にあわせて、剣を振りかざす。
 瞬間、萩の人間だった頃の姿が、榎の脳裏にフラッシュバックした。
 萩を仲間だと信じて、何とか更生させようと尽力してきた日々が、蘇る。
 萩が、人間ではないなんて、考えたくない。
 悪鬼である現実を突きつけられた今でも、どうにかならないかと考えている。たとえ、四季姫でなくても。
 ただ、倒すだけの行為に、榎は少し、抵抗を覚えていた。
 その躊躇いが、榎の剣を鈍らせた。
 急所の右肩めがけて、剣が切り裂く。間違いなく命中した。萩は甲高い悲鳴をあげて、武器を落として体を震わせる。
 だが、倒れるには至らず、榎がよろめいた一瞬を突いて、素早い速さで、目の前から姿を消した。
「逃げられてしもうたか……」
 柊が舌を打つ。気持ちだけならば、すぐにでも探しに追いかけたいところだが、既に体は満身創痍だ。剣で体を支え、地面に膝を突いた。
「えのちゃんの、あの凄い攻撃でも、倒せなかったの?」
「少し、手加減しはりましたな?」
 ばっちり指摘され、榎は俯いた。
 せっかく、周が作ってくれた最大のチャンスを、棒に振ってしまった。
「ごめん、無意識に、躊躇った……」
「あの傷やったら、しばらくは大人しくしているでしょう。よう、頑張らはりましたな」
 周は項垂れる榎に、心からの賛辞を贈ってくれた。
 達成感と罪悪感が、同時に襲ってくる。妙に心が乱れ、榎は泣きそうになった。
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