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第一部 四季姫覚醒の巻

第八章 秋姫対峙 13

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十三
 冬姫に変身した柊が、息を切らせて駆け上ってきた。
 突然の発言に、周囲は唖然とする。
「人間でないとは、どういう意味ですの? 柊さん」
 奏が尋ねる。柊は榎の隣で薙刀を構え、萩を威嚇した。
「まあ、あの姿見たら、分かるやろうけどな。明らかに人外のもんや」
 なぜ、柊はそんな考えを持ったのか。榎は困惑して、柊の横顔を見た。
「昨日、河川敷で榎と椿と萩が、闘(や)り合いしとったんや。その様子をうちの婆ちゃんが見とって、演劇の稽古と勘違いしたらしいねん。けど、言い回しが気になって詳しゅう話を聞いてみたら、婆ちゃんは榎と椿の、〝二人〟が稽古をしとった、と言いよった」
 昨日の出来事を、柊が説明する。榎の中にも、漠然と、記憶が蘇った。
 あまり気にしていなかったが、確かに、少し違和感があった。榎たちのやりとりを演技だと思っていた柊の祖母――梅は、榎と椿に対して、大きな声援を送ってくれた。
 稽古だと思って応援してくれていたなら、あの場所に一緒にいた萩について話題を振ってこなかった点が、今思うと引っかかる。
「……まさか、榎さんと椿さんしか、人の目には映っていなかった、と?」
 奏が、緊迫した表情で憶測を述べる。柊は力強く頷いた。
「せや。萩の姿は、一般人の婆ちゃんには見えとらへんかったんや! そいで今朝、学校に行って、萩についての情報を先生らに片っ端から聞いたけど、誰も知らんかった。――神無月萩なんて生徒は、おらへん。学校の名簿にも載ってへんねん!」
 萩の正体に疑問を抱き、柊は憶測を確信に変えるために、朝から走り回ってくれていたのか。
「すっかり騙されたで。うまいこと人間の中に溶け込みよって」
 薙刀の刃先と共に、鋭い睨みの視線を萩に向け、柊は舌を打つ。
 目の前の萩の姿を見る限り、柊の言葉を疑う余地は、なさそうだった。
 でも、人ではないなんて。萩はいったい、何者なのか。
 榎の中から、動揺と困惑が消えない。
「では、萩さんは妖怪ですか?」
 奏の口から、榎の気持ちを代弁した問いが出てきた。
「いや、妖気は感じられません。あれだけ派手に暴れながら、妖気を隠すなんて無理やろうし……。でも、凄まじいほど禍々しい気を発しておる」
 了生が眉を顰め、変貌した萩の姿を分析している。だが、了生にも、はっきりと正体の断定ができないらしい。
 そんな中、月麿だけがさらに怯えの色を濃くして、足をがくがくと震わせていた。
「あの姿は、まさしく悪鬼(オニ)でおじゃる。間違いない、恐ろしや……」
「萩が、悪鬼……? 嘘だろう?」
 榎は愕然とした。
 いつの間にか、萩の顔がドロドロに解け、既に原型を留めていなかった。目のあった場所には、二つの虚無の穴。裂けた口は大きく広がり、中から牙が覗く。
 前に対峙した、巨大でおぞましい悪鬼の面影が、そのまま萩の顔に見られた。
「どうなっているんだ? 萩が、秋姫が、悪鬼に食われたのか……?」
 先に覚醒して、一人で妖怪たちと戦っている間に、悪鬼に目をつけられて、取り込まれたのだろうか。
「違います。この人は元々、秋姫やないどす。正真正銘の、悪鬼でしょう」
 榎の考えを、周が否定した。
 周は妖怪たちの脇を抜けて、榎たちのほうへ歩いてきた。
「佐々木っちゃんも、こいつが秋姫やないと、気付いとったんか?」
 柊の問いに、周は頷く。
「黙っていて、すみませんでした。私なりに、この人の正体について色々と調べとったんですが、明確に分からんくて、何の助言もできんかった。もっと様子を見てから話そうと思うておったんです」
 周の言葉に、榎は驚く。妖怪たちも、驚いていた。
「萩はん、初めて会(お)うた時、別の四季姫については気で分かると、仰っておられました。でも、その言葉が嘘っぱちやとすぐに分かりましたから、怪しいと思っておったんどす」
 周は淡々と、萩に近付いてく。
「周、前へ出るな! 俺の側にいろ」
 宵月夜が、慌てて引き止めようとする。だが、悪鬼の放つ気に反応し、体が強張っていた。
「悪鬼は怖いでっしゃろ? 痩せ我慢せんと、下がってください」
 腕を掴んでくる宵月夜の、震える手を離し、周は優しく微笑んだ。
「できるかよ! お前に何かあったら、俺は……」
「おおきにどす、宵月夜はん。ですが私は、あなたに守ってもらう資格、ないんどす」
 周は宵月夜の手を、そっと振り解いた。宵月夜も、金縛りにあったみたいに動かず、固まっていた。
 榎の脇をすり抜け、周は萩の正面に立ち、向き合った。 
「何だ、てめえは! 邪魔をするな。部外者だろうが、たたっ斬るぞ!」
 目の前にやってきた周に、敵意を向ける。榎が叩き割った鎌の半分を握り、構えた。
「まだ、秋姫気取りどすか。ほんまに四季姫の気配が分かるなら、絶対にいわへん台詞どす。――本物を目の前にして、よう吐けたもんですな!」
 怒りを露にして、周は声を張り上げた。
 同時に、懐から何かを取り出す。
 周の手には、髪飾りが握られていた。
 真っ赤な、彼岸花の形の、綺麗な細工の髪飾りだった。
 髪飾りから、朱色の眩しい光が放たれる。視界が、紅(くれない)に染まった。
「紅葉(もみじ)降る 暮れの夕焼け 燃ゆる空 富(と)める山々 儚く満(みつ)る」
 空から、大量の落葉が、地上に降り注いだ。
 真っ赤に染まった、夥(おびただ)しい数の、紅葉の葉。
 激しく降り頻(しき)り、あっという間に、周囲一帯を赤く染め上げた。
 柔らかな、赤みを帯びた光が、拡散して消えていく。
 周は、橙色を基調とした、十二単を身に纏っていた。手には、長く立派な、漆喰塗りの梓弓(あずさゆみ)が握られていた。
 赤く燃える、彼岸花の髪飾りが映える。
「――秋姫、見参どす」
 その場にいた誰もが、凛々しい姿に魅入っていた。
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