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第一部 四季姫覚醒の巻

第七章 姫君召集 9

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「榎はん、起きなはれ。お話、終わりましたで」
 周(あまね)の声がして、背中を揺すられる。畳の上に横たわっていた榎は、飛び起きた。
 どのくらい時間が経ったのか。相変わらず、分からない。だが、榎は今度こそ完璧に、倒れこんで撃沈していた。
「よう、こないな席で爆睡できるなぁ。どんな神経しとるねん」
 柊が、白い目を向けて馬鹿にしてくる。この上なく悔しいが、今回ばかりは一言も反論ができなかった。眠いものは眠い。
「このお寺と、四季姫はんたちとの関係は、大体分かりました。簡単に説明しますな」
 周は了生の話を書き纏(まと)めたメモを見ながら、分かりやすく解説を始めた。
「要するに、このお寺は今から千年前――平安時代の頃に、了生はんのご先祖さんにあたる修行僧によって、建立されたんやそうどす。火事やら地震やらで、何度か倒壊して、建て直されておるみたいどすが」
 見た目は綺麗に見えるが、古い歴史のある寺なのだろう。周の説明なら、ようやく理解できそうな気がした。榎は深く頷いて、相槌を打った。
「一番最初にこのお寺を作った、了生はんのご先祖様は、かの有名な、役小角(えんのおづぬ)の系統を組む人やったらしいどす」
「襟の折れ目、って誰?」
 周が有名、というからには、誰でも知っている、歴史上の有名人なのだろう。
 だが「誰でも」の中に、当然の如く榎も含まれているなんて思っていたら、大間違いだ。馬鹿の頭を侮ってはいけない。
 そんな事実は百も承知、といわんばかりに、周も平然と榎の抜けた質問を受け止めていた。
「役小角、どす。奈良時代の修験者で、山岳信仰を行う僧や、山伏などの開祖といわれておるどす。同じく、役氏(えんのうじ)の系統を正規に引き継いだ一族には、陰陽師の礎を築いた賀茂氏などもおります。遠く遡(さかのぼ)れば、日本の陰陽道の開祖、ともいえる人ですな」
「賀茂氏なら知っているわ! 安倍晴明さまの、お師匠様がいる一族よ。安倍家と並んで、陰陽師の二大勢力だったの」
 過去に実在した陰陽師の話題が出て、晴明ファンの椿が食いついた。
「じゃあ、了生さんの家も、陰陽師の家系なんですか? だから、妖怪をいとも容易く倒せたと?」
 伝師と同じく、歴史には表面化していないが、細々と血脈を受け継いでいる一族なのだろうか。
 だとしたら、四季姫についての詳しい情報を所持していても、おかしくはない。
 様々に憶測を膨らませるが、了生は否定した。
「いいえ、我が家は古来より、仏法を受け継いできた一族です。はるか昔に本流の役氏一族からは袂(たもと)を分かち、独自の修行を重ねてきました。ただ、先祖の教えに従い、自然神への信仰も保っていますので、一部の退魔の術などは使えます」
「要するに、陰陽師ではありまへんが、陰陽師の流れを汲む修験者の縁者として、悪霊を封印する特殊な力を会得しておった一族なんどすな。その力を、前世の四季姫はんたちに提供し、かつて共に戦ったそうどす」
 了生の説明に、周が補足を加えてくれた。
 なるほど、と榎は腕を組み、何度も頷いた。
「四季姫の妖怪退治の、お手伝いをしてくれていた間柄だったんだな」
 了生は、話が伝わって、安心した様子を見せていた。
「俺の先祖は、平安京を滅ぼそうとした強大な敵を封じるために、四季姫様たちと手を組みました。姫君たちの力を持ってしても、消滅が敵わんかった悪霊を、強力な封印石を作って託したんです。結果、封印は成功し、平安京は守られました」
 強大な敵、とは、宵月夜を指しているのだろう。月麿も前に言っていたが、かつての宵月夜は、今とは比べ物にならない力を発していた。千年前は、命懸けの戦いだったに違いない。
 大変な戦いを制して、平和を取り戻した背景には、嚥下(えんげ)家という頼もしい協力者が存在していたのだと分かった。
「四季姫様たちは、宵月夜と朝月夜を、それぞれ黒神石、白神石に封印した後に力を使い果たし、命を散らしたと言い伝えられています。ですが、その直前に、俺の先祖に、頼みを託したのです。――『いずれ、封印が必ず解ける時が来る。その時に転生しているはずの四季姫を探して、平和を取り戻す手助けをしてほしい』と」
 前世の四季姫たちは、現代に起こる出来事を、死ぬ前から察知していたのか。月麿がこの時代へやってくるきっかけとなった、伝師の長――紬姫の予言の内容とも、ほとんど合致する。
「で、ほんまに石の封印が解けて、四季姫たちの遺言が、今の時代に現実になった、と。面白(おもろ)いほど、ようできた話やな」
 腕を組み、柊が感心する。確かに、怖いほど歴史の繋がりを感じる。
「俺も、昔から聞かされとった話ではありますが、実際に皆さんと会うまでは、半信半疑でした。いくら寺で守ってきた伝承とはいえ、まさか、俺が生きとる時代に現実になるとは、思っていませんでしたな……」
 少し驚きを含んだ口調で、了生は軽く笑った。榎たちの変身した姿を見ていなければ、伝承を信じる道理もなかっただろう。
「以前、皆さんに助けてもらって、ぼんやりと訳も分からんまま家に戻ってきて、ふいに伝承を思い出したんです。で、その話を寺の住職――俺の親父に話したところ、何できちんと、素性を明かして話をしてこんかったんや、と叱られましてな。なんとか、もう一度会えんやろうかと試行錯誤した結果、とりあえず新聞に呼び出しを載せてみよう、と思い立った次第なんです」
 苦々しい顔で、了生は笑う。
 三行広告への掲載も、了生からすれば、もう一度、榎たちと接触するための、苦肉の策だったのだろう。他に方法がなかったとはいえ、榎たちが気付かなければどうするつもりだったのか。
 まあ、結果としては望んだとおりになったのだし、今更失敗したときの話を考えても、意味はないが。了生はとても、悪運が強かったのだろう。
「では、その言い伝えに従って、あたしたちに力を貸してくださるのですか?」
 榎が口にすると、了生は笑顔で頷いた。
「仰る通りです。俺は先祖代々の教えに従い、この時代に蘇られた皆さんの、手助けをさせていただきたい。まだ修行中の身ですから、至らぬ部分もあるでしょうが、四季姫様たちのお力になれるよう、可能な限り、努力する所存です」
 了生はゆっくりと、柔らかな物腰で合掌した。
 至らぬなんて、とんでもない。さっきの戦いで、了生の実力はよく分かっている。あのレベルで修行中だなんて、末恐ろしい話だ。
 協力してもらえるなら、とても心強い。
 榎たちは顔を見合わせた。椿も柊も、友好的な了生の提案に異論はないらしく、納得した表情を浮かべていた。
 ぜひともお願いしようと、口を開きかけたとき。
『ならぬ! その男の――嚥下家の人間の話に、耳を傾けてはならぬぞ!』
 突然、頭の中に声が響いた。
 月麿が、髪飾りを通して、神通力で声を飛ばしてきた。
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