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第一部 四季姫覚醒の巻
第七章 姫君召集 4
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四
キャンプ場から少し外れた、針葉樹林帯。
背の高い杉の木や竹が混在して覆い茂る山の中には、足場の悪い修験者の通り道があった。
人の手が入っていない、複雑に入り組んだ森林地帯は、樹海を連想させる。行方不明者も出やすい場所のため、地元民や一般観光客には、立ち入り禁止の区域となっていた。
承知の上で、ロープで囲まれた進入禁止エリアへと、榎たちは突っ込んだ。
苔むした、大きな石だらけの、獣道みたいな木々の合間を、転びそうになりながらも急ぐ。周囲には、様々な下等妖怪たちが入り乱れて、木々の合間を駆け抜けていった。向かう先は、前方の一点に集中していた。
その進行方向の先に、封印石を作ったとされる一族の末裔と、宵月夜がいるはずだ。
最悪の場合、即座に妖怪たちとの戦闘に入る可能性もある。道中、榎たちは四季姫の姿に変身し、妖怪たちを追いかけた。
やがて杉林を抜けると、開けた土地にでた。
視界の先には、小ぢんまりとした、質素な寺が建っていた。
榎たちは、いったん熊笹の茂みに隠れて、様子を窺った。
寺をぐるりと囲み、大勢の妖怪たちが威嚇している。
鼬(いたち)の姿をした小さな妖怪が、鋭い風の刃を発生させ、寺めがけて放った。
だが、建造物に当たる前に、透明な壁みたいなものにぶつかって火花を散らし、消滅した。建物には、傷一つ、ついていない。
「何や、あの寺。結界みたいなもんが、張ってあるんか?」
はっきりとはわからないが、寺の建物を包み込む、ぼんやりとした膜が見て取れた。一般人には見えない、不思議な力が込められた膜だ。
「あの膜のせいで、妖怪たちは、お寺に入れないみたいね」
「お寺の中に、妖怪たちが探している人がいるのかな? だったら、中にいる限りは安全か……」
寺に近づけず、地団太を踏む妖怪たちを、榎たちは遠目から観察した。
下等妖怪たちだけでは、どうにもならないと分かり、宵月夜が正面に姿を現した。
掌の中で、高密度の風の塊を作り出し、寺に向かって放つ。
風は結界にぶつかり、しばらく激しい火花を散らして、拮抗していた。
鼬の攻撃よりは粘っていたものの、やはり最後は根負けして、風の玉は消滅した。
相変わらず、寺には掠り傷一つ、ついてはいない。
不愉快そうに、宵月夜は舌を打った。
「宵月夜さま。この厳重な結界は、我らの力では破れませぬぞ……」
八咫が途方に暮れた声を上げた。
「予想はしていたが……。役君氏(えんのきみし)から受け継いだ、妖怪に抗(あらが)う力は、健在らしいな」
榎たちとは違い、意図して相手を探していた宵月夜たちは、嚥下(えんげ)と呼ばれる一族や、その末裔に当たる人についても、詳しい情報を集めている。容易に近づけないだろうとも、承知の上だったのだろう。
この難攻不落の寺を攻撃するにあたって、何か他にも、策を考えているのか。もしくは、既に万策尽きたのか。宵月夜は何かを深く考えつつ、寺をじっと見据えていた。
「如何いたしましょう。もっと妖怪を集めて、総当りで挑みましょうか……」
八咫が強行突破を提案する。その言葉を、宵月夜が素早く遮った。
「待て。……向こうから、お出ましみたいだ」
宵月夜の表情に、微かな緊張が浮かんだ。
玄関らしき開き扉が、開け放たれた音がした。結界なんて張っている以上、外の騒ぎを、中にいる人間が気付いていないとは思えない。
妖怪に包囲されている渦中に、なぜ、わざわざ外へでてくるのか。
榎たちも息を呑み、寺の玄関口に視線を送った。
「騒がしいな。今日は珍しく、客が多い」
寺の敷地から、一人の人間が、ゆっくりと出てきた。
背の高い、若そうな体躯の男だ。白と黒の、山歩きをする修験者の格好をして、先端に輪のついた細身の杖――錫杖(しゃくじょう)を握りしめていた。茸の頭みたいな形の、大きな編笠を目深く被り、顔はよく見えない。
何だか、ごく普通のお坊さんらしき人が出てきたため、榎は一瞬、呆気にとられた。
疑問に思う。この人物が、妖怪たちの標的なのだろうか。
「すまんが、今から私用で、寺を空けんといかん。用事があるなら、明日にしてもらえるか?」
疑いは、すぐに晴れた。
さも自然に、知人と話をするかの如く穏やかな口振りで、僧侶は宵月夜に語りかけた。
妖怪の存在を平然と受け入れ、対話を試みようとしている時点で、この僧侶が只者ではないと分かる。
一瞬、宵月夜も不意を突かれて動揺していたが、警戒を続けながら、僧侶を睨みつけた。
「お前の都合に合わせてやる義理はない。抵抗しなければ、危害は加えない。大人しく、俺の指示に従え」
上から目線で、偉そうに言い放つ。僧侶は物静かな雰囲気で、宵月夜に顔を向けた。
「黒い翼を持つ童子――宵月夜やな。言葉遣いには気をつけたほうがええ。〝半端者の不吉鳥〟」
僧侶の語気や態度に、変化はない。だが台詞からは、宵月夜に対する挑発を感じ取れた。
宵月夜は僧侶の放った言葉が気に入らなかったのか、過剰に苛立ちを露にしはじめた。
「この男を捕えろ! 口さえ動けばいい、足や腕くらい、なくなっても構わねえ、やれ!」
怒鳴り口調の命令が飛ぶ。妖怪たちはこぞって殺気を露にし、僧侶に向かって飛び掛かっていった。
僧侶は、手に握った錫杖を構え、防戦の構えを取った。だが、多勢に無勢。いくら相手が力の弱い下等妖怪といっても、あれだけたくさんの数で襲い掛かられては、ただでは済まない。
助けなくては。榎たちは瞬時にタイミングを見定め、茂みから飛び出した。
キャンプ場から少し外れた、針葉樹林帯。
背の高い杉の木や竹が混在して覆い茂る山の中には、足場の悪い修験者の通り道があった。
人の手が入っていない、複雑に入り組んだ森林地帯は、樹海を連想させる。行方不明者も出やすい場所のため、地元民や一般観光客には、立ち入り禁止の区域となっていた。
承知の上で、ロープで囲まれた進入禁止エリアへと、榎たちは突っ込んだ。
苔むした、大きな石だらけの、獣道みたいな木々の合間を、転びそうになりながらも急ぐ。周囲には、様々な下等妖怪たちが入り乱れて、木々の合間を駆け抜けていった。向かう先は、前方の一点に集中していた。
その進行方向の先に、封印石を作ったとされる一族の末裔と、宵月夜がいるはずだ。
最悪の場合、即座に妖怪たちとの戦闘に入る可能性もある。道中、榎たちは四季姫の姿に変身し、妖怪たちを追いかけた。
やがて杉林を抜けると、開けた土地にでた。
視界の先には、小ぢんまりとした、質素な寺が建っていた。
榎たちは、いったん熊笹の茂みに隠れて、様子を窺った。
寺をぐるりと囲み、大勢の妖怪たちが威嚇している。
鼬(いたち)の姿をした小さな妖怪が、鋭い風の刃を発生させ、寺めがけて放った。
だが、建造物に当たる前に、透明な壁みたいなものにぶつかって火花を散らし、消滅した。建物には、傷一つ、ついていない。
「何や、あの寺。結界みたいなもんが、張ってあるんか?」
はっきりとはわからないが、寺の建物を包み込む、ぼんやりとした膜が見て取れた。一般人には見えない、不思議な力が込められた膜だ。
「あの膜のせいで、妖怪たちは、お寺に入れないみたいね」
「お寺の中に、妖怪たちが探している人がいるのかな? だったら、中にいる限りは安全か……」
寺に近づけず、地団太を踏む妖怪たちを、榎たちは遠目から観察した。
下等妖怪たちだけでは、どうにもならないと分かり、宵月夜が正面に姿を現した。
掌の中で、高密度の風の塊を作り出し、寺に向かって放つ。
風は結界にぶつかり、しばらく激しい火花を散らして、拮抗していた。
鼬の攻撃よりは粘っていたものの、やはり最後は根負けして、風の玉は消滅した。
相変わらず、寺には掠り傷一つ、ついてはいない。
不愉快そうに、宵月夜は舌を打った。
「宵月夜さま。この厳重な結界は、我らの力では破れませぬぞ……」
八咫が途方に暮れた声を上げた。
「予想はしていたが……。役君氏(えんのきみし)から受け継いだ、妖怪に抗(あらが)う力は、健在らしいな」
榎たちとは違い、意図して相手を探していた宵月夜たちは、嚥下(えんげ)と呼ばれる一族や、その末裔に当たる人についても、詳しい情報を集めている。容易に近づけないだろうとも、承知の上だったのだろう。
この難攻不落の寺を攻撃するにあたって、何か他にも、策を考えているのか。もしくは、既に万策尽きたのか。宵月夜は何かを深く考えつつ、寺をじっと見据えていた。
「如何いたしましょう。もっと妖怪を集めて、総当りで挑みましょうか……」
八咫が強行突破を提案する。その言葉を、宵月夜が素早く遮った。
「待て。……向こうから、お出ましみたいだ」
宵月夜の表情に、微かな緊張が浮かんだ。
玄関らしき開き扉が、開け放たれた音がした。結界なんて張っている以上、外の騒ぎを、中にいる人間が気付いていないとは思えない。
妖怪に包囲されている渦中に、なぜ、わざわざ外へでてくるのか。
榎たちも息を呑み、寺の玄関口に視線を送った。
「騒がしいな。今日は珍しく、客が多い」
寺の敷地から、一人の人間が、ゆっくりと出てきた。
背の高い、若そうな体躯の男だ。白と黒の、山歩きをする修験者の格好をして、先端に輪のついた細身の杖――錫杖(しゃくじょう)を握りしめていた。茸の頭みたいな形の、大きな編笠を目深く被り、顔はよく見えない。
何だか、ごく普通のお坊さんらしき人が出てきたため、榎は一瞬、呆気にとられた。
疑問に思う。この人物が、妖怪たちの標的なのだろうか。
「すまんが、今から私用で、寺を空けんといかん。用事があるなら、明日にしてもらえるか?」
疑いは、すぐに晴れた。
さも自然に、知人と話をするかの如く穏やかな口振りで、僧侶は宵月夜に語りかけた。
妖怪の存在を平然と受け入れ、対話を試みようとしている時点で、この僧侶が只者ではないと分かる。
一瞬、宵月夜も不意を突かれて動揺していたが、警戒を続けながら、僧侶を睨みつけた。
「お前の都合に合わせてやる義理はない。抵抗しなければ、危害は加えない。大人しく、俺の指示に従え」
上から目線で、偉そうに言い放つ。僧侶は物静かな雰囲気で、宵月夜に顔を向けた。
「黒い翼を持つ童子――宵月夜やな。言葉遣いには気をつけたほうがええ。〝半端者の不吉鳥〟」
僧侶の語気や態度に、変化はない。だが台詞からは、宵月夜に対する挑発を感じ取れた。
宵月夜は僧侶の放った言葉が気に入らなかったのか、過剰に苛立ちを露にしはじめた。
「この男を捕えろ! 口さえ動けばいい、足や腕くらい、なくなっても構わねえ、やれ!」
怒鳴り口調の命令が飛ぶ。妖怪たちはこぞって殺気を露にし、僧侶に向かって飛び掛かっていった。
僧侶は、手に握った錫杖を構え、防戦の構えを取った。だが、多勢に無勢。いくら相手が力の弱い下等妖怪といっても、あれだけたくさんの数で襲い掛かられては、ただでは済まない。
助けなくては。榎たちは瞬時にタイミングを見定め、茂みから飛び出した。
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