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第一部 四季姫覚醒の巻
第六章 対石追跡 4
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四
佐々木家の敷居を跨いだ榎たちは、裏庭に面した応接間に通された。
「二人とも、委員長の家だって、知らなかったのか?」
遠慮がちに、榎は小声で尋ねた。
「椿、さっちゃんのお家って初めてで……」
「うちもや。一緒に遊ぶ時はあっても、いっつも外やからな」
けっこう、小学校から中のいい間柄だと、互いの家にも頻繁に遊びに行くものかと思っていたが。特に家族ぐるみの付き合いなども、ないらしい。
周(あまね)の家は、純和風の家屋だ。室内はほぼ畳で、八畳の和室がいくつも連なって、間を襖で仕切られていた。襖を外せば、大宴会場みたいに広い空間に変身する造りだ。旅館みたいだなと思った。
部屋は一階部分しかないが、敷地面積が広いため、長い廊下が軒先にまっすぐ伸びていた。
周は母親と二人暮らしだという。二人で暮らすにはかなり持て余した家だが、お茶の教室をやっているそうで、日によってはとても賑わうらしい。
庭も、日本庭園といった雰囲気の、横に長い落ち着いた造りをしていた。植えられた庭木も、綺麗に手入れが行き届いている。
小さな池もあり、鹿威(ししおど)しが小気味よい音を立てて鳴り響いていた。
榎たちが物珍しく庭を眺めていると、時折、茂みから小さな妖怪が飛び出てきた。感じ慣れない、榎たちの気配と視線に気付くと、慌てて草木の間へと逃げ込んで、姿を消した。
「皆さん、お仕事がお早いどすなぁ。もう、私の家に妖怪はんたちがいらっしゃると、嗅ぎつけはったんどすか」
のんびりと、周が茶と菓子を運んできた。
周の言い分からも、この家の中で妖怪たちが活動している事実に、間違いはないらしい。
妖怪が見知らぬ人の家に住み着いていれば、危機感も大いにあっただろう。だが、関わっている相手が周となると、また違ってくる。
榎はどうリアクションすればいいか分からず、苦笑した。
「まさか、委員長の家に巣食っているとは、想像もしていなかったけれど」
周からは、なぜ妖怪が自宅に住み着いているのか、事情を詳しく訊きたいところだ。
だが、あまり焦っても失礼かなと思い、とりあえず出されたお茶を啜りながら、考えを整理した。
和んでいると、背の高い松の木の上から、八咫(やた)が滑空してきた。
「周どのー! 帰られたか! ややっ、貴様らは、夏姫に春姫!」
最初は気分よさそうに近寄ってきた八咫だったが、榎と椿の姿を見て、警戒した。
「冬姫もおりまっせー」
柊が、嫌味な笑みを浮かべて、ひらひらと手を振って見せた。一瞬、固まっていた八咫だったが、事情を瞬時に把握したらしく、驚きの鳴き声をあげた。
「なんと!? いつの間にやら、四季姫が三人に!? しかも、我らの隠れ家まで見つかってしまうとは……」
矢継ぎ早の出来事にショックをうけたらしく、八咫はパニック状態に陥っていた。
「お前、何だって委員長の家に居座って、我が物顔で辺りを飛び回っているんだよ。迷惑だろうが」
榎は八咫に非難の視線を向けた。
「誤解どす、榎はん。妖怪はんたち、住む場所がのうなってしもうて、とてもお困りでしたから、私から家に招待しましたんや」
八咫を庇うかたちで、周が弁明をした。あまり、驚きはなかった。何となく、言いだしっぺは周かもしれないとは思っていた。
「我らが新しい住処を見つけられるまで、世話になっておる!」
ふんぞり返って、やたらと態度がでかい八咫には、少し物申したかったが。
「ちゃんと、うちで暮らす間は、人間に悪さはせんと、約束してくれてはります。せやから、心配いりまへん」
「しっかりしているなぁ、委員長」
流石は周だ。周の家に居候しているなら、妖怪たちが町中で巣食っていても、あまり危険を感じなかった。
「でも、お家の人やご近所に、悪い影響はないの?」
椿は心配そうに尋ねた。たとえ悪さをしなくても、存在しているだけで周囲に影響を及ぼす妖怪もいる。
「大丈夫どす。うちは、母と二人暮らしですし、悪い影響も確認されとりまへん。週に三日ほど、お母はんがやっとる茶道教室の生徒さんがいらっしゃいますけど、その時は妖怪の皆さん、隠れてくださっていますし。普通の人には、妖怪はんたちは見えまへんしな」
心配無用と、周は余裕で笑っていた。気楽な考えに思えるが、しっかり者の周の言葉だから、安心して受け入れられた。
「八咫はん、お土産どす。皆さんで召し上がってください」
周は、玄関で会った時にぶら下げていた、コンビニの買い物袋を八咫に差し出した。
「いつもかたじけない、周どのには、本当に感謝しておる」
以前は変な人間だと警戒していたくせに、今ではすっかり、周に心を許している。妖怪たちにとって、周は生活を工面してくれる恩人になっていた。
八咫は庭の真ん中に陣取り、けたたましい音を立てて袋を漁りだした。中からは、顔を覗かせる大量のアイスが。
妖怪におやつとは。しかも、アイスを食う妖怪なんて。榎たちはまたも、リアクションに困った。
「何だかなぁ。食費がかさんで、大変そうだね」
周からしてみると、突然、たくさんのペットを飼い始めたみたいなものか。金銭面で色々と苦労がありそうだが、どこから捻出しているのだろう。
「甘くて冷たーい。あいすくりぃむ、とやらは、実に美味!」
佐々木家の経済事情など歯牙にもかけず、八咫は嬉しそうに、チョコレート味の棒アイスを袋から出し、大きな嘴で食らい付いていた。生八つ橋の件といい、かなりの甘党だ。
「烏のくせに、アイスなんか食いよって。家で水を凍らして、かき氷にして食わせとったほうが、安上がりとちゃうか? もったいないで」
柊が信じられない、といった物言いで、顔を顰めていた。師走家は商売人家系だから、ボランティア的な金銭使用は肌に合わないらしい。
困っている相手には無償で手を差し伸べるべきだと思っている榎でも、この妖怪たちにそこまで施しをする必要があるのだろうかと、内心では思っていた。柊の考えにも、賛同したくなる部分はある。
「いちおう、野生動物みたいなものだし、あんまり人間の生活に慣れさせると、山に帰れなくなるぞ」
強く反対はしないが、とりあえず、忠告だけしておいた。
「もちろん、やりすぎには気をつけておるどす。たまにどすから、堪忍したって下さい」
不平不満を漏らす榎たちに、周は少し控えめに、苦笑を浮かべた。周からすれば、妖怪たちに喜んでもらえると、嬉しいのだろう。
八咫のアイスを食う音につられて、茂みから小さな妖怪たちが、わらわらとアイスに群がってきた。ざっと見るだけでも、かなりの数だ。
でも、肉眼で確認できるだけが全てではないはず。もっとたくさんの数の妖怪が、佐々木家の庭で暮らしているとみた。
「山から逃げてきた下等妖怪たちは、みんな委員長の家にいるんだね? だったら、あいつも……?」
榎は、少し遠慮がちに尋ねた。周は榎の質問の意味を酌み、大きく頷いた。
「ええ、宵月夜はんも、いらっしゃいます。悪鬼に気付かれへんために、普段はずっと、気配を消していらっしゃって、滅多に人前には出てきやはらへんのどすが」
周は縁側から、上空を仰いで指をさした。
「今は、松の木のてっぺんにおられますな」
榎たちも席を立ち、周の指先を見上げた。
家に背を向けて枝に腰掛けた、宵月夜の姿が垣間見えた。何とも哀愁漂う背中だった。
どことなく元気がなく、ぼーっとしている様子だ。八咫が渡しに行ったアイスだけは、ちゃっかりと口に咥えているが。
「あいつか。一番高いアイス、食うとる奴」
宵月夜の姿を始めて目にした柊は、物珍しそうに羽を生やした少年を観察していた。
聞き慣れない柊の声に反応して、宵月夜は一瞬、ちらりと視線を向けてきた。特に興味は示さずに、確認しただけで、またそっぽを向いてしまった。
「ちょうど良いどす。皆さんに、ご相談したいお話がありましてん。妖怪はんたちと、いろいろとお話をしているうちに知ったんどすが、どうやら宵月夜はんは、大事な探し物をしてはるみたいなんどす」
周が手を叩き、榎たちに話を振ってきた。再び席に着きなおし、榎たちは周の言葉に耳を傾けた。
榎たち陰陽師の立場からでは、絶対に入手できない情報を提示してくれる周は、やはり頼りになる存在だ。
「探し物って、何だ?」
「石らしいんどす。白神石(はくじんせき)という、丸くて白い石やとか」
周は身振り手振りで、簡単に石の説明をした。
佐々木家の敷居を跨いだ榎たちは、裏庭に面した応接間に通された。
「二人とも、委員長の家だって、知らなかったのか?」
遠慮がちに、榎は小声で尋ねた。
「椿、さっちゃんのお家って初めてで……」
「うちもや。一緒に遊ぶ時はあっても、いっつも外やからな」
けっこう、小学校から中のいい間柄だと、互いの家にも頻繁に遊びに行くものかと思っていたが。特に家族ぐるみの付き合いなども、ないらしい。
周(あまね)の家は、純和風の家屋だ。室内はほぼ畳で、八畳の和室がいくつも連なって、間を襖で仕切られていた。襖を外せば、大宴会場みたいに広い空間に変身する造りだ。旅館みたいだなと思った。
部屋は一階部分しかないが、敷地面積が広いため、長い廊下が軒先にまっすぐ伸びていた。
周は母親と二人暮らしだという。二人で暮らすにはかなり持て余した家だが、お茶の教室をやっているそうで、日によってはとても賑わうらしい。
庭も、日本庭園といった雰囲気の、横に長い落ち着いた造りをしていた。植えられた庭木も、綺麗に手入れが行き届いている。
小さな池もあり、鹿威(ししおど)しが小気味よい音を立てて鳴り響いていた。
榎たちが物珍しく庭を眺めていると、時折、茂みから小さな妖怪が飛び出てきた。感じ慣れない、榎たちの気配と視線に気付くと、慌てて草木の間へと逃げ込んで、姿を消した。
「皆さん、お仕事がお早いどすなぁ。もう、私の家に妖怪はんたちがいらっしゃると、嗅ぎつけはったんどすか」
のんびりと、周が茶と菓子を運んできた。
周の言い分からも、この家の中で妖怪たちが活動している事実に、間違いはないらしい。
妖怪が見知らぬ人の家に住み着いていれば、危機感も大いにあっただろう。だが、関わっている相手が周となると、また違ってくる。
榎はどうリアクションすればいいか分からず、苦笑した。
「まさか、委員長の家に巣食っているとは、想像もしていなかったけれど」
周からは、なぜ妖怪が自宅に住み着いているのか、事情を詳しく訊きたいところだ。
だが、あまり焦っても失礼かなと思い、とりあえず出されたお茶を啜りながら、考えを整理した。
和んでいると、背の高い松の木の上から、八咫(やた)が滑空してきた。
「周どのー! 帰られたか! ややっ、貴様らは、夏姫に春姫!」
最初は気分よさそうに近寄ってきた八咫だったが、榎と椿の姿を見て、警戒した。
「冬姫もおりまっせー」
柊が、嫌味な笑みを浮かべて、ひらひらと手を振って見せた。一瞬、固まっていた八咫だったが、事情を瞬時に把握したらしく、驚きの鳴き声をあげた。
「なんと!? いつの間にやら、四季姫が三人に!? しかも、我らの隠れ家まで見つかってしまうとは……」
矢継ぎ早の出来事にショックをうけたらしく、八咫はパニック状態に陥っていた。
「お前、何だって委員長の家に居座って、我が物顔で辺りを飛び回っているんだよ。迷惑だろうが」
榎は八咫に非難の視線を向けた。
「誤解どす、榎はん。妖怪はんたち、住む場所がのうなってしもうて、とてもお困りでしたから、私から家に招待しましたんや」
八咫を庇うかたちで、周が弁明をした。あまり、驚きはなかった。何となく、言いだしっぺは周かもしれないとは思っていた。
「我らが新しい住処を見つけられるまで、世話になっておる!」
ふんぞり返って、やたらと態度がでかい八咫には、少し物申したかったが。
「ちゃんと、うちで暮らす間は、人間に悪さはせんと、約束してくれてはります。せやから、心配いりまへん」
「しっかりしているなぁ、委員長」
流石は周だ。周の家に居候しているなら、妖怪たちが町中で巣食っていても、あまり危険を感じなかった。
「でも、お家の人やご近所に、悪い影響はないの?」
椿は心配そうに尋ねた。たとえ悪さをしなくても、存在しているだけで周囲に影響を及ぼす妖怪もいる。
「大丈夫どす。うちは、母と二人暮らしですし、悪い影響も確認されとりまへん。週に三日ほど、お母はんがやっとる茶道教室の生徒さんがいらっしゃいますけど、その時は妖怪の皆さん、隠れてくださっていますし。普通の人には、妖怪はんたちは見えまへんしな」
心配無用と、周は余裕で笑っていた。気楽な考えに思えるが、しっかり者の周の言葉だから、安心して受け入れられた。
「八咫はん、お土産どす。皆さんで召し上がってください」
周は、玄関で会った時にぶら下げていた、コンビニの買い物袋を八咫に差し出した。
「いつもかたじけない、周どのには、本当に感謝しておる」
以前は変な人間だと警戒していたくせに、今ではすっかり、周に心を許している。妖怪たちにとって、周は生活を工面してくれる恩人になっていた。
八咫は庭の真ん中に陣取り、けたたましい音を立てて袋を漁りだした。中からは、顔を覗かせる大量のアイスが。
妖怪におやつとは。しかも、アイスを食う妖怪なんて。榎たちはまたも、リアクションに困った。
「何だかなぁ。食費がかさんで、大変そうだね」
周からしてみると、突然、たくさんのペットを飼い始めたみたいなものか。金銭面で色々と苦労がありそうだが、どこから捻出しているのだろう。
「甘くて冷たーい。あいすくりぃむ、とやらは、実に美味!」
佐々木家の経済事情など歯牙にもかけず、八咫は嬉しそうに、チョコレート味の棒アイスを袋から出し、大きな嘴で食らい付いていた。生八つ橋の件といい、かなりの甘党だ。
「烏のくせに、アイスなんか食いよって。家で水を凍らして、かき氷にして食わせとったほうが、安上がりとちゃうか? もったいないで」
柊が信じられない、といった物言いで、顔を顰めていた。師走家は商売人家系だから、ボランティア的な金銭使用は肌に合わないらしい。
困っている相手には無償で手を差し伸べるべきだと思っている榎でも、この妖怪たちにそこまで施しをする必要があるのだろうかと、内心では思っていた。柊の考えにも、賛同したくなる部分はある。
「いちおう、野生動物みたいなものだし、あんまり人間の生活に慣れさせると、山に帰れなくなるぞ」
強く反対はしないが、とりあえず、忠告だけしておいた。
「もちろん、やりすぎには気をつけておるどす。たまにどすから、堪忍したって下さい」
不平不満を漏らす榎たちに、周は少し控えめに、苦笑を浮かべた。周からすれば、妖怪たちに喜んでもらえると、嬉しいのだろう。
八咫のアイスを食う音につられて、茂みから小さな妖怪たちが、わらわらとアイスに群がってきた。ざっと見るだけでも、かなりの数だ。
でも、肉眼で確認できるだけが全てではないはず。もっとたくさんの数の妖怪が、佐々木家の庭で暮らしているとみた。
「山から逃げてきた下等妖怪たちは、みんな委員長の家にいるんだね? だったら、あいつも……?」
榎は、少し遠慮がちに尋ねた。周は榎の質問の意味を酌み、大きく頷いた。
「ええ、宵月夜はんも、いらっしゃいます。悪鬼に気付かれへんために、普段はずっと、気配を消していらっしゃって、滅多に人前には出てきやはらへんのどすが」
周は縁側から、上空を仰いで指をさした。
「今は、松の木のてっぺんにおられますな」
榎たちも席を立ち、周の指先を見上げた。
家に背を向けて枝に腰掛けた、宵月夜の姿が垣間見えた。何とも哀愁漂う背中だった。
どことなく元気がなく、ぼーっとしている様子だ。八咫が渡しに行ったアイスだけは、ちゃっかりと口に咥えているが。
「あいつか。一番高いアイス、食うとる奴」
宵月夜の姿を始めて目にした柊は、物珍しそうに羽を生やした少年を観察していた。
聞き慣れない柊の声に反応して、宵月夜は一瞬、ちらりと視線を向けてきた。特に興味は示さずに、確認しただけで、またそっぽを向いてしまった。
「ちょうど良いどす。皆さんに、ご相談したいお話がありましてん。妖怪はんたちと、いろいろとお話をしているうちに知ったんどすが、どうやら宵月夜はんは、大事な探し物をしてはるみたいなんどす」
周が手を叩き、榎たちに話を振ってきた。再び席に着きなおし、榎たちは周の言葉に耳を傾けた。
榎たち陰陽師の立場からでは、絶対に入手できない情報を提示してくれる周は、やはり頼りになる存在だ。
「探し物って、何だ?」
「石らしいんどす。白神石(はくじんせき)という、丸くて白い石やとか」
周は身振り手振りで、簡単に石の説明をした。
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