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第一部 四季姫覚醒の巻

五章 Interval~試合前夜~

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 放課後。師走柊は、四季が丘の外れに建つ自宅に帰った。
 制服を脱いで胴衣に着替え、家の裏にある稽古場で、木製の薙刀を振るう。
 明日の榎との試合を前に、無意識に気持ちが昂ぶってきた。
 最初のうちは、試合だの何だの、面倒臭いし馬鹿馬鹿しいと思っていた。猪突猛進な榎が剣道を貶された腹癒せに突っかかってきただけだし、付き合ってやる義理もないと、流すつもりでいたが。
 気がつくと、かなりやる気になっていた。
「柊はん、榎はんを前にすると、えらいムキにならはりますなぁ。まあ、柊はんに限った話やのうて、榎はんもですけど」
 薙刀の構えを反復しながら準備運動をしていると、稽古場の隅で屈み込み、見物をしている周が、軽く笑った。
 周は、柊が四季が丘に引っ越してきて、すぐに親しくなった友人の一人だ。頭が良く機転が利き、空気も読める。当たり障りなく付き合える、数少ない信頼できる相手だった。
 今日も、初登校の関係で、家まで一緒に帰ってきてくれた。色々と気に掛けてくれるが、あまりしつこくなく、世話焼きに見えないさっぱりしたところが、周の良いところだ。
 でも、何となく興味のある事柄に関しては、野次馬根性を発揮してくる。周は柊と榎の関係について、妙に勘繰ってきた。 
「お二人の間には、何か因縁でもおありですか? 給食やら遊具破壊やら、下らん諍い以外で」
 興味本位というよりは、柊たちの仲の悪さが原因で、日常生活に支障が出まいかと、危惧しているのだろう。
 どうせ榎の世話も色々と焼いていそうだし、問題が発生すれば、事情を把握して改善に努める義務があると思っているに違いない。学級委員長やし。
「榎が、うちをどう思うとるかは知らん。やたらとうちの意見に口出して、喧嘩を吹っかけてくるところは、腹が立つけどな」
 柊は客観的な意見を淡々と述べた。こんな返事で納得したとは思えないが、周は微かに首を動かしていた。
「お二人さん、似たもの同士どすからなぁ」
「どこが似とるねん。全然違うわ」
 周の言葉に反論し、柊は少し口調を荒げた。
 外野から見れば、言い合っている榎と柊の姿は似て見えるかもしれない。だが、お互いの内に秘めた考えや怒りの動機は、きっと真逆だ。
 だって、榎と柊は、性格も育ってきた環境も、完璧に正反対なのだから。
「榎は、いっつも心から楽しそうや。遊んどっても、怒っとっても。榎の内側からは、周囲を和やかにさせる何かが出とる。温かい、何かがな」
 自然と、本音が漏れた。頭の中で漠然と考えているだけならば、特に何も感じない。だがふと、言葉にして口から出してみると、妙に現実味が増して、苛立った。
 柊の言葉の意味が理解できるのか、周も少し寂しげに頷いた。
「確かに、榎はんはお優しいですな。面倒見もええですし。何と言いますか……。お母はん、みたいな感じなんでしょうかな」
 そんな、ええもんには思えんが。
 周が言わんとしている内容は、雰囲気だけなら何となく掴めた。要するに、榎は家庭的な性格なのだろう。
「かもしれんな。榎の家は大家族や。両親兄弟、いっつもみんな揃って、賑やかで楽しそうにしとる。うち、いっぺん榎の家に遊びに行って、あの雰囲気に耐えられんくなってな、逃げ出した時もあるんや」
 柊は一人っ子だ。母親はいないし、父親の転勤に連れ立って全国各地を転々として暮らしてきたから、気心の許せる友人もない。
 どこで暮らしていても、柊はほとんどの時間を一人で過ごしてきた。
 現在も、この家で祖母と二人暮らしをしている。以前よりは寂しさは紛れているが、榎の家の賑やかさを思い出すたびに、空虚感を覚えていた。
 なるべく考えずにいようと心懸けているが、賑やかな居場所を持つ人間の存在が、軽いトラウマみたいなものになっている。
 だからどうしても、榎と話していると、妥協できそうなところでも、ぶつかってしまうのだろう。
 決して、榎よりも柊のほうが、境遇的にも劣っているとは、認めたくなかった。
「だいたい、分かってきました。柊はんと榎はんの関係」
 穏やかな笑みを浮かべて、周が納得した返事をした。
「私の家も母子家庭ですし、賑やかな家族いうんは、小さい頃の思い出の中にしかありまへん。せやから、面と向かって見せつけられると、逃げ出したくなる気持ちは分かります。どうしても、居心地が悪く感じてまうんでしょうな」
 周も、賑やかで人の多い場所が苦手なタイプだ。詳しくは知らないが、昔に家族間で色々あって、名前なども変わったりしているらしい。複雑な家庭環境を持つ者同士、なんとなく周とは分かり合える感情が多かった。
 なのに、周に比べて榎は……。集中力が乱れて、ますます苛立ちが増した。
「あいつは、うちが持っとらへん素晴らしいもんをたくさん持っとるくせに、陰ではうちが羨ましいだの、要領が良くてずるいだの、文句ばっかり言いよる。今は一家離散か何かで、大変かもしれんけど、集まろうと思えば、また家族みんなで集まれるやろ。取り返しのつかん状況でも、ないやろ」
 柊は、激しく薙刀を振るった。鬱憤を晴らす感覚で、延々と体を動かし続けた。
「何の努力もせんかて、友達も多いし、どんな相手からも好かれる。そんな幸せな人生を送っとって、何が気に入らんのや。なんでうちなんかに嫉妬するんや。意味が分からんわ。あの甘ったれた根性、叩き直したるんや!」
 大声を上げて、喝を入れた。
 頭の中では、分かっている。柊のほうが、榎に嫉妬しているのだと。
 榎が素直に怒ったり、喧嘩を吹っかけてくる態度が、羨ましいのだと。
 柊は相手に合わせるだけで、決して自身からは動かない。動けない。
 だからせめて、売られた喧嘩はすべて買い占めて、値切り倒して、相手を破産させなければ気が済まない。 
「お二人は、言葉よりも体でぶつかり合ったほうが、お互いの理解も深まると思うどす。怪我せん程度に、頑張ってくださいな」
 周は静かに告げて、帰っていった。
 柊は頭の中が榎に対する怒りでいっぱいになり、周がいつ去っていったのか、よく覚えていなかった。
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