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第一部 四季姫覚醒の巻
二章Interval~陰陽 月麿~
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陰陽月麿は、伝師奏に連れられて、初めて見る建物へと足を踏み入れた。
思えば、月麿が時を渡って、平安時代から現代へとやってきてから、目にするものは全て珍しく、斬新だった。
人里の風景もがらりと変わり、民家はどれも大きく、京の中と見紛うばかりに立派なものばかりだった。
牛車の代わりに、自動車なる高速の乗り物が往来を目まぐるしく駆け回り、飛行機なる、空を飛ぶ鉄の鳥が、大勢の人を乗せて国の空を舞っていた。
その奇怪なものたちは、妖術の類でもなんでもなく、千年もの長きにわたって、人間たちが繁栄を築いてきた栄光の象徴であるのだと、月麿も最近は理解し始めていた。
貴族と平民の隔たりも、消滅して久しいらしく、誰もが平等に、同じ水準の生活を送っているらしい。往来を貴族が横切っても、平民は脇に避けて、跪かなくても良いのだという。
最初は奇妙に感じた新時代の風習も、月麿にはすぐに馴染めるものだった。
平安の京に住んでいたころから、月麿は貴族でありながら、周囲の者どもに敬われた経験など、なかった。今も昔も、月麿に対する周囲の反応など、何も変わらぬではないかと思った。
ただ、以前に比べれば、月麿の話を、きちんと聞いてくれる者が増えた。その点に関しては、昔よりもこの時代のほうが、居心地が良いかもしれないと、月麿は内心、考えていた。
身分の格差がなくなったとはいえ、月麿にとっては、伝師一族はやはり、特別な存在だった。
現代の伝師の姫君、奏に連れてこられた場所もまた、伝師の権力の衰えを思わせない、立派な建物だった。
「伝師の皆様は、大きなお屋敷にお住みでごじゃるな」
門前に立った月麿は、はるか上空を見上げないと、全貌が把握できない、縦長の巨大な建物に圧倒された。
「中に入ると、新参者の私語はいっさい、禁じられます。長の部屋へ着くまで、口を閉ざすこと。よろしいですわね」
奏が、神妙な面持ちで、念を押してきた。月麿は手で口を塞ぎ、頷いた。
御殿の中は、妙な匂いが立ち込めていた。この時代に流行っているお香の匂いであろうかと、月麿は推測した。
大きな廊下を行き来する人々の多くは、皆、同じ白い着物を身に纏っていた。陰陽師として腕を磨く、修行者たちだろうか。陰陽師の多くは廃れたと聞いていたが、伝師は今でも、栄えているみたいで何よりだ。
中には、酷い怪我をして、手当てを受けている者もいた。昔と変わらず、現在の修行も、命懸けで過酷を極める試練の連続なのだろう。月麿は身震いした。
安っぽい一枚地の着物を身につけた修行者たちは、豪勢な着物を見に纏い、悠然と廊下を歩く月麿と奏を、羨望の眼差しで見つめていた。月麿は少し、偉くなった気がして、堂々とふんぞり返った。
いくつもの階段を上り、いくつもの部屋を通り過ぎ、月麿は、一つの立派な扉の前に立ち止まった。
「こちらのお部屋に、長がいらっしゃいます。心の準備は、よろしいですわね?」
奏が、念を押してきた。呼吸を整え、月麿は頷いた。
静かに開け放たれた戸の向こうに、長は座っていた。月麿は一人、部屋の中へと入って行った。
月麿の来訪は、前もって奏が話を通してくれていたため、長は落ち着いた雰囲気で、月麿を迎えてくれた。
「――遠路はるばる、ようこそ参られた。陰陽家、最後の主、月麿殿」
月麿は、長の姿を一目見て、長く細い、感嘆の息を漏らした。
――紬姫と、瓜二つではないか。
目の前の長を凝視し続け、瞬きさえ、忘れた。開いたままの目から、涙が溢れた。
「月麿殿。我らが先祖、紬姫より仰せつかった使命、忘れてはいまいな?」
「もちろん、覚えておりまする。物事は全て、順調に進んでござる。必ずや、四季姫たちを早急に覚醒させ、伝師の血を絶やさんとする悪しき力、滅ぼして見せましょうぞ」
月麿は床に跪き、深く深く、頭を垂れた。
「よろしく頼みます。この時代の勝手が、よく分からず、苦労なさっているでしょう。しばし、伝師にまつわる地を巡り、伝師が置かれている現状を、学ばれるといい。奏に案内させます」
「ははっ、有難き幸せに存じまする」
思いがけず、長から歓迎を受けた月麿は、腰を低く保ちながら、謁見を済ませた。
月麿は、確信した。
伝師は、滅びない。紬姫の血が、遺伝子が、脈々と受け継がれている限り、決して失われはしない。
失わせはしない。
強く強く、月麿は心に誓った。
思えば、月麿が時を渡って、平安時代から現代へとやってきてから、目にするものは全て珍しく、斬新だった。
人里の風景もがらりと変わり、民家はどれも大きく、京の中と見紛うばかりに立派なものばかりだった。
牛車の代わりに、自動車なる高速の乗り物が往来を目まぐるしく駆け回り、飛行機なる、空を飛ぶ鉄の鳥が、大勢の人を乗せて国の空を舞っていた。
その奇怪なものたちは、妖術の類でもなんでもなく、千年もの長きにわたって、人間たちが繁栄を築いてきた栄光の象徴であるのだと、月麿も最近は理解し始めていた。
貴族と平民の隔たりも、消滅して久しいらしく、誰もが平等に、同じ水準の生活を送っているらしい。往来を貴族が横切っても、平民は脇に避けて、跪かなくても良いのだという。
最初は奇妙に感じた新時代の風習も、月麿にはすぐに馴染めるものだった。
平安の京に住んでいたころから、月麿は貴族でありながら、周囲の者どもに敬われた経験など、なかった。今も昔も、月麿に対する周囲の反応など、何も変わらぬではないかと思った。
ただ、以前に比べれば、月麿の話を、きちんと聞いてくれる者が増えた。その点に関しては、昔よりもこの時代のほうが、居心地が良いかもしれないと、月麿は内心、考えていた。
身分の格差がなくなったとはいえ、月麿にとっては、伝師一族はやはり、特別な存在だった。
現代の伝師の姫君、奏に連れてこられた場所もまた、伝師の権力の衰えを思わせない、立派な建物だった。
「伝師の皆様は、大きなお屋敷にお住みでごじゃるな」
門前に立った月麿は、はるか上空を見上げないと、全貌が把握できない、縦長の巨大な建物に圧倒された。
「中に入ると、新参者の私語はいっさい、禁じられます。長の部屋へ着くまで、口を閉ざすこと。よろしいですわね」
奏が、神妙な面持ちで、念を押してきた。月麿は手で口を塞ぎ、頷いた。
御殿の中は、妙な匂いが立ち込めていた。この時代に流行っているお香の匂いであろうかと、月麿は推測した。
大きな廊下を行き来する人々の多くは、皆、同じ白い着物を身に纏っていた。陰陽師として腕を磨く、修行者たちだろうか。陰陽師の多くは廃れたと聞いていたが、伝師は今でも、栄えているみたいで何よりだ。
中には、酷い怪我をして、手当てを受けている者もいた。昔と変わらず、現在の修行も、命懸けで過酷を極める試練の連続なのだろう。月麿は身震いした。
安っぽい一枚地の着物を身につけた修行者たちは、豪勢な着物を見に纏い、悠然と廊下を歩く月麿と奏を、羨望の眼差しで見つめていた。月麿は少し、偉くなった気がして、堂々とふんぞり返った。
いくつもの階段を上り、いくつもの部屋を通り過ぎ、月麿は、一つの立派な扉の前に立ち止まった。
「こちらのお部屋に、長がいらっしゃいます。心の準備は、よろしいですわね?」
奏が、念を押してきた。呼吸を整え、月麿は頷いた。
静かに開け放たれた戸の向こうに、長は座っていた。月麿は一人、部屋の中へと入って行った。
月麿の来訪は、前もって奏が話を通してくれていたため、長は落ち着いた雰囲気で、月麿を迎えてくれた。
「――遠路はるばる、ようこそ参られた。陰陽家、最後の主、月麿殿」
月麿は、長の姿を一目見て、長く細い、感嘆の息を漏らした。
――紬姫と、瓜二つではないか。
目の前の長を凝視し続け、瞬きさえ、忘れた。開いたままの目から、涙が溢れた。
「月麿殿。我らが先祖、紬姫より仰せつかった使命、忘れてはいまいな?」
「もちろん、覚えておりまする。物事は全て、順調に進んでござる。必ずや、四季姫たちを早急に覚醒させ、伝師の血を絶やさんとする悪しき力、滅ぼして見せましょうぞ」
月麿は床に跪き、深く深く、頭を垂れた。
「よろしく頼みます。この時代の勝手が、よく分からず、苦労なさっているでしょう。しばし、伝師にまつわる地を巡り、伝師が置かれている現状を、学ばれるといい。奏に案内させます」
「ははっ、有難き幸せに存じまする」
思いがけず、長から歓迎を受けた月麿は、腰を低く保ちながら、謁見を済ませた。
月麿は、確信した。
伝師は、滅びない。紬姫の血が、遺伝子が、脈々と受け継がれている限り、決して失われはしない。
失わせはしない。
強く強く、月麿は心に誓った。
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