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第一部 四季姫覚醒の巻

第一章 夏姫覚醒 3

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 謎の兄妹の助言どおり、榎の財布は駅内のサービスセンターに預けられていた。
 詳しく事情を話し、ようやく榎は交通費が入った財布を取り戻し、お寺方面へ向かう電車に乗れた。
 ローカル列車に揺られて一時間弱。山に囲まれた、静かな駅に到着した。電車から降り立った榎は、ようやく一息ついた。
「ずいぶん、遠くまできたなぁ。で、ここから、どういけばいいのかな?」
 改札を出て、榎は鞄から、梢に書いてもらった手書きの地図を取り出し、眺めはじめた。
「水無月さーん! 水無月榎さんは、いらっしゃいませんかぁー!?」
 突然、大声で名前を呼ばれ、榎は飛び上がって驚いた。
 改札の側で、一人の女の子が、大声で榎の名前を呼んでいた。
 榎を探しているのだと、一目瞭然だった。声は周囲の木々に反射して、大きく響いていた。
 ものすごく遠くまで聞こえていそうな気がする。恥ずかしいから、大声で名前を連呼しないでほしいのだが。
「あの、あなたはいったい……?」
 慌てて、榎は女の子に声を掛けた。
「あっ、もしかして、あなたが水無月榎さんですかぁ?」
「はい、水無月榎ですけど」
「よかったぁー、やっと会えたわー! 私、如月きさらぎ 椿つばきといいます! お母さんに頼まれて、花春寺こうしゅんじからお迎えにきました! よろしくお願いしますね」
 女の子――椿は、首を少し横に倒して、にっこりと笑った。手にはA4サイズのスケッチブックを持っていた。紙面には「歓迎!! 水無月榎さま」と黒の油性マジックで、大きく書かれていた。
 榎は驚くと同時に、ものすごく喜んだ。
「わざわざ迎えに!? うわあ、ありがとう。道に迷わずにお寺までいけるか、心配だったんだ」
 互いによろしく、と挨拶をしあった。
「到着してすぐで、申し訳ないんですけどぉ、もうすぐバスが出ちゃうのです。逃すと一時間待ちになってしまいますので、急ぎましょ」
 随分と、交通の便が悪い場所らしい。榎は椿と一緒に、寺方面へ向かうバスヘと駆け込んだ。
 二人で並んで座席に腰掛け、走り出したバスに揺られながら、京都の山道を進んでいった。
 榎はちらりと、椿を横目に見た。まっすぐな黒く長い髪が、腰の辺りまで伸びている。
 ふかふかで暖かそうなピンクのコートに、緑のミニスカートと茶色のブーツ。見るからに可愛らしい女の子だ。榎はちょっと、緊張した。
 名古屋にいた頃は、男友達との交流が主で、仲の良い女の子も、可愛いよりはかっこいい、榎と似た男勝りな子ばかりだった。
 椿みたいに、いかにも女の子、といった風貌の子とは、ろくに話もした記憶がなく、あまり接し慣れていない。
 正直にいうと、近寄り難い苦手なタイブだった。
 椿も、ちらりとこちらに視線を投げてきたが、すぐに頬を赤くして、下を向いてしまった。さっきまでの元気のよさとは大違いの、しおらしさだった。
 バスを降りるまでの間、ずっと無言の状態も、気まずい。
 何か話題を振ろうと、榎は頭を一生懸命働かせて、考えた。
「椿さんは、お寺とはどんな関係で? 迎えをお母さんに頼まれたって言っていたけど、お母さんって?」
「椿のお母さんは、花春寺の住職の奥さんです。椿はお寺の一人娘なのですよ。本当は、椿のお母さんが迎えにくる予定だったんですけれど、急な用事でこれなくなったのです」
「うちのお母さんと、お寺の住職さんが姉弟だって聞いているから、椿さんとは、いとこになるのかな?」
 椿は嬉しそうに大きく頷いた。
「いとこって、なんだか絶妙な距離ですよね。遠くもなく近くもなく、それでいて運命的っていうか、とにかくなんだか素敵ですぅ!」
 椿は一人で、「キャー」と叫びながら喜んでいた。変わった子だなと、榎は返事に困りながら笑った。
「おかしいな。小さい頃に一度だけ、お寺に遊びにいった記憶があるんだけれど、椿さんには会っていない気が……?」
 榎は不思議に思った。椿も同じく、頭に疑問符を浮かべていた。
「う―ん、椿も記憶がないですねぇ。ひょっとしたら、榎さんがきた時は椿、まだ生まれていなかったかもしれません」
 椿の説に「なるほど」と榎は納得した。確かに椿は、榎よりもかなり幼そうだった。年下なら、会っていなくても当然かなと思えた。
「椿さん、歳は?」
「十二歳です。来月から、中学生なのです!」
 元気よく答える椿に、榎は目を見張った。
「えっ、同じ年なの!?」
 思わず、大声を上げた。椿も同様に、吃驚びっくりした顔で榎を見ていた。
「同じ年って、ひょっとして榎さんも、中学生になるんですか……?」
 榎は壊れた玩具みたいに、何度も頷いた。
「ええ~!? うそぉ! あ、すいません。吃驚しちゃって。だって、すっごく背も高いし、大人っぽいから、高校生かと思ってましたぁ」
「よく間違えられるけどさ。まだ小学校を卒業したばっかりなんだよね」
 だったら尚更、今が椿と初対面なのが謎に思えた。
 だが、椿は気にしている素振りもないし、榎も必要以上に深く考えるのはやめようと思った。
「よかったあぁ、なんだか少し、安心しました。今日から一緒に暮らすわけでしょう? 年が近いほうが、お話もしやすいですもんねぇ。うん、ちょっと、緊張とれた」
 椿は胸を撫で下ろした。確かに椿は、さっきよりも饒舌じょうぜつになって、榎に対して緊張感が柔らいで見えた。
 笑い返しつつ、榎は少し、気が重かった。榎にしてみると、年下のほうが何かと話しやすいと思っていたので、椿とは正反対に、かなり不安になってきた。
 椿と仲良くやっていけるだろうか。別に悪い子ではなさそうなのだから、気負う必要はない。
 少しずつ、距離を縮めて親しくなれたらいいなと、榎は考えた。
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