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第三部 四季姫革命の巻

第二十七章 姫君集結 3

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 山道を走り続け、ようやく平安京の出入り口に辿り着いた柊は、京の中に出現した巨大な悪鬼の姿を見上げて、眉を顰めた。
「なんやなんや、ようやく京に着いた思うたら、どえらいもんが出てきとるやないか……」
 ただ、人の形を模した黒い塊、といった存在であるものの、悪鬼が放つ威圧感はすさまじい。その頭部で口らしきものが開き、放たれた咆哮が空気を、地面までもを震わせる。
「あんなもんが暴れたら、たまったもんやないなぁ。みんなも、あの化け物、どうにかしようと動いとるんやろうか」
 微かながら、悪鬼や妖怪に混じって、四季姫らしい気配が中から感じられる。おそらく、京の中にはいるはずだし、いるとすれば、あの悪鬼を前にして何らかの行動を起こそうとしているはずだ。
 みんなが一緒にいるかどうかも分からないが、柊みたいに離れ離れになっているとしたら、少々火力不足だろう。早く合流して、加勢しなければ。
 柊は、京から逃げ出そうと雪崩出てくる人々の合間を縫って、中に入ろうと試みた。
 だが、この大量の人の波を押し分けて進むのは、かなり難儀だ。しかも、人だけならともかく、どこぞの偉い貴族様たちが、こぞって牛車を走らせて逃げようとするため、余計に混乱を極めている。
 実際、人の流れも滞ってしまって、全然前へ進めていない。
「牛が邪魔や! みんな逃げたい気持ちは分かるけど、こんな滅茶苦茶に逃げ回っとったら、要領悪いで」
 そうはいっても、人々も他に状況を打破する術がないのも事実だ。みんな、着の身着のままで逃げるのに必死で、周囲にまで気を回す余裕なんてない。
 さらに、京の中心部のほうから、妖怪らしき化け物が次々と湧いてきた。
 あらゆる場所から悲鳴が飛び交い、人々が我先にと門へ押し寄せる。中には、圧し飛ばされて踏み倒される人や、遠くに吹き飛ばされる人もいた。
 二次被害が出始めている。非常に危険な状態だ。
 その最中、人の群れの最後尾あたりで、小さな少女が突き飛ばされて転がる様子が、柊の視界に入った。
 その少女に、悍ましい咆哮を放ちながら、妖怪が背後から忍び寄る。
「やばい、チビッ子が逃げ遅れとる!」
 柊は地面を蹴り、妖怪めがけて一直線に突っ込んだ。少女を庇いつつ、素早く薙刀を振るい、周囲にいた妖怪を一刀の元に切り捨てた。
 生き残った妖怪たちは、柊の力に怯む様子もなく、より勢いを増して襲い掛かってくる。柊は周囲を覆う冷気を武器に纏わせ、かるく振り凪いだ。一瞬にして妖怪たちの纏う空気が凍り付き、動くこともできずに、次々と倒れていった。
 まだ邪気や妖気は治まらないが、人々を追いかけてきたと思われる妖怪の姿は、見えなくなった。
 ひと息ついて、柊は側で腰を抜かしている少女に手を差し伸べた。
「怪我しとらんか? 早う、お父ちゃんとお母ちゃん探して逃げや!」
 ゆっくりと引っ張り上げて起き上がらせると、少女は怯えた顔をしながらも、小さな声で礼を述べて、一目散に走って行った。
 気付くと、柊の周辺には逃げることを辞めてその場に立ち尽くした人々が、取り囲んでいた。
 みんな、奇異と恐れを含んだ眼差しで、柊を遠目に眺めている。
「おい、あの力……」
「陰陽師だ!」
「四季姫様か!?」
 ざわめきが起こる。人々の異様な反応に、柊は少し焦った。
「何や、人前で力使うたら、まずかったか?」
 この時代の四季姫は、紬姫によって反逆者として追われる身になっている。その情報が、どのくらい京中に知れ渡っているのか分からないが、この様子か察するに、下手に姿を晒すべきではなかったかもしれない。
「貴様、お尋ね者の四季姫か!」
 案の定、役人らしい立派な黒い着物を纏った男たちが数人出てきて、柊に向けて剣を構えた。
 柊は舌を打つ。ここで捕まるわけにはいかない。
 しかも、さらに通りの向こう側から、新たなる妖怪が迫ってきていた。このままでは挟み撃ちだ。
「武器を棄てろ、反逆者!」
 近付いてくる妖怪に気付きながらも、役人たちは柊から目を離さず、威嚇を続ける。柊は苛立って、役人たちに怒鳴りつけた。
「アホか、お前ら! この状況見たら、どいつが戦う相手かくらい分かるやろうが!!」
「あの化け物どもも、お前が操っているのだろう!? 京を滅ぼすつもりか!」
「そんなわけあるかい! ほら、よそ見しとったら襲われるで!」
 無意味な問答をしている間にも、妖怪たちは鋭い爪と牙をむき出しにして、襲い掛かってきた。
 柊は人々を押しのけ、武器で牽制しつつ妖怪たちに技を繰り出した。人々を庇いながら妖怪と戦う柊の姿を見て、役人たちも動揺し始める。
「京を守りたかったら、つべこべ言わんと戦える奴は妖怪を退治せい! 戦えん奴は下がって、住民の避難誘導や!」
 再び柊が怒鳴ると、役人たちも人命救助に動き出した。野次馬みたいに柊の周りに集まっていた人々も、役人たちの指示を受けて逃げ始める。
 既に大半の人々が京の外に逃げ出したため、数が減って多少は統率がとれるようになってきた様子だが、まだ混雑は解消していない。
 やはり、被害を食い止めるためには元を断たなければならないだろう。次々と妖怪たちに溢れてこられては、限がない。
 この場は現地の人々に任せて、柊は妖怪を蹴散らしながら、連中がやってくるその奥に向かって走って行った。
「中心部はもう、人がおらんな。嫌な気配が強くなっとる。やっぱり、あの悪鬼が元凶やな」
 妖怪たちはみんな、あの巨大な悪鬼のいる麓あたりから湧いてきている様子だ。
 手当たり次第に倒しながら進んでいくと、途中から遭遇する妖怪たちが、柊には目もくれずに、別の方向へと進んでいく様子が伺えた。
 その向かう先に、何があるのだろう。柊も後を追って通りの角を曲がると、夥しい数の妖怪たちがひしめき合っていた。中にはすでに深手を負って絶命しているものや、奇声を上げて吹き飛ばされるものもいる。
 誰かが、妖怪と戦っているのか。それも、かなりの手練れだ。
 だが、それが何者なのか、妖怪たちに阻まれて確認できない。
「乱痴気騒ぎか? こないな非常時に」
 柊は軽い身のこなしで側の塀によじ登り、上から様子を伺った。
 妖怪たちが集まるその中央部で、狭苦しい空間に押し込められながらも必死で応戦する四つの人影を見つけ、柊は口の端を吊り上げた。
 そして、勢いよく妖怪たちの群れの中に飛び込み、一気に薙刀を旋回させて、吹き飛ばす。
 柊の通った場所は道ができ、人影がいた中心部まで真っ直ぐに繋がった。
 妖怪の群れの乱れに驚いた連中――椿や楸たちが、一斉に柊に視線を向ける。
「何やみんな、敵さんに取り囲まれて苦戦しとるな!」
「ひいちゃん! 来てくれたのね!」
「ご無事で何よりどす。お陰で助かりました」
 柊の姿を見て、安堵の表情を浮かべて駆け寄ってくる。
 共に戦っていた朝と宵も、側にいる妖怪を蹴散らしながら、柊の元にやってきた。
「まあ、力勝負やったら任せとき。合流できとるんは、自分らだけか。……榎は?」
 柊は辺りを見渡すが、榎だけ、揃っていない。
 何となく嫌な予感がして、不安が募った。
「私たちは、一度もお会いしておりません。消息すら分かりまへん」
「椿も、それどころじゃなかったわ……」
「僕は皆さんと合流する前に、無事を確認しました。夏姫様とご一緒におられましたので、無事だとは思いますが」
 朝の言葉で、みんなはとりあえず安堵した。無事にこの時代に辿り着いているなら、榎ならば野生の勘で、ピンチでも何でも切り抜けられそうな気もする。
 京の異変に気付けば、きっと榎もやってくるだろう。
 今はとにかく、この場を切り抜けて元凶である悪鬼を何とかしなくては。
 全員で示し合わせて、再び戦闘態勢をとった、その時。
 強い気の力が周囲に充満するのを感じ取り、全員が空を見上げた。
「何か来る!」
「みんな、伏せて!」
 慌てて地面に蹲ると同時に、白い霞がかった風が辺りに吹き荒び、枯れた木の葉や砂埃を巻き上げた。決して、邪悪な気ではない。包み込まれると、どこか安心できる気さえする、温かで力強い、優しい波長の風だった。
 その風は柊たちにとってはなんともなかったが、周囲にいた悪鬼たちにとっては、かなり悪影響を及ぼすものだった。風を受けると、ものすごい勢いで吹き飛ばされ、京の外まで追い出されていった。
 妖怪だけではない。邪悪な気を放って京を恐怖に陥れていた、あの巨大な悪鬼までもが、この風の力によってバランスを崩し始めた。
 その後、風が悪鬼の周囲に密集し、白い虎の姿に変貌した。
 虎は悪鬼の脇腹に噛みつき、そのまま持ち上げて空高く飛び上がった。勢いよく京の外まで走り去り、やがて姿を消した。
「地脈の流れが、安定した。京に結界が張られたのか?」
 宵が呟く。虎がいなくなると同時に、白い風は透明な膜に姿を変えて、京全体を包み込んでいた。
 その膜のお陰で、外に追いやられた妖怪や悪鬼は、中に入れないらしい。必死で幕を壊そうと、京の端でもがいていた。
「ひとまず、京の中は安全になったっちゅうわけやな。外に逃げ出した人ら、大丈夫やろうか」
 こんな状況になると想定できるものはいなかっただろうが、中にいたほうが安全だったかもしれない。
 京を逃れた人々が、外に追いやられた妖怪たちに襲われなければいいが。
 ざっと気配を読み取った感じでは、悪鬼も妖怪たちも、京の中に戻るのに躍起になっていて、周辺で逃げ惑う人々には目もくれていない様子だ。
 これなら、安全な場所まで妖怪の脅威にさらされることなく、逃げていけるかもしれない。
 そう、うまくいくことを願うばかりだ。
「さっきの虎は、夏姫はんの禁術どす」
 悪鬼がさっきまで立っていた辺りを眺めて、楸が呟いた。椿も確信した様子で、強く頷く。
「そうよ。えのちゃん、伝師のお屋敷にいるんだわ!」
「紬姫はんと接触できたんでしょうか?」
「邪気が消えた今なら、飛べるか」
 宵が翼を広げて飛び上がり、上空から様子を窺う。
「宵、何かわかるか!?」
「屋敷のあった場所に、大穴が開いている」
 悪鬼が生まれた反動で、地面が崩壊したのだろうか。
 もし、その中心部にいたとしたら――。
「落ちたかもしれんな。無事やろうか」
「行ってみましょう」
 とにかく、現状を確認して、榎と合流しなければ。
 柊たちは一目散に、惨状の中心地へ向かって駆け出した。
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