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第三部 四季姫革命の巻
第二十四章 春姫革命 9
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九
「病む現 淡き光に 散る桜 彼方の心 癒さんことを」
椿は頭の中に浮かび上がってくる、懐かしくも親しみ深い言の葉を紡いだ。
目を開くと、椿の体を淡い桃色の光が覆っている。光がはじけ散ると、椿は桃色を基調とした十二単を身に纏っていた。
長い黒髪に纏わりつくように、桜の花弁がひらひらと舞い散る。
「――春姫、見参です!」
声を張り上げると共に、体中に力が漲った。
「春姫、様……」
「なんと……。かようなことが」
椿の姿を、立壺と板取が唖然と見つめている。
椿は、春姫の側に転がった笛を拾い上げた。触れただけで、笛から指先に向かって、温かな力が流れ込んでくる。
戦う支度は整った。椿はゆっくりと、風鬼を睨み付ける。
「魂が蘇った。やはり、只者ではないな。我と戦え」
風鬼は、突然変身した椿に対して驚くでも警戒するでもなく、ただ淡々とそう告げた。
何の感情も読み取れない、不気味な存在。
「うるさいのよ。何なの、いきなり押しかけてきて、一方的に攻撃を仕掛けるなんて……」
椿は歯を食いしばり、風鬼に敵意を向けた。この化け物さえ来なければ、春姫が犠牲になる必要はなかったのに。
「弱き者は、何もせずとも滅びていく。それが運命だ」
何の情もなく事実だけを口に出してくる風鬼に、苛立ちはさらに募る。
「分かっているわよ。あんたが来なくたって、いずれはこうなっていた。力を持たないままの椿じゃ、春ちゃんを助けることはできなかった。それでも、許せないものは許せないのよ!」
理解している。椿がいかに、風鬼を春姫を殺した敵だと憎み恨んでも、それは結果論であり、八つ当たりでしかない。
全ては、何の力にもなれなかった弱い椿のせい。どんな境遇に置かれていたとしても、この結果が覆ることはなかった。
だからせめて、春姫の死を無駄にしないためにも、椿はこの力で、戦わなければいけない。
この鬼を倒さなくてはいけない。
「何でも構わぬ。我と戦え。その嵐の如き力の真髄、我に見せてみよ!」
椿の闘志を感じ取った風鬼は、素早く攻撃を繰り出してきた。人の肌をも切り裂く、鋭く激しい突風が椿めがけて吹き荒ぶ。
椿は笛を加えて、音色を奏でた。今までよりも早く激しく、強い調べ。
音色と共に発生した音波が壁となり、風を眼前で食い止めた。進路を阻まれた風はその場で分散し、勢いを失って消え去った。
「笛の音の波長で、風を吹き消した……!」
「お婆ちゃん、小母さん! 春ちゃんを屋敷の中に! みんなも離れて!」
激しい戦いの様子を呆然と見つめている立壺たちに、椿は隙を突いて指示を送った。
「みんなまで、巻き込んでしまう
かもしれないわ。気持ちが鎮まらない。手の震えが、止まらないの」
実際、椿の手が、体中が、怒りで震えていた。頭の中が熱を帯びて、風鬼に対する、椿自身に対する怒りと憎しみで満ち溢れている。
何もできず、春姫をみすみす死なせてしまった後悔が、椿の心を動かす原動力となって、暴れ出そうとする。
立壺は、板取に合図を送る。頷いた板取が春姫の亡骸を抱え上げて屋敷の奥に逃げ込んだ様子を確認すると同時に、椿は再び笛を構えて、激しい調べを吹き鳴らした。
「奢り高ぶる愚者よ、地に平伏せ。――〝玄武(げんぶ)の囚獄(しゅうごく)〟!」
薄桃色の透明な、蛇の尾を持つ巨大な亀――玄武が、椿と風鬼を包み込む。
奇妙な空間に閉じ込められた風鬼は、しばらく辺りを見渡していたが、落ち着いた様子で春姫を凝視した。
「面白い、この閉ざされた空間の中で、我と戦うか」
「ここは春姫の下剋上の世界。この中にいる限り、あなたが誰よりも強いというのなら、勝ち目なんてないのよ」
余裕ぶっていられるのも、今の内だ。
この空間の中では、相手が強ければ強いほど、弱くなる。
逆に、誰よりも弱い椿は、誰よりも強くなれる。
椿は素早く地面を蹴った。
偉そうに腕を組んでいる風鬼の頬に、軽い張り手を食らわせる。
直後。風鬼の頬がへしゃげ、真横に吹き飛ばされた。
「何という力! 頭が、割れる!」
壁にぶつかりながらも、何とか足を踏ん張っているが、脳に受けた衝撃は計り知れない。口や鼻から血を噴出しながら、よろめいている。
体勢を整え直す暇など、与えない。椿は風鬼に駆け寄り、何度も何度も笛で叩きつけた。
一撃一撃は、とても軽いものだ。だが、風鬼には強烈な連撃となって全身を襲い、成す術もなく地面に倒れた。
「そんな細腕で我を倒すとは……。見事なり」
体を微かに震わせながら、風鬼は椿に腕を伸ばす。
「素晴らしき、猛り荒ぶる熱き魂! 確かに見せてもらった! 我が力、其方のために使わせてくれ」
「はあ?」
突然の、訳の分からない物言いに、椿は眉を顰める。
「我ら四鬼は、我らに打ち勝てし強く気高い力を持つものにのみ従い、この力を以て守ることを使命とする。必ずや、其方の力となろうぞ」
「ふざけないで。椿から大切な人を奪った力なんて、要らないわ!」
負けたから下について仲間になる、なんて都合のいい待遇を得られると、本気で思っているのだろうか。
こいつが行った破天荒な攻撃によって、こちらが失った犠牲は計り知れないというのに。虫が良すぎるにも程がある。
「さっさと消えなさい! 〝魂浄の調べ〟!」
椿が強い調べを奏でると、風鬼は断末魔の悲鳴を上げて、倒れた。その体は砂粒みたいに分散して空に舞い、勢いよく春姫の笛に纏わりついた。
笛を覆ってしまうと、そのまま中に吸い込まれるようにして消滅した。
その後には、笛に小さな梵字の印が刻まれていた。
恐らく、これが風紀の言っていた「力を使わせる」の答なのだろう。
「要らないって言ったのに、何よ、勝手に……!!」
椿は苛立って、笛を裾で何度も擦った。
だが、憎らしい印は消えもせず、不気味な力を宿し続けていた。
「こんな力を持っていたって、春ちゃんはもう、帰ってこないのよ……!」
倒しても憤りが治まらない敵なんて、初めてで厄介だ。
消えない怒りをぶつける場所が見つからず、椿はただ喚くことしかできなかった。
「病む現 淡き光に 散る桜 彼方の心 癒さんことを」
椿は頭の中に浮かび上がってくる、懐かしくも親しみ深い言の葉を紡いだ。
目を開くと、椿の体を淡い桃色の光が覆っている。光がはじけ散ると、椿は桃色を基調とした十二単を身に纏っていた。
長い黒髪に纏わりつくように、桜の花弁がひらひらと舞い散る。
「――春姫、見参です!」
声を張り上げると共に、体中に力が漲った。
「春姫、様……」
「なんと……。かようなことが」
椿の姿を、立壺と板取が唖然と見つめている。
椿は、春姫の側に転がった笛を拾い上げた。触れただけで、笛から指先に向かって、温かな力が流れ込んでくる。
戦う支度は整った。椿はゆっくりと、風鬼を睨み付ける。
「魂が蘇った。やはり、只者ではないな。我と戦え」
風鬼は、突然変身した椿に対して驚くでも警戒するでもなく、ただ淡々とそう告げた。
何の感情も読み取れない、不気味な存在。
「うるさいのよ。何なの、いきなり押しかけてきて、一方的に攻撃を仕掛けるなんて……」
椿は歯を食いしばり、風鬼に敵意を向けた。この化け物さえ来なければ、春姫が犠牲になる必要はなかったのに。
「弱き者は、何もせずとも滅びていく。それが運命だ」
何の情もなく事実だけを口に出してくる風鬼に、苛立ちはさらに募る。
「分かっているわよ。あんたが来なくたって、いずれはこうなっていた。力を持たないままの椿じゃ、春ちゃんを助けることはできなかった。それでも、許せないものは許せないのよ!」
理解している。椿がいかに、風鬼を春姫を殺した敵だと憎み恨んでも、それは結果論であり、八つ当たりでしかない。
全ては、何の力にもなれなかった弱い椿のせい。どんな境遇に置かれていたとしても、この結果が覆ることはなかった。
だからせめて、春姫の死を無駄にしないためにも、椿はこの力で、戦わなければいけない。
この鬼を倒さなくてはいけない。
「何でも構わぬ。我と戦え。その嵐の如き力の真髄、我に見せてみよ!」
椿の闘志を感じ取った風鬼は、素早く攻撃を繰り出してきた。人の肌をも切り裂く、鋭く激しい突風が椿めがけて吹き荒ぶ。
椿は笛を加えて、音色を奏でた。今までよりも早く激しく、強い調べ。
音色と共に発生した音波が壁となり、風を眼前で食い止めた。進路を阻まれた風はその場で分散し、勢いを失って消え去った。
「笛の音の波長で、風を吹き消した……!」
「お婆ちゃん、小母さん! 春ちゃんを屋敷の中に! みんなも離れて!」
激しい戦いの様子を呆然と見つめている立壺たちに、椿は隙を突いて指示を送った。
「みんなまで、巻き込んでしまう
かもしれないわ。気持ちが鎮まらない。手の震えが、止まらないの」
実際、椿の手が、体中が、怒りで震えていた。頭の中が熱を帯びて、風鬼に対する、椿自身に対する怒りと憎しみで満ち溢れている。
何もできず、春姫をみすみす死なせてしまった後悔が、椿の心を動かす原動力となって、暴れ出そうとする。
立壺は、板取に合図を送る。頷いた板取が春姫の亡骸を抱え上げて屋敷の奥に逃げ込んだ様子を確認すると同時に、椿は再び笛を構えて、激しい調べを吹き鳴らした。
「奢り高ぶる愚者よ、地に平伏せ。――〝玄武(げんぶ)の囚獄(しゅうごく)〟!」
薄桃色の透明な、蛇の尾を持つ巨大な亀――玄武が、椿と風鬼を包み込む。
奇妙な空間に閉じ込められた風鬼は、しばらく辺りを見渡していたが、落ち着いた様子で春姫を凝視した。
「面白い、この閉ざされた空間の中で、我と戦うか」
「ここは春姫の下剋上の世界。この中にいる限り、あなたが誰よりも強いというのなら、勝ち目なんてないのよ」
余裕ぶっていられるのも、今の内だ。
この空間の中では、相手が強ければ強いほど、弱くなる。
逆に、誰よりも弱い椿は、誰よりも強くなれる。
椿は素早く地面を蹴った。
偉そうに腕を組んでいる風鬼の頬に、軽い張り手を食らわせる。
直後。風鬼の頬がへしゃげ、真横に吹き飛ばされた。
「何という力! 頭が、割れる!」
壁にぶつかりながらも、何とか足を踏ん張っているが、脳に受けた衝撃は計り知れない。口や鼻から血を噴出しながら、よろめいている。
体勢を整え直す暇など、与えない。椿は風鬼に駆け寄り、何度も何度も笛で叩きつけた。
一撃一撃は、とても軽いものだ。だが、風鬼には強烈な連撃となって全身を襲い、成す術もなく地面に倒れた。
「そんな細腕で我を倒すとは……。見事なり」
体を微かに震わせながら、風鬼は椿に腕を伸ばす。
「素晴らしき、猛り荒ぶる熱き魂! 確かに見せてもらった! 我が力、其方のために使わせてくれ」
「はあ?」
突然の、訳の分からない物言いに、椿は眉を顰める。
「我ら四鬼は、我らに打ち勝てし強く気高い力を持つものにのみ従い、この力を以て守ることを使命とする。必ずや、其方の力となろうぞ」
「ふざけないで。椿から大切な人を奪った力なんて、要らないわ!」
負けたから下について仲間になる、なんて都合のいい待遇を得られると、本気で思っているのだろうか。
こいつが行った破天荒な攻撃によって、こちらが失った犠牲は計り知れないというのに。虫が良すぎるにも程がある。
「さっさと消えなさい! 〝魂浄の調べ〟!」
椿が強い調べを奏でると、風鬼は断末魔の悲鳴を上げて、倒れた。その体は砂粒みたいに分散して空に舞い、勢いよく春姫の笛に纏わりついた。
笛を覆ってしまうと、そのまま中に吸い込まれるようにして消滅した。
その後には、笛に小さな梵字の印が刻まれていた。
恐らく、これが風紀の言っていた「力を使わせる」の答なのだろう。
「要らないって言ったのに、何よ、勝手に……!!」
椿は苛立って、笛を裾で何度も擦った。
だが、憎らしい印は消えもせず、不気味な力を宿し続けていた。
「こんな力を持っていたって、春ちゃんはもう、帰ってこないのよ……!」
倒しても憤りが治まらない敵なんて、初めてで厄介だ。
消えない怒りをぶつける場所が見つからず、椿はただ喚くことしかできなかった。
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