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第三部 四季姫革命の巻

第二十三章 秋姫革命 1

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 一
 平安京の外れは、人の気配が感じられない寂しげな場所だった。
 どんな風景が広がっているのか、視力を補う術(すべ)を失った楸には、分からない。
 現代に残る大和絵に描かれた、豪華絢爛な貴族の暮らしを想像していたが、きっと現実は全く異なるものなのだろう。
 楸はくれないと共に、冷たく乾いた風が通り抜ける、狭い路地らしき場所をゆっくりと進んでいた。
 紅の助けを借りて、逸れた仲間たちを一緒に探してもらっているが、榎たちの気配どころか、そういった見慣れない人間がいたという噂すらも、耳には入ってこない。
 みんな、平安京にいないのだろうか。不安が増す一方だった。
「大通りのほうが情報も得やすいでしょうが、あまり中心部には近付かないほうが良いでしょうね。役人たちが逃亡した反逆者を血眼で探していますから、物捕りに巻き込まれては大事です」
 遠くを伺うような様子で、紅が言う。
「反逆者とは、もしや、四季姫……」
 直感的にピンときて、楸は呟いた。間違いなかったらしく、紅は肯定の返事をした。
「ご存知ですか。まあ、噂話に戸は立てられませんからね」
「あの、四季姫いう人たちは、そないに悪く扱われなあかんことを、してきたんでしょうか?」
 四季姫たちが行った、鬼閻を封印する儀式は、伝師一族や平安の京を守るために、必要な行いだったはずだ。だが、その結果として、その守ったはずの者たちによって反逆者のレッテルを貼られ、追われる身となった。
 こんな理不尽な話があるだろうか。悪鬼の力を利用することの危険性を認識できていない人々の、愚かな逆恨みだとしか思えない。
 こんな疑問を、部外者である紅にぶつけたところで、何の意味もないとは理解している。だが、内側から込み上げてくる怒りを、抑えられそうになかった。
「きっと、闇に足を踏み入れ過ぎたのですよ。この京に巣食う亡者どもは、人には知られたくない闇をたくさん持っている。それを無理矢理かき回そうとしたために、皺寄せがきたのでしょう」
 そんな冷静さを欠いた楸に、紅は普段と変わらない、落ち着いた口調で説明してきた。
 まるで、四季姫たちの数々の行い、その全貌を知っているかのような物言いに、楸は少し驚いた。
「四季姫はん達について、詳しくご存知なんどすか?」
「昔、伝師の屋敷でお勤めをしておりましたので、人並み以上には」
 伝師と関わりのある人だったのか。なら、この時代の伝師の動向について、詳しい情報が得られるかもしれない。偶然とはいえ、この人に救われたことは、とても幸福だった。
「命からがら逃げてまいりましたが、四季姫を狙う者たちは、屋敷の使用人や出入りしていた者なども、見境なく手を掛けて殺していくとの噂です。逃げ出した後も、気の抜けない日々を送っております」
 楸は、全身に鳥肌が立った。反逆者と見なされた四季姫たちだけでなく、関わった人間全てが、紬姫の怨みの標的になってしまっているなんて。
 許せない話だ。同時に、恐ろしい。
「そんなら、こんな話も誰かに聞かれたら、大変どす。止めましょう。そして、もっと遠くに逃げましょう」
 今、こうして四季姫の話を振るべきではなかった。周囲の様子を確認できない以上、慎重に慎重を重ねる必要がある。
 楸は紅を促した。
 だが、紅には慌てた様子はなく、どこまでも落ち着いていた。
「楸さんは、お優しいですね。私のような者にまで情けを懸けて下さって」
「私に付き合うて、危ない目に遭われる必要はありまへん。どうぞ、京の外にお逃げ下さい」
「そんな無責任な真似は、致しかねます。私はあなたのお仲間を共に探すと約束したのですから、果たさせていただきますよ」
 楸は罪悪感の念に駆られた。紅は強く優しいだけでなく、責任感の強い人だ。
 紅の親切に、甘えすぎた。このまま楸と一緒にいれば、いずれは四季姫を追う連中に見つかって、目を付けられてしまう。
 あまり人に話すべきではないが、正直に正体を話して、説得するべきだろうか。
 考え込んでいる楸の肩を、紅が優しく掴んできた。
「大事ありません、私とて、追手の目を逃れる術くらいは、心得ております」
 穏やかな、それでも芯の通った口調。
 本能的に、気付かされた。この人には、どんな言い訳をしても通用しない。
 逆に言いくるめられて終わりそうな気さえした。
 何より、目の見えない楸を助けてくれる人なんて、頼れる人なんて、今はこの人しかいないわけだし。
 甘えるしかできない現状を歯痒く思いながらも、楸に何かを変える力はなかった。
「少し、京の外回りを歩いてみましょうか。何か、手掛かりが見つかるかも知れませんし」
 楸の気持ちの変化を察したのか、紅は優しく、手をとって引っ張ってくれた。
 杖を突いて前方の足元を確認しながら、確実に歩みを進めていく。初めてこの時代にやって来たときには、立つことも覚束なかったのに、今ではそれなりに余裕をもって足を進められる。
「随分、真っ直ぐ素早く、歩けるようになられましたね」
 紅も、楸の落ち着いた歩行を褒めてくれた。周囲の目から見ても、楸の歩き方は安定してきているらしい。
 良い評価をされると、楸の中にも余裕と自信が生まれてくる。
「慣れてきましたし、紅はんが歩き方を分かりやすく教えてくださるんで、助かりました」
「楸さんの飲み込みが早いのですよ」
 謙遜するが、紅のお陰で前を見据えて歩けるようになった。これだけは誰にも覆せない事実だ。
 本当に、楸は紅に感謝していた。
「私、目が見えんようになったら、何もかもお終(しま)いやと思うておったんです。せやから、ちょっと危険な目に遭っただけで、軽々しく命まで捨ててしまいそうになった。けど、紅はんに助けていただいて、こんな私でも、まだ何かできると、思い直せました。ほんまに、感謝しております」
 襲われた恐怖は、未だ拭えない。目を閉じれば、体が震える感覚が蘇ってくる。意識を閉ざしてしまったほうが幸せなのではないかと思えるほど、恐ろしい。
 それでも、まだ自我を保ち、前に向かって進んで行けるだけの勇気を、紅は与えてくれた。
「人の命には、必ず何らかの役割があるはずです。失われる命は、その後に生者に何かを与えるため、繋がった命は、その世で成せる何かを探すため、そして成し遂げるため。あなたの命が未来に繋がったのならば、これからの使命について、しっかりと考えねばなりません」
 強い言葉で、紅は励ましてくれた。
「そうどすな。頑張ります」
 この、命の恩人を危険な目に遭わせたくない。
 だからせめて、理不尽な追っ手から守るくらいはしなければ。
 そのために、仲間と合流して、楸が使える力の全てを使い、生き延びた目的を全うする。
 改めて決意を固め、楸は紅と共に確実な一歩を踏み出した。
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