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第三部 四季姫革命の巻

第二十二章 封鬼強奪 5

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 五
 榎たちがその場所へ辿り着いた時、全ては終わろうとしていた。
 暗い洞窟の先は、広い石造りの部屋になっていた。何本もの松明が部屋の随所に立てられ、室内をはっきりと映し出している。
 地面には、五芒星を模った巨大な陣が描かれていた。その陣の中心部に、人が一人、入れそうな大きさの、石の箱が置いてあった。
 綺麗に整形された、その長方形の箱は、まるで棺桶みたいで不気味だ。
 石柩の上に被せられた石の蓋が半分ほど、開いている。
 その側で、一人の老人が仰向けに倒れ込んでいた。
「翁! しっかりされよ!」
 夏が、老人の元へ駆け寄る。鬼気迫る声が室内に激しく響いた。
 体を起こされた老人は、小さな呻き声を上げる。
 意識はある。ゆっくりと目を開いた。
「何という力だ、わっぱとは思えぬ……」
 老人の、目尻に皺が刻まれた細い目は、真っ直ぐ頭上に向けられていた。榎たちも倣って、視線を上に向ける。
 部屋の天井近くに、誰かが浮かんでいる。
 まだ小さい、少年らしかった。
 着物姿ではない。よく見慣れた、現代の服装。
 榎は宙に浮かぶその人物に、声を張り上げた。
「語くんか!?」
 榎を見下ろしてきたその顔は、間違いなく語だった。
 語は榎を見つけて、嫌味な笑みを浮かべる。
 以前に見たときと変わらない、余裕に満ちた笑顔だ。
「やあ、夏姫のお姉ちゃん。随分、お早い到着だね。一番乗りだよ、おめでとう」
 語は無邪気な笑顔を一変させ、榎を指差した。
「一等賞の景品は、死刑! なんてね」
 室内に語の声が響いた瞬間、凄まじい黒い風が巻き起こり、榎たちを包み込んだ。
 強烈な邪気を浴びて、気分が悪くなる。榎は素早く剣を握り治し、空気を一凪ぎした。剣先が邪気を切り払い、拡散させた。
「この童は、何だ? とてつもない邪気を放っている」
 邪気に当てられつつも、夏は意識を保って天井を見上げた。夏の語を見る瞳の輝きは、もう子供を見るものではなくなっている。殺気が籠っていた。
「この子が、紬姫の命を狙っているんです」
 簡潔に説明するだけで、夏は何もかもを納得した形相を見せた。
 紬姫を討つだけの素質が、目の前の子供にあると、一瞬で確信したのだろう。
「なるほど。紬姫の居場所が分からぬから、封印されている鬼を放って、京中に攻撃をけしかけよう、という魂胆か?」
 夏の視線が、蓋の開いた石柩に向かう。
「まあ、そんなところ。最初は、ピンポイントに見つけさせようと思ったんだけれどさ。面倒くさいから、もう国ごと破壊してもらおうかなって」
 語のつまらなさそうな表情からは、何もかもを終わらせようという意図が見て取れた。
 そんな簡単な一言で、世界が終わってたまるか。
 多くの人達の生活が、営みが、未来が奪われてたまるか。
 榎の怒りは最高潮に達した。
「そんなこと、絶対にさせないぞ!」
「あんたの指図は受けないよ。僕は僕の好きにやるんだ」
 榎の怒声を軽く受け流し、語はゆっくり、腕を振り上げた。
 語の周囲に邪気が集まり、その姿を覆い尽くす。晴れると同時に、見知らぬ人影が語を取り囲んでいた。
 大仰な鎧を見に纏った、屈強な男たちだった。肌は青や赤、黄色や緑と、みんな異なる。
 全員、頭からは角を生やし、口から鋭い牙を剥き出している。
「何だ、こいつらは!?」
千方ちかた四鬼よんきだ。まさか、この鬼たちが現世に解き放たれるとは……」
 榎と夏は、身構えた。鬼たちは、何もせずただ立ち尽くしているだけなのに、凄まじい力を放っている。
 その存在感だけで、気圧される。恐怖に駆られる。
 正直、立っているだけでも精一杯だった。
 鬼たちは、鋭い眼力を榎たちに向けたが、特に敵意を放つわけでもなかった。揃って頭上に手を翳し、強烈な光線を放つ。
 天井が、光線の力によって粉々に砕け、穴が開いた。
 空から降り注ぐ石の雨から逃れられず、榎は立ち尽くしていた。夏がかばって部屋の隅に引っ張ってくれなければ、今頃は土砂の下敷きになっていただろう。
 土煙が収まると、頭上から太陽の光が差し込んできた。
 語と四体の鬼は、その穴から外に飛んでいってしまったらしい。
 気配が完全に消え去り、静寂が訪れる。
 また、逃げられた。
 何もできなかった榎は、歯を食いしばる。
「空を飛ばれては、追うのは無理だな」
 対して夏は、深く息を吐いた。
「だが、今、戦わずに済んで良かった。四鬼をまとめて相手にするなど、私の力が万全であっても不可能だ」
 悔しさや苛立ちの中にも、常に冷静さを醸し出している。
 夏みたいに穏やかな感情で物事を見定めるには、榎にはまだしばらく時間がかかりそうだった。

 * * *

「今は昔。天智天皇の世に於いて、伊賀の地で反乱を起こした藤原千方(ふじわらのちかた)が使役したとされる、伝説の鬼たち―—金鬼(きんき)、風鬼(ふうき)、水鬼(すいき)、隠形鬼(おんぎょうき)。その者たちを総称して、四鬼と呼ぶ。千方と戦う敵将であった、紀朝雄(きのともお)によって退散させられ、主を滅ぼされたのち、この鬼の岩屋にて封じられておった」
 陣の上に胡坐を掻き、両手で印を結びながら、翁は懇々と語った。
 目の前の、無残にも開け放たれた空の棺を真っ直ぐ見つめ、何とも形容しがたい表情を浮かべている。
 途方に暮れている、とも取れるし、かといって焦っている感じでもない。
 翁が頭の中で何を考え、どんな感情を抱ているのか、表情からは何一つ、読み取れなかった。
「難しい話は、よく分からないんですが、危険な鬼なんですか? まさか、鬼閻みたいにとてつもない力を秘めているとか……」
「秘めた力と申すならば、奴ら一体一体の力は、鬼閻などには遠く及ばん。じゃが、四体揃った時が厄介でな。見事な連携であらゆる術を行使し、この世をも滅ぼせるほどの力を発揮するとも言い伝えられておる」
 つまり、全員揃っていれば、その力は鬼閻をも凌ぐ可能性があるわけか。
 とんでもない化け物が解き放たれてしまった。次元が違いすぎて、榎は途方に暮れるしかない。
「だが、四鬼たちは己の意思で破壊や殺戮は行わない。奴らが認め、仕えると誓った者の命にしか従わぬ、忠実な面を持ち合わせている。誰かの命令がない限りは、さほど恐れる必要のない連中だ」
 言い換えれば、誰かの命令さえあれば、京だけでなく、この世界もろとも破壊しつくしてしまう恐れだってあるわけだが。
「じゃあ、語くんに、あの鬼たちを使役できる資格があったとしたら……。もう、間に合わないのか? あの鬼たちによって、紬姫や平安の京が……」
 榎の中に、絶望が広がる。
 たとえ、紬姫が強い悪鬼の力を受け継いでいたとしても、太刀打ちできる保証なんてない。
 かといって、語を追いかけて止める力も、今の榎にはない。
「心配なさるな。四鬼ほどの力、いくらあの童であっても、操りきれぬ。まして、封印から解き放たれたばかりじゃ、そう自由には動けますまい」
 落胆する榎に、翁は穏やかに声を掛けてくる。
 懐から、大きなお札みたいな紙を取り出し、指で文字らしきものをなぞっている。
「翁、その護符は?」
 夏が尋ねると、翁は髭の下から楽しそうな笑い声を上げた。
「四鬼の一体に、式神を取りつかせておいた。鬼の動きを妨害はできぬが、鬼たちの動きを手に取るように知ることができる。どれ、一つ、様子を見てみるとするか」
 いつ、そんな細工をしたのか。全然分からなかったが。
 翁が護符に向かって術を唱え印を結ぶと、護符に書かれた文字が消え、紙面が水面みたいに波打った。
 白かった紙の表面が複雑な色に覆われ、点描画みたいな絵に変わる。
 絵は、木々の生い茂る森の中の情景みたいだった。枝が風に吹かれるように、左右にざわざわと揺れている。
 明らかに、ただの絵ではない。
 榎と夏は、驚いた様子で護符に食い入った。
 直後、その絵の中に、一人の人物の姿が入り込んだ。
 ぼんやりしているが、その姿は間違えるはずもない。
 語だった。
「すごい、この護符、遠くの情景を写し出せるのですか」
 夏が驚いて、感嘆の声を上げる。その言葉で護符の絡繰に気付いた榎も、技術の高さに驚愕した。
「テレビみたいなものなのか? こんな時代に……」
 よく分からないなりに、榎も感心する。
 翁は榎たちの反応を楽しみながらも、護符から視線を離さず、語の動向を伺っていた。
 榎たちも口を噤み、息を殺して護符が映し出す映像に見入った。
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