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第三部 四季姫革命の巻
第二十二章 封鬼強奪 4
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四
松明を灯し、榎たちは洞窟の中へと足を踏み入れた。
かなり奥深くまで、道が続いていそうだ。前方は真っ暗で、向こう側に何があるのか、まったく分からない。
足元の水路を流れる水の音だけが、岩の壁に反響していた。
しばらく道なりに進んでいくと、分かれ道に差し掛かった。二股くらいなら、道を間違えても引き返すなりして対処できそうだが、目の前の分岐路は、六つにも別れて広がっていた。
適当に入り込みでもすれば、迷子は確実だ。
「やけに、入り組んだ通路ですね」
「うーん、参ったな。こんなに脇道があるとは」
榎だけではなく、夏までもが腕を組んで途方に暮れている。
「まさか、道が分からないんですか?」
夏はこの洞窟を逆から抜けて京を脱出してきたといっていたから、てっきり中の道は網羅しているものと思っていたが。
「こちらにやってくるときは、一本道にしか見えなかったからねぇ」
夏にも道が分からないのなら、どこをどうやって進めばいいのだろう。
立ち尽くしていると、夏は腰に挿していた、指揮棒くらいの木の枝を抜き取り、地面に突き立てた。
「ここはひとつ、神様のお導きを信じようではないか」
夏は真剣な表情で枝の先端を見つめる。榎も凝視して、息を呑んだ。
夏が手を離すと、枝は支えを失って地面に倒れる。その枝が指した洞窟の道を指差し、夏は頷いた。
「よし、この道を行こう」
「すごい! その棒、陰陽師の使う道具か何かですか!?」
鮮やかに進む道を見出だした夏に、榎は感嘆の声をあげる。これが、本物の陰陽師の力なのか。
だが、夏は涼しげな顔をして、肩を竦めた。
「いいや、さっき外で拾った、ただの木の枝」
「それって、ただの当てずっぽうっていうんじゃ……」
子供がよくやる、どの方向に進むかを決める遊びと同じだ。
夏はいたずらを楽しむ子供みたいな無邪気な顔で、にへらと笑っていた。
「まあ、何とかなるさー。先に進もう」
何の根拠もないのに、軽い足取りで自信満々に進んでいく。
「思ったより、いい加減な人だな……」
夏はもっと冷静で、思慮深い人物だと思っていたのだが、何だか違う気がしてきた。
榎は呆れた半面、少し夏に親近感が湧いた。
* * *
適当に進んだ割に、行き止まる様子もなく、まっすぐ道は続いていた。正しい道かは分からないが、少なくともどこかの出口には通じていそうだ。
松明の明かりだけを頼りに黙々と足を進める榎は、ふと気になって夏に訊ねた。
「ところで、さっきの戦い方からして、夏さんは入り口に式神がいると知っていたのですか?」
夏は笑顔で頷いた。
「京へ出入りできる多くの道は、〝翁〟が式神を配置して、厳重に守護している。恐らく、我々を侵入者と見なして、出てくるとは思っていた」
「翁というのは?」
「現在、京で一番の力を持つ陰陽師だ。私も、そのお方に命を救われ、京を生きて出てこられた。悪鬼の血の力を持て余していた我々に、鬼閻を封印する儀式を教えてくださったお方も、翁だよ」
四季姫や、伝師一族よりも強い力を持つ、陰陽師。翁と呼ぶからには、そうとう歳をとった老人だろうか。
「もしかして、その翁という人が、夏さんの脱出を助けてくれた……?」
ふと思い、榎は訊ねる。夏は「ご名答」と笑って頷いた。
「翁は現在、迫りくる妖怪や悪鬼から京を守るため、大事な儀式を進めておられる。その儀式を行う祭壇にも、この通路は通じている。だから、より式神による警備も厳重になっているのだ」
「じゃあ、この洞窟の中は今、その翁さんが一人で陣取っているわけですか」
「そうとも限らない。鬼を使役できる者なら、自由に行き来は可能だからね。それに、伝師の一族の系統の中には、悪鬼と化した鬼の血を直接受け継いでいる者たちもいるから、そういう者は入れる。翁は、前者だがね」
だとすると、鬼に縁のある力を持つ者なら、割と簡単に、この洞窟を行き来できることになる。
そう考えると、平安京もそれほど安全な場所とは言えないのではないだろうか。
洞窟内だって、何が飛び出してくるか分からない。もっと気を引き締めないと。
「紬姫が引き継いでいる悪鬼の血にも、鬼のものが混ざっているのでしょうか」
「そう言われているな。本家の血筋は特別だ。何が混ざっているか、すべてを把握している者はいないだろう」
榎の脳裏に、語の姿が浮かぶ。
もし、紬姫が鬼の血を引いているのなら、語にも同じ血が流れているはず。
語もこの時代にやって来ているとして、京の外にいるとすれば、この洞窟の存在を知って、利用するかもしれない。
早く、語を見つけられるといいのだけれど。
希望を頭に過ぎらせながら、榎は夏と並んで通路を進んだ。
不意に、夏が立ち止まる。
どうしたのかと聞こうとした直前、榎にも感じ取れた。
奇妙な気配が、洞窟の奥で蠢いている。
初めて感じる気配。その中に微かに、見知った気配も、いくつか混じっている。
一つは、さっき入口で戦った、式神とよく似たもの。
そしてもう一つは、忘れもしない。
―—語の気配だ。
「気が、乱れているな。式神が暴れているのか?」
夏もその気配を敏感に察知したらしく、神経を研ぎ澄ませて探っていた。
「――いや、違うな。翁が式神を操っているのだ。だが、儀式に式神は必要ないはずだが」
訝しげに、夏は眉を顰める。やがて、何らかの結論に達したらしく、表情には焦りを浮かべた。
「翁が、何者かに襲われているらしい」
夏と榎の予感が、一致した。
間違いない。
翁という陰陽師と、語が戦っている。
「急ぎましょう、その陰陽師を助けないと!」
榎たちは頷き合い、暗闇の向こうへ全力疾走した。
松明を灯し、榎たちは洞窟の中へと足を踏み入れた。
かなり奥深くまで、道が続いていそうだ。前方は真っ暗で、向こう側に何があるのか、まったく分からない。
足元の水路を流れる水の音だけが、岩の壁に反響していた。
しばらく道なりに進んでいくと、分かれ道に差し掛かった。二股くらいなら、道を間違えても引き返すなりして対処できそうだが、目の前の分岐路は、六つにも別れて広がっていた。
適当に入り込みでもすれば、迷子は確実だ。
「やけに、入り組んだ通路ですね」
「うーん、参ったな。こんなに脇道があるとは」
榎だけではなく、夏までもが腕を組んで途方に暮れている。
「まさか、道が分からないんですか?」
夏はこの洞窟を逆から抜けて京を脱出してきたといっていたから、てっきり中の道は網羅しているものと思っていたが。
「こちらにやってくるときは、一本道にしか見えなかったからねぇ」
夏にも道が分からないのなら、どこをどうやって進めばいいのだろう。
立ち尽くしていると、夏は腰に挿していた、指揮棒くらいの木の枝を抜き取り、地面に突き立てた。
「ここはひとつ、神様のお導きを信じようではないか」
夏は真剣な表情で枝の先端を見つめる。榎も凝視して、息を呑んだ。
夏が手を離すと、枝は支えを失って地面に倒れる。その枝が指した洞窟の道を指差し、夏は頷いた。
「よし、この道を行こう」
「すごい! その棒、陰陽師の使う道具か何かですか!?」
鮮やかに進む道を見出だした夏に、榎は感嘆の声をあげる。これが、本物の陰陽師の力なのか。
だが、夏は涼しげな顔をして、肩を竦めた。
「いいや、さっき外で拾った、ただの木の枝」
「それって、ただの当てずっぽうっていうんじゃ……」
子供がよくやる、どの方向に進むかを決める遊びと同じだ。
夏はいたずらを楽しむ子供みたいな無邪気な顔で、にへらと笑っていた。
「まあ、何とかなるさー。先に進もう」
何の根拠もないのに、軽い足取りで自信満々に進んでいく。
「思ったより、いい加減な人だな……」
夏はもっと冷静で、思慮深い人物だと思っていたのだが、何だか違う気がしてきた。
榎は呆れた半面、少し夏に親近感が湧いた。
* * *
適当に進んだ割に、行き止まる様子もなく、まっすぐ道は続いていた。正しい道かは分からないが、少なくともどこかの出口には通じていそうだ。
松明の明かりだけを頼りに黙々と足を進める榎は、ふと気になって夏に訊ねた。
「ところで、さっきの戦い方からして、夏さんは入り口に式神がいると知っていたのですか?」
夏は笑顔で頷いた。
「京へ出入りできる多くの道は、〝翁〟が式神を配置して、厳重に守護している。恐らく、我々を侵入者と見なして、出てくるとは思っていた」
「翁というのは?」
「現在、京で一番の力を持つ陰陽師だ。私も、そのお方に命を救われ、京を生きて出てこられた。悪鬼の血の力を持て余していた我々に、鬼閻を封印する儀式を教えてくださったお方も、翁だよ」
四季姫や、伝師一族よりも強い力を持つ、陰陽師。翁と呼ぶからには、そうとう歳をとった老人だろうか。
「もしかして、その翁という人が、夏さんの脱出を助けてくれた……?」
ふと思い、榎は訊ねる。夏は「ご名答」と笑って頷いた。
「翁は現在、迫りくる妖怪や悪鬼から京を守るため、大事な儀式を進めておられる。その儀式を行う祭壇にも、この通路は通じている。だから、より式神による警備も厳重になっているのだ」
「じゃあ、この洞窟の中は今、その翁さんが一人で陣取っているわけですか」
「そうとも限らない。鬼を使役できる者なら、自由に行き来は可能だからね。それに、伝師の一族の系統の中には、悪鬼と化した鬼の血を直接受け継いでいる者たちもいるから、そういう者は入れる。翁は、前者だがね」
だとすると、鬼に縁のある力を持つ者なら、割と簡単に、この洞窟を行き来できることになる。
そう考えると、平安京もそれほど安全な場所とは言えないのではないだろうか。
洞窟内だって、何が飛び出してくるか分からない。もっと気を引き締めないと。
「紬姫が引き継いでいる悪鬼の血にも、鬼のものが混ざっているのでしょうか」
「そう言われているな。本家の血筋は特別だ。何が混ざっているか、すべてを把握している者はいないだろう」
榎の脳裏に、語の姿が浮かぶ。
もし、紬姫が鬼の血を引いているのなら、語にも同じ血が流れているはず。
語もこの時代にやって来ているとして、京の外にいるとすれば、この洞窟の存在を知って、利用するかもしれない。
早く、語を見つけられるといいのだけれど。
希望を頭に過ぎらせながら、榎は夏と並んで通路を進んだ。
不意に、夏が立ち止まる。
どうしたのかと聞こうとした直前、榎にも感じ取れた。
奇妙な気配が、洞窟の奥で蠢いている。
初めて感じる気配。その中に微かに、見知った気配も、いくつか混じっている。
一つは、さっき入口で戦った、式神とよく似たもの。
そしてもう一つは、忘れもしない。
―—語の気配だ。
「気が、乱れているな。式神が暴れているのか?」
夏もその気配を敏感に察知したらしく、神経を研ぎ澄ませて探っていた。
「――いや、違うな。翁が式神を操っているのだ。だが、儀式に式神は必要ないはずだが」
訝しげに、夏は眉を顰める。やがて、何らかの結論に達したらしく、表情には焦りを浮かべた。
「翁が、何者かに襲われているらしい」
夏と榎の予感が、一致した。
間違いない。
翁という陰陽師と、語が戦っている。
「急ぎましょう、その陰陽師を助けないと!」
榎たちは頷き合い、暗闇の向こうへ全力疾走した。
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