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第三部 四季姫革命の巻

第二十一章 平安彷徨 2

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 二
 辺りは、真っ青な空と、見渡す限りの緑が広がる大地。
 眼下を見れば、四角い城壁で囲まれた、巨大な京が聳えている。
 平安京の東、如意ヶ嶽の山頂から眺める光景は、朝と宵にとってよく知ったものだった。
「見慣れた景色だ」
「とても、懐かしく感じるな」
「本当に、戻って来たんだな。平安の京に」
 外界の時の流れは千年も経っていたが、二人が封印の外に出てからは、まだ数か月しか経っていなかった。だから現代の人間社会を知り、その大きな変化の波に晒されつつも、この時代の景色は、まだ充分に記憶の中に残っていた。
「どんな気分だ?」
「よく分からねえ。……嫌ではないが、嬉しくもない」
「僕も同じだ。何だか、複雑な気持ちになる」
 どちらかと言えば、落ち着ける場所に帰ってこられた、という感覚のほうが大きいかもしれない。
 だが、その気持ちは安心とはまた違い、色々な不安や恐怖をも伴った。
 朝たちは封印石の中に閉じ込められ、世界から完全に遮断された空間に押し込まれた。
 それはすなわち、この世界で生きていく資格を剥奪されたに等しく、もう、懐かしい故郷と言えるこの時代に戻ってきたところで、二人を温かく迎え入れてくれる居場所など皆無であるという事実を物語っていた。
 それならそれで、構わない。元より、この時代に戻ってこれるなんて、考えてもいなかったし、何の未練も残ってはいなかった。
 だが、実際に在り得ない力を使ってこの地に戻ってきた時。
 無意識に、期待をしてしまった。
 暮らし慣れたこの時代での生活を、再会させられるのではないかと。
 新しい居場所をもう一度作って、やり直せるのではないかと。
 人間との関わりを絶ち、妖怪として、穏やかな時を――。
 そんな考えに心を揺るがせていると、突如として脳裏に強く思い起こされる姿がある。
 春姫の面影――。朝の中では、椿の姿がくっきりと浮かび上がり、笑顔で手を差し伸べてくる。
 この時代で生きるということは、千年後の世界での生活を全て捨て、この地に残るということ。
 四季姫たちとも、永劫の別れを告げるということ。
 平穏な生活を、と望むのならば、そのほうが互いにとって良いに決まっている。なのに、朝の心は不安定に揺れ動き、真に何を望めばいいのか、定まらない。
 横目に隣を見ると、宵が遠くを見つめて、深く考え込んでいた。
 宵もきっと、迷っているのだろう。この時代に残るか、千年後に戻って楸と共に生きるか。選択肢の狭間で悩んでいるに違いない。
 しばらく、京を見つめて考えていたが、朝は頭を振って私情を掻き消した。
 今は、将来について考えている場合ではない。現状の問題を解決していかなければ。
「皆さんも、無事にこの時代にやって来れただろうか」
 時渡りの術を行ったものの、強い地脈の流れに抗えず、みんな散り散りになってしまった。朝と宵は互いの気を感じ取り合って、如意ヶ嶽で無事に合流できたが、他の四人がどこに飛ばされたのか、まるで見当がつかない。
「分からん。いろんな気配が充満しすぎて、楸たちの気配が感じ取れない」
 宵が表情を顰める。
 朝も同じだ。この時代に戻って来てから、榎たちの気配がまるで感じられない。
 可能性は、様々ある。そもそも、あの四人が無事にこの時代に来れなかった。もしくは、やってきたが、既に何者かの手に掛かって――。
 あまり最悪な憶測は考えたくないが、いちおう、念頭で覚悟はしておかなければならない。
 だが他にも、朝の脳裏には、また別の可能性が浮かび上がっていた。
「少し、気になったんだが」
 朝はその憶測を、静かに宵に語る。
「時節や周囲の景色から考えて、ここは僕たちが封印石に封印された直後の時代。――まだ、前世の四季姫さまたちが、生きておられるはずだ」
 朝が調べた限り、今いるこの場所の年代は、朝たちが封印された時から一年と動いていない。かなり正確に、時間を遡って戻ってこられたらしい。
「そうだな。おそらく、生きている」
 宵の表情が、複雑に曇る。この時代に生きる四季姫たちに言ってやりたい文句も山ほどあるだろうが、今はそれどころではない。朝は続ける。
「でも、榎さんたちの力は、この時代の四季姫様たちの魂が転生したことによって継承し、もたらされた力だ。ならば、この時代では、まともに使えないのでは……?」
 もし、まだ四季姫の陰陽師の力を使役する主導権が、この時代の四季姫たちにあるならば、榎たちは――。
「あいつら、四季姫になれないってわけか?」
 変身もできないし、神通力を駆使して戦いもできない。気配を感じられない理由も、納得がいく。
 充分に考えられる可能性だった。
「だが、もしそうなら、榎さんたちは、ただの人でしかない。一人で京を彷徨われては、危険だ」
 右も左も分からない場所に放り出されて、変身もできず、きっと途方に暮れているに違いない。下手をすれば、妖怪や、人間にだって襲われている危険もある。
「のんびり、感傷に浸っている暇もねえのか。一刻も早く、見つけ出さねえと……」
 宵も、焦りだす。もし一人で放り出されても、楸なら秋姫としての知恵と力を駆使して何とか切り抜けるだろう、と高を括っていたのかもしれないが、そんな悠長な状況ではなくなってきた。
 おまけに、更に最悪の事態が起こる。
 宵の着物の袖から、何かが滑り落ちた。地面に落ちると、カシャリと小さく、金属的な音を鳴らした。
 その物体を拾い上げた宵は、硬直する。
 丸い輪っか状に曲げられた細い金属の中に、水晶を薄く切ったような透明の板が二枚、並んで嵌っている。両端からは、輪を耳に固定するための軸も伸びていた。
「それ、確か楸さんがいつも付けている、眼鏡とかいう……」
 朝は眼鏡を指さし、頬を引き攣らせた。
 地脈の中で引き離された時に、誤って楸の顔から外れ、宵の着物に絡みついたのか。
 どこかで落とさずに済んで良かったが、安堵していられる状況ではない。
 宵の顔からも、血の気が引いていく。
「最悪だ。こいつがなきゃ、楸は目が見えねえんだ!」
 あまり詳しくはないが、眼鏡というものは、弱った視力を補うための道具らしい。
 楸は目が悪いが、眼鏡を嵌めることで問題なく日常生活を送ってこられていた。
 それがなくなった今、勝手が何も分からないこの世界で一人放り出されているとしたら――。
 一刻も早く見つけなければ、本当に手遅れになってしまう。
「俺はとにかく、楸の気配を全力で探す。見つけてから、また連絡する。後の奴らは頼むぞ!」
 宵は有無を言わさず、京の上空に向かってすっ飛んでいった。
 秋姫としての気配を感知するのは無理だが、楸自身が放つ微かな気配や匂いの記憶を辿って探すしかない。宵は朝に比べても相手の気配を感知する力に長けている。きっと、楸を見つけ出せるだろう。
「僕も、近い場所から順に、探していこう」
 朝も翼を広げ、空に飛び上がった。
 神経を研ぎ澄まし、周囲を探る。
 微かに、見知った気配を感知した。
 本能的に、気配のする方向に滑空する。
 向かった先は、平安京よりも西側。
 現代の世界で朝たちが暮らしていた、四季ヶ丘のある辺りだ。
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