しんおに。~新説・鬼遊戯~

幹谷セイ

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12.キョンシー使い参戦

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 下の階には鬼がいる。

 それは分っているのだから、とにかく距離をとろうと談子は上へ上へと階段を登っていった。屋上へ通じる扉のある階段を登りきる、ここへ来るのは初めてだ。扉のノブを回してみるが、鍵がかかっていて開かない。まあ休日だし、当然と言えば当然だが、こんな時くらいうっかりかけ忘れがあってもいいんじゃないかと期待もしていたのだ。完全に外れて落ち込むしかない。
  となると困った事になる。これ以上先へは進めない、ここは行き止まりなのだ。もし鬼が登ってきたら、逃げ道は無い。素早く降りて別のルートから生徒会室へ行くべきか。というか、生徒会室はどこにあるのだろうか。それすら知らないのもまた情けない。適当に走り回るのも危険だし。制限が多すぎて頭の中がパニックだ。知恵熱で溶けかかった脳みそを、更に混乱させるように響く鬼の鳴き声。一瞬驚いて身体を震わせる。結構逃げたつもりなのに、さっきよりも近くなっている気が。
  だんだん上へ上がってきている? 身体が金縛り状態で動けなくなる。
 「お願いだから、こっち来ないでよー。本当にヤバいって……」
  頭を抱えて慌てる。焦点も定まらない。下のほうから、階段を登ってくる足音が聞こえる。布を擦るような、静かな摩擦音も。かなり速いペースで近づいてくるようだ。もう何も考えられない。談子は屋上への扉のすぐ側に積まれた机の下に潜り込んだ。身体を丸めて、出来るだけ気配を消すように心がける。
  足音が大きくなる。比例して、心臓の音も。もう爆発寸前だ、頭にどんどん血液が送られて、気が遠くなる。脳みそが破裂してしまいそうだ。
  ダカダカダカ。すぐそこの階段を登る、素早い足音。少し鬼のものとは違う気がした。だとしたら誰?
 歯を鳴らしながら、ゆっくりと頭を上げてみる。足音が止まった。階段を登ってきたのは、人間の影。すぐ側にいたのは―――。

「あ、あかつ……」

 声が震える。目尻から涙が滲み出た。それは安心感から来るものだったのだろう。目の前に立つ男子生徒がまるで正義のヒーローのように感じた。

「――月見!? お前、何でこんなところに」

 そのか細い声に気付いてくれた。暁はこちらを見て、目を丸くする。顔は汗だくで、かなりの距離をかなりの速度で走ってきたのだと見て取れる。

「ぐうぐう!」

 階段からなにか声がした。幼い子どもの声のように聞こえたが、はっきりとは分らない。暁は声のした方角をちらりと見て、叫んだ。

「そのまま突っ込め、安眠!」

 そしてこちらへ飛び、談子を庇うように机の下に滑り込む。突然の事に驚いて声を上げうとしたが、その口を暁の手に塞がれる。目の前の屋上へ向かう扉の前に、誰かが駆けて来た。小さな子どもだ。背丈は羅刹姫と同じくらい、黒い長い髪を細い三つ編みにし、頭に逆台形の円柱のような形をした帽子を被っている。袖が大きく広がった中国風の服を着た、可愛らしい女の子だった。眠そうな顔をしていて、活発に動いているのにその目は寝ているようにしっかり閉じている。その肌の色は青白く、血が通っていないのかと思うくらいに冷たそうに感じた。

女の子は扉の目の前で立ち止まり、軽々と地面を蹴った。すさまじい跳躍力で天井に張り付き、身を潜める。

 直後。

「ガアアアアア!」

 鬼の声がすぐ側で。階段を駆け登ってきた鬼がそのまま真っ直ぐ突進、扉に激突したのだ。破壊音を立てて、扉が変形する。まるでダンボールのように易々とへしゃげて手前に吹っ飛んだ。それを追いかけるように、鬼も屋上へ飛び出していった。

 あっという間の出来事、すぐに訪れた静寂。既に暁の手は談子の口から離れていたが、呆然としすぎて声すら出てこなかった。

「よくやった、安眠」

「ぐうっ」

 暁は立ち上がり、天井に張り付いている女の子に声をかける。安眠と呼ばれた女の子は身軽に地上へと降り立ち、胸の前で手を合わせ、お辞儀した。そしてすぐ目の前で座り込んでいる談子の姿に気付き、恥かしそうに暁の後ろへ隠れる。暁は視線を談子に移し、声をかけた。

「とりあえず場所を替えるぞ。立てるか?」

 談子は何とか起き上がろうと、身体に力を入れる。しかし震えは止まらないし、腰が抜けたようで立てない。暁は呆れたようにため息をつき、談子の手を引いて起き上がらせた。まだ足がガクガクするが、何とかバランスを保って直立できるようにはなった。それに安心して、大きく深呼吸した。

「鬼が気になる、屋上に出るぞ。歩けるか?」

 頷いて、一歩前に踏み出した。震えは抜けないものの、何とか歩ける。初めてスケートリンクに立った時のことを思い出した。あの感覚とよく似ている。危なかっしくて見ていられなくなったのか、安眠が徐々に近づいてきて、恐る恐る談子の手を握った。冷たい手。でも柔らかくて優しくて、かなり嬉しかった。

「ありがとう」

 にっこり笑いかけてみた。まだ筋肉が強張って、ぎこちない笑いになってしまったが、気持ちは伝わったらしい。安眠も笑い返してくれた。

 暁を先頭に、ゆっくり外に出る。屋上は静かだった。風だけが、下界で起こっている事など知りもしないと言った様子で流れてゆく。雲ひとつ見当たらない、晴天。その爽やかさに圧倒され、空を見上げる余裕さえなかったのだと今初めて実感した。

 目の前には無残な姿になった鉄の扉が横たわっていた。その向こうのフェンスが突き破られ、大穴が開いている。

「鬼は落ちたようだな。ここは暫く安全だ」

 扉の残骸に近づいて観察しながら、暁が無事を確認する。軽く扉を蹴り飛ばし、こちらに視線を向けた。

「で、お前は何でこんな所にいるんだ?」

「安眠って呼ばれてたよね。アンちゃんって呼んでもいい?」

「ぐうぐう」

「おいコラ、人の話を聞け」

 安眠と意思の疎通が出来ているのかいないのか、謎に包まれた会話をする。安眠はぐうぐうしか言わないので、何を言っているのか分らない。なんとかそれなりに会話っぽくなってきたなと思ったのだが、眼を飛ばす暁に遮られる。ばつが悪そうに談子は顔を上げた。

「何でって言われてもねぇ。何から話せばいいのか。暁こそ、こんなところで何やってんの? この子誰、暁の妹?」

「違う。こいつは俺が使役するキョンシーだ。休日登校命令が出たんでついでに連れて来たんだが、幸か不幸か、鬼が暴れてた所に出くわしたんだよ。文句あるか」

 偉そうに腰に手を当て簡略的な説明をする。談子は安眠と暁を交互に見て、眉を顰めた。

「キョンシー? キョンシーって、あれでしょ? 中国の、なんかおでこにお札貼ってあってピョンピョン跳ねるやつ」

「アバウトな前提知識だが、まあそういうことだ。……何だ、その疑り深そうな目は」

「だってさー、キョンシーなんて今時いると思う?」

「今時いない鬼だってここに居ただろうが。鬼は信じるくせにキョンシーは信じないのか、この偏屈我儘女め」

「そこまでいうかな普通。まあ当たってるから否定はしないけど、あんたに言われると腹立つよね」

 相変わらず口の減らない奴だ、と談子が呆れ帰って肩をすくめていると、左下の足元で安眠が何かぐうぐう言っていた。何かと思って下を見れば、安眠の左肩の部分が妙にしぼんで、服の裾がヒラヒラと風に揺れている。さっきからずっと手を繋いでいたはずだ。今も手を握っている感覚がある。ふと自分の手を見て、

「えっ、手っ? ギャ――――!!」

 叫ばずにはいられない。談子が手に握っていたのは、肩から下が取れた細い人間の腕だったのだ。この細さといい、土のような血の気の無い色といい、明らかに安眠のものだ。

「ぐうっ、ぐう!」

 慌てて安眠は腕を取り返し、袖の中に通した。しばらく固定しているとくっついたらしく、腕は元通りの位置につき、自分の意志で動かせるようになっていた。その間、談子は陸に打ち上げられた金魚のように口をパクパクする事しか出来なった。その姿を見た暁が見下すように笑う。

「信じる気になったか」

「あわわ、ううう……」

 信じる気になった。と言うかそうしなければ更にとんでもないものを見せられそうな気がしたので、とにかく無心で頷いていた。

「とりあえず俺たちの事は話した。で、お前はこんなところで何をしてる? 暫らくは鬼に追われる心配も無い。一からでいいから言ってみろ」

 逃げ道も見つからず、談子はしぶしぶと頷いた。
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