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4.幼女と一緒に校内爆走

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 いくら背中にいるのが小さく体重も軽い子供とはいえ、結局のところはキャンプ用具を担いでダッシュ登山するのと同じくらい体力を消費しているようなものだった。

 階段を一気に駆け上る談子の足は必要以上に酷使され、それほど気温も高くないのに顔中に汗が滲んで粒を作っている。

「ね、ねえ、もう、満足、した?」

 息も切れ切れに、背中に向かって話しかける談子。いつもより高くなった視界から辺りを見回してはしゃいでいた羅刹姫だったが、その情けない声を聞くと共に、談子の首を掴んでつまらなさそうにため息をついた。

「根性の無い馬じゃのう。わらわはまだ散歩を堪能しておる途中じゃ、もっと走れ」

「休憩しようよー、疲れたー」

「わらわは疲れておらぬ」

「そりゃ、そうだろうけどさ」

 背中に乗っているだけで疲れたなんてぬかした時には、最後の力を振り絞って背面ジャイアントスイングを発動する準備も整えていた。腰に負担がかかりそうなので発動せずに済んで助かったが。

「こんなフラフラの状態で走り回ってたら、誰かにぶつかっちゃうよ」

 校舎の一階の隅にあった、羅刹姫と出会った例の教室から飛び出し、側にあった階段を昇り降りするという行動を繰り返して、もう五階まで来ていた。ちなみに彼女を背負って五階へ来るのは三度目になる。

 廊下を横切る度に、何度か生徒とすれ違った。皆、奇妙なものを見る目で羅刹姫を背負った談子に視線を浴びせてくる。恥ずかしくて熱くなった顔を伏せて、全速力で駆け抜けることしかできなかった。必要以上に疲労している原因はそこにもあるだろう。

 一番危なかったのは、体育館側の廊下を通ったときに、バレー部の体験入部をしていた由喜にはち合ったときだ。背中にいるこの謎の童女に、やはり普通人的な反応を返してきた。

「何? どうしたの談子ちゃん、てゆーかその子誰? 一体何してんの」

「いや、まあ、いろいろあって……。あっ、そうそう、学校についてきちゃったある先生の子どもを預かってるの! そういうこと」

 とっさに出た信憑性の強そうな嘘をつく。ごめん由喜ちゃん。でもあんた本当のこと言ったって信じるような人間じゃないでしょう。

 自分だって未だに彼女の正体が分からないのだから、説明しようがない。

「何を言っておる、わらわは……」

「うるさい、今だけは黙ってなさい!」

 口を挟もうとした羅刹姫を怒鳴りつけ、黙らせる。その行動に対して羅刹姫は拗ね、由喜は更に不審そうな顔をした。

「……本当にその子、先生の子ども? どっかから拾ってきたんじゃないでしょうね」

「それはないっす! 本当に、時間がきたらちゃんとお返しするし。じゃあ、今は忙しいんでまた月曜ね! あはは」

 談子の言い分をまだ疑っていそうな由喜の微妙な視線をかわし、談子は乾いた笑いを出しながら、ダッシュでその場を立ち去ったものだ。あの時の危機を切り抜けたものの、その反動も相俟ってかなり心身的疲労は濃くなる一方だった。

 おぼつかない足取りでよろけながら前進していたため、当初の予見通り曲がり角で何かに盛大にぶつかってしりもちをついた。羅刹姫はとっさに談子の背中から飛び降り、平然と腰に手を当てて直立している。なんて反射神経だ。

「いったーい……」

 腰をさすりながら、ゆっくりと起き上がろうとする。その目の前に手が差し伸べられた。

「ごめんんさい、大丈夫?」

 柔らかい雰囲気の、やさしい女性の声。聞き覚えのあるその声にもしやと思って顔を上げると、やはり。
担任の、瀬見時雨であった。

「あっ先生、すいません。前方不注意で」

 その手を取り、立ち上がる。自分と同じくらいの身長の時雨と目を合わせ、謝った。時雨は微笑んで少し首を傾げて見せた。

「廊下は走っちゃダメよ。そんなに急いで、どこへ行くの?」

「どこって、場所は決まってないんですけれど、ちょっと校内散歩を。そうだ、先生この子誰の子か知ってますか? 迷子みたいなんですけど」

 尋ねてみた。もし教師の子どもなら、何か知っているかもしれない。

 時雨は羅刹姫を見下ろした。そして大きく目を見開く。やがて表情が曇り、眉をひそませ静かに呟いた。

「……夢じゃ、なかったのね」

「……あの、先生?」

 首を傾げる談子と羅刹姫。視線をあてられている事に気付き、時雨はハッと我にかえるように顔を上げた。

「えっと、この子、確か生徒会長さんじゃなかったかしら? 会うのは初めてなんだけれど、先生方がそんな話をしているのを聞いたから」

「ええっ? 先生たちまでこの子を生徒会長と呼ぶの?」

 もう驚くしかない。絶対嘘だと思っていたのに。やっぱり羅刹姫は生徒会長なのか。未だに疑っていたことを知り、羅刹姫は訝しげに談子を見上げていたが、無視した。

「じゃあ先生会議があるからこれで。廊下は気をつけてね」

「あ、はい、さようなら」

 時雨は去っていった。気のせいだろうが、その後ろ姿が妙に逃げ腰だったような気がして、少し気になった。同じく時雨の背中を見つめている羅刹姫を見下ろし、軽く息をつく。

「本当に生徒会長だったんだねー。ってことは、役員の人に言えば引き取ってくれるかな。生徒会室行ってみる?」

「あそこは行ってはならん! 世にも恐ろしい魔界のような所じゃ」

「魔界って……。でもさ、あたしもいつまでもあんたの面倒見てられないんだよね。色々忙しいし」

 半分忘れかけていたが、今自分は重要な探し物の途中だ。早く見つけ出さなければ噂話自体が風化してしまう。

「とにかくあそこは嫌なのじゃ。どうしてもと言うなら、あの置物を割った事をチクる!」

「うぐっ! ……分かったよ。じゃあどこ行きたいの?」

 諦め、しぶしぶと羅刹姫を背中に乗せた。それでよいと羅刹姫は満足していたが、こちらは不満タラタラだ。弱みを握られていいようにこき使われている。

「どこでもよいぞ。生徒会室周辺以外なら」

「うーん。じゃーね、図書室でも行こうか。まだ行ったこと無いんだよね」

 少し休憩もしたいし、書物からこの辺りの歴史や伝説を知るのも一つの調査だ。読み物があれば羅刹姫もしばらくは大人しくしていてくれるだろうし。そう考え、談子は廊下を走り出した。
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