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18.追うもの 追われるもの
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硬直した空気。止まってしまったかのような、凍えた時間。
たまらず姉さんが何か口に出そうとした。そのとき。
「ルーシー!」
静寂を破壊したその声は、森の奥から飛んできたファーメリーのものだった。
やってきたのはソフィアと、もう一体、切り揃えた真っ直ぐな黒い髪をしたファーメリーだった。
二人は一緒に、大きな鳥籠を運んでいた。
それは、僕が村を出発するときに見た、あの鳥籠。
中には、ファーメリーがちょこんと入っている。
「よかった、無事だったのね。この辺りから、ジョーカーの気配がプンプンしてるから、心配してたの」
「私は大丈夫。でもミーシャが……」
「ミーシャ様!」
鳥籠を地面におろし、黒髪のファーメリーがミーシャに飛び寄った。
彼女はミーシャのファーメリーなのだろう。泣きそうな顔だ。
ミーシャに触れたいのだが、痛々しい傷を見て触れられずに戸惑っているようだ。
「ご苦労だったな、アルル。お前がいないと、この様だよ」
「申し訳ありません。私が別行動をとっていたばかりに……」
「私が、そうしろと言ったのだ。気にする必要はない」
「……はい」
主に忠実なファーメリーは、ミーシャの言葉を聞いて冷静さを取り戻した。
「ソフィアは、姉さんと離れた後、何をしていたの?」
僕はふと、気になって訊ねた。
「ミーシャたちと連絡を取るために森に入っていたんだけど、行方不明の女の子が、この森の中にいるって分かったから、説得の意味もかねて、その娘のファーメリーを連れてこようって話になったの。それで、クラブ村まで戻っていたのよ」
「まあ、そんなことが。……もっと、早くにそれが分かっていれば」
姉さんは肩を落とす。
事前に連絡が取れていれば、ダイア村に行く必要もなかったし、コールを、あんな辛い目に遭わせなくても良かったかもしれない。
僕だって、あんな悪夢を見ずに済んだのだろうか。
「でも、すっごく手こずっちゃってさ。意地でも行かないって、この子がごねるから、鳥籠ごと連れて来ちゃった」
僕はしゃがみ込んで、鳥籠を見た。
中で膝を抱え、うずくまるファーメリー。
彼女は、ジーンのファーメリーなんだ。
「……あのさ、ジーンのこと、許してやってくれないかな」
僕が声を掛けると、彼女は顔を上げて、大きな瞳を潤ませた。
そしてまた、俯いた。
「あたしが許しても、ジーンは許してくれないわ」
辛そうな表情から、彼女の気持ちが伝わってきた。
きっと、このファーメリーも、ジーンと一緒にいたいのだ。
ジーンがファーメリーから嫌われていなくて、良かった。
「お前たちの住んでた村に行ったけどさ、あんな厳しい村で暮らしてたら、誰だって生活が嫌になるさ。でも、きっとジーンも勢いで出て行っちゃっただけで、本気じゃなかったと思うんだ。強がって、一人で生きていこうって頑張ってるけど、本当はきっと、一人は寂しいんだよ。僕みたいなのに、一緒に行こうなんて言ってきたくらいなんだし」
そう言ってやると、ファーメリーはボロボロと涙をこぼした。泣きながら、鳥籠の柵を掴んで揺らしはじめる。
「あたしがいけないの。あたしが、ちゃんと、本当のこと言わなかったから。叱られるの、怖かったから。ジーンに、全部押し付けた。だから、ジーンは、ジーンは……」
彼女は呪文のように呟いていた。
謝らなくちゃ、謝らなくちゃ。と。
「出して、ここから出して!」
僕は鳥籠の扉を開けてやった。ファーメリーはそこからするりと抜けだし、あっという間に飛んで行ってしまった。
「あ、あたしたちの苦労は……」
あまりにあっさりと事が運びすぎて、ソフィアは唖然として絶句した。
「ミーシャ様、勝手に行かせて、よろしかったのでしょうか?」
「構わん。どのみち、我々が間に入って仲裁など、できない」
アルルの問いかけに、ミーシャが答える。
「力ずくで、どうにもならないんだ。あとは内面に訴えかけて、説得するしかないだろう」
たしかに、その通りだ。
僕も、ジーンと仲直りしてほしかったから、ファーメリーを説得してみたのだから。
成功するとは、思わなかったけど。
ソフィアが恨めしそうに僕を睨んでくる。一晩かけても外に出せなかった頑固なファーメリーを、僕が二言三言で簡単に出してしまったのが、とても悔しかったらしい。
その形相に恐れをなし、僕は無意識に目を逸らした。
その目線の先には、黙って突っ立ているコールの姿が。
ソフィアも、彼女の存在に気付いたらしい。
目を細めて、訝しげな表情を見せた。
「あら? ディース、その子って、まさか……」
僕はビクッとした。
同時に、まずいと思った。
ソフィアは、微妙な視線をコールに向けている。
恐らく、ファーメリーならでわの鋭い勘で、コールの正体を見破ったのか。
ファーメリーの確固たる証明があれば、今までは曖昧だった姉さんも考えを改めるだろうし、ミーシャたちも黙っていないだろう。
このままでは、コールが狩られる。
「逃げよう、コール!」
僕は荷物とコールの手を掴み、駆けだした。
「ディース、どこへ行くの!?」
姉さんの言葉も無視して、僕は一目散に、森の深い場所へと逃げていった。
たまらず姉さんが何か口に出そうとした。そのとき。
「ルーシー!」
静寂を破壊したその声は、森の奥から飛んできたファーメリーのものだった。
やってきたのはソフィアと、もう一体、切り揃えた真っ直ぐな黒い髪をしたファーメリーだった。
二人は一緒に、大きな鳥籠を運んでいた。
それは、僕が村を出発するときに見た、あの鳥籠。
中には、ファーメリーがちょこんと入っている。
「よかった、無事だったのね。この辺りから、ジョーカーの気配がプンプンしてるから、心配してたの」
「私は大丈夫。でもミーシャが……」
「ミーシャ様!」
鳥籠を地面におろし、黒髪のファーメリーがミーシャに飛び寄った。
彼女はミーシャのファーメリーなのだろう。泣きそうな顔だ。
ミーシャに触れたいのだが、痛々しい傷を見て触れられずに戸惑っているようだ。
「ご苦労だったな、アルル。お前がいないと、この様だよ」
「申し訳ありません。私が別行動をとっていたばかりに……」
「私が、そうしろと言ったのだ。気にする必要はない」
「……はい」
主に忠実なファーメリーは、ミーシャの言葉を聞いて冷静さを取り戻した。
「ソフィアは、姉さんと離れた後、何をしていたの?」
僕はふと、気になって訊ねた。
「ミーシャたちと連絡を取るために森に入っていたんだけど、行方不明の女の子が、この森の中にいるって分かったから、説得の意味もかねて、その娘のファーメリーを連れてこようって話になったの。それで、クラブ村まで戻っていたのよ」
「まあ、そんなことが。……もっと、早くにそれが分かっていれば」
姉さんは肩を落とす。
事前に連絡が取れていれば、ダイア村に行く必要もなかったし、コールを、あんな辛い目に遭わせなくても良かったかもしれない。
僕だって、あんな悪夢を見ずに済んだのだろうか。
「でも、すっごく手こずっちゃってさ。意地でも行かないって、この子がごねるから、鳥籠ごと連れて来ちゃった」
僕はしゃがみ込んで、鳥籠を見た。
中で膝を抱え、うずくまるファーメリー。
彼女は、ジーンのファーメリーなんだ。
「……あのさ、ジーンのこと、許してやってくれないかな」
僕が声を掛けると、彼女は顔を上げて、大きな瞳を潤ませた。
そしてまた、俯いた。
「あたしが許しても、ジーンは許してくれないわ」
辛そうな表情から、彼女の気持ちが伝わってきた。
きっと、このファーメリーも、ジーンと一緒にいたいのだ。
ジーンがファーメリーから嫌われていなくて、良かった。
「お前たちの住んでた村に行ったけどさ、あんな厳しい村で暮らしてたら、誰だって生活が嫌になるさ。でも、きっとジーンも勢いで出て行っちゃっただけで、本気じゃなかったと思うんだ。強がって、一人で生きていこうって頑張ってるけど、本当はきっと、一人は寂しいんだよ。僕みたいなのに、一緒に行こうなんて言ってきたくらいなんだし」
そう言ってやると、ファーメリーはボロボロと涙をこぼした。泣きながら、鳥籠の柵を掴んで揺らしはじめる。
「あたしがいけないの。あたしが、ちゃんと、本当のこと言わなかったから。叱られるの、怖かったから。ジーンに、全部押し付けた。だから、ジーンは、ジーンは……」
彼女は呪文のように呟いていた。
謝らなくちゃ、謝らなくちゃ。と。
「出して、ここから出して!」
僕は鳥籠の扉を開けてやった。ファーメリーはそこからするりと抜けだし、あっという間に飛んで行ってしまった。
「あ、あたしたちの苦労は……」
あまりにあっさりと事が運びすぎて、ソフィアは唖然として絶句した。
「ミーシャ様、勝手に行かせて、よろしかったのでしょうか?」
「構わん。どのみち、我々が間に入って仲裁など、できない」
アルルの問いかけに、ミーシャが答える。
「力ずくで、どうにもならないんだ。あとは内面に訴えかけて、説得するしかないだろう」
たしかに、その通りだ。
僕も、ジーンと仲直りしてほしかったから、ファーメリーを説得してみたのだから。
成功するとは、思わなかったけど。
ソフィアが恨めしそうに僕を睨んでくる。一晩かけても外に出せなかった頑固なファーメリーを、僕が二言三言で簡単に出してしまったのが、とても悔しかったらしい。
その形相に恐れをなし、僕は無意識に目を逸らした。
その目線の先には、黙って突っ立ているコールの姿が。
ソフィアも、彼女の存在に気付いたらしい。
目を細めて、訝しげな表情を見せた。
「あら? ディース、その子って、まさか……」
僕はビクッとした。
同時に、まずいと思った。
ソフィアは、微妙な視線をコールに向けている。
恐らく、ファーメリーならでわの鋭い勘で、コールの正体を見破ったのか。
ファーメリーの確固たる証明があれば、今までは曖昧だった姉さんも考えを改めるだろうし、ミーシャたちも黙っていないだろう。
このままでは、コールが狩られる。
「逃げよう、コール!」
僕は荷物とコールの手を掴み、駆けだした。
「ディース、どこへ行くの!?」
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