宮部恭の日々

静海深人

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文化祭後始末 欄side

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 俺こと木葉欄は、宮部恭とは一種の幼馴染みという間柄だ。
 正直、この間の文化祭までやつのことならわからないことはないと、高を括っていた。しかし、俺の知らないところで、やつは俺以外の男と仲良く文化祭を回っていたのだ。
 確かにここは男子校で、性別を偽りつつ通っている恭に、男友達が何人居ようと不思議の不の字も出てこないのだが、問題はその相手が学校の生徒ではないところだ。
 この学校の中でも全く合ってない雰囲気を醸し出し、一人は細身で綺麗な、と表現した方がしっくりくる男だったし、もう一人はかなり背の高い健康的な身体つきをしていて、優しげな印象の残る好青年だった。
 二人が佇む姿は、学校という空間では違和感バリバリだったのに、恭が横に並んだとたん違和感がなくなって、寧ろかなりのオーラを感じた気さえしたのだ。


 文化祭、翌日。
 文化祭後恒例の後片付けの日である。
 二日間ばっちりあった文化祭なだけに、ゴミなどが酷く散乱している。一般人も参加するので余計かもしれないが、全くもって生徒には迷惑な作業だ。
 それでも、明日からの授業を再開させるため、教師陣が生徒を後ろから睨み付けている。なので、サボるにサボれないのがさらにこの作業を煩わしくさせるのだ。

「おい、恭…」
 隣で黙々と作業を続けている幼馴染みの名を呼びながら、俺は教師の方を見た。
 こちらには気を払ってないらしい。
 好都合だ。
「なんだ?」
 いつも通りのぶっきらぼうな言い方は、確かに恭だ。
「あのよ…昨日のことなんだが…」
「昨日?」
 怪訝そうな顔をした恭は、その美貌も相まって少し怖い。
 きっとこの作業が嫌なのだろう。
「ああ、…あの…」
「はっきりしろ。男だろ」
 苛立ちも顕わに周りのゴミを次々袋に入れていく。
 それもかなりぞんざいに。
「昨日来た、二人は~……」
 ガシャンと缶の落ちる音が響く。
 恭を見ると、かなり崩れた顔をしているではないか。この表情は、『思い出させるな』のうんざり顔だ。
 しかし、ここで自分が引くわけには行かない。


「ほら、お前あの人らと回っただろ?アリスでさ」

 アリス、というのはクラスの模擬店で『アリス喫茶』というものをした際、恭が着たアリスの衣装のことだ。
「思い出させるな…」
 その衣装を着た当初から、恭は乗り気ではなかった。もともとそういうのが嫌いな性格でもあったが、今回はそれを見られて嫌な人物がいたことが原因だとも思う。
「俺にとってあれは悪夢以外の何物でもない…」
 意気消沈気味な恭は珍しい。
 ほとんど表情を変えないから余計かもしれない。
「でさ、あの人らって誰?俺は知らんぞ」
 あえて空気を読まずに、今回は強行突破に出る俺。
 こちらも切実なのだ。色々と。
「………先輩」
 ポツリとそれだけ言った。
 あの二人が来たときも『先輩』と呼んでいたので、これは嘘ではない。
「で?」
「元瀬夏識と綺宮賢。…俺のバイト先の先輩」
「どっちがどっち?」
「…細身が夏識先輩で背が高い方が綺宮先輩」
 何かを飲み込むように、それでいて淡々と恭は答えた。
「バイトって?」
 してるのは知ってるけど、何のバイトかは知らなかった。
 突っ込んで聞いてみた。
 恭はこれくらいしないと何も話さないからだ。
「それは言わない」
「言えないじゃねぇのかよ…」
「言わない。お前にそこまで干渉される覚えはないからな」
 きっぱり、さっぱり、そこで恭は言い切った。
 俺がもう一言、口を開き掛けたとき、それは来た。
「恭~!頑張ってるか?」
 気安く恭の肩に触れ、絶やさない笑みはきっと好青年。それでいて人をおちょくった態度。上級生でありながら、しょっちゅう恭を構いに来る先輩こと、黒川聖也先輩である。
「…触らないでください」
 そんな聖也を軽く払いのけて、恭は彼から少し離れる。
 どうやら、恭は聖也が苦手らしい。何故かは教えてもらえないが。
「ふふっ、恭ちゃんてば恥ずかしがりやなんだね」
 恭の冷たい反応も何のその、聖也は最上級の微笑みでさらに近づこうとする。

「…っ!近寄るなっ」
「そう言われると近寄りたくなるのが僕の性分なんだよね~」
 この光景はいつもの事なので、あまり心配はしていない。
 というか、どうして聖也先輩は恭を刺激するような事ばかり言うのだろうか。それがいつも不可解である。
「恭ちゃんは相変わらず可愛いよね」
 ぬけぬけとそんな事を言ってのける。
「そうそう。昨日の人たちって誰なの?」
 さも、今思い出したように聞きにくるのも彼の手である。
 実に然り気無い。
 その言葉に素早く警戒した恭は、じっと聖也を睨み付ける。
 聖也はこれで怖くないのだろうか。
「聖也さんには関係ないですよ…」
「本当に?」
 笑顔を崩さず、聖也は恭を見ている。
「そうです。心配無用なんで」
 きっぱりと言い切る恭は、警戒の色を顕にしている。

「わかったよ」

「?」
 いつもならもっと追及しようとするのに、今日は何故かそれ以上聞こうとしなかった。
 おまけにそのままクラスの方へ帰っていってしまったらしい。
 不気味だ。
 全く不気味だ。
「……………」
 呆然と俺がその様子を見る中、恭はいたって普通にゴミ拾いを再開していた。
「おい…」
 思わず声が出る。
「何だ?」
 顔も上げずに恭は俺の声に応えた。やっぱり不機嫌な声で。
「聖也先輩…今日は引き際がよかったけど、何かあったのか?」
「…別に。あの人の気紛れだろ?そんなこと気にしてたら、あの人とは付き合えないぞ」
 ゴミ拾いに疲れたのか、だるそうな声で恭はそう言った。
 そういえば、恭と聖也は親戚らしいので小さい頃から付き合いがあるのだろう。きっと小さな頃から聖也は自由気ままで、掴み所のない人だったのだろうなとあたりをつける。
「別に俺はそんな親しくねぇし…あんまり関わりたくない人種だし…」
「ああ…」
 そこで初めて、恭は少し笑って、
「お前らって同類だもんな」
 とあっさり言われてしまった。


 結局また、肝心なことを聞きそびれてしまったような気がする、文化祭の後片付けだった。
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