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蒼の皇国 編

もう二度と……

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 アオなりにコウイチのことを調べ、観察をしていた。
 コウイチ=クロガネ。異世界からの転移者で晶石鍛冶EXという特殊な能力を持った”脆弱な人間”の反面、何事にも物怖じしない豪胆な性格で、反面では後先考えない猪突猛進な部分が最大の欠点だと思っていた。昼間の出来事でそれを再認識しなければならなくなった。
 彼は何も考えていない。
 行き当たりばったりで直面して初めて考え始める。
 底なしの馬鹿だ。
 そんな馬鹿でもアオの計画の最大の要となってしまっているのだから上手く扱う手段を考えなければならない。
 もっと深く、彼を知らないといけない。
 知らなければならない。
 もう二度と……翻弄されない為に。
 それはアオが始めて抱いた他者への興味だった。

「ねえ、抱いて」

 冷たい瞳をしたアオは首を傾げて懇願してみる。
 重く冷たい氷板を胸の前で抱き締めて誠心誠意お願いした。
 頭の上に可愛らしい二つの耳をちょこんと乗せた白髪の少女は両目に一杯の涙を溜め、青ざめた顔で首を横に振った。

「絶対にヤダ!? なんで、私っ!?」

 アオは残念そうに頬を膨らませて見せる。
 現在、ハクはコウイチ同様に石抱の刑に処せられている。
 罪状は、

「気分」
「清々しいくらいに酷い理由!」

 本当の理由は別にある。
 コウイチの事を一番よく知っているのはハクだろうと思ったからだ。
 取りあえず1枚置いていく。

「っ!? 無言で置くな、バカアオ!?」

 誰がバカか。
 もう一枚追加。

「にゃぁ!? ごめんなさい!」

 にゃあ?
 狼型の神獣だったはずだが……まあ、いい。

「別に痛くないでしょ」
「痛くないけど冷たいよ!?」
「そう」
「それだけっ!?」

 神獣という存在がどういうものなのか知らないが、暫くの間、同じ屋根の下で暮らし、何度か相対した経験から彼女は限りなく精霊に近い存在であると推測する。生物的に最強種であるレナーテやケルベロスといった存在とも異なり、適当な言葉で説明するなら矛盾しているが”肉体を持つ精霊”というのが妥当だろう。
 現在のハクの強さは刺し違える覚悟をすればレナーテに匹敵するレベルである。アオと比べればあと一歩で足元といったところだ。日々成長を続けているので数年もあれば概念領域へと到達するかもしれない。
 そんな領域にいる彼女に数キロ程度の重みなど意味を成さない。
 これは形式的、気分的なものだ。
 温冷覚は通じてるようなので”バカ”と言った分の罰くらいにはなるだろう。

「それで? 何が聞きたいの?」

 ハクがこちらの心中を察したかのように面倒くさそうな顔をして見上げて来る。

「コウイチのこと教えて」
「? どういう意味?」
「そのままの意味。貴方の知ってる事を教えて」
「……知らない」

 そう言ってハクがそっぽを向いた。
 この期に及んで反抗する姿勢にアオは極厚の氷板を作り出す。
 すると、

「ち、違うっ!?」

 ハクが慌てて弁明を始めた。

「私も今までアオが見て来たコウイチしか知らない! それしか……知らないよ」

 しゅん、とハクは小さな耳を垂れさせる。

「貴方、彼に飼われたんじゃ?」
「違う。ハクは別の人に飼われてた。川に流されてたところをコウイチに助けられて、でもコウイチが足つって溺れて一緒に死んでこっちに来たの」
「……ホントに?」
「うん」
「…………」

 予想外の馬鹿さ加減にアオは言葉を失ってしまう。
 では一体、誰がコウイチの扱い方を知っているのか?
 アイリスは過去の記憶を失っているし、メアリも今以上の情報は持ってい無さそうだ。
 この三人がダメな時点でこれ以上、コウイチを知ることは出来なさそうだ。
 トライ&エラーで地道に潰していくしかない現実にアオは気が遠くなっていく。
 今まで人間相手にこうも翻弄されることなど無かった。
 屈辱的だ。

「ああ、もうっ!?」

 アオが声を荒げるとハクは目を丸くして驚いていた。
 睨みつけて口止めをしていく。

「ひっ!?」
「誰かに言ったら毛毟り取る」
「絶対に言いません!?」

 自分自身でもアオは不思議でならない。
 コウイチに対してだけ感情が溢れてい来る。
 その殆どは苛立ちではあるが……。
 極厚の氷板をハクの太ももに乗せておいた。

「八つ当たり酷いっ!?」

==================================

「くっそぉ、痛ぇ」

 ジリジリとした凍傷の痛みに襲われるコウイチは工房の隅で机にしがみ付くようにして反抗の狼煙を上げようと企んでいた。
 二度とこんな目に遭わない為に。
 机の上には複数の晶石が埋め込まれた腕輪と綺麗な模様が刻まれた六角形の小さな金属板が積み上げられている。金属板は1山100枚のものが6山と少しある。必要数は1万枚。全然足りていない。
 これはコウイチがウロボロス協力の元、密かに作っている道具だ。
 名付けて”千変万化”。
 術式制御用の腕輪は既に完成しているので金属板を用意出来れば完成する。
 ただ、この金属板は神鉄を使用しており、加工には魔力を微量ながら消費していく。成形と術式の刻印をしていると平均的なコウイチの魔力量では1日に50枚作るのがやっとだ。
 最低でも3000枚あれば通常モードを起動させることが可能だが……それでもかなりの枚数が足りていない。
 コウイチは神鉄のインゴットを机の上に置き、形状を変化させて次々に六角形の板を成形していく。凡そインゴット1本で500枚作れる。刻印なしの成形だけならインゴットの半分、250枚ほどを一気に作っていける。
 まずは板を必要枚数量産をしてあとで地道に刻印をする算段だ。
 この作業は鍛冶というよりは錬金術のような何かだ。

「それにしてもアオの奴。あんなに怒んなくてもいいよな。勝手にやったことなのに……あ、今の無しだよ? 誰も聞いてないよな? 聞いててもお口にチャックだからな? そりゃ感謝はしてるよ、ホントに……って、あれ?」

 ふと、コウイチは不思議な事が起きて首を捻った。
 アオへの鬱憤をぶつぶつと漏らしながらやっていたらインゴット1本の成形が終わってしまっていた。
 大きさも形も綺麗の揃っている。
 数は503枚……と少し多く出来ている。
 作業時間は3分ほど。
 普段なら半分を超えた時点で魔力が無くなり、ふらふらと眩暈がしてくるはずなのに今は何ともない。
 コウイチは試しにもう一本、インゴット取り出し同じように成形をしてみる。
 3分後。
 503枚の板が完成した。
 全く疲れていない。

「なぁ~ぜ? さっぱり分からん。実に面白い」

 これ以上は止めておこう。
 しかし、昨日の今日で特にコウイチは自身の身に何かあった覚えはない。
 強いて言えば先刻、アオに氷の石抱の刑を執行され両足が凍傷を負ったくらいだ。

「まさか……知らない内にそっち系に目覚めて秘めたる力が覚醒したとか!? ……自分で言ってて恥ずかしい」

 改めて考えてみるが、やはり心当たりはない。

「まあ、いいや。困るどころかラッキーだし。よっしゃ、今日は徹夜で作業だぜ!?」

 コウイチは調子に乗って限界まで作業に没頭していった。
 そして翌朝ーー、

「うっそだろ」

 きっちり1万枚。刻印も含めて完成してしまったのだ。
 徹夜による眠気はあるものの魔力が枯渇したときの眩暈などはない。
 それどころか、これだけの作業をしても体内の魔力が減った感じがしないのだ。

「マジで俺、覚醒しちゃいました?」
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