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蒼の皇国 編

メギド・レナーテという名の意味

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”私、黎明のアイリスは大切な人達と一緒に居たいから、全ての派閥を無くします!
 私の目的は大切な人と一緒に居たいだけです。それが許されるなら他の全てに干渉するつもりはありません。でも、私の邪魔をするのなら世界の敵にだってなるつもりです。文句のある人はいつでも相手になります。話し合いでも……勿論、力づくでもです。
 だから、そっとしておいてください”

 途絶えようとしていたタマモの意識を馬鹿げたアイリスの宣布が引き戻した。

「とんでもない我が儘やな」

 しかし、シムルグの協力を得たアイリスであればそれも実現することは難しくはないだろう。
 この宣布がなされたことで、ここでの戦闘は終結するはずだ。覚悟を決めた概念領域に到達する存在を二人同時に相手にするなど考えただけでも背筋が凍る。
 余程の愚か者でもない限りは……。

「ああ、そういうことやね。予想にはなかった有象無象のゴミを青いのが氷漬けにしたんわ。……全く、お膳立てが過ぎるわ」

 殲滅派の中でも異端と呼ばれる三皇。その目的は定かではないが、彼らは殲滅派の理念とは異なる目的をもって行動をしている。殲滅派の理念に準ずるのであれば今回もアヴァロンを破壊する側に回るのが普通だ。
 だが、現実には遠回しに協力してくれている。
 喜ぶべきことなのだろうが、レナーテが寄越した毒も含め、素直に喜べないのが本音である。

「けど、アヴァロンを救えるなら毒でも泥水でも飲んだるわ!?」

 鉛のように重く冷たい身体に喝を入れて、もう一息踏ん張ろうとして気づく。
 背にのしかかっていたはずの重圧がない。
 タマモは首を捻り、頭上を見上げて悟る。

「……ウチの役目は終わったんやね」

 アヴァロンが全体の至る所から噴出させた膨大な魔力をベールのように纏い幻想的な姿となって空高くへと浮上していく。
 急激な終わりが押し寄せてくる。
 護りたいものは護れた。
 最期の自分の役目を成し遂げた。
 気合いで押し退けていた死というドス黒い何かが絡みつく様にタマモの全身を覆いはじめた。馬鹿な者の宣布で一度は引き戻された意識も黒いモヤがかかり、明滅するかの様に黒で塗りつぶされていく。
 これが死か。
 何千、何万という時を生き続けても迎えることの無かった命の灯が消える時が今目の前にある。
 死とは恐怖の象徴であると理解していたが……その実はどうだ?
 とても清々しい気分だ。
 タマモは糸の切れた操り人形のようにくらりと倒れ、大海へ向けて落下していく。
 目を瞑る。
 タマモが眠ろうとした時、ふわりと身体が軽くなった。

「何を勝手に死のうとしている」

 不意に耳障りな声が聞こえる。
 忘れるはずもない自身をこんな身体にしてくれた宿敵――メギド・レナーテだ。
 タマモが重い瞼を押し上げるとそこには紫の長い髪を風に靡かせた女が増えてきな笑みを浮かべて見下ろしてた。

”何故、ワレがこのような事をせねばならんのだ”
「遊んだ玩具を玩具箱に片付けるくらい幼児にも出来るぞ?」
”ふん。関わるべきでは無かったか”

 下方から聞こえた声に視線を動かすと久しく見る三つ首の獣の姿が見えた。
 タマモは視線を戻してレナーテに問う。

「残念やけど、もう指一本動かせんわ」
「あれだけ無茶をしたのだ。当然の報いだ。しかし、だからと言ってお前がした事が許されると思うな」
「……分かっとる」

 黎明のアイリス。
 一人の少女を取り返しのつかない姿にしてしまった罪は生涯背負い続けなければならない。
 それももうすぐ終わってしまう。
 清々しい気分だが、一つ心残りがあるとすれば何も償えていないことだろうか。
 精霊の寿命は永遠にも等しい。
 次に生まれ変わって彼女と出会うことがあったなら、彼女の為に全力を尽くそう。
 とさり、と静かに冷たい地面に寝かせられた。
 海面が近い。
 どうやら眼下にあった青いのが作った氷の床の上のようだ。
 視界に見知った二つの顔が割り込んで来た。
 計画に無理やり巻き込んだ異世界人とその相棒だ。

「た、タマモさん!? レナーテ、タマモさんは大丈夫なのかっ!?」
「見ての通りだ。こいつの身体は既に朽ち果てている。助けられん」
「っ!?」
「コウイチ……クロと同じ」

 白い髪の少女が目に一杯の涙を浮かべてコウイチの袖を引っ張った。

「失われた命を蘇らせられないのは自然の摂理だ」
「そんな……何でもありのファンタジー世界だろ!? タマモさん、あんたはこれでいいのかよ! 救っただけで、この先の未来を見なくていいのかよ!」

 この男は本当に、楽には逝かせてくれないようだ。
 だが、

「…………」

 残念なことにタマモは、もう声を発することも出来なかった。
 ゆっくりと目を閉じた。

「―――っ!?」

 コウイチの声が遠のいていく。
 暗闇が全てを支配していく中、最期に声が聞こえた。

”何度も言う。簡単に死ねると思うな”

 ――メギド・レナーテ。

 身体が重く冷たく、意識が黒に塗り潰されて消えていく。
 全てが終わったと思った瞬間、眩い真っ白な世界が広がった。

「んっ、なんや、これは?」

 大海が見える。
 それに小さな手だ。
 子供のような小さな手。
 よく見れば視界に映る範囲の身体も細く華奢だ。
 それに声も聞き覚えの無い幼いものだった。
 コウイチのハクが驚いた顔で瞬きを繰り返している。
 その隣でレナーテが面白そうにニヤニヤと笑っている。

「どうだ、糞狐。?」

 メギド・レナーテ――滅ぼし、再生させる者。
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