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蒼の皇国 編

理想郷を支える者達:紫毒編

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 メギド・レナーテは自身を滑稽だと嘲笑する。
 長きに渡る時の中で幾億もの命を奪い、大義名分の上で人類の殲滅を行って来た自身が人間を守ろうと考えているのだから。
 心変わりの発端はコウイチ=クロガネの存在にある。
 あれは不思議な男だ。
 複数の化物と寝食を共にしながら平然と笑っている。
 馬鹿なのか、鈍感なのか、神経が図太いのか……何にしろ興味をそそられる存在である。

「そうは思わないか? キツネよ」
”…………”
「そう睨むな。死にぞこないの貴様など、今更殺すつもりはない。少し話をしにきただけだ」

 ベッドの上から射殺そうばかりの視線をタマモが向けてくる。
 この状況であれば仕方ないだろう。
 敵対関係にあり、先の戦争で自身を死の淵に追いやった張本人である存在が、抗う術も警護する者もいない中、目の前に現れたのだ。
 警戒して然るべき。
 平和ボケをしてボンクラに成り下がったかと思えば、存外根っこのところはまだこちら側のようだ。
 そうであるならば、アオとの約束を果たそう。

「我が帰還した際、青いのと二つの契約を結んだ。一つは幼子となった夜天の教育。もう一つは青いのが行おうとしている企ての助力だ」

 空間の狭間に落ちた時、レナーテは滅びるつもりでいた。
 しかし、それをアオは許さなかった。
 アオが夜天の幼子の面倒を見るのを嫌ったというのもあるだろうが、帰還後に最大の理由として今レナーテがいなくなると派閥が瓦解し世界が混乱に陥ってしまうと諭されたのだった。
 自身の影響力を鑑みない愚かな判断にレナーテは納得するしかなかった。
 そしてアオは言った。本当に死に場所を求めているならば、相応しい条件を整えて上げるから自信の目的に協力しろ、と。付け加えて、その時、本当に死ぬかどうかはレナーテに任せる。
 自己の影響力の再認識をしたレナーテはアオとの契約を承諾した。
 滅びを迎える為に。

「この鉄の塊を救わねばならんくてな。今も蛇と筋肉が支えているが、時間の問題だ。あとニ手足りん。我が力を貸せば何とかなるかもしれんが、なぁ」

 レナーテが不吉な笑みを浮かべてタマモの顔を覗き込んだ。
 すると、驚くことに動かせぬはずのタマモの両手がレナーテの胸ぐらを掴んだのだった。

“ウチらに傅けいうんか!?”
「ほう。面白い」

 レナーテは驚かない。
 動いてもらわねば困るからだ。
 胸ぐらを掴む力は弱々しく、小刻みに震え、少し体を起こせばずり落ちて外れてしまうだろう。
 タマモに与えた毒は、筋肉や神経、更には魔力回路を異なる性質に変性させるものだ。その結果、変性された組織は“異物”でしかない為、脳からの命令を受け付けない。
 イコール、身体が動かなくなる訳だ。
 通常の生物であれば微量の毒で体の全組織が変性し、呼吸器系が停止して間もなく死亡する。
 だが、タマモは大量の毒を摂取したにも関わらず、全身の半分ほどが変性しただけに留まっている。特に運動器系の多くが変性している様子で、おかげで生存出来たのだろう。
 そんな変性して動かない筋肉を無理やり動かしているのだ。意識が吹っ飛ぶほどの激痛がタマモを襲っているはずだ。

「戯言を。我は貴様らのようなクズなどいらん」

 レナーテは胸ぐらの手を払い除け、タマモの喉を鷲掴みにして持ち上げる。

「いいか、キツネ。我は貴様らを許すつもりはない」
“なに、を……や”
「忘れたとは言わさん。貴様ら、夜天の元となった少女に、力の継承の意味を教えず、あまつさえ感情を失わさせてまで力を押しつけたことだ!」
“っ!? ……それ、はーーあぐっ”
「喋るな。耳が腐る。事実が全て。青いのとの契約が無ければ、夜天がここを気に入っていなければ、再びここを落とすつもりでいた。あの2人に感謝するんだな」

 レナーテはタマモをベッドに投げ捨てると、タマモの身体は糸の切れた操り人形のようにベッドに転がり、そのままベッドからずり落ちてしまった。
 このようなゴミの手助けをしなければならないのが忌々しい。
 レナーテはベッドの反対側に回り、滑稽な姿で床に這いつくばるタマモの眼前に透明な液体が入った小瓶を置いた。
 それは毒。
 この状況を一変させる奇跡の毒だ。

「我は貴様のような汚物の血で手を汚したくはない。だが、この鉄の塊を落とすわけにいかん。契約があるからな。貴様とて鉄の塊を落としたくはないはずだ。ならば、この毒を飲んで……救って死ね」

 それだけ言うとタマモは病室を後にした。

====================

 クズと、ゴミと、汚物と呼ばれて仕方がない。
 病室に独りの残されたタマモは、激痛に耐えてながら小瓶に手を伸ばす。
 紫毒に何一つとして言い返せなかった。
 力の継承、精霊化、アイリスが力を掌握するために感情を捨てていっていたこと、全てあえて伝えなかった。
 それは自分たちの目的を最短距離で遂行する為だ。
 あの頃は一分一秒でも時間が惜しかった。
 力の継承による精霊化を納得させる為の時間が勿体なかった。
 一を犠牲にして全を救う。
 最低最悪の手段を取ったことにこれ以上の言い訳はしない。
 アヴァロンを救えれば、どんな罰も、如何なる責も背負うつもりでいた。
 それが今日、訪れただけのことだ。
 アヴァロンが救えるのならば、この命、惜しいと思ったことなどない。

“これで罪が滅ぼせるなんて思わんよ。ごめん、みんな。さよならや”

 タマモは小瓶を咥えて仰向けになり、奥歯でしっかりと固定をする。噛み砕く力さえもない。躊躇いなく自分の顎を殴りつけて口の中の小瓶を砕いた。


====================

 酒瓶を手にしたレナーテは海上に設置された氷の舞台に降り立つと眉間にシワを寄せ、必死に笑いを堪えたが、つい耐え切れず腹を掛けて大声で笑い始めた。

「くっははははは、どう言う状況だ、これは」

 胡座をかいて座るコウイチの足の上にだらりと寝そべるアオの姿があった。
 あの冷酷の鉄仮面と名高きアオがこのような姿を人前で晒すなど思いもよらない事態だ。
 これもコウイチという存在の影響なのだろう。

「レナーテ、うるさい。それよりちゃんと渡した?」
「この状況で笑うなというのが無理であろう。しかと渡しておいた。どうなるかは分からんがな。……くふふっ、そんな事より、そこの二つの氷像はなんだ?」

 コウイチの側に転がっている二つの氷像があった。中身はアイリスとハクだ。

「うるさいから凍らせた。それから、ありがとう。あとはお好きに」

 好きに、か。
 ここからちゃぶ台返しをしても面白そうではあるが……いや、今はそれ以上に面白い観察対象がいるから良い。
 レナーテはコウイチの隣に腰を下ろすとコップに酒を注いで特等席からアヴァロンの行末を見守ることに決めた。

「其方も飲むか?」
「是非!」

 本当に面白い。
 この状況下で呑気に酒の誘いに乗ってくる図太い神経は、今後数十年の刻を捧げて見守るのに値する。
 それだけでアオとの契約に価値があったというものだ。

 ーーデッドラインまで残り3分。
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