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夜天の主 編

狭間で

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 気付いたら真っ暗な何もない場所に私は居た。
 上も下も右も左も分からない。
 指も手も腕も足も動かない。
 瞬きをしている感覚もない。
 口も動かない。
 音も聞こえない。
 そもそも目を開いているのだろうか?
 手足はあるのだろうか?
 口はあるのだろうか?
 耳はあるのだろうか?
 ……分からない。
 ただ一つだけはっきる分かるのは、嫌と言うくらいに意識が鮮明であるということだ。

 私の名前はアイリス=フレアスター。種族はエルフ。年齢は26……いや、過酷な鍛錬で忘れていたけれど27歳になっている。片手剣を用いた近接型の戦闘スタイルで炎の魔法が得意。Aランクの協会職員。最新鋭の小型船舶ストレイン所持。異世界から転移してきた少年コウイチと少女ハクを保護し、船舶で同居生活を送っている。コウイチから黒剣:夜天を託され、使いこなす為にタマモ様とミドガルズオルム様に連れられて南の島で地獄のような鍛錬の日々を送っていた。

 背筋に悪寒が走る。
 脳裏にフラッシュバックして来たのは鍛錬とは名ばかりの地獄の日々。
 月水金曜はミドガルズオルム様による体力トレーニング。
 火木土曜はタマモ様による魔力制御及び運用トレーニング。
 日曜はどちらかとの本気の殺し合いタイマン
 休みなしのエンドレスデイズ。
 あまりの地獄っぷりに何度も逃げ出そうとしては捕まり、酷いペナルティを課せられ、鬱にもなりかけた。
 そんな生活が9か月くらい続いた頃、地獄は最終段階へと移行した。
 最終段階は黒剣:夜天の力の制御だ。制御に必要なのは元となった存在を知ることだった。力を受け入れれば記憶は圧縮されて直接頭の中に流れ込んでくるとは言え、元となった存在であるクロは数万年以上生きた龍だ。その情報量は膨大だった。
 鞘となり鎧となる黒衣霊装は早い段階に習得できた。
 これで当初の目的であった黒剣:夜天の切れ味をどうにかするという課題は達成された。
 しかし、無事に鍛錬が終わると思いきや私は力を暴走させてしまい黒衣霊装に取り込まれてしまう。脱出するには黒剣:夜天を完全に制御する以外の道が無くなった。
 黒剣:夜天の完全制御は困難を極めた。
 クロの記憶は量だけでなく、質も非常に濃く、特に残酷で凄惨な記憶が多数あり私の精神では到底受け止めきれるものではなかった。
 私の存在などクロからしたら蟻以下だ。一度開いた蛇口は勢いが強過ぎてもう止められない。受け入れるしかない。それが出来なければ私の精神が押し潰されてしまう。
 そこで私は少しでも記憶を受け入れていく為に余計なことを考えないようにした。次第にそれはエスカレートしていき、私は知らず知らずの内に次々と感情を失っていった。恐らくこれはクロの記憶を認識したくなかったからだと思う。それだけクロが傍観してきた人々の歴史は酷いものだった。
 黒剣:夜天の力を殆ど掌握した頃には”怒り”と”殺意”の感情以外を忘れてしまった。
 そんな折、謎の筋肉ダルマがコウイチが戦争に巻き込まれたと告げた。
 その瞬間、私の中で怒りと殺意のメーターが振り切れた。
 私にとってコウイチは大切な存在なのだと思う。幼いころから男の子は苦手だけれど彼とは一緒に居て嫌ではない。
 どちらかと言えば楽しいくらいだった。
 一緒に居たいと思えるくらいの相手だ。
 そんな大切な存在が危険な状況にあると聞かされて、私の中に残っていた二つの感情が強引に黒剣:夜天を掌握して飛び立たせていた。
 そして忌々しい巨獣と戦い……ここにいる。
 あれは絶対に殺さないといけない。
 死んだかな?
 殺せたかな?

”残念だが、まだ死んではおらん”

 !?
 頭に直接声が聞こえた。
 戦いの中で何度か聞こえた忌々しい巨獣の声だ。
 殺せていなかった。
 殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。

”ふっ、案ずるな。そう遠くない未来に共にここで滅びるのだからな”

 今すぐシネ!
 何で手も足も動かないの!?
 殺したい奴がそこにいるのに!?

”そこまで堕ちるとは憐れを通り越して滑稽ですらあるぞ。少し道徳の授業をしてやろう”

 黙れ。

”まあ聞け。最後なのだからな”

 …………。

”其方が我を殺そうとした時、何をしたか覚えているか?”

 何を?
 黒剣:夜天の力――断界を使った。
 空間を穿ち断ち切る刃を。

”それ自体は問題ではない。問題なのは其方が刃を振り下ろした方向だ”

 下?
 雲?
 海?

”そうだな。海の下には大地がありは、それ即ちは星だ”

 あっ、私……。

”あのような力が大地に落ちれば星は滅びる。其方はこの星を滅ぼそうとしたのだ。誰かを守るだとかそんなレベルの話ではないのは分かるな?”

 当たり前のこと。
 常識的なこと。
 子供でも判断できるようなこと。
 空間を破壊するだけの力がどういう意味なのか理解していなかった。
 あ、あっ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ、私は、私は、大切な人達を殺し――――っ。

”意識が飛んだか。そのまま眠れ”

 ――――
 ―――
 ――
 ―

 私に……生きている価値なんてあるだろうか?
 あの戦争で世界を滅ぼそうとしたのは”私だけ”だ。
 私はこの場で滅びた方がいい。
 それが世界のためだ。
 後先考えない馬鹿でごめんなさい。
 生きている価値もない生ごみでごめんなさい。

”……戻るとは思わなかったぞ。終わったことを気にするな。まあ、其方の肉体は既に精霊化している。力と記憶は来世にも受け継がれるであろうから、その時に間違えなければよい。そうであれば我も共に逝く意味があったというものだ”

 ……ごめんなさい、私のようなゴミムシのせいで。

”そう思うのならば、この話はこれで終わりだ。過去を振り返るな。其方はこれから永遠にも等しい時間を生き続けなければなんのだからな。顔を上げ、次を考えろ”

 はい……って、永遠? どういう意味? そう言えばさっき精霊化って?

”……それすらも聞いておらんのか。あのキツネ共めっ! 黒いのの力を継承させることの意味を何も説明しておらんとは”

 メギド・レナーテは呆れ半分に教えてくれた。
 黒いの。人種からは黒覇龍や禍津神とも呼ばれ、最後にクロという名前を貰った真っ黒な龍。だが、その正体は固有の形を有さない”原初の精霊”だ。龍の姿をしているのは大抵の外敵が寄り付かず便利だったから。
 精霊は肉体的な死を迎えることはない。代わりに自らが望んで死を願った時に精霊は死ぬ。そして自然に還り、やがて知識と記憶を宿した新しい自分として生まれ変わる。これを精霊たちは”精神のリセット”と呼んでいる。
 消滅と一つの例外を除いて精霊は死ぬことが無い。
 一つの例外というのは、精霊が死ぬとき特殊な魔石を残すことがある。それは己が全てを圧縮し、次のモノに自身の全てを継承するためのものだ。
 何故、そのような事をするのかというと精霊自身が生きることに疲れ果てた末路や自身の全てを託したいと思える相手に出会えたからと言われている。その実は不明である。
 力を継承した私だから分かる。
 クロは人々の歴史を傍観し続けた果てに絶望し、コウイチに全てを託したのだった。
 そして意志を受け継いだのは私で、その私はクロの想いに背く行為を行ってしまったクズです。
 さて、精霊の力や意志を継承することがどういう事なのかというと……それは精霊に成るということである。肉体と存在の全てが精霊になります。
 精霊は死ぬことが無い。
 メギド・レナーテが言った永遠にも等しい時間とはこういう意味だった。

”ここでの滅びは消失に在らず。生命の本流へ還るだけだ。其方はここで滅びた後、元の世界で新たに生まれる。これからどうするか考える時間は沢山ある。じっくりと考えるがいい”

 貴方は?

”我はここで滅ぶ。未来永劫、其方の前に姿を現すことはないだろうな”

 …………私の――

”せい、ではないぞ。我がそうしたかったのだ”

 ですが!

”あの時、あの場にはもう一人其方を止めることが出来る者が居た。もし我がやらなければ、其方はあの者に一人でここに叩き込まれていただろうな”

 そうなんですか……それでも、私のせいでこうなったのは事実です。

”頑固者め。いい加減、他人の心配よりも自分の心配をしろ。ここでは全ての力がプラスに働かないから其方は普通にしていられるのだ。今のまま生まれ変わったら、些細な事でまた暴走してしまうぞ”

 どうすれば……。

”我は知らん。さっきも言ったが時間だけはある。考えろ。答えは其方しか知らん”

 それだけ言うとメギド・レナーテは何も言葉を返してくれなくなった。
 ただ、優しく、暖かく包まれているような感覚があって私の近くに居てくれるのだけが何となく分かった。
 その想いに報いる為に考えよう。
 クロの力を受け入れた上で本来の自分を保つにはどうしたらいいのか?
 27年エルフとして生きて来た。エルフとしてはまだまだ子供だけれど、物事の分別というものくらいは出来る。
 物事を分別できるからこそ、人々が行った残酷で、凄惨で、残忍で、非道で、冷酷で、鬼畜で、無慈悲で、悪夢のようなクロの記憶の数々は真っ当な精神状態では受け入れられない。だから、感情を捨てることでありのまま受け入れていたのだ。このまま生まれ変わったら”怒りと殺意”だけを持つ破壊の化身になってしまう。そうなれば二度と生まれ変わることが出来ないように消滅させられるだろう。
 だから、ありのままを受け入れられるようになればいい。
 それ以外に方法が無い。

===================================

 我は腕の中に横たわる少女を見て溜息を吐いた。
 この者は本当に不器用である。
 もっと気楽に生きれば良いものを。
 抱え込むな。
 力に踊らされるな。
 力と踊れ。
 我は少女を抱いて眠る。
 しばしば、眠りに耽り目を覚ますと我は奇怪なモノをみた。

”これは……間違いなくあの者であるが――”

===================================

 空間を引き裂き、空間の狭間に足を踏み入れたアオは信じられないものを見て驚愕した。
 紫毒が少女を守るように抱きかかえていたのだ。

「びっくり、お前が守るなんて」
”我も驚いたぞ。貴様がこの者を迎えに来るとはな”
「約束したから」
”ならば早く連れて行け。奇怪な現象が起きてかなり弱っている”

 アオは紫毒が差し出して来た少女を受け取る。落とさないように背中に右腕を回して肩をしっかりと掴み、左腕は大腿部を下から持ち上げるようにして抱く。所謂、俗世でお姫様抱っこと言われている持ち方だ。
 踵を返し歩き出したアオは、その場に留まっている紫毒を振り返った。

「お前は?」
”我はここで滅びる。行け”

 アオは抱きかかえた少女と紫毒の顔を何度か見て逡巡する。
 特に抱きかかえた少女をじっくりと観察し、

「ダメ、お前も帰る」
”貴様に助けられるくらいなら死んだ方がマシだ”
「違う。お前がわたしを助ける」
”どういう意味だ?”
「わたしにコレの面倒見させる気?」
”我が見ろと?”
「コレがこうなったのはお前のせい」
”…………”
「だから、ここから助ける代わりにお前はコレの面倒を見ることでわたしを助ける。貸し借り無し」
”……いいだろう”
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