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夜天の主 編

夜天に染まる戦場

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 南の孤島の砂浜に漆黒の繭が禍々しい魔力を渦巻かせて鎮座している。大きさは2メートル程の球形。渦を巻く魔力は空気を引き裂き、バチバチとプラズマを発生させて外敵を寄せ付けないようにしている。と言っても、その漆黒の繭を傷つけられるのは世界中探しても10もいないだろう。
 この漆黒の繭を見守っているウロボロスには傷つけることは出来ない。
 ウロボロスの役割は、だたこれの経過を見守ることだけだ。
 ただ見守るだけ。
 時間を持て余していたウロボロスは、漆黒の繭の主は何故そこまで頑張れるのか考えていた。
 修行と称した地獄に連れて来られた彼女にタマモやミドガルズオルムは一切の容赦をしなかった。一歩間違えばいつ死んでも不思議ではない状況が日常と化していた。実際、彼女は何度も死の淵にまで追いやられていた。それでも彼女は立ち上がり、自ら地獄へと足を踏み入れて行った。それは人類が文明を持つより前から生き、数多の凄惨な光景を目の当たりにしてきたウロボロスでも目を覆いたくなるような惨状だった。
 彼女の生きる源は何なのだろうか?
 ……分からない。
 それ故に人種とは不思議な生き物で面白い。
 ふと気づけば彼女が漆黒の繭に成って二ヶ月が経とうとしていた。
 死と再生を司る蛇であるウロボロスにとって時間とは些末なモノで、少し考え事をしているとつい時間を忘れてしまう。悪い癖だとタマモによく怒られている。

「ん? 何か来ますね」

 高速で海を渡ってくる何かの気配を察知し、ウロボロスは迎撃の体勢を取った。が、それは杞憂であるとすぐに理解した。
 海面を人影が走っていた。
 魔力を使用している気配はなく、純粋な身体能力のみで海面を走っている。
 そんなデタラメな人物に心当たりがあったからだ。

「ウーローボーロースーさま~」

 海面を走る爽やか笑顔のスキンヘッドがこちらに気づいて手を振ってきた。その姿はタンクトップに短パン一枚。服の下からは鎧のような隆々としたミドガルズオルムも顔負けな筋肉が顔を覗かせている。
 エイジ=アイザワ。数年前に異世界から転移してきた最強の肉体を持つ男だ。彼は異世界人には珍しい魔法を使えない体質である代わりに全ての才能を肉体に昇華させるスキル『マッスルマスター』を所持している。それによって作り上げられた彼の肉体は物理限界を突破しており、海面を走るなんて朝飯前、魔獣の中でも屈指の強さを誇るタマモやミドガルズオルムとタイマンを張るほどだ。通称:爽やか筋肉。
 浜辺に走り付いたエイジは額に滲んだ汗を拭って爽やかな笑顔で敬礼をする。

「報告します! 現在、アヴァロンはメギド・レナーテ率いる魔獣の群れとの交戦状態に入りました。直ちに帰還し戦線に加わるようにとミドガルズオルム様からのご命令です」
「メギド・レナーテですって!? なぜ、今あれが……いえ、そんなことを考えている場合ではありませんね。しかし、私には彼女を見守る役目があります。このまま放置していく訳にはいきません」
「運よく覚醒していることをお二人は望まれていたのですが、やはり、まだ完成には至っていませんか」
「ええ。そもそもあの領域へ至った人間は過去に居ないので、彼女はこのまま消滅する可能性すらあります」
「そうなのでしょうね。自分も含め転移者でもあの領域――概念領域に至れる者は今までに居ないと聞いています。ですから、自分はどんな手段を使ってでも彼女を失う訳にはいきません。そして、すぐにでも目覚めさせろと命令されています」
「…………」

 それほどにまで状況は切迫しているのだとウロボロスは言葉を飲み込んだ。
 エイジは漆黒の繭に視線を向け、小型の投影器で宙に大型スクリーンを表示させる。
 大型スクリーンに映し出されたのは魔獣の群れに襲われているアヴァロンの姿だった。

「これはアヴァロンのリアルタイム映像ですね」
「はい」
「戦況は最悪ですね」
「自分も早く戻り、戦線に参加したいと思っています。ですからアイリス=フレアスター、よく聞いて下さい。メギド・レナーテはタマモ様とミドガルズオルム様が抑え込んでいます。しかし、40万を超える魔獣にまで手が回っていません。つい先ほど入った情報で純白の狼……恐らくはハクさんが参戦したことにより、戦況は拮抗を見せ始めました。ですが……消耗戦になった今、数で劣るこちらが劣勢に陥るのは時間の問題です」

 エイジがスクリーンに手をかざすと映像が移り変わり、一隻の戦艦が映し出された。
 移動工房艦アメノマだ。右舷の被弾部分から噴煙を上げ、ぎこちない動きで姿勢を制御しつつ、魔力障壁を修復しつつある。
 控えめに評価しても、これ以上の前線での戦闘は困難だ。
 ……あの二人、これを彼女のエサとする為に止めなかったのですね。
 色々な意味で大博打だ。

「この船の名前は移動工房艦アメノマとい言います。この船には貴方の親友であるメアリさんと――」

 コウイチくんが乗っている。
 彼の言葉を掻き消すかのように突風が巻き起こり、漆黒の繭が忽然と消失していた。

====================================

 3対ある紫毒の翼の2対目が紫色に怪しく輝き始めると同時に紫毒の速度が倍増した。

“ミド! 後ろは気にせんとアレを叩くで!?”
「ああ、分かってる。これ以上は抑えきれねぇ!」

 紫毒は体内で魔力を特殊な猛毒に変化させて全身から分泌させている。その為、自身が体内で産生している魔力量だけでは生命維持をするのがやっとの状態で、本来の力の4割ほどしか力を発揮できていない。そこで紫毒は進化の過程で3対の翼を介して大気中の魔力を吸収する器官を手に入れた。翼が1対輝く度にその力は2割つづ向上し、3対の翼が輝いた時、紫毒は本来の力を発揮する。
 ここで一つ疑問が残る。
 紫毒は何故、最初から本来の力を発揮できる状態で戦場に現れなかったのか?
 これはタマモの推測だが、紫毒はその体質が災いし燃費が非常に悪いのではないかと思われる。そう考えれば、これだけの強さを誇りながら紫毒が殲滅派として行動しているにも関わらず歴史の表舞台に殆ど顔を見せていないのも合点がいく。
 だが、その燃費の悪さもこの戦場に置いては話は別だ。
 世界最強種に数えられる生物が3匹、それに匹敵する狼が1匹、大型の魔導動力炉を搭載した船舶が複数、大小の魔獣が無数と大気中は魔力で溢れかえっている。
 どれだけ魔力を消費しても無尽蔵に補給し続けることが出来ると言う訳だ。
 紫毒は戦争の激しさが増し、戦場に魔力が満ち溢れるのを待っていたのだろう。

”考え事か? ノロイぞ、キツネ”
”なっ!?”

 一瞬の隙。
 紫毒の巨体が頭上にあった。
 毒液が滴る醜悪な鋭い牙が上下に開いた。

「ちっ!? 悪く思うなよ!?」

 ミドガルズオルムが手元に魔力球を作り放った。
 紫毒の牙がタマモの首元を捉えようとした瞬間、ミドガルズオルムの魔力球がタマモの身体を弾き飛ばした。
 毒液の滴る牙は空を噛み砕く。
 弾き飛ばされたタマモは空中で体勢を立て直し戦闘態勢を取った。

”女性の腹に一発叩き込むなんて酷い事しゃあるわ!”
「そんなけ減らず口が多々けりゃ問題無さそうだな!」

 紫毒は口元を大きく歪ませる。

”楽しかったぞ”

 タマモとミドガルズオルムは、一拍遅れてその言葉の意味を理解した。
 紫毒が淡い紫色に輝く3対の翼を広げ、頭上高くに集束させた巨大な魔力球をアヴァロンへ向かって放っていた。

===================================

「なに……あれ」
”集束魔力球、高速接近。標的はアヴァロンです!?”

 メギド・レナーテが放った巨大な魔力球に動き続けていた二人が止まった。
 メアリは作業をしていた手を止めて呆然とモニターを眺め、アイも対策を促すチャットを送ってこない。
 戦場にいた誰もが制止していた。
 ――たった1匹を覗いて。

『コウイチはハクが守る!!!!』

 一匹の純白な巨狼――ハクが巨大な魔力球の前に飛び出した。

「ハクっ!?」
「ハクちゃん!?」

『大丈夫。無茶はしないよ』

 戦場を覆っていた純白の光が消失。
 ハクの正面に純白の障壁が4枚展開される。
 まずは1枚目の障壁が魔力球を受け止めた。
 強い衝撃波が艦を襲う。

「ハク!? そんなことして掠り傷一つでも負ってみろ。当分、頭撫でてやらないからなっ!!」
『うっ……それはヤダ。でも、大丈夫!? これくらい受け止めるくらいならぁぁぁぁぁ!?』

 4枚の障壁が1つに合わさり強固な壁となって魔力球を押し返し、ハクが咆哮すると魔力球は軌道を変えて空の果てに消えて行った。

『はぁはぁ、こ、これくらい余裕!? まだまだ、これからなんだから!』

 艦の船首に降り立ったハクは人型に戻って膝を付く。六つの魔力球を展開させて再度、応戦を再開した。
 あの川で溺れていた子犬が立派になったものだ。
 安堵したのも束の間。

『……ウソ』

 動揺するハクの声が耳に届く。
 コウイチは我に返ったようにモニターに目を向けると――そこでは狐と大男の攻撃を受けながらも第二射を放つメギド・レナーテの姿があった。

『二発目は……ムリ』

 流石のハクもその状況に戦意を喪失していた。
 メギド・レナーテが強すぎる。

「ラスボスとかそんなんじゃなくて、絶対に倒せないイベントボスだろ!?」

 ゲームとかで勝てない戦いってどうすればいいんだっけ?
 大抵は何とか凌いでいたらお助けキャラとかが来るんだよな。

「アイッ!? 魔力障壁を前方に展開してアメノマを射線上に! この船で受け止める!?」
「コウイチ、何言ってるの。あんなの受け止められる訳ないでしょう!?」
”マスター、サブマスターの意見は正しいです。本艦では万全の状態でも受け止められません”
「でも――っ!?」

 そんな押し問答をしていた間に第二射が移動工房艦アメノマの横を通り過ぎて行った。

===================================

 アヴァロン外縁部。
 紫毒が放った魔力球が着弾するであろう場所に二つの人影があった。
 一人は小柄でフード付きのコートに着られたような少女。
 一人は紳士服に身を包んだ白髪の老人。

「紫毒め。本気で落すつもりか」

 白髪の老人が右手を伸ばすと、

「貴方は戦いたくないのでしょう? わたしがやる」

 小柄な少女が杖を掲げた。
 大気の魔力が水となり、壁を成――

 戦場に闇が落ちた。
 それはただの闇ではなく、星々を宿した夜空。
 ――夜天の空。

 漆黒の繭がメギド・レナーテの放った魔力球を飲み込んだ。

「あれは……黒いの、か?」
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