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夜天の主 編

拮抗する戦場

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 移動工房艦アメノマを中心にして純白の優しい光が戦場に広がっていく。
 その光に飲み込まれた低位の魔獣達の身体は焼け爛れたように溶け、白い煙を上げながら眼下に広がる雲海へと落ちていく姿が見えた。中位以上の魔獣には動きを鈍らせる程度の効果しかない様子だが、それでも半分以上の魔獣を無力化している。
 最前線にまで純白の光は到達し、光に飲み込まれたタマモは魔獣という区分にいる自分にも何かしらの行動を抑制する影響があるだろうと予測し身構えたが、光は暖かいだけで悪影響を及ぼす効果はなかった。それどころかメギド・レナーテとの戦いで溜まった疲労や軽微な傷が瞬く間に癒えていく。

「あのちっこいの、想像以上のバケモンだぞ」

 本体のあまりの巨大さから人型のまま制限状態で戦っていたミドガルズオルムが、必要以上に負っていた傷が癒えたことに驚きを隠せず表情を引き攣らせていた。
 白いのの襲撃を受けた時は、アメノマの障壁を打ち抜いた雷狼程度だった。それがたった1年ほどで自分たちに匹敵するレベルにまで成長を遂げた。それも今回のような命懸けの戦闘を経験した訳でもないのにだ。

”アレの限界がこれまでか、それともその先があるのか……考えただけでも恐ろしいわ。どうや、紫毒。形勢は逆転したとちゃうか?”
”……暫く、合わぬ内に目を悪くしたか? この光は厄介だが、動ける者の数はこちらが優位なのは依然として明白だ”

 メギド・レナーテの動きが僅かにだが鈍い。
 タマモ達には暖かく癒しを齎せてくれる純白の光もメギド・レナーテには多少の悪影響を及ぼしている様子だ。

”せやな。けど、あの光の中心付近は上位の魔獣でも簡単には近づけへんみたいやで?”
”ふん、それがどうした?”

 簡単に近づけていないだけで近づけない訳ではないので数の暴力で攻められれば突破は時間の問題だ。更に光の外からの遠距離攻撃には効果が薄いように見え、向こうには遠距離攻撃と得意とする雷狼も健在――、

”なっ!?”
「マジかよ」
”何だ、アレは”

 一同が目の前で起きた異常事態に整理が追いつかなくなっていた。
 タマモ、ミドガルズオルム、メギド・レナーテが見た光景――それは、先ほどまで移動工房艦アメノマの船首にいたはずの純白の巨狼が……最前線の更に先――メギド・レナーテが率いる群れの後方にいる雷狼の首に牙を突き立て咥えている姿があった。
 純白の巨狼の口元から赤い液体が滴り落ちる。
 雷狼の近くにいた魔獣達が純白の巨狼に気づく。
 純白の巨狼の周囲に赤、青、緑、橙、紫、白の魔力球が出現し、乱舞するように魔獣たちを屠り始めた。
 その光景は古の時代より生きる強大な魔獣である3匹に戦慄を覚えさせた。

===================================

「あれが……ハクちゃんの本当に力」

 メアリが作業する手を止めて呆然とモニターに映る光景を眺める横で、アイが”速度、測定不能でした”と報告を上げた。
 コウイチも驚きはしたが、ハクがやりたい事、ハクがやろうとしている事、ハクが出来る事が何となく分かっていてメアリよりは落ち着いていた。
 諺とかいうものではない正真正銘の以心伝心で互いの心が繋がっていた。
 ハクの心情は”不安”だった。
『コウイチに嫌われちゃうかな……ハク、沢山殺しちゃった』
 でも、大好きな人を守るにはそうするしかなかった。そしてこれからもっともっと沢山殺す。守るために殺す。生きる為に殺す。
『……嫌われたくないよ』
 コウイチはハクに自分の想いを伝える。
『ハク、俺はそんなんでお前嫌いになったりしないよ』
『っ!? こ、コウイチの声っ!? なんで? どうして!!??』
『んー、よく分からないけど。俺とハクの心が繋がってるみたい?』
『!!!??? い、いいい、いつから!?』
『今さっき、かな』

 モニターの向こうでハクが操る六つの魔力球が狂気乱舞して荒々しく乱れる。

『ほ、本当にさっきなんだよね? 昨日とか一昨日とかは違うよね!? ねっ!? 違わなくても違うって言って!?』

 必死過ぎるハクに愛おしささえ感じつつ、コウイチは苦笑して答える。

『いや、ホントにマジでさっきからだから』
『……信じるからね?』
『ああ、信じてくれ。それよりもハクに伝えておきたいことがあるんだ』
『なぁに?』
『まずはさっきも言ったけど、俺たちを守るために戦ってくれてるんだ。こんなことでハクを嫌いになったりなんてしないよ。むしろ、もっと好きになるくらいだ』
『……ほ、ほんとう?』
『うん。それでもう一個、ちゃんと言っておかないといけないことがあるんだ』

 それはメアリ達がいるとちょっと気恥ずかしくて言い難い言葉。
 一緒にこっちの世界に来た特別な存在であるハクにだけ言う言葉。

『……俺にとってハクは特別なんだ。メアリやアイリスは女の子として好きだけどさ。ハクは女の子としてだけじゃなくって家族以上の特別な存在だから……絶対に無茶はしないで欲しい』

 もう二度と傷ついたハクを見たくはないから。

===================================

 コウイチと約束した。
 無茶はしない。
 コウイチがハクの事を特別な存在だって!
 怪我をしない。
 女の子としても好きだって!
 あの気色悪いのには手を出さない。
 さあ、私! 落ち着いて行こう!
 あれは白龍皇と同じくらい強い。
 下手したら怪我くらいじゃ済まないから、狐と蛇に任せた!

===================================

 純白の巨狼が歓喜咆哮すると六つの魔力球が割れた。
 小さくなった無数の魔力球が戦場全体に雨のように降り注ぐ。
 しかし、それは雨のように肌を撫でるようなものではなく、皮膚を裂き、肉を貫き、命を奪っていく死の雨だ。
 その雨は意志を持ち、降り落ちた後は上方へと昇り、戦場へと舞い戻ってくる。
 メギド・レナーテ率いる魔獣の群れの優勢かと思われた戦場は一転し、阿鼻叫喚、死屍累々の戦場へと移り変わり戦況は拮抗し始めた。

”さあて、退かへん云うんやったら第二ラウンドといこか”
”ならば、等しく滅びろ!?”

 メギド・レナーテが虫のような三対の翼を広げて力を解放する。
 まずは一対目の翼が淡い紫の怪しい輝きを放ち始めた。
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