9 / 78
夜天の主 編
秘密基地
しおりを挟む
あれから三日が経ち、指に違和感が残っているものの筋肉痛は大分落ち着いた。
身体の節々が痛むのを我慢して行動を開始した。
時刻は午前四時。
まだ家人達は夢の中。起こさないように静かに船を出る。
この数日、自身の体調もあってハクと一緒に寝てあげられなかったら、アイリスと仲良く寝るようになった。昼間は一緒に仕事にも出かけているみたい。
いつも纏わりついていた子がいない……。
娘の成長に寂しさを感じる父親の気持ちが少し分かった。
コウイチは商業区へと向かう。
互いに接触はなるべく控えるようとタマモから提案があり、コウイチはタマモから出された課題兼依頼物の作成という仕事を任された。
手書きの地図を頼りに目的地を捜索。商業区画のメイン通りを一本脇道に逸れた先にそれはあった。
もう何年も使われていない木造造りの一軒家だ。
「ここだよな?」
コウイチは疑心に駆られながら手紙と一緒に貰った鍵をドアの鍵穴に差し込んだ。
すんなりと鍵は鍵穴に収まり、軽く手首を捻れば簡単に施錠は外れた。
ドキドキと高鳴る鼓動を抑えてコウイチは家の中に入った。
静まり返る室内。正面にカウンターがあるだけで他には何もない殺風景な景色がコウイチの目に飛び込んできた。
ぐるりと室内を見渡したコウイチは少し驚いていた。
長年使っていないという話の割には埃一つなく清掃が行き届いている。カウンターの奥の部屋には小さな炉と真新しい金床まであった。
「ん?」
カウンターの上に手紙が置かれているのに気づいた。
“簡単に掃除はしておいたさかいに自由に使うとええよ。何か困った事があればウチのところへ来ること。仕事の材料は奥の部屋に積んどいたよ。 タマモ”
協力関係とは言え、面倒見が良過ぎるのではないかとコウイチは肩をすくめた。
五年ほど前まで、ここは鍛冶屋として使われていたそうだ。高齢だった店主が亡くなり、引き取り手がおらず所有権が宙に浮いたものをタマモが買い取り、以降は倉庫として使われていたそうだが、今回のことをきっかけにコウイチに貸し与えられた。ハクもアイリスもメアリも知らない、
「つまり、俺の秘密基地!」
嬉しそうにコウイチは床に転がり自分の城の感触を確かめる。
冷んやりとして気持ちがーー、
気付けば四時間ほど床で眠ってしまった。
目を覚ましたコウイチは床に転がったまま現状を整理し始めた。
1、死んで異世界に転移した。
2、ハクという可愛い相棒ができた。
3、エルフっ子二人と出会った。
4、お狐様と知り合った。
5、お狐様から仕事を受けた。←今ココ
「エルフっ子とケモミミっ子とは知り合いになれた感じだな。あとは吸血鬼とかドラゴン娘とかと知り合いに慣れたらいいな、うん」
現在、アヴァロンは二つの危機を抱えている。
一つは三皇とかいう三匹の龍率いる殲滅派とやらによる襲撃の危機。これに関しては現状、タマモの共存派やクロが率いていた傍観派が抑止力となり食い止めている状態だ。
もう一つはーー老朽化だ。
アヴァロンは浮上して300年、五つの融合炉は部品交換一つせずに稼働し続けている。まともな整備もせずに長期に渡り稼働させ続けているのだから、老朽化で壊れても不思議ではない。寧ろ、300年もの間、メンテナンスなし補強だけでよく持ったと感心するレベルだとタマモは笑い飛ばしていた。
それもそろそろ限界に近づいている。
この老朽化の危機から脱する為の解決策として新型魔力融合炉製造計画が進められている。
新型魔力融合炉は一機で五機分の性能を実現させており、それを二機用意することで交互にメンテナンスを行えるようにもされている。
この事はギルドの上層部と地下工房でも一部の技術者しか知らされていないトップシークレット。
折角できた新しい故郷が無くなってしまうのは困るし、アヴァロン墜落がきっかけで人類が滅ぼされても困るので、コウイチは二つ返事で協力を承諾した。
タマモから依頼されたのは主に新型魔力融合炉の核となる部分で使用する晶鋼の製作だ。
外郭と内部の殆どは魔鉱鉄で問題はないそうだが、核の部分だけは魔力電動率と強度の問題で、魔鉱鉄と晶石を融合させた晶鋼でなければならなかった。
晶鋼の加工を行えるものは今の地下工房に数人在籍しているが、それ自体を入手するのが困難なのである。極々稀に自然界でも生まれる事があるが、産出量は極めて少なく、また質も粗悪なものが多い。
そこに現れた救世主がコウイチだ。コウイチの能力はその手で晶石と魔鉱鉄を融合させる事の出来る奇跡の力。それも自然界では絶対に入手不可能な不純物ほぼゼロの高純度製品なのだ。
ついでに、時間があれば部品の大まかな形状加工も依頼されていて、基本的には鋼材製作マシーンとしての役割だが、余裕を見つけられれば鍛冶の仕事にも携われる。
将来的に見ても今回の仕事は美味しい事ばかりだ。
当然、仕事なので報酬も出るし、生活費や必要経費も工房持ち、更には専用の仕事場まで与えてくれるのだから、もう頑張るしかない。
よし! と気合を入れてコウイチは起き上がり、仕事に取り掛かった。
カウンター奥の工房の隅に積まれてあった木箱の蓋を開けると中には色取り取りの石、晶石と黒光りする魔鉱鉄が収められていた。
「まずは晶石板から作るか」
コウイチは手のひら大の晶石を一つ持ち、板の形状をイメージする。
晶石は火花にも似た眩しい光を放ちながら数秒で板へと姿を変えた。
「よし、成功!」
コウイチが簡単に数秒で行った作業も通常なら一時間はかかり、精神力や体力の消耗も激しく大量生産さえままならないらしい。
「次は魔鉱鉄の板っと」
同じ要領でぱぱっと魔鉱鉄の板が完成する。
しかし、ここからが難しい。
次の工程からの作業は半分はスキル、半分は手技だ。それもスキルは常に使用状態でキープしなければならず難度は跳ね上がる。
コウイチは、二枚の板をやっとこで挟み金床の上に置く。
適当なイメージを思い浮かべると二枚の板は激しく反応し合い気泡が弾けるように二色の光を散らす。この状態になったらイメージを捨てて無心状態。頭の中には漠然としたぼやけたイメージを止める。こうする事で、二枚の板は金槌で叩けば形状を変化させる事が出来るようになる。
叩いて伸ばして、薄くなったら折りたたんで、また伸ばす。
この工程を十回くらい繰り返すと二色だった光が一色に変化する時が来る。
ここまで来たら後は、持ち運びしやすいように正四角形をイメージして形状を整え、溢れ出している光が漏れ出ないように穴を塞ぐイメージも一緒にする。
タマモの神眼による解説によればこの工程が一番難しいとのことだが、コウイチ的には一番楽だった。
最終工程でコウイチがしていることは、無機物である魔鉱鉄に生物の晶石を移す行為。
晶石が魂とすれば、魔鉱鉄は肉体。
平たく言えば、死者蘇生と同等の行為を行なっているのだ。
しかし、コウイチの見解はーー某錬金術でパイを作る師匠を参考にして「ぐーるぐーる」と釜を棒でかき混ぜてぷにぷにっとした玉から生きてる特性を付与する。
魂を肉体に宿すだとか死者蘇生と同等だとかなんていう難しいことを考えていない。コウイチは、ここはファンタジーな世界なのだからそれが当たり前にできるところなのだと、所謂、ゲーム脳で深く考えないことが肝だと悟っている。カッコいい風に言えば、本質を理解していないことが重要なのである。
金槌で鉄を打つなんてファンタジックなものじゃない肉体労働は楽しい一方で少し不満があった。
「あ゛あ゛ぁぁぁぁ、手痛ぇっ」
コウイチが完成した晶鋼を金床に置いてやっとこと金槌を投げ捨てる。
ヒリヒリと痺れる右手の手首を左手で握り、掌は床に押し付けて痛みに耐える。
豊富な魔力を内包する魔鉱鉄と高純度な魔力を生み出し続ける晶石。この二つの加工には反動が生じる。
魔力というものは保護能力を基礎的に備えている。外部からの衝撃に対して、衝撃を弾き返そうという力だ。
金槌を通して、コウイチの手には打ち付けた力と同等以上に衝撃が襲ってきている。晶鋼一つ作るだけでもコウイチの手はバラバラになりそうになっていた。
コウイチはズボンのポケットから赤色のリストバンドを取り出して右手首に着ける。
リストバンドが淡い光を放ち、コウイチを襲っていた痛みと痺れがみるみる内に引いていく。
「うぉー、効くぅ~」
タマモ謹製急速回復リストバンド。リザレクションという高位魔法の術式が刻印されていて装着するだけで装着者のキズを治癒してくれる優れモノ。ただ、装着している限り魔法が発動し続けてしまう為、基礎魔力量が平均的なコウイチが装着し続ければ瞬く間にガス欠になり魔力欠乏症という命に関わる状態に陥ってしまう。
ある程度、痛みが緩和したところでリストバンドを外してポケットに仕舞い込んだ。
付けっ放しは死を意味するので重要重要。
コウイチはずるずると身体を引き摺るようにして金床の上にある晶鋼を手に取る。
透き通るような蒼い輝きを放つ神秘的な鋼だ。冷んやりとした凹凸のないツルツルボディからは、力強く鼓動するかのように魔力が溢れ出している。
正しく、生きている鋼。
素晴らしい手触りを頬で堪能していると背後から影が覆い被さった。
「コウイチぃー」
「うわっ!? は、ハク!? なんでここに!」
ハクの真っ白な頭が頬に摺り寄せられる。
「まさか、君に鉄を愛でる趣味があるとは思わなかったわ」
その後ろで追い討ちをかけるが如く、アイリスが残念そうな目をしていた。
どうして二人がここに?
この場合のことは教えていない。ハクが匂いを嗅いで追ってきたのだろうか?
「ほっほほ、やはり、こちらでしたかコウイチ殿」
カウンターの向こうに見える扉の方から恰幅のいい中年男性が面白げな声を上げながら現れた。
「ジェフさん!? 何であなたもここに!!」
ジェフ=グローリー。工業製品から日用雑貨まで手広く商売をしているアヴァロン随一の貿易商。メアリから紹介頂いたコウイチのお得意様だ。恰幅の良い丸い体型で触り心地の良さそうなお腹が特徴的な英国紳士といった立ち振る舞いが特徴的。
「何故とはおかしな事を言います。私と貴方との関係はビジネスで、私はアヴァロンでは少々顔が広いのをお忘れですか?」
ジェフがわざとらしいウインクを一つコウイチに飛ばしてくる。
男からのウインクは軽くあしらう。
起き上がり、甘えるハクを膝の上に乗せて彼女の頭を撫でながら返した。
「それは知ってますけど……」
「おや、合点がいかない様子ですね。それでは……あの方からの依頼、と言えば分かりますか?」
あー、と半分は状況を察したコウイチだが、半分は分からないままだ。
「では、お二方。ビジネスの話をしましょう」
と、ジェフはハクとアイリスに視線を向けた。
ジェフ=グローリーは大部分を包み隠したながら仕事の内容の説明を始めた。
「本案件に関して依頼者の名前、製作物の詳細、使用用途などは守秘義務によりお答えできません。また、本案件はギルドを通していない非公式なもの。個人と個人の信頼関係でのみ成立しているものです」
二人の顔を見回し、一拍おいてからジェフは言葉を続ける。
「さて昨晩、私はあるお方から依頼を受けました。その依頼の内容は、コウイチ=クロガネ様の警護と彼の製作物の運搬です。ああ、後者は私の仕事になりますのでお気になさらず。
アイリス様とハク様には前者の彼の警護をご依頼したいのです」
「私達がコウイチの警護、ですか?」
「けいごってなぁに?」
方向性は違えど二人が同時に首を傾げた。
「警護というのはコウイチ様を守る事です」
「わかったぁー、ハクするー」
ぎゅぅ、と嬉しそうにハクが首に抱きついてきた。微かな石鹸の香りと柔らかい白い髪が頬を擽ぐる。
「そしてお二方を選ばせて頂いた理由は信頼関係につきます」
「信頼関係ですか」
「ええ。警護能力という観点で見ればお二方よりも高い能力を有する方は幾らでもいらっしゃいます。しかしながら、本案件は非常に特殊であり、その過程で何を知り得たとしてもお二方は彼を害することは絶対にないと判断した為です」
答えは言わず、ヒントはばら撒く。
ジェフはアイリスがコウイチの能力を知っている前提で話している。
コウイチが関与し、警護が必要になる依頼。この二点で依頼の内容にコウイチの能力が関係していることが明白となる。
そして依頼者の名前は伏せられ、何を知っても知らぬ存ぜぬを貫けという明らかにブラックゾーンだ。
アヴァロンの上層部が動いているのだから合法なのだろうが……事情を知らなければ怪しい仕事にしか聞こえない。
ハクは兎も角、真人間であるアイリスがこの依頼を受けるとは思えない。
「…………」
難しい顔をして黙り込むアイリスは支えてあげたくなるカッコ可愛いさがある。
「ちなみに報酬は可能な限りの望むままをお約束いたします」
ぴくり、とアイリスの長い耳が動いた。
「死者を生き返らせるなどの実現不可能なものは無理ですが……例えば一生遊んで暮らせるだけの財産であったり、最新鋭の航空戦艦であったり、国が欲しいであるような事ならば叶えて差し上げられます」
「俺そんな話聞いてない!」
「安心してください。コウイチ様、ハク様にも同様の条件となっておりますから」
「よっしゃ!!」
「わーい」
恐らく、ハクはよく分かっていないだろうが、コウイチとハクが手を取り合い喜びの舞を踊る。
「アイリス様はどうなさいますか?」
「……生涯、アヴァロンの年間予算の1%を自由にできる権利」
ジェフが一瞬、目を見開き、口元を緩ませる。
アヴァロンの年間予算がどれくらいなのかは分からないが、都市とはいえ、他国と対等に取引をしている規模だ。数億エンというレベルの話ではないはず。
「一体、それだけの大金を、それも継続的に得続ける理由をお聞きしても?」
「そちらが色々と秘密にしていらっしゃるのに、私は答えないといけないのでしょうか?」
アイリスが挑戦的な目で質問し返した。
「それともこの条件は飲めないと?」
「ふむ、成る程。宜しいでしょう」
ジェフはアイリスの追い討ちを軽々と交わして了承の頷きで頭を縦に振った。
「へ?」
素っ頓狂な声を上げたのはアイリスだった。
「それではアイリス様、ハク様、現時刻よりコウイチ様の警護よろしくお願いいたします。
コウイチ様、明後日に第一次分を受け取りに来ますので、最低数はお願い致します」
礼儀正しく深くお辞儀をして、ジェフはほっほほと笑いながら帰っていった。
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
アイリスの絶叫が木霊するのでした。
身体の節々が痛むのを我慢して行動を開始した。
時刻は午前四時。
まだ家人達は夢の中。起こさないように静かに船を出る。
この数日、自身の体調もあってハクと一緒に寝てあげられなかったら、アイリスと仲良く寝るようになった。昼間は一緒に仕事にも出かけているみたい。
いつも纏わりついていた子がいない……。
娘の成長に寂しさを感じる父親の気持ちが少し分かった。
コウイチは商業区へと向かう。
互いに接触はなるべく控えるようとタマモから提案があり、コウイチはタマモから出された課題兼依頼物の作成という仕事を任された。
手書きの地図を頼りに目的地を捜索。商業区画のメイン通りを一本脇道に逸れた先にそれはあった。
もう何年も使われていない木造造りの一軒家だ。
「ここだよな?」
コウイチは疑心に駆られながら手紙と一緒に貰った鍵をドアの鍵穴に差し込んだ。
すんなりと鍵は鍵穴に収まり、軽く手首を捻れば簡単に施錠は外れた。
ドキドキと高鳴る鼓動を抑えてコウイチは家の中に入った。
静まり返る室内。正面にカウンターがあるだけで他には何もない殺風景な景色がコウイチの目に飛び込んできた。
ぐるりと室内を見渡したコウイチは少し驚いていた。
長年使っていないという話の割には埃一つなく清掃が行き届いている。カウンターの奥の部屋には小さな炉と真新しい金床まであった。
「ん?」
カウンターの上に手紙が置かれているのに気づいた。
“簡単に掃除はしておいたさかいに自由に使うとええよ。何か困った事があればウチのところへ来ること。仕事の材料は奥の部屋に積んどいたよ。 タマモ”
協力関係とは言え、面倒見が良過ぎるのではないかとコウイチは肩をすくめた。
五年ほど前まで、ここは鍛冶屋として使われていたそうだ。高齢だった店主が亡くなり、引き取り手がおらず所有権が宙に浮いたものをタマモが買い取り、以降は倉庫として使われていたそうだが、今回のことをきっかけにコウイチに貸し与えられた。ハクもアイリスもメアリも知らない、
「つまり、俺の秘密基地!」
嬉しそうにコウイチは床に転がり自分の城の感触を確かめる。
冷んやりとして気持ちがーー、
気付けば四時間ほど床で眠ってしまった。
目を覚ましたコウイチは床に転がったまま現状を整理し始めた。
1、死んで異世界に転移した。
2、ハクという可愛い相棒ができた。
3、エルフっ子二人と出会った。
4、お狐様と知り合った。
5、お狐様から仕事を受けた。←今ココ
「エルフっ子とケモミミっ子とは知り合いになれた感じだな。あとは吸血鬼とかドラゴン娘とかと知り合いに慣れたらいいな、うん」
現在、アヴァロンは二つの危機を抱えている。
一つは三皇とかいう三匹の龍率いる殲滅派とやらによる襲撃の危機。これに関しては現状、タマモの共存派やクロが率いていた傍観派が抑止力となり食い止めている状態だ。
もう一つはーー老朽化だ。
アヴァロンは浮上して300年、五つの融合炉は部品交換一つせずに稼働し続けている。まともな整備もせずに長期に渡り稼働させ続けているのだから、老朽化で壊れても不思議ではない。寧ろ、300年もの間、メンテナンスなし補強だけでよく持ったと感心するレベルだとタマモは笑い飛ばしていた。
それもそろそろ限界に近づいている。
この老朽化の危機から脱する為の解決策として新型魔力融合炉製造計画が進められている。
新型魔力融合炉は一機で五機分の性能を実現させており、それを二機用意することで交互にメンテナンスを行えるようにもされている。
この事はギルドの上層部と地下工房でも一部の技術者しか知らされていないトップシークレット。
折角できた新しい故郷が無くなってしまうのは困るし、アヴァロン墜落がきっかけで人類が滅ぼされても困るので、コウイチは二つ返事で協力を承諾した。
タマモから依頼されたのは主に新型魔力融合炉の核となる部分で使用する晶鋼の製作だ。
外郭と内部の殆どは魔鉱鉄で問題はないそうだが、核の部分だけは魔力電動率と強度の問題で、魔鉱鉄と晶石を融合させた晶鋼でなければならなかった。
晶鋼の加工を行えるものは今の地下工房に数人在籍しているが、それ自体を入手するのが困難なのである。極々稀に自然界でも生まれる事があるが、産出量は極めて少なく、また質も粗悪なものが多い。
そこに現れた救世主がコウイチだ。コウイチの能力はその手で晶石と魔鉱鉄を融合させる事の出来る奇跡の力。それも自然界では絶対に入手不可能な不純物ほぼゼロの高純度製品なのだ。
ついでに、時間があれば部品の大まかな形状加工も依頼されていて、基本的には鋼材製作マシーンとしての役割だが、余裕を見つけられれば鍛冶の仕事にも携われる。
将来的に見ても今回の仕事は美味しい事ばかりだ。
当然、仕事なので報酬も出るし、生活費や必要経費も工房持ち、更には専用の仕事場まで与えてくれるのだから、もう頑張るしかない。
よし! と気合を入れてコウイチは起き上がり、仕事に取り掛かった。
カウンター奥の工房の隅に積まれてあった木箱の蓋を開けると中には色取り取りの石、晶石と黒光りする魔鉱鉄が収められていた。
「まずは晶石板から作るか」
コウイチは手のひら大の晶石を一つ持ち、板の形状をイメージする。
晶石は火花にも似た眩しい光を放ちながら数秒で板へと姿を変えた。
「よし、成功!」
コウイチが簡単に数秒で行った作業も通常なら一時間はかかり、精神力や体力の消耗も激しく大量生産さえままならないらしい。
「次は魔鉱鉄の板っと」
同じ要領でぱぱっと魔鉱鉄の板が完成する。
しかし、ここからが難しい。
次の工程からの作業は半分はスキル、半分は手技だ。それもスキルは常に使用状態でキープしなければならず難度は跳ね上がる。
コウイチは、二枚の板をやっとこで挟み金床の上に置く。
適当なイメージを思い浮かべると二枚の板は激しく反応し合い気泡が弾けるように二色の光を散らす。この状態になったらイメージを捨てて無心状態。頭の中には漠然としたぼやけたイメージを止める。こうする事で、二枚の板は金槌で叩けば形状を変化させる事が出来るようになる。
叩いて伸ばして、薄くなったら折りたたんで、また伸ばす。
この工程を十回くらい繰り返すと二色だった光が一色に変化する時が来る。
ここまで来たら後は、持ち運びしやすいように正四角形をイメージして形状を整え、溢れ出している光が漏れ出ないように穴を塞ぐイメージも一緒にする。
タマモの神眼による解説によればこの工程が一番難しいとのことだが、コウイチ的には一番楽だった。
最終工程でコウイチがしていることは、無機物である魔鉱鉄に生物の晶石を移す行為。
晶石が魂とすれば、魔鉱鉄は肉体。
平たく言えば、死者蘇生と同等の行為を行なっているのだ。
しかし、コウイチの見解はーー某錬金術でパイを作る師匠を参考にして「ぐーるぐーる」と釜を棒でかき混ぜてぷにぷにっとした玉から生きてる特性を付与する。
魂を肉体に宿すだとか死者蘇生と同等だとかなんていう難しいことを考えていない。コウイチは、ここはファンタジーな世界なのだからそれが当たり前にできるところなのだと、所謂、ゲーム脳で深く考えないことが肝だと悟っている。カッコいい風に言えば、本質を理解していないことが重要なのである。
金槌で鉄を打つなんてファンタジックなものじゃない肉体労働は楽しい一方で少し不満があった。
「あ゛あ゛ぁぁぁぁ、手痛ぇっ」
コウイチが完成した晶鋼を金床に置いてやっとこと金槌を投げ捨てる。
ヒリヒリと痺れる右手の手首を左手で握り、掌は床に押し付けて痛みに耐える。
豊富な魔力を内包する魔鉱鉄と高純度な魔力を生み出し続ける晶石。この二つの加工には反動が生じる。
魔力というものは保護能力を基礎的に備えている。外部からの衝撃に対して、衝撃を弾き返そうという力だ。
金槌を通して、コウイチの手には打ち付けた力と同等以上に衝撃が襲ってきている。晶鋼一つ作るだけでもコウイチの手はバラバラになりそうになっていた。
コウイチはズボンのポケットから赤色のリストバンドを取り出して右手首に着ける。
リストバンドが淡い光を放ち、コウイチを襲っていた痛みと痺れがみるみる内に引いていく。
「うぉー、効くぅ~」
タマモ謹製急速回復リストバンド。リザレクションという高位魔法の術式が刻印されていて装着するだけで装着者のキズを治癒してくれる優れモノ。ただ、装着している限り魔法が発動し続けてしまう為、基礎魔力量が平均的なコウイチが装着し続ければ瞬く間にガス欠になり魔力欠乏症という命に関わる状態に陥ってしまう。
ある程度、痛みが緩和したところでリストバンドを外してポケットに仕舞い込んだ。
付けっ放しは死を意味するので重要重要。
コウイチはずるずると身体を引き摺るようにして金床の上にある晶鋼を手に取る。
透き通るような蒼い輝きを放つ神秘的な鋼だ。冷んやりとした凹凸のないツルツルボディからは、力強く鼓動するかのように魔力が溢れ出している。
正しく、生きている鋼。
素晴らしい手触りを頬で堪能していると背後から影が覆い被さった。
「コウイチぃー」
「うわっ!? は、ハク!? なんでここに!」
ハクの真っ白な頭が頬に摺り寄せられる。
「まさか、君に鉄を愛でる趣味があるとは思わなかったわ」
その後ろで追い討ちをかけるが如く、アイリスが残念そうな目をしていた。
どうして二人がここに?
この場合のことは教えていない。ハクが匂いを嗅いで追ってきたのだろうか?
「ほっほほ、やはり、こちらでしたかコウイチ殿」
カウンターの向こうに見える扉の方から恰幅のいい中年男性が面白げな声を上げながら現れた。
「ジェフさん!? 何であなたもここに!!」
ジェフ=グローリー。工業製品から日用雑貨まで手広く商売をしているアヴァロン随一の貿易商。メアリから紹介頂いたコウイチのお得意様だ。恰幅の良い丸い体型で触り心地の良さそうなお腹が特徴的な英国紳士といった立ち振る舞いが特徴的。
「何故とはおかしな事を言います。私と貴方との関係はビジネスで、私はアヴァロンでは少々顔が広いのをお忘れですか?」
ジェフがわざとらしいウインクを一つコウイチに飛ばしてくる。
男からのウインクは軽くあしらう。
起き上がり、甘えるハクを膝の上に乗せて彼女の頭を撫でながら返した。
「それは知ってますけど……」
「おや、合点がいかない様子ですね。それでは……あの方からの依頼、と言えば分かりますか?」
あー、と半分は状況を察したコウイチだが、半分は分からないままだ。
「では、お二方。ビジネスの話をしましょう」
と、ジェフはハクとアイリスに視線を向けた。
ジェフ=グローリーは大部分を包み隠したながら仕事の内容の説明を始めた。
「本案件に関して依頼者の名前、製作物の詳細、使用用途などは守秘義務によりお答えできません。また、本案件はギルドを通していない非公式なもの。個人と個人の信頼関係でのみ成立しているものです」
二人の顔を見回し、一拍おいてからジェフは言葉を続ける。
「さて昨晩、私はあるお方から依頼を受けました。その依頼の内容は、コウイチ=クロガネ様の警護と彼の製作物の運搬です。ああ、後者は私の仕事になりますのでお気になさらず。
アイリス様とハク様には前者の彼の警護をご依頼したいのです」
「私達がコウイチの警護、ですか?」
「けいごってなぁに?」
方向性は違えど二人が同時に首を傾げた。
「警護というのはコウイチ様を守る事です」
「わかったぁー、ハクするー」
ぎゅぅ、と嬉しそうにハクが首に抱きついてきた。微かな石鹸の香りと柔らかい白い髪が頬を擽ぐる。
「そしてお二方を選ばせて頂いた理由は信頼関係につきます」
「信頼関係ですか」
「ええ。警護能力という観点で見ればお二方よりも高い能力を有する方は幾らでもいらっしゃいます。しかしながら、本案件は非常に特殊であり、その過程で何を知り得たとしてもお二方は彼を害することは絶対にないと判断した為です」
答えは言わず、ヒントはばら撒く。
ジェフはアイリスがコウイチの能力を知っている前提で話している。
コウイチが関与し、警護が必要になる依頼。この二点で依頼の内容にコウイチの能力が関係していることが明白となる。
そして依頼者の名前は伏せられ、何を知っても知らぬ存ぜぬを貫けという明らかにブラックゾーンだ。
アヴァロンの上層部が動いているのだから合法なのだろうが……事情を知らなければ怪しい仕事にしか聞こえない。
ハクは兎も角、真人間であるアイリスがこの依頼を受けるとは思えない。
「…………」
難しい顔をして黙り込むアイリスは支えてあげたくなるカッコ可愛いさがある。
「ちなみに報酬は可能な限りの望むままをお約束いたします」
ぴくり、とアイリスの長い耳が動いた。
「死者を生き返らせるなどの実現不可能なものは無理ですが……例えば一生遊んで暮らせるだけの財産であったり、最新鋭の航空戦艦であったり、国が欲しいであるような事ならば叶えて差し上げられます」
「俺そんな話聞いてない!」
「安心してください。コウイチ様、ハク様にも同様の条件となっておりますから」
「よっしゃ!!」
「わーい」
恐らく、ハクはよく分かっていないだろうが、コウイチとハクが手を取り合い喜びの舞を踊る。
「アイリス様はどうなさいますか?」
「……生涯、アヴァロンの年間予算の1%を自由にできる権利」
ジェフが一瞬、目を見開き、口元を緩ませる。
アヴァロンの年間予算がどれくらいなのかは分からないが、都市とはいえ、他国と対等に取引をしている規模だ。数億エンというレベルの話ではないはず。
「一体、それだけの大金を、それも継続的に得続ける理由をお聞きしても?」
「そちらが色々と秘密にしていらっしゃるのに、私は答えないといけないのでしょうか?」
アイリスが挑戦的な目で質問し返した。
「それともこの条件は飲めないと?」
「ふむ、成る程。宜しいでしょう」
ジェフはアイリスの追い討ちを軽々と交わして了承の頷きで頭を縦に振った。
「へ?」
素っ頓狂な声を上げたのはアイリスだった。
「それではアイリス様、ハク様、現時刻よりコウイチ様の警護よろしくお願いいたします。
コウイチ様、明後日に第一次分を受け取りに来ますので、最低数はお願い致します」
礼儀正しく深くお辞儀をして、ジェフはほっほほと笑いながら帰っていった。
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
アイリスの絶叫が木霊するのでした。
0
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
Switch jobs ~転移先で自由気ままな転職生活~
天秤兎
ファンタジー
突然、何故か異世界でチート能力と不老不死を手に入れてしまったアラフォー38歳独身ライフ満喫中だったサラリーマン 主人公 神代 紫(かみしろ ゆかり)。
現実世界と同様、異世界でも仕事をしなければ生きて行けないのは変わりなく、突然身に付いた自分の能力や異世界文化に戸惑いながら自由きままに転職しながら生活する行き当たりばったりの異世界放浪記です。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
【転生先が四天王の中でも最弱!の息子とか聞いてない】ハズレ転生先かと思いきや世界で唯一の氷魔法使いだった俺・・・いっちょ頑張ってみますか
他仲 波瑠都
ファンタジー
古の大戦で連合軍を勝利に導いた四人の英雄《導勝の四英傑》の末裔の息子に転生した天道明道改めマルス・エルバイス
しかし彼の転生先はなんと”四天王の中でも最弱!!”と名高いエルバイス家であった。
異世界に来てまで馬鹿にされ続ける人生はまっぴらだ、とマルスは転生特典《絶剣・グランデル》を駆使して最強を目指そうと意気込むが、そんな彼を他所にどうやら様々な思惑が入り乱れ世界は終末へと向かっているようで・・・。
絶剣の刃が煌めく時、天は哭き、地は震える。悠久の時を経て遂に解かれる悪神らの封印、世界が向かうのは新たな時代かそれとも終焉か────
ぜひ読んでみてください!
異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ)
安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると
めちゃめちゃ強かった!
気軽に読めるので、暇つぶしに是非!
涙あり、笑いあり
シリアスなおとぼけ冒険譚!
異世界ラブ冒険ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる