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夜天の主 編

秘密基地

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 あれから三日が経ち、指に違和感が残っているものの筋肉痛は大分落ち着いた。
 身体の節々が痛むのを我慢して行動を開始した。
 時刻は午前四時。
 まだ家人達は夢の中。起こさないように静かに船を出る。
 この数日、自身の体調もあってハクと一緒に寝てあげられなかったら、アイリスと仲良く寝るようになった。昼間は一緒に仕事にも出かけているみたい。
 いつも纏わりついていた子がいない……。
 娘の成長に寂しさを感じる父親の気持ちが少し分かった。
 コウイチは商業区へと向かう。
 互いに接触はなるべく控えるようとタマモから提案があり、コウイチはタマモから出された課題兼依頼物の作成という仕事を任された。
 手書きの地図を頼りに目的地を捜索。商業区画のメイン通りを一本脇道に逸れた先にそれはあった。
 もう何年も使われていない木造造りの一軒家だ。

「ここだよな?」

 コウイチは疑心に駆られながら手紙と一緒に貰った鍵をドアの鍵穴に差し込んだ。
 すんなりと鍵は鍵穴に収まり、軽く手首を捻れば簡単に施錠は外れた。
 ドキドキと高鳴る鼓動を抑えてコウイチは家の中に入った。
 静まり返る室内。正面にカウンターがあるだけで他には何もない殺風景な景色がコウイチの目に飛び込んできた。
 ぐるりと室内を見渡したコウイチは少し驚いていた。
 長年使っていないという話の割には埃一つなく清掃が行き届いている。カウンターの奥の部屋には小さな炉と真新しい金床まであった。

「ん?」

 カウンターの上に手紙が置かれているのに気づいた。

“簡単に掃除はしておいたさかいに自由に使うとええよ。何か困った事があればウチのところへ来ること。仕事の材料は奥の部屋に積んどいたよ。 タマモ”

 協力関係とは言え、面倒見が良過ぎるのではないかとコウイチは肩をすくめた。
 五年ほど前まで、ここは鍛冶屋として使われていたそうだ。高齢だった店主が亡くなり、引き取り手がおらず所有権が宙に浮いたものをタマモが買い取り、以降は倉庫として使われていたそうだが、今回のことをきっかけにコウイチに貸し与えられた。ハクもアイリスもメアリも知らない、

「つまり、俺の秘密基地!」

 嬉しそうにコウイチは床に転がり自分の城の感触を確かめる。
 冷んやりとして気持ちがーー、

 気付けば四時間ほど床で眠ってしまった。
 目を覚ましたコウイチは床に転がったまま現状を整理し始めた。

1、死んで異世界に転移した。
2、ハクという可愛い相棒ができた。
3、エルフっ子二人と出会った。
4、お狐様と知り合った。
5、お狐様から仕事を受けた。←今ココ

「エルフっ子とケモミミっ子とは知り合いになれた感じだな。あとは吸血鬼とかドラゴン娘とかと知り合いに慣れたらいいな、うん」



 現在、アヴァロンは二つの危機を抱えている。
 一つは三皇とかいう三匹の龍率いる殲滅派とやらによる襲撃の危機。これに関しては現状、タマモの共存派やクロが率いていた傍観派が抑止力となり食い止めている状態だ。
 もう一つはーー老朽化だ。
 アヴァロンは浮上して300年、五つの融合炉は部品交換一つせずに稼働し続けている。まともな整備もせずに長期に渡り稼働させ続けているのだから、老朽化で壊れても不思議ではない。寧ろ、300年もの間、メンテナンスなし補強だけでよく持ったと感心するレベルだとタマモは笑い飛ばしていた。
 それもそろそろ限界に近づいている。
 この老朽化の危機から脱する為の解決策として新型魔力融合炉製造計画が進められている。
 新型魔力融合炉は一機で五機分の性能を実現させており、それを二機用意することで交互にメンテナンスを行えるようにもされている。
 この事はギルドの上層部と地下工房でも一部の技術者しか知らされていないトップシークレット。
 折角できた新しい故郷が無くなってしまうのは困るし、アヴァロン墜落がきっかけで人類が滅ぼされても困るので、コウイチは二つ返事で協力を承諾した。
 タマモから依頼されたのは主に新型魔力融合炉の核となる部分で使用する晶鋼の製作だ。
 外郭と内部の殆どは魔鉱鉄オリハルコンで問題はないそうだが、核の部分だけは魔力電動率と強度の問題で、魔鉱鉄と晶石を融合させた晶鋼でなければならなかった。
 晶鋼の加工を行えるものは今の地下工房に数人在籍しているが、それ自体を入手するのが困難なのである。極々稀に自然界でも生まれる事があるが、産出量は極めて少なく、また質も粗悪なものが多い。
 そこに現れた救世主がコウイチだ。コウイチの能力はその手で晶石と魔鉱鉄を融合させる事の出来る奇跡の力。それも自然界では絶対に入手不可能な不純物ほぼゼロの高純度製品なのだ。
 ついでに、時間があれば部品の大まかな形状加工も依頼されていて、基本的には鋼材製作マシーンとしての役割だが、余裕を見つけられれば鍛冶の仕事にも携われる。
 将来的に見ても今回の仕事は美味しい事ばかりだ。
 当然、仕事なので報酬も出るし、生活費や必要経費も工房持ち、更には専用の仕事場まで与えてくれるのだから、もう頑張るしかない。



 よし! と気合を入れてコウイチは起き上がり、仕事に取り掛かった。
 カウンター奥の工房の隅に積まれてあった木箱の蓋を開けると中には色取り取りの石、晶石と黒光りする魔鉱鉄が収められていた。

「まずは晶石板から作るか」

 コウイチは手のひら大の晶石を一つ持ち、板の形状をイメージする。
 晶石は火花にも似た眩しい光を放ちながら数秒で板へと姿を変えた。

「よし、成功!」

 コウイチが簡単に数秒で行った作業も通常なら一時間はかかり、精神力や体力の消耗も激しく大量生産さえままならないらしい。

「次は魔鉱鉄の板っと」

 同じ要領でぱぱっと魔鉱鉄の板が完成する。
 しかし、ここからが難しい。
 次の工程からの作業は半分はスキル、半分は手技だ。それもスキルは常に使用状態でキープしなければならず難度は跳ね上がる。
 コウイチは、二枚の板をやっとこで挟み金床の上に置く。
 適当なイメージを思い浮かべると二枚の板は激しく反応し合い気泡が弾けるように二色の光を散らす。この状態になったらイメージを捨てて無心状態。頭の中には漠然としたぼやけたイメージを止める。こうする事で、二枚の板は金槌で叩けば形状を変化させる事が出来るようになる。
 叩いて伸ばして、薄くなったら折りたたんで、また伸ばす。
 この工程を十回くらい繰り返すと二色だった光が一色に変化する時が来る。
 ここまで来たら後は、持ち運びしやすいように正四角形をイメージして形状を整え、溢れ出している光が漏れ出ないように穴を塞ぐイメージも一緒にする。
 タマモの神眼による解説によればこの工程が一番難しいとのことだが、コウイチ的には一番楽だった。
 最終工程でコウイチがしていることは、無機物である魔鉱鉄に生物の晶石を移す行為。
 晶石が魂とすれば、魔鉱鉄は肉体。
 平たく言えば、死者蘇生と同等の行為を行なっているのだ。
 しかし、コウイチの見解はーー某錬金術でパイを作る師匠を参考にして「ぐーるぐーる」と釜を棒でかき混ぜてぷにぷにっとした玉から生きてる特性を付与する。
 魂を肉体に宿すだとか死者蘇生と同等だとかなんていう難しいことを考えていない。コウイチは、ここはファンタジーな世界なのだからそれが当たり前にできるところなのだと、所謂、ゲーム脳で深く考えないことが肝だと悟っている。カッコいい風に言えば、本質を理解していないことが重要なのである。
 金槌で鉄を打つなんてファンタジックなものじゃない肉体労働は楽しい一方で少し不満があった。

「あ゛あ゛ぁぁぁぁ、手痛ぇっ」

 コウイチが完成した晶鋼を金床に置いてやっとこと金槌を投げ捨てる。
 ヒリヒリと痺れる右手の手首を左手で握り、掌は床に押し付けて痛みに耐える。
 豊富な魔力を内包する魔鉱鉄と高純度な魔力を生み出し続ける晶石。この二つの加工には反動が生じる。
 魔力というものは保護能力を基礎的に備えている。外部からの衝撃に対して、衝撃を弾き返そうという力だ。
 金槌を通して、コウイチの手には打ち付けた力と同等以上に衝撃が襲ってきている。晶鋼一つ作るだけでもコウイチの手はバラバラになりそうになっていた。
 コウイチはズボンのポケットから赤色のリストバンドを取り出して右手首に着ける。
 リストバンドが淡い光を放ち、コウイチを襲っていた痛みと痺れがみるみる内に引いていく。

「うぉー、効くぅ~」

 タマモ謹製急速回復リストバンド。リザレクションという高位魔法の術式が刻印されていて装着するだけで装着者のキズを治癒してくれる優れモノ。ただ、装着している限り魔法が発動し続けてしまう為、基礎魔力量が平均的なコウイチが装着し続ければ瞬く間にガス欠になり魔力欠乏症という命に関わる状態に陥ってしまう。
 ある程度、痛みが緩和したところでリストバンドを外してポケットに仕舞い込んだ。
 付けっ放しは死を意味するので重要重要。
 コウイチはずるずると身体を引き摺るようにして金床の上にある晶鋼を手に取る。
 透き通るような蒼い輝きを放つ神秘的な鋼だ。冷んやりとした凹凸のないツルツルボディからは、力強く鼓動するかのように魔力が溢れ出している。
 正しく、生きている鋼。
 素晴らしい手触りを頬で堪能していると背後から影が覆い被さった。

「コウイチぃー」
「うわっ!? は、ハク!? なんでここに!」

 ハクの真っ白な頭が頬に摺り寄せられる。

「まさか、君に鉄を愛でる趣味があるとは思わなかったわ」

 その後ろで追い討ちをかけるが如く、アイリスが残念そうな目をしていた。
 どうして二人がここに?
 この場合のことは教えていない。ハクが匂いを嗅いで追ってきたのだろうか?

「ほっほほ、やはり、こちらでしたかコウイチ殿」

 カウンターの向こうに見える扉の方から恰幅のいい中年男性が面白げな声を上げながら現れた。

「ジェフさん!? 何であなたもここに!!」

 ジェフ=グローリー。工業製品から日用雑貨まで手広く商売をしているアヴァロン随一の貿易商。メアリから紹介頂いたコウイチのお得意様だ。恰幅の良い丸い体型で触り心地の良さそうなお腹が特徴的な英国紳士といった立ち振る舞いが特徴的。

「何故とはおかしな事を言います。私と貴方との関係はビジネスで、私はアヴァロンでは少々顔が広いのをお忘れですか?」

 ジェフがわざとらしいウインクを一つコウイチに飛ばしてくる。
 男からのウインクは軽くあしらう。
 起き上がり、甘えるハクを膝の上に乗せて彼女の頭を撫でながら返した。

「それは知ってますけど……」
「おや、合点がいかない様子ですね。それでは……あの方からの依頼、と言えば分かりますか?」

 あー、と半分は状況を察したコウイチだが、半分は分からないままだ。

「では、お二方。ビジネスの話をしましょう」

 と、ジェフはハクとアイリスに視線を向けた。



 ジェフ=グローリーは大部分を包み隠したながら仕事の内容の説明を始めた。

「本案件に関して依頼者の名前、製作物の詳細、使用用途などは守秘義務によりお答えできません。また、本案件はギルドを通していない非公式なもの。個人と個人の信頼関係でのみ成立しているものです」

 二人の顔を見回し、一拍おいてからジェフは言葉を続ける。

「さて昨晩、私はあるお方から依頼を受けました。その依頼の内容は、コウイチ=クロガネ様の警護と彼の製作物の運搬です。ああ、後者は私の仕事になりますのでお気になさらず。
 アイリス様とハク様には前者の彼の警護をご依頼したいのです」
「私達がコウイチの警護、ですか?」
「けいごってなぁに?」

 方向性は違えど二人が同時に首を傾げた。

「警護というのはコウイチ様を守る事です」
「わかったぁー、ハクするー」

 ぎゅぅ、と嬉しそうにハクが首に抱きついてきた。微かな石鹸の香りと柔らかい白い髪が頬を擽ぐる。

「そしてお二方を選ばせて頂いた理由は信頼関係につきます」
「信頼関係ですか」
「ええ。警護能力という観点で見ればお二方よりも高い能力を有する方は幾らでもいらっしゃいます。しかしながら、本案件は非常に特殊であり、その過程で何を知り得たとしてもお二方は彼を害することは絶対にないと判断した為です」

 答えは言わず、ヒントはばら撒く。
 ジェフはアイリスがコウイチの能力を知っている前提で話している。
 コウイチが関与し、警護が必要になる依頼。この二点で依頼の内容にコウイチの能力が関係していることが明白となる。
 そして依頼者の名前は伏せられ、何を知っても知らぬ存ぜぬを貫けという明らかにブラックゾーンだ。
 アヴァロンの上層部が動いているのだから合法なのだろうが……事情を知らなければ怪しい仕事にしか聞こえない。
 ハクは兎も角、真人間であるアイリスがこの依頼を受けるとは思えない。

「…………」

 難しい顔をして黙り込むアイリスは支えてあげたくなるカッコ可愛いさがある。

「ちなみに報酬は可能な限りの望むままをお約束いたします」

 ぴくり、とアイリスの長い耳が動いた。

「死者を生き返らせるなどの実現不可能なものは無理ですが……例えば一生遊んで暮らせるだけの財産であったり、最新鋭の航空戦艦であったり、国が欲しいであるような事ならば叶えて差し上げられます」
「俺そんな話聞いてない!」
「安心してください。コウイチ様、ハク様にも同様の条件となっておりますから」
「よっしゃ!!」
「わーい」

 恐らく、ハクはよく分かっていないだろうが、コウイチとハクが手を取り合い喜びの舞を踊る。

「アイリス様はどうなさいますか?」
「……生涯、アヴァロンの年間予算の1%を自由にできる権利」

 ジェフが一瞬、目を見開き、口元を緩ませる。
 アヴァロンの年間予算がどれくらいなのかは分からないが、都市とはいえ、他国と対等に取引をしている規模だ。数億エンというレベルの話ではないはず。

「一体、それだけの大金を、それも継続的に得続ける理由をお聞きしても?」
「そちらが色々と秘密にしていらっしゃるのに、私は答えないといけないのでしょうか?」

 アイリスが挑戦的な目で質問し返した。

「それともこの条件は飲めないと?」
「ふむ、成る程。宜しいでしょう」

 ジェフはアイリスの追い討ちを軽々と交わして了承の頷きで頭を縦に振った。

「へ?」

 素っ頓狂な声を上げたのはアイリスだった。

「それではアイリス様、ハク様、現時刻よりコウイチ様の警護よろしくお願いいたします。

 コウイチ様、明後日に第一次分を受け取りに来ますので、最低数はお願い致します」
 礼儀正しく深くお辞儀をして、ジェフはほっほほと笑いながら帰っていった。

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 アイリスの絶叫が木霊するのでした。
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