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夜天の主 編

黒剣の力とエルフっ娘との出会い。次に向かうは空中都市!

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 クロの洞窟を後にして下山したコウイチとハクは、クロに教えて貰った通り北西に向かって地平線まで緑一色の平原を進む。半日くらい歩くと小さな集落があるらしい。
 相変わらず安全な道中をキノコ食べながら歩いていると、ハクがそれに気づいて袖口を引っ張って教えてくれた。

「ねぇねぇ、コウイチ」
「ん? どうしたんだ、ハク」
「アレなぁに?」

 ハクが鼻先を真上に向けた。
 釣られてコウイチは空を見上げる。
 雲一つない快晴の青空に太陽が一つ。そしてよく見れば青空の中に黒い点が二つ。かなり距離があり、コウイチの目にはそれが何か確認出来なかったが、うようよと動いていた為、浮遊している何かであることだけは分かった。
 ハクが言うには、赤色の物体が緑の化物に追われてる。
 成程、と思いコウイチとハクが空を見上げていると黒い点であった物体が赤い点と緑の点になり……徐々に徐々に形状が分かるようになってきた。
 赤い点であったものは、流線型の胴体に左右に突起のように突き出した翼を持つ飛行物体。ゲームとかでよく出てくる飛空艇みたいなものだと思われる。あんな変な鉄の塊が飛ぶなんて、さすがは異世界だ。
 もう一つの緑色の点は一対の翼を持った緑色の怪物。それ以外の形容がし難い。鳥ではなし……パーピィ的な何かが一番近いと思う。こちらは異世界最たる例でコウイチのわくわく感は高まる一方だ。

「ねぇねぇ、ちかづいてきてるね」
「そうだな」
「にげないとマズい?」
「逃げないとヤバい!」

 コウイチとハクは反転して全力で駆けだした。
 しかし、時既に遅し。
 赤い飛行物体がコウイチたちを掠め、回避するように平原に轟音を上げて胴体着陸をした。黒煙を上げ、飛行物体は制止する。
 そこにこれ見よがしにと緑色の怪物はコウイチたちの頭上を通り過ぎて飛行物体に襲い掛かる。クロよりは圧倒的に小さいが、十メートルくらいはある巨躯をしている。あんなものに襲われたら堪ったもんじゃない。
 他人行儀にコウイチは傍観していた。
 墜落した飛行物体から赤い閃光が放たれる。

 ――ギャアアアアアアアア。

 赤い閃光が緑色の怪物の直撃し、赤い炎がその身を焼く。緑色の怪物は平野に墜落して地面を転がり回って炎は鎮火。
 怒りと痛みで血走らせた眼をして起き上がった緑色の怪物は、鋭い爪のある手を大きく振り下ろす。
 墜落した飛行物体から飛び出した人影がそれを受け止めた。
 遠すぎてはっきりと見えないが、長い金髪の人影が手にした細い剣で怪物の爪を弾いた。細い剣の刀身が赤く光る。同時に緑色の怪物が後方に飛び退いた。振り下ろされた剣が空を切る。
 緑色の怪物が飛び退いた先には、

「ちょ、何でこっち来るんだよ!」
「コウイチ!? にげるぅ!!」

 コウイチとハクはギリギリ踏み潰されることは無かったが、緑色の怪物が着地した振動でバランスを崩して仲良く転倒した。

「きゅー、いたい~」
「わざわざ、こっちに飛び退かなくったっていいだろ……あっ」

 コウイチが文句を吐き捨てた視線の先に大きな二つの双眸があった。充血した両目に鼻が曲がりそうな焼け焦げた異臭を放っていた。

 ――ガルルルルルルゥ。

「……そこの人、逃げて!?」

 遠くからそんな声が聞こえるが逃げられる訳がない。
 緑色の怪物との距離は三メートルもない。向こうからしたら十分な間合いだろう。
 そんな事を考えている内に緑色の怪物は爪を天高くに振り上げていた。

「――っ!?」

 咄嗟の出来事。
 コウイチは黒剣クロの柄を握り、全力で振り押していた。
 キィィィィィィィィィィン。
 鼓膜を破るような金切り音が響き、次に突風が巻き起こった。それにより、真っ二つに両断された・・・・・・・・・・緑色の怪物が次々に肉塊へと解体されながら空へと昇って行き――落ちてくることはなかった。
 ハクが目を回して気を失っているだけで無事なのを確認した後にコウイチは手の中にある黒剣クロを見つめる。
 恐らく、確実に、間違いなく、その他第三者の要因がないとするなら……この剣ヤバくね?
 戦いの経験どころか真面な運動経験さえないコウイチが全力で剣を振っただけでこの威力。乾いた笑いが口から零れた。

「これ、あんまり使わない方が良さそうだな」

 まあ、考えて見れば何万年と生きた黒龍の魔晶石で出来た剣なのだから不思議ではないと言えば不思議じゃない。

「あれ……」

 突然、コウイチは強い眠気に襲われる。

「……そういや、昨日……寝てなかったし、な」

 必死に抵抗しようとするも瞼が着実に押し下がってくる。
 霞んでいく視界が長い金髪、尖った長い耳――。


 ===============================

「えぇぇぇぇーるふっ!?」

 謎の奇声を発しながらコウイチは起き上がった。
 しん、と静まり返る室内。ビジネスホテルの一室を思わせるような狭い室内に大き目のベッドが一つと机と椅子が一セット。
 知らない天――部屋だ。
 寝てしまったのか? それとも気を失ってしまったのか?
 いや、今となってはどちらでも大差ない。重要なのは、状況からして誰かに助けて貰ったってことだ。
 モゾモゾと足元の方から何が多きモノが動いて這いあがってくる。

「何だ、ハク。一緒に寝てたの――」

 一匹しかいない心当たりの名前を呼び、シーツの中から這い出た白い頭を撫でたところでコウイチの思考が停止した。
 モゾモゾと這い出た白い頭は上へ上へと昇り、か細い二本の腕がコウイチの首に回される。
 白い頭の持主――すこぶる可愛い白髪の幼女が一糸まとわぬ姿で頬ずりをしてくる。
 コウイチの全身からぶわっと嫌な汗が噴き出した。

「ナニコレ……ブタ箱入リデスカ?」

 白い頭の天辺に乗っかる二つの小さな三角がぴくぴくと動き、腰よりやや下、小ぶりなお尻との境目から流れ出る白く長い尻尾がぱたぱたと左右に揺れ動く。
 全身全霊を持ってコウイチは思考を回転させる。
 確か、確か、確か、確か、確か、確か、確か、確か……白い頭、獣の耳、尻尾……心当たりはある。でも、知ってるそれをは違う。……確か、確か、確か、何かあった気がする……確か、確か、確か……アメノマが何か言ってた……人化の法! そう、人化の法だ! 多分!?

「あのう~……お休みの所、申し訳ないのですが……ハクさんでしょうか?」
「ふぁい、コウイチぃ~」

 はい、ハクでした。

「おーい、ハク。起きて狼に戻るか、シーツとか纏って貰えないか? じゃないと俺が社会的抹殺されるんですけど」
「むにゃむにゃむにゃ」

 ダメだこれは……そして、こういう展開の場合、絶対に誰か来るはずだ。
 コンコンコン。
 ……ほら、来た。
 屋主はまだ眠っていると判断したのだろう、応答を待たずに扉が引かれる。
 コウイチは咄嗟にハクのか細い腕を引き剥がしてシーツに巻いてミノムシ状態にした。

「ふう」

 危機回避に安堵しているコウイチを余所に、

「あら、起きていたんですね」

 コウイチが声の方を見ると、そこには意識が無くなる前に見えた長い金髪に尖った長耳の美少女が立っていた。
 エルフ!?

「異世界から……なるほど、大変でしたね」

 金髪エルフっ娘――アイリス=フレイスターはコウイチの話を聞いて腑に落ちたかのように納得していた。何よりも幼女のハクを見ても特別な追及をしてこなかった。これに関しては後々分かったことだが、コウイチが意識を失った後、ハクがよろめきながらもコウイチを護ろうとアイリスたちと一戦交えそうになったらしい。その時に今の幼女姿になって格闘戦を披露したとか……。
 何故、ハクが全裸のままかというと……アイリスとの誤解が解けたものの服を着ることを嫌がり、そのまま一緒にベッドイン!

「ここまでの状況も何となく理解できました。ありがとうございます。こら、ハク、さっさと服着ろ!」
「にゃーん」

 やや嫌がり暴れるハクにコウイチは、アイリスから借りた子供用の服を無理やり着せていく。
 にゃーん、ってお前は狼だろ。

「異世界人って聞いて疑わないんですか?」
「転移者や転生者というのは少なからずいらっしゃいますし、何よりも貴方の恰好を見れば一目でわかりました」
「恰好?」

 言われてコウイチは自分を見下ろした。
 ウニクロで買ったジーンズ、ウニクロで買った黒のシャツ、インナーや下着、靴下もウニクロ、勿論だが靴もウニクロです。見事なまでのウニクロ信者。でも、ウニクロって凄くない? 服関係だったら何でも揃うんですよ?

「服装というよりは装備ですね。あの辺りは魔獣が多数出没しますし、周辺の街や村まで舗装されていない平原や荒野を超えないといけませんから……そんなところを食糧なんかの装備を持たずに徒歩って時点で訳アリなのは確定です」
「……あはは」
「それに一振りでモアを消し飛ばしたんですから、異世界人って言われた方が納得できます」

 モアというのがあの緑色の怪物のことなのだろう。

「そういうもなんですか?」
「ええ。世界の壁を超える時、神々から特別な能力を授かるというのが転移者や転生者の常ですからね」

 だからこそ、とアイリスは一拍置いてから言う。

「勝手ながら貴方達を保護させて頂いたんです。ハクちゃんもですが……それ以上にコウイチさん、貴方の能力は極めて希少です。軽はずみに口にしない方がいいと思いますよ」

 脅すようにアイリスは重ねて、

「晶石関連のスキルを持っている人の誘拐だとか脅迫は日常茶飯事なので」

 あまりにもな衝撃的な事実にコウイチは頬を引き攣らせた。


 赤い高速小型船ストレイン。
 冒険者アイリス=フレイスターの所有する最大時速600キロもの超スピードで空を駆ける航空船舶だ。全長五十メートルほどの流線型に一対の翼を生やした姿をしている。半分以上はオートなので一人で操縦が可能。全体が目立つ赤で塗装されているのはアイリスの趣味。
 現在は冒険者である彼女が所属するギルド本部のある中立交易都市――空中都市アヴァロンに向かって航行中だ。
 その道中、ぶっちゃけ暇ということもあってコウイチはアイリスから晶石鍛冶の能力を見て見たいとお願いされて二度目の実践開始。

「言っておくけど、失敗しても怒るなよ?」
「大丈夫よ、ちょっとしたマンションの一室が半年くらい借りられる程度の安物だから」
「…………」

 コウイチはアイリスから木箱に収まった赤い石を渡される。
 ゴツゴツとした鉱物そのままと言った感じだ。
 炎の魔法の威力を増加させる聖晶石らしい。
 触れてみると脈動を打つように魔力が微量だが漏れ出ていた。クロの魔晶石に比べたら無いに等しい弱弱しい魔力だ。

「普段は腰のポーチに入れてるんだけど邪魔なのよ。適当なのでいいから、邪魔にならないものに加工してみてよ」

 すっごいざっくばらんな説明にクロ以上にやりにくさを感じた。
 邪魔にならないように……アクセサリーとかの方が良いのだろうか? アクセサリーとか装飾品って作ったことないしな。というか、彼女いない歴イコールの男の子なんで、女の子に物を渡すって事の経験自体ない!
 精神的なハードルが高過ぎてヤバイ。

「コウイチ、だいじょうぶ?」
「あ、おう、大丈夫だぜ。ハク、見とけよ見とけよ! 驚くような物作ってやるからな!」
「うん!」

 パタパタとハクが尻尾を振る。
 難しい形状のイメージとかは無理。簡単な形状……指輪とか……でも、ただのリングだと芸がないから……輪っかを二重に重ねてメビウスの輪な感じで……プラス炎のイメージ。
 イメージが固まると晶石鍛冶スキルを発動させる。
 コウイチの掌の上で、赤い聖晶石が光に包まれる。時間が掛かるかと思ったけど、すぐに光が収まり、イメージ通りの二重螺旋の赤い指輪が完成した。
 どやぁ、と二人に見せつけるとハクがパチパチパチと拍手。一方でアイリスは目を剥いて驚いていた。

「嘘……こんな短時間で」

 晶石の加工は総じて時間が掛かるものだそうでコウイチが制作した指輪レベルでも丸一日はかかる。それをものの数秒……更に、試しに使ってみた性能にもアイリスは驚きを通り越して卒倒しかけていた。晶石は加工すれば性能が落ちるのは常識。それなのに性能が倍近くに向上していたのだ。
 最早、国宝レベルでの聖遺物クラスの一品と評価された。

 そしてアイリスがコウイチの両肩を掴んで――
「私の、専属のスミスになってくれない!」
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