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夜天の主 編

鍛冶の神、天目一箇神と異世界への旅立ち

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 カン、カン、カン。
 耳に響く音に惹かれて目を覚ますとそこは薄暗がりの中で煌々と赤い炎が燃える部屋だった。

「……こ、ここは?」

 鐵光一くろがねこういちが重い身体に鞭打って上体を起こすとお腹の上に乗っていた柔らかい何かがずるりと滑り落ちた。

「――きゅぅ」

 呻くような小さな鳴き声がして見下ろすと……白い子犬が眠たそうな眼でこちらを見上げていた。

「お前は……っ!?」

 電流が走ったかのように、脳裏にあったシーンがコマ送りのように再生された。
 昼下がりの午後、大学の帰り道に川に流されていた子犬を助けようとして光一は川に飛び込んだ。子犬の下に辿り着いたのは良いものの足をつってしまい視界は川の中へと沈んでいく。

「そのまま俺は死んだのか?」
「くぅん」

 ちろちろと子犬が光一の指を舐める。
 慰めてくれるのか?
 光一は子犬の頭を撫でながら、周囲を見渡す。
 窓のない薄暗がりの部屋。囲炉裏を囲む畳張りのある土間の奥には煌々と炎が燃え滾る炉があった。その前には作業スペースがあり、そこに大きな黒い影があった。
 カン、カン、カン。
 大きな黒い影は人であることが朧気に分かる。丸太のような太い腕で金槌を振り、赤い塊を叩く。
 カーン!?
 甲高い音を一つ鳴らして黒い影の動きが止まった。
 黒い影はのっそりと立ち上がり、首をゴキゴキと鳴らしながら顔をこちらに向けた。炎のような赤い一つの光がこちらを向いた。

「ん? おう、やっと起きたのか」

 野太い声と共に黒い影がのそりのそりとこちらへ近づいてくる。
 近づく事で野太い声の主の顔がはっきりと見えた。身長は二メートルはあるであろう筋骨隆々の左目に眼帯をした隻眼の大男だ。右手に持った金槌で肩を叩きながらニヤリと白い歯を見せた。

「いや、まさか今の世の中に川に飛び込んで犬を助けようとするバカがいるとは思わなかったぞ。それも足つって溺れるとかギャグかとって笑っちまったぜ、あっはは」

 大男は人の不幸を軽快に笑い飛ばしてくれる。

「じゃあ、あんたが助けてくれたのか?」
「はっはは、はあ? あー、助けたっちゃ助けたワケだ……が」
「が?」
「死んだあとに助けてるから助けたというと怪しいな」
「死んだあと?」
「ここはこの世とあの世の境目みたいな場所だ」
「俺は、このあと天国とか地獄に行くってことか?」
「まあ、そうだなあ。天国とか地獄なんてもんはそもそもねえんだけどな。このまま放って置いたらお前とその犬っころの魂は浄化されて新しい命として転生する」

 大男は、自然の摂理、円環の理などとファンタジーなアニメやマンガの世界でよく出てくる小難しい単語を並べながら詳しく得意げに講釈を垂れる。
 要約すると、川で溺れて溺死してしまったのは覆しようのない事実でこのまま転生するそうだ。
 死んだかぁ。大学二年の二十歳男子。年齢イコール彼女いない歴の悲しい人生に幕が落とされた。もう少し、楽しんでから死にたかったな。せめて、一回でいいから彼女くらい作って良い思い出を作りたかった。ほら、もうすぐ夏じゃん? 海に行って水着な彼女を眺めて鼻の下伸ばしながら、夜はしっぽり……みたいな?

「そうさなあ。男なら遺伝子の一つや二つ残しておきたいわな」

 うんうん、と大男が腕組みをして同意してくる。

「何、あんた……人の心とか読めるの?」
「あんたってお前なあ……そういや自己紹介してなかったな。オレは天目一箇神あめのまひとつのかみってんだ。んで、オレぁ人の心なんざ読めねえよ? でも、お前、全部口で喋ってんだから嫌でも聞こえるわな」
「全部言ってたのか……えっと、あめのなんだっけ? あめのむらくもまる?」
「全然ちげぇ!? あめのまひとつのかみ、だ! アメノマでいいぜ、コウイチ」

 こちらの名前は知っているらしい。
 光一は訝しげに眉を寄せた。

「おいおい、そんな顔すんじゃねぇよ。オレの名前聞いた事ねえか? これでも日本における鍛冶の神様なんだぜ? 人間一人の名前を知るなんざ、造作もないぜ」
「マジで!?」

 日本の神様と聞いて、光一は本気で驚いた。
 筋肉ムキムキマッチョな怪しいおっさんが神様とか世も末だわ。いや、鍛冶の神様だからムキムキマッチョな方が合ってるのか?

「まあよ、オレのことはどうでもいいワケよ。お前のこれからの話をしようじゃねえか」
「これからの話?」
「割と、若干、気まぐれな感じでお前を一時的に救っちゃったワケなんよな。これがちょっとばかし問題になっててな」
「問題というと?」
「神ってのは基本的には中立、傍観、不干渉ってのが基本原則なワケだ」
「アメノマ……さんは俺を助けたってことは」
「そう、干渉しちまったんだ」

 ノリで。
 光一は別段、驚きはしなかった。それどころか呆れてしまった。
 古今東西、古来より神様という存在は気分屋でその場のノリで生きているような存在である。
 と言うのが光一の認識だからだ。 

「このままだとどうなる?」
「オレが御上に怒られる」
「ほう。以上?」
「お前と子犬の魂は消滅させられる」
「なぜ!?」
「知ってはいけないことを知ってしまったからな」
「知ってはいけないこと?」
「神って存在は空想上でなければならんのだ。実在してるってのは知られちゃいけねえ。こうしてオレと会ってるってことがスゲェー問題なんだよ」
「でも、このあと俺たちは浄化されて転生するんだろ? じゃあ、問題ないんじゃ?」
「浄化っていっても記録の中に焼き付いた事実は消えねんだわ。稀に前世の記憶とかを持って生まれてくるとか話聞いたこと無いか? 基本的に浄化では完全に消しきれないんだわ。だから、お前らは消滅させられる」
「…………」

 マジかぁ。楽しいコトも出来ずに死んで消滅させられちゃうかぁ。
 にんまり、とアメノマの色濃い顔が悪戯っ子のような笑みを浮かべだ。

「そこで取引なんだが――お前、異世界に転移してみる気はないか?」
「? あー、んー、それってラノベとかでよくあるアレ的な?」
「そうそうそれそれ。こういった件には例外ってのがあるんだわ。世界のバランスを調整する為、蘇らせてやる代わりに異世界に行ってもらうワケだ。本来とは形式が異なるが、お前には異世界に行ってもらえないだろうかという相談だ」
「んー、世界かぁ」

 光一は悩む。
 死んだ訳で、この際、消滅でもいいんじゃないかという諦めもあった。
 転移したところで楽しい人生が待ってるとも限らない訳だしさ。

「勿論だが、異世界に行ってもらう代わりに特典としてオレが与えられる鍛冶系統のスキルをやる」

 おっと、そうきたか。でも、だからって人生が幸せであるかは別だしな。

「お前に行ってもらう世界は所謂、ファンタジーな世界だ。魔法にドラゴン、エルフにケモノ耳、中世文明から今の現代より先の超文明まである世界だぜ?」

 魔法! ドラゴン! エルフ! ケモミミ!!!
 中世から超文明ってどんなバランス調整だよ!!

「更に更にお前にやる鍛冶系統スキルは【晶石鍛冶スキルEX】! 晶石の持つ能力を120%引き出すことのできるこの分野においてはチート系のスキルだ。使いか次第じゃ世界一の鍛冶職人には余裕でなれるし、行ってもらう世界だと晶石加工が出来るスキルは超優遇されてるんだわ。だから、ハーレムなんてのも夢じゃねえぜ? どうよ? 普通じゃ、こんなスキル絶対に与えないんだぜ?」

 お、お、おおおおお!!
 頑張り次第じゃ、エルフっ娘やケモミミっ娘達とのハーレム生活が出来るってことか!?
 鍛冶系ってことは危ない冒険とかしなくていいだろうし。部屋に引き籠ってカンカンしてるだけで裕福な生活ができる!? それってダメ人間の夢じゃね?
 不意に、きゅぅう、と子犬が残念そうな目でこちらを見上げていた。

「ちょ、そんな目するなよ。いやまあ、邪な気持ちしか沸いてこないけどさ。お前だってこのまま消えるのも嫌だろ?」
「くぅん」

 しばしば、考える時間を貰う――までもなく、

「おっしゃ!? このまま何もない人生のまま終わるのも癪だし、異世界行くか!?」

 にしし、と待ってましたと言わんばかりにアメノマは立ち上がり金槌を向ける。

「今からお前にスキルを授ける」

 アメノマの持つ金槌の先が光一の額に軽く触れる。
 炎のような真っ赤な光が光一を包み込む。

「これで完了だ」

 晶石鍛冶スキルEX:晶石の持つ能力を120%引き出すことが出来る。また晶石及び鍛冶に関する必要な知識、技術、技能を随時付与する。
 言語理解:言語が理解できる。
 脳裏にスキルの詳細が浮かんでくる。

「割と後半もチートだな。あともう一個の言語理解って?」
「言葉分かんねえのはそんだけでハードモードだからなあ、おまけだ。それから――」

 アメノマは子犬の額にもコツンと金槌を当てる。
 子犬が炎のような赤い光に包まれたかと思うと真っ白な子狼となって鎮座した。

真神まかみ。古来から日本で崇拝されいる狼の神だ。といっても神そのものじゃなく神獣って立ち位置に留めたけどな。スキルに神獣の加護、人化の法。あと闇以外の魔法を使えるようにしておいてやった。それでこいつのことを護ってやれ」
「――わかった」

 と可愛らしい少女のような声で真っ白な子狼が頷いた。

「喋ったんすけど……」
「?」

 子狼が不思議そうに首を傾げる。
 アメノマが云う。

「当たり前だろ。神獣だぜ? 人語の一つや二つ話せて当然だろ。コウイチ、こいつに名前をつけてやったらどうだ? お前もその方が嬉しいだろ?」
「うん! ナマエほしい! コウイチ、つけてつけて~」

 真っ白な子狼がぱたぱたと尻尾を振る。
 突然のことに戸惑いながらも光一は、安直ながらも頭に浮かんだ名前を口にする。

「ハク……なんてどうだ?」
「ハク?」
「白のハクだ。そのまんま過ぎるのは嫌か?」
「ハク、ハク、ハク……うん、ハク!」

 つけて貰った名前を反芻し、満足したかのようにハクは光一の胸に飛び込んだ。尻尾を千切れんばかりに振りながら、鼻先を頬に擦り付ける。

「んじゃ、楽しい異世界人生をな!?」

 アメノマが金槌を地面に叩きつけた。
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