【完結】それは忌み嫌うべきものである

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横槍

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「は? 火が?」
 学園祭準備が順調に進み、合わせて生徒会も慌ただしくなってきた初夏である。外の日差しは鋭いのに、その教師の言葉は生徒会室に暗雲を垂らした。
「火事の危険が高いので、ローイクラトンは白紙に戻してほしい」
 そう生徒会室に入ってくるなり言ったのは、生徒指導も担当している男性教師だ。
 私立校には転勤がない。地位と勤続年数はイコールで、なおかつ相手は体育担当だった。特別高圧的ではないが、声も体も大きい教師には威圧感がある。
 書類を束ねたりプリンタを叩いたり、あるいは「プリントが飛ぶから送風機切って!」という怒鳴り声が響いたり、ある意味賑やかに作業していた面々も、彼の登場にピタリと口をつぐんでいる。
「会長は怪我をしてたな。今の責任者は?」
「俺です」
「あ、あの!」
 気球部との付き合いもあるし何より言い出した当人だからと、ローイクラトンは一年書記が担当していた。もちろん、うまく行けば学校代表の出展になる催しだ。何事も生徒会全員で話し合っているが、書記や情報整理や窓口として奔走してくれている。
 多少の気負いと責任感、それから焦りで前に出た生徒に、教師は軽く頷いた。
「かっ、火事の危険と言われても、気球の件についてはずっと前に相談してます。火災についても十分調べて、一回受理されましたよね? それはどうなったんですか?」
「今回飛ばす……コムロイだったか? 小さい気球。それが、今のは電池で動くとみんな誤解してたんだ。まったく、気球ってまだ火なんだな」
「そ、それはそうでしょう……」
「まあそれが危ないだろうということで」
「でも、ちゃんと説明したじゃないですか!」
 学園祭まで数ヶ月に迫った初夏。未定や仮定ばかりだったスケジュールがまだらに確定していく反面、材料調達や資材調整について慌ただしくなってきた時期である。
 今さら予定をひっくり返されても困るし、ましてやニコラオスへの出展候補でもある熱気球が中止となっては何もかもがやり直しだ。
「許可ももらってます! 今さら困りますよ!」
 動揺する一年に詰め寄られても、教師に悪びれた様子はない。
「とにかく火はな。おいそれとは許可できない。悪いが白紙に戻してくれ」
「ちょっと失礼します」
「ふ、副会長……!」
「会長が怪我で不参加なので、今回責任者をやらせてもらってます、二年の柳です。あの、熱気球中止というのはどういうことでしょうか?」
 代わるように間に入った柳へ、事情は知っているのか教師は理解顔で頷いた。
「ああ、じゃあ今年は二年が責任者なんだな。どういうも何も、火は危険だろうと、それだけの話なんだが」
「すみません。その点は生徒会としても一番の懸念点で、申請のとき教頭先生によく確認しています。書類を揃えて説明して許可ももらってますが、今回のお話はそれを踏まえてのものでしょうか?」
「ああ。教頭も誤解していたらしくてな」
「はあ……」
「……失礼します。外で待っているには目立つので」
 教師との応酬に申し訳なさげに割り込んだのは、打ち合わせの約束があった九条たちだった。
 いよいよ内容について決めたいからと、出展参加者たちを連れてくるとは聞いていた。九条に次いで入ってきた見覚えのない生徒たちは多く、なるほど確かに生徒の目を引く大所帯になっている。
 すっかり健全な雰囲気を取り戻した九条が教師に頭を下げる。
「お世話になっています、ニコラオスの生徒会代表、九条です。ちらりと聞こえてしまったんですが……ニコラオスにも関係する話のようですね」
「ああ、熱気球はそちらの学園祭で出す予定があったよな。今少し話してたんだが、この件、ニコラオスは火災面では問題ないのか?」
「石造りの陸上グラウンドなら危険は少ないだろうと話してます。ここより田舎にある分、敷地だけは広いので」
 口調も表情も穏やかだが、話の流れを察してか九条はどことなく警戒気味だ。
 ふたりが話している間に柳はファイルを取って戻った。生徒会日誌と呼べるそれには、ここ数年学校で起こった事件とその処理が記されている。
「先生。問題は火なんですか? 三十年前には花火をした記録がありますが」
「おいおい、三十年前にやれたから今もやれるだろとは言うなよ」
「もちろん、その通りです。ただ折衷案を探したいんですよ」
「火が危ないという意見と、熱気球をやりたいという意見の折衷案か? 存在するかね」
「それはそうですが、やれることはやらせてくださいよ。……そうだな、うん……。先生の言う通り、火は危険ですよね。十年前には礼拝でボヤ騒動が起きている」
 落ち着いて見せかけながらも、記録を探る手は汗で濡れていた。
 火は危険。もっともだ。いつか不安の声が出るんじゃないかと考え反論はシュミレーションしていたが、それでもいざ本番は緊張する。
 けれど表情には出ていないのかもしれない。教師はどこか戸惑うように頷いた。
「そうだな。もう十年になるのか。敷布が焦げた程度だったと思うが」
「はい。クリスマス礼拝のリハーサルで、祭殿の敷布が焦げた事故です」
 ロウソクが倒れただけの小さな火災が起きたとき、教師はもう桜ヶ丘に勤めていただろう。彼は柳の言葉ではっきり思い出したように頷いたが、緊迫感はなかった。
「それがどうかしたか?」
「いえ。ただその事故があってからも、礼拝には火を使っていますよね」
「……おい、待てよ。熱気球として屋外で火を飛ばすのと、礼拝堂の祭壇に毎月毎月火を供えるのは、同列には語れないだろう。あちらがいいからこちらがいいとはならないぞ」
「はい、はい。それはもちろんです。そうですよね」
 予想していたが先んじられて柳は内心汗をかいた。
 教師は厳しい顔でため息をつく。
「わかってほしいのは、火が危険だ、とそれだけで横槍を入れてるんじゃないんだ。儀式のように一部の人間だけが火を扱うって話なら事情は違った。が……今回は生徒全員で火を扱うって催しだろう?」
「はい、そうですが……?」
「生徒会だけが気をつけるんじゃダメなんだ。生徒全員が気をつける。それが可能か不可能かを考えてくれ」
「生徒全員……」
「気をつけろとアナウンスされて全員が必要なだけの緊張感を持つか? 緊張感を持ったとして万一の事態は起きないか? 事故が起きたとき、それは学校内で片付く規模で収まるか?」
「…………」
「生徒として変わった案を出してくれるのは嬉しい。交換出展でこの学校をアピールしようって気持ちももちろん嬉しいよ。ただ生徒会としてそういう事を考えてくれ」
 教師の言い分はもっともだ。
 もともと危険な企画だ。忠告が来たらこう返そう、この情報を使おう、と準備するくらいには柳も火の危険さを理解していた。
 けれどその不安が生徒全員と共有できるか、と言われると難しい。全員と気持ちを一つにするには学内の人数は多すぎる。
 土壇場になったのはともかく、教師陣からの要求は当然のものだった。
 けれど、と柳は案を探す。
 成り行きを見守るように九条がやり取りを見つめているのだ。彼の前でみっともないところは晒せない。
 柳は必死に頭を回転させた。
「……ファンヒーターが」
「は?」
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