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 俺はウキウキした気持ちを思い出して大きく頷いた。
 海の家。
 正直立派とは言えない店構えだ。原木を柱にして屋根と床を張っただけの店内。広さは十分ありカウンターから布で仕切ったVIP席まで席数こそ多いものの、壁がないので潮風や砂がじかに吹き込み、中央にあるこのソファ席までじゃりじゃりしている。
 ガタつく椅子に酒の染み込んだ木製テーブル。軋む床。どこもかしこも海風と直射日光で傷んでいる。
 傷んでいる。そう。子供心、いや、男心をくすぐるアウトドアな雰囲気の店。

「色気がないだろ?」
「はい! あ、いや……」

 そこに好感を持ったのだが、誤解される答えだった。焦る俺の心のうちが見えているように、カズマさんは西の方の海岸を示す。

「いいんだよ、リゾート需要は向こう、海に突き出した半島のホテルが満たしてくれてるからな。リョウが泊まるホテルでもあるんだけど、全室オーシャンビューに加えてホテル専用のビーチ付きで家族連れから女性客まで完全包囲だ。だからこっちは、野性味あふれる雰囲気で男客を拾うしかない」
「それって最高だと思います! けど……」
「けど?」
「……正直、ならここはビキニ美女を雇ったほうよくないですか?」

 カズマさんは大きく笑った。

「その通り。リョウは経営センスがあるな。気に入ったよ。……契約書にサインしてくれ。給料はここ、仕事時間はここ。内容はただの接客だけど、この砂浜は整備が足りてないから、海に来たやつは朝から夜まで店に居座る。客との絡みが多いのは覚悟してくれ。期間は一応一ヶ月だけど……試用期間の三日で適正を見て、違う業務についてもらうかもしれない」
「違う業務?」
「ああ。そのときはちゃんとリョウに相談する。騙し打ちみたいに建設現場に行かせたりしないから安心してくれ」
「相談……はい、わかりました」
「どの仕事でも上手く働いてくれたらボーナスとしてスイートルームを借りることもあるからな。バイトの最後はホテルのスイートで豪遊できるかもしれないぞ」
「スイートルーム!」

 そんな部屋、泊まったどころか覗いたこともない。

「それじゃ、早速今日からよろしく」

 俺は人当たりには自信がある。スイートルームを目指してやる気を出せば、短期バイトだ、すぐさま店に立つことになった。
 自前のハーフパンツ型水着に黒のエプロンをつけ、カウンターの中でグラスを洗う。店先の看板をオープンにしたのだろうか、カズマさんが外に出るなり、入れ違うように常連顔の男たちがぞろぞろ早速入ってくる。

「あ、もう月が変わったのかあ。おはよう。今年のバイトくん?」
「はい、リョウっていいます、よろしくお願いします!」
「元気だね~、どうせ店長にスイートルームとか言われてのせられたんでしょ? とりあえず全員にグラスビール」
「はい! けど、スイートルームって本当なんですか? あそこ、すごいホテルに見えますけど……」
「店長にはコネがあるんだよ。何だかんだワンシーズンに一、二回は借りてるんじゃないかな。ここの客がチップとしてカンパ集めたことも……って言ったらリョウくんのサービス良くなるかな?」
「初日なのでグラスのサイズ間違えちゃいました」

 注文サイズよりひとつ大きめのグラスで出したビールに客たちは笑い、愛想がいい、と品評するように仲間内で語った。
 地元の人たちだろうか。肉体労働っぽい人から、眼鏡の真面目そうな人、ワルっぽい人。水着効果なのか、中年特有の緩んだ体格のせいなのか、気楽な気持ちで対応できる。
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