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「水城涼……くん」
「はい!」
アロハシャツとビーチサンダルが驚くほど似合わない、暗めの、けれどそれが魅力になっている格好いい大人。
多分店長だ。そう思いつつも、店長か? と俺は疑っていた。だってその人は何だか不思議なのだ。ヒモ風というのか、地に足のついてない、とらえどころのない雰囲気を持っている。
マリンブルーの海。強い日差し。絶え間ない波音。
この海の家には壊滅的に似合ってない。
「とりあえずなんだけど、リョウくん……リョウって、セックス経験は豊富?」
「え? ま、まあ……困ってはないです。友達は多いので」
変な店主の変な質問。けれど俺はまだ浮かれていて、夢みたいなこの場にウキウキしていて、曖昧にだが素直に答えた。
何しろこれは海の家の短期バイト面接だ。確認するスキルなどないのだろうし、それに俺は友人に紹介されて夜行バスではるばる働きにやってきた。採用は決まってるも同然で、面接がただの雑談になっても不思議じゃない。
店長は三十代くらいで、イケメンだが退廃的な雰囲気がある。だからか下世話な発言もカラカラ乾いていて素直に聞こえる。
「それはそうか。今どきな感じでモテそうだもんな。体だって鍛えてて……あんま大きな声じゃ言えないけど、仕事は今着てもらってる通り水着だからさ。体つきのいい人だと客ウケがいいんだ」
「そんな。店長と比べたら棒みたいなもので……」
「一馬」
「え?」
「店長ってほどの店でもないだろ。カズマさんって呼んで」
急な指定に面食らいはしたが、頷くのは簡単だった。
大人っぽいし色っぽいし、薄手のアロハ越しにもわかるほどその体は逞しいが、カズマさんはとにかく社会人の雰囲気がない。役職ではなく名前で呼ぶのはしっくりきた。
「カズマさん」
試しに呼ぶと、カズマさんは淡く笑って答えてくれる。無愛想な人の一瞬の笑顔は、同性だというのに高波みたいに俺を飲み込んだ。
いやいや、こんな男臭い人に何をときめいているんだ。リゾートバイトに浮かれて、移動中も眠れなくて、少しどうかしてしまっている。
内心言い訳する俺に当然気づかず、カズマさんは書類を並べながら慣れたように説明を始めた。
「リゾートバイトっていうのはわかるよね」
「はい。観光シーズンの観光地に、遠くから泊まり込みで働きに来る……」
「うん。うちはホールには毎年新しい子を呼んでるんだ。常連ばっかりだから気楽に初められる部署だしね。……でも、長く家を出ることになってご家族は反対しなかった?」
「大丈夫です! ここのバイトは親友に勧められたんですけど、いいところのお坊っちゃんらしいから、彼の紹介なら安心だねって賛成されて」
「……毎日家族に連絡をする約束なんかは……?」
「え? そんな歳じゃない、しないですよ。……俺、大学は一人暮らししたくて、自立の練習も兼ねて来たんです。やっぱ夏は特別なことしなくちゃって勇気出して。だから、期間中はひとりで頑張ります」
「特別か」
カズマさんはそう呟いてまた笑ったけれど、今度の表情は少し、奇妙な感じがした。
けれど俺は違和感をどうしたらいいかわからない。ん? と思っているうちにすっと横を見るカズマさんの視線につられて一緒に海を見て、その非現実な景色に気を取られる。
「……特別なことなら、ここではたくさん味わえるだろうな」
「……はい!」
「はい!」
アロハシャツとビーチサンダルが驚くほど似合わない、暗めの、けれどそれが魅力になっている格好いい大人。
多分店長だ。そう思いつつも、店長か? と俺は疑っていた。だってその人は何だか不思議なのだ。ヒモ風というのか、地に足のついてない、とらえどころのない雰囲気を持っている。
マリンブルーの海。強い日差し。絶え間ない波音。
この海の家には壊滅的に似合ってない。
「とりあえずなんだけど、リョウくん……リョウって、セックス経験は豊富?」
「え? ま、まあ……困ってはないです。友達は多いので」
変な店主の変な質問。けれど俺はまだ浮かれていて、夢みたいなこの場にウキウキしていて、曖昧にだが素直に答えた。
何しろこれは海の家の短期バイト面接だ。確認するスキルなどないのだろうし、それに俺は友人に紹介されて夜行バスではるばる働きにやってきた。採用は決まってるも同然で、面接がただの雑談になっても不思議じゃない。
店長は三十代くらいで、イケメンだが退廃的な雰囲気がある。だからか下世話な発言もカラカラ乾いていて素直に聞こえる。
「それはそうか。今どきな感じでモテそうだもんな。体だって鍛えてて……あんま大きな声じゃ言えないけど、仕事は今着てもらってる通り水着だからさ。体つきのいい人だと客ウケがいいんだ」
「そんな。店長と比べたら棒みたいなもので……」
「一馬」
「え?」
「店長ってほどの店でもないだろ。カズマさんって呼んで」
急な指定に面食らいはしたが、頷くのは簡単だった。
大人っぽいし色っぽいし、薄手のアロハ越しにもわかるほどその体は逞しいが、カズマさんはとにかく社会人の雰囲気がない。役職ではなく名前で呼ぶのはしっくりきた。
「カズマさん」
試しに呼ぶと、カズマさんは淡く笑って答えてくれる。無愛想な人の一瞬の笑顔は、同性だというのに高波みたいに俺を飲み込んだ。
いやいや、こんな男臭い人に何をときめいているんだ。リゾートバイトに浮かれて、移動中も眠れなくて、少しどうかしてしまっている。
内心言い訳する俺に当然気づかず、カズマさんは書類を並べながら慣れたように説明を始めた。
「リゾートバイトっていうのはわかるよね」
「はい。観光シーズンの観光地に、遠くから泊まり込みで働きに来る……」
「うん。うちはホールには毎年新しい子を呼んでるんだ。常連ばっかりだから気楽に初められる部署だしね。……でも、長く家を出ることになってご家族は反対しなかった?」
「大丈夫です! ここのバイトは親友に勧められたんですけど、いいところのお坊っちゃんらしいから、彼の紹介なら安心だねって賛成されて」
「……毎日家族に連絡をする約束なんかは……?」
「え? そんな歳じゃない、しないですよ。……俺、大学は一人暮らししたくて、自立の練習も兼ねて来たんです。やっぱ夏は特別なことしなくちゃって勇気出して。だから、期間中はひとりで頑張ります」
「特別か」
カズマさんはそう呟いてまた笑ったけれど、今度の表情は少し、奇妙な感じがした。
けれど俺は違和感をどうしたらいいかわからない。ん? と思っているうちにすっと横を見るカズマさんの視線につられて一緒に海を見て、その非現実な景色に気を取られる。
「……特別なことなら、ここではたくさん味わえるだろうな」
「……はい!」
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