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21【了】
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本真は昔から変わり者だった。
漫画というのが好きらしいのに趣味仲間らしい仲間がいない。いつ見てもノートに向かっているのに熱中という印象がなく、淡々と続けている風なのに一向に飽きる様子がない。中学から高校になる数年間ずっとだ。
俺は評価されるために生きている。だから褒められないことを続ける彼がとにかく奇妙だった。
そう思っていたが、今思えば最初から好きだっただけだ。
「…………」
本真のベッドは妙に硬い。寝心地の悪さに自然と眠りが浅くなって、早朝の白白した空気の中、俺は本真の寝顔を見つめていた。
毎日ずっと家にいて、毎日ずっと何かを描いていて、金がないと悩みはしても評価されないことについては全然気にした様子がない。本真は変わらずずっと変だ。俺が気にすることを気にしないで、俺が知らない何かに集中して、俺が嫌いなものを好きという。
評価されることばかりを集めている俺。ゲイだとバレてみんなに笑われて後継ぎとして用無しになってしまった俺。肩書きや年収やリーダーシップを全部脱いだら何も残らない、中身は何もない伊勢田光嗣。
そんな俺を好きだという。
「……本真」
「ん……」
寒かったのか、頬に触れると本真は手のひらに軽く顔を寄せてきた。今にも目覚めそうな雰囲気だが、何だかものすごくこの時間が惜しい。
手を動かさないように、ベッドを軋ませないように、じっと息を潜めていれば本真の呼吸が深くなる。
「…………」
穏やかな寝顔は全然、嗜虐趣味者には見えなかった。
実際濃淡で言えば自分の被虐趣味の方が濃いのだろう。自分は駄目だ、悪いやつだと自称すると安心したし、そういう自分に本真が興奮を見せると信じられないほど頭が煮えた。駄目でいいのだ。できなくていいのだ。劣っていて情けなくてみっともなくて、そういう自分を許してもらえるのだ。
その段階を踏んだから、本真の言葉も頭に入った。
有用でなくとも愛されるんだと、SM行為をしていなかったらきっと俺は理解できなかった。
静かで、心地よくて、天国のような空間だった。俺にとっては一瞬のような永遠で、時間が経つなんて、本真が起きるなんて、俺は本当に驚いた。
「……狭い」
「っ! ……お、起き、たのか、本真」
「んん……狭い……でかいよ伊勢田……。狭い……」
「お前が連れてきたんだろう……」
自分はダブルベッドを使っている。ここ最近数度のことだが、そちらで寝たときは文句なんて言われなかった。
ハッキリした発音だから驚いたが、このぐずっている様子を見るに寝言だったろうか。本真は寝ているような雰囲気のまま、俺の腰を抱いて自分の方へと引き寄せる。
「……腹の文字」
「は?」
「腹の文字、チラチラ見えてて。セックスのとき」
「っ、おい……!」
「二回目かな、三回目かな、わかんないけど最初は夢中だったから……。違うなって、思ってて、それで寝ながら考えてたんだけど。……油性ペンだから消せないし書き足すしかないじゃん……?」
「おい。俺の体はメモ帳じゃない。書かなくていいんだ。消えるまで待てばいいだけだ」
「『恋人専用オナホみつつぐ』ってどうだろう」
「話を聞けよ!」
肩を押しのければ本真は目を閉じたまま笑った。柔らかい、リラックスした、居心地のいい場所を見つけた動物のような顔だった。
「落ちる、落ちるよ伊勢田……」
「ったく……」
ベッドからずりずりと垂れ落ちていく頭に言われ、俺はその首裏に手をやり引き寄せた。元の位置に戻したかっただけなのに硬いベッドでは変な反動がついて、まるで抱き寄せたように本真が俺の肩口に飛び込んでくる。
サドで、役割的にはご主人様で、昨晩からは恋人で、それに漫画というのが売れている。本真の通帳にはたくさんの金が入っている。
けれど何も変わっていない気がした。実際変わっていないんだと思った。俺は本真が好きで、本真は俺が好きで、きっとずっとそうだったのだろう。俺がただほんの少しだけ俺のことを好きになっただけだ。
俺の肩にしがみつき、本真は相変わらず笑っている。
漫画というのが好きらしいのに趣味仲間らしい仲間がいない。いつ見てもノートに向かっているのに熱中という印象がなく、淡々と続けている風なのに一向に飽きる様子がない。中学から高校になる数年間ずっとだ。
俺は評価されるために生きている。だから褒められないことを続ける彼がとにかく奇妙だった。
そう思っていたが、今思えば最初から好きだっただけだ。
「…………」
本真のベッドは妙に硬い。寝心地の悪さに自然と眠りが浅くなって、早朝の白白した空気の中、俺は本真の寝顔を見つめていた。
毎日ずっと家にいて、毎日ずっと何かを描いていて、金がないと悩みはしても評価されないことについては全然気にした様子がない。本真は変わらずずっと変だ。俺が気にすることを気にしないで、俺が知らない何かに集中して、俺が嫌いなものを好きという。
評価されることばかりを集めている俺。ゲイだとバレてみんなに笑われて後継ぎとして用無しになってしまった俺。肩書きや年収やリーダーシップを全部脱いだら何も残らない、中身は何もない伊勢田光嗣。
そんな俺を好きだという。
「……本真」
「ん……」
寒かったのか、頬に触れると本真は手のひらに軽く顔を寄せてきた。今にも目覚めそうな雰囲気だが、何だかものすごくこの時間が惜しい。
手を動かさないように、ベッドを軋ませないように、じっと息を潜めていれば本真の呼吸が深くなる。
「…………」
穏やかな寝顔は全然、嗜虐趣味者には見えなかった。
実際濃淡で言えば自分の被虐趣味の方が濃いのだろう。自分は駄目だ、悪いやつだと自称すると安心したし、そういう自分に本真が興奮を見せると信じられないほど頭が煮えた。駄目でいいのだ。できなくていいのだ。劣っていて情けなくてみっともなくて、そういう自分を許してもらえるのだ。
その段階を踏んだから、本真の言葉も頭に入った。
有用でなくとも愛されるんだと、SM行為をしていなかったらきっと俺は理解できなかった。
静かで、心地よくて、天国のような空間だった。俺にとっては一瞬のような永遠で、時間が経つなんて、本真が起きるなんて、俺は本当に驚いた。
「……狭い」
「っ! ……お、起き、たのか、本真」
「んん……狭い……でかいよ伊勢田……。狭い……」
「お前が連れてきたんだろう……」
自分はダブルベッドを使っている。ここ最近数度のことだが、そちらで寝たときは文句なんて言われなかった。
ハッキリした発音だから驚いたが、このぐずっている様子を見るに寝言だったろうか。本真は寝ているような雰囲気のまま、俺の腰を抱いて自分の方へと引き寄せる。
「……腹の文字」
「は?」
「腹の文字、チラチラ見えてて。セックスのとき」
「っ、おい……!」
「二回目かな、三回目かな、わかんないけど最初は夢中だったから……。違うなって、思ってて、それで寝ながら考えてたんだけど。……油性ペンだから消せないし書き足すしかないじゃん……?」
「おい。俺の体はメモ帳じゃない。書かなくていいんだ。消えるまで待てばいいだけだ」
「『恋人専用オナホみつつぐ』ってどうだろう」
「話を聞けよ!」
肩を押しのければ本真は目を閉じたまま笑った。柔らかい、リラックスした、居心地のいい場所を見つけた動物のような顔だった。
「落ちる、落ちるよ伊勢田……」
「ったく……」
ベッドからずりずりと垂れ落ちていく頭に言われ、俺はその首裏に手をやり引き寄せた。元の位置に戻したかっただけなのに硬いベッドでは変な反動がついて、まるで抱き寄せたように本真が俺の肩口に飛び込んでくる。
サドで、役割的にはご主人様で、昨晩からは恋人で、それに漫画というのが売れている。本真の通帳にはたくさんの金が入っている。
けれど何も変わっていない気がした。実際変わっていないんだと思った。俺は本真が好きで、本真は俺が好きで、きっとずっとそうだったのだろう。俺がただほんの少しだけ俺のことを好きになっただけだ。
俺の肩にしがみつき、本真は相変わらず笑っている。
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